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       〜妖魔召喚〜 

 いきなりサンの目に飛び込んできた光景は、サンの怒りを頂点に達せさせるには十分の要素を持っていた。

 腰から下に装束を巻きつけたティアが、肩に太長い針が刺さって、はり付けにされており、透き通るような白い肌を伝って血が流れ落ちていた。いつからその状態にあるのか、かなりの量の血で地面が汚れていた。

 そしてそのティアの向かい側には、サンの姿を気付いているにもかかわらず、平然と祭壇の準備をしている、金色の髪に生成り色の装束を着た、カランが立っていた。

「……サン、来てはいけません」

 そう言ってサンに視線を移したティアの顔は、蒼白で今にも崩れてしまいそうだった。

 心の中ではサンが来てくれる事を確信しつつも、サンの姿を目にした時、カランの思惑がティアの頭の中を過ぎり、来てはいけないと、咄嗟にそう思ったのだった。

 ティア自身の瞳も目的の一つなのだろうが、サンという女の存在も必要不可欠であるに違いない。これから闇の入り口を開け、闇の主をこの現世に招き入れ、契約を結ぶのが目的なのだから、だがサンはもはや、ティアの言葉を聞き入れるほどの冷静さを持っていなかった。

「てんめえ!」

 そう言いながら、カランに向って走り出していた。

 剣を抜き、カランに切りかかる。だが、刃先があと数十センチというあたりで、何かに弾かれるように、サンの体は後ろへと飛び地面に投げ出されるようにして転がった。

 カランはそんなサンの姿を愉快そうに見つめ微笑んでいる。

「さあ皆、姫君のご到着ですよ。皆の幸せのため希望をかなえるため私自身に力を宿すため、儀式を行います。その姫君をこちらにご案内して」

 そうカランが集まってきていた街の住人に声をかけると、人々は無表情のままサンに向って近付いて行く。

 サンは近付いてくる人々の瞳に生気がない事に気付き、ゆっくり立ち上がりながら後ずさった。だが、このままティアを置いて逃げる事も出来ない。

 サンはゆっくりと剣を構える。先ほどまで街の雑踏に溶け込んでいた人々達に対して刃先を向ける。

 ここにいる者達は、カランの蘇生術で蘇った人間達、家族や恋人、あるいは友人かもしれない、そんな自分にとって大切な存在の死を悲しみ、もがき苦しんだ心が生み出した幻想。

 だがそんな幻想でも、今、現に呼吸し、動き、笑い、毎日家族と生活をしているに違いない。そんな人々に対して刃先を向けている自分自身に、サンは疑問を感じていた。

「サン! 殺してあげてください」

 ティアが悲しみを含んだ優しい口調でそう言った。

 サンはティアに一瞬視線を移し、また眼の前の光景を見つめる。剣を持つ手が震えていた。

「その方達は、もう死んでいるのです。あなたのその退魔の剣ならば、魂を浄化させる事ができるはずです」

 ティアのその言葉に、サンは唇を噛み締めていた。眼の前の人々を死んでいるとはどうしても思えなかったのである。

 そんなサンの様子をカランは見つめ、高らかに笑う。

「姫君、貴女は見かけによらずお優しいですね」

 カランの言葉にサンは怒りを露にするが、どうしても剣を振るう事ができす、ただ後ずさるだけだった。

「サン! だらしがねえな!」

 そう言って、空間を切り裂くように跳躍しながら入り込んできたのはマーラだった。

 マーラはそのまま、手に伸びた鋭い爪で人々に襲い掛かる。確かに手ごたえはあった、だがその手ごたえを感じさせず、悲鳴一つあげず血が出る事もなく、脆くもまるで皮膚や肉が蒸発するように消え、後には骨と黄色い砂だけが残っていた。

「見たか? こいつらは人間じゃないんだよ」

 マーラはサンを見つめながらそう言った。マーラのその瞳には人間の雰囲気を感じなかった。 

「うっ……」

 ティアが顔を歪め、左手で頭を押さえ苦しそうに顔を伏せる。

 頭の中に今マーラが襲った人間の中に宿っていた思念が入り込んできたのである。深い深い悲しみ、我が子に蘇って欲しいと願う強い悲しみ。

「大丈夫?」

 マーラはティアの足元にストンと飛び込んでくると、茶目っ気たっぷりに、ティアの顔を興味深げに覗きこんだ。

 ティアは頭を押さえたまま、弱々しく笑う。

「ふ〜ん、あんた思念に敏感なんだね……それになんだか俺と同じ匂いがする」

 マーラはそう言いながら、ティアの肩に刺さっている針を抜こうと手を掛ける。刹那、火花が散り、マーラの体はその衝撃に吹っ飛ばされ、岩の壁に思い切り叩きつけられて地面に落ちた。

「邪魔者が入ってしまった……材料は揃っている始めましょう!」

 カランはそう言うと、両手を大きく左右に広げ目を閉じた。

「闇の住人よ、我の声を聞き姿を現したまえ、此処に闇の入り口を開き、召喚す!」

 そう言って目を見開く、するとカランの背後にあった祭壇の中央に置かれた心臓の少し上に黒い点ができ、それは見る見る大きくなり渦を巻き始めた。

 洞窟の中に風が舞い込んでくる。黒い渦の真ん中にぽっかりと闇の穴が開き、そこから細い華奢な腕が伸びてきて心臓を取り上げ穴の中へと引き込んでいく。

 肉を食べるような音が響いたかと思うと、闇の穴は大きくなり一人の美しい女が穴から這い出るように姿を現した。

 地面までつくような漆黒の髪の毛に、漆黒の瞳、真っ赤な唇。黒い装束を身に纏っていた。

 唇を血に濡らし舌なめずりをし、サンの姿を目にすると、艶やかな足取りで近付いて行く。

 サンは眼の前の人間達を分け入りながら歩いてくる女の顔を見て身構える。すると女は口を歪ませ微笑んでいた。

 サンは剣を振り上げようとする。だが体がびくともしなかった。目の瞳だけを動かしマーラを見ると、まだ気を失ったままだった。

 くそっ! サンは心の中で舌打ちをする。

「この女、我に対する生贄かえ?」

 妖魔のはずだが言葉の音は人間のものと変わらなかった。

「はい、お好きなように」

 カランがそう言い、妖魔の行動を薄っすら笑みを浮かべ見つめていた。

「……手を……出すな!」

 ティアは力の限り叫ぶ。すると妖魔の動きが止まりティアの方を振り向いた。ティアと目が合うと嬉しそうに微笑みティアの眼の前まで一気に跳躍し、まったく重さを感じさせずに前に降り立った。

 サンは動こうとしたが、指一本動かす事ができなかった。何も出来ない自分に腹立たしさを感じていた。

 ティアは鋭い視線で妖魔を見つめる。妖魔はティアを眼の前にして瞳を食い入るように見つめていた。

「やっと見つけた。こんな所にあったのか」

 妖魔はそう言って、微笑みながらティアの瞳に指を伸ばす。触れる寸前でティアの体が眩い光りに包まれる。

 妖魔はその光に目を開いている事ができず、後ずさった。

「おのれ、小賢しい真似を!」

 その声と同時に妖魔の髪の毛が伸び始め、ティアの体に巻きつき、左手の自由も奪っていく。妖魔の髪の毛はティアの首を容赦なく締め付けていった。

 ティアは息苦しさの中、気が遠くなって行くのを感じていた。髪の毛は首に食い込みそのまま首を千切ってしまうのではないかと思うくらいに締め付けていた。

 その時だった、ティアの体から流れ出た血が鋭い刃と化し、地面から髪の毛目掛けて飛び、髪の毛を切り裂いた。

 妖魔はその反動で後ろに後ずさり、驚きの表情を浮かべていた。

 ティアはゆっくりと目を開く。そこには真紅の瞳が揺れていた。

「な……に……」

 妖魔はティアの瞳の色が真紅に変わった事に驚き、そして何かに気付いたように愉快そうに笑みを零した。

 ティアは真紅の瞳を妖魔に向けながら、肩に刺さっている針に手を掛け、静かに目を閉じた。針は一瞬にして血液へと変わりティアの手から流れ零れていく。

「サン、今暗示を解きます」

 ティアはそう言い、サンの元へと走って行こうとした。刹那、サンの元へと走りこんでくる影が視界に入る。

「一歩でも動けば姫君の命はありませんよ」

 カランは髪の毛でできた針を、サンの首に突きつける。少しでも動けばサンの首には針が突き刺さり、命を奪ってしまうだろう。ティアはカランの瞳を睨みながら動きを止めた。

「さあ、契約に基づきその瞳と交換に私に力をお与え下さい」

 カランは妖魔に向ってそう懇願する。妖魔は舌なめずりをすると、唇の端を上げ微笑み、ティアに近付き手を伸ばした。サンは声を出したくても出す事ができずただティアの姿を悲しい瞳で見つめていた。

 動けばサンの命はない、ティアは静かに目を閉じると無防備なまま立っていた。

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