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       〜迷う心〜

 満月が山の上に顔を出していた。

 月明かりが闇夜を温かく包み込んでいるようだった。

「おい、まだかよ」

 サンはあのビルの前で、ウロウロと苛立ちを露にしながらササラにそう怒鳴る。

「悪いね。もう一人助っ人がいないと……あっ、来た来た」

 ササラはそう言いながら夜の闇を走ってくる小さな影に手招きしていた。

 その影の正体が月明かりに照らされ露になると、サンは驚き言葉を呑み込んだ。

「悪い、悪い、お待たせ」

 そう言って、茶目っ気のある表情浮かべて現れた少年は、ササラと瓜二つの顔を持っていた。

 サンは口をパクパクとさせながら、ササラ達の顔を指差しながら何か言いたげに驚いていたが、ササラはそんな暇はないと判断して、サンの手を握り締め勢いよく引っ張ると、ビルの扉を開け中へと入る。

「あれ!?」

 サンは驚いた。昼間は確かに此処が洞窟になっていたはずだった、だが今は何の変哲もないビルの一室で、コンクリートの壁が寒々と三人と迎え入れていた。

「もう此処に入り口はないのか……マーラ、辿れそうかい?」

 ササラはその瓜二つの顔を持つ少年にそう言った。マーラと呼ばれた少年は静かに目を閉じ、少しの間、肌全体で周りの空気に残る気配を探っているようだった。

 そしてゆっくりと目を開ける。何かが見えているのかマーラは得意げな表情を浮かべて微笑んだ。

「行くよ」

 そう言ったかと思うと、マーラはサンとササラの手を力一杯握り締め、いきなり壁に向って走り出した。

 サンは焦った。いきなり手を握られ走り出した事にも驚いたが、走っている方向の目の前に壁が迫っている事に慌てふためいていた。

 手を振り切ろうとしたが、その人間離れした力に逆らう事が出来なかった。

 ぶつかる! サンがそう思った瞬間、眼の前に大きな眩い光が現れ、その中に三人の姿が消えたと思った矢先、光は闇に吸い込まれるように消えてしまい、あたりは薄暗い空間へと変貌する。

 サンはそのいきなりの状況に、対応しきれずに呆然としていた。

「さずがマーラ」

 ササラのその言葉にマーラは自慢げに胸を張り、フフンと鼻を鳴らしていた。

「お前ら、いったい何なんだ?」  

 サンは自分自身だけが状況を把握できていない事に、苛立っているのか、真っ赤な髪の毛を掻きながら、不機嫌そうな表情で二人を見ていた。

「紹介します。この子は私の双子の弟のマーラ、三人の神使の最後の一人に使えているの」

「今のはお前の力なのか?」

 サンの問いにマーラは頷く。

「マーラは現実の世界の狭間にできた幻の空間、まあその殆どが神使が作り出した結界だったり、妖魔が住みついてる空間なんだけれど、そんな空間を作り出したり探ったりできるの」

 ササラの説明に、サンは周りを見回す。見覚えのある空間だった。

 ユリカが案内してくれた洞窟に間違いなかった。

「嫌な予感……うっ、臭い。微かだけど死臭も漂ってる」

 ササラは眉間にしわを寄せながら、今自分達が向おうとしていた暗闇に視線を向けながらそう言った。

 サンにはその死臭は感じなかったが、相変わらず心は騒がしくざわついていた。

「急がないと、あんたの連れ、やられちゃうかもね」

 マーラは悪びれた様子も無く面白そうにそう口にする。その言葉はサンの怒りに触れ、一気に噴出した。

「てめえ、今何て言った? 人の命をオモチャみたいに楽しそうに言うんじゃねえよ!」

 サンは思い切り握りしめた拳を岩の壁に叩きつける。真っ赤な髪の毛が怒りを表すようにユラユラと揺れていた。

 その時だ、暗闇からクスクスと可愛らしい笑い声が聞えてくる。

「あら、仲たがい? 駄目よ仲良くしないと」

 そう言って現れたのはユリカだった。

 ユリカは意味ありげな微笑を浮かべて、サンの方を見つめていた。

「てめえ、ティアを何処に連れて行った!?」

 サンは食い付かんばかりにそう怒鳴りつけると、柄に手を掛けユリカの元へと走りこみ、剣を抜いてユリカに切り付ける。

 動物的な俊敏さを持ち合わせているサンの動きが、いとも簡単にかわされてしまった。

 ユリカも神使いに使える身として、それなりの力はもっているのだろう。

 ユリカは楽しそうに、可愛らしい笑い声をたてながら、サンの姿を見つめていた。

「カランの人形にされてしまった可愛そうなユリカ。カランは貴女の悲しみを癒してくれたんだよね? 貴女はそれで救われた。でもカランに心を引き渡してしまった。今の貴女は貴女であって貴女ではない。心の泣き声が聞えるよ」

 ササラがユリカを見つめながら淡々とそう言葉を紡ぐ。まるで歌を歌うように。

「……うるさい、何を言ってるの? お前らなんかにわかるもんか! カラン様だけが私の気持ちをわかってくれた。両親を妖魔に殺された私を育て愛してくれた。だから、私はカラン様に恩返しがしたい……しないと……いけないんだ」

 ユリカは頬を赤らめ興奮しながら言葉を噛み締めるように言う。まるで自分自身にそう言い聞かせているようだった。

 ササラは優しい雰囲気の中に悲しい影をもつ瞳をしながら口を開いた。

「貴女の両親を殺した妖魔とカランは手を結ぼうとしている。それでも貴女はカランを守ると言うの? 両親の仇でもある妖魔に心を売り、自らも闇に足を踏み入れた男を信用できるの!」

「ちがう……ちがう、ちがう、ちがう!」

 ササラの言葉にユリカは力の限り叫ぶ。自分の中にある迷いを必死に振り払っているように見えた。ユリカの声が岩にぶつかり悲しく反響していた。

「……じゃあ、その涙は何? 貴女だってわかってるはず。カランを守りたいなら妖魔と手を組ませては駄目よ」

 ユリカの言葉を発した唇は震え泣いていた。心が信用させて欲しいと叫んでいるようだった。

 ササラは悲しい瞳でユリカをただ見つめていた。ユリカは涙に揺れる瞳を静かに閉じると、その場に座り込んで泣き崩れてしまった。肩を震わせ地面に蹲るように泣き震えていた。

「カラン様お許し下さい……お願い、カラン様を助けて……お願い」

 ユリカは震える声でそう言った。

「まったく人間てのは面倒な生き物だね。愛だの情だのって形にならないものを信用するんだから」

 マーラがユリカの姿を見て、吐き捨てるようにそんな言葉を口にした、その時、サンの赤い髪がゆれ拳がマーラに飛んだ! と思ったその矢先、ササラの平手の方が先にマーラの頬を引っ叩いていた。

「いいかげんにしなさい! そんなんじゃいつまでたっても一つになれないじゃない!」

 ササラはそんな言葉を口にする。マーラはその言葉と頬を引っ叩かれた衝撃に顔を伏せ、落ち込みほんの少し小さくなったように見えた。

 一つになれない。サンはその言葉を不思議に思ったが、今はそんな事に引っかかってる場合ではない。此処にユリカがいたという事は、カランもこの奥にいるであろう事は確実。

 サンはそう思い、気持ちがそう結論をつけるよりも早く、体が動き出し薄暗い空間を走り出していた。

 ササラとマーラも、サンのその素早さに一歩遅れて走り出す。

 奥に進むにつれて、どんどん死臭の匂いが濃くなっていく。ササラは足を止め、口を押さえ、その場に蹲ってしまった。

 この三人の中で死臭を感じるのはササラだけのようであった。

「ササラ、どうした?」

 マーラが足を止め、振り返りササラにそう声をかける。

「私は大丈夫だから、あの人のサンの後を追って、マーラの力をサンに貸してあげて」

 ササラの言葉に、マーラは親指を立てて茶目っ気たっぷりの得意げな笑顔を浮かべると、サンの後を追い暗闇へと消えていく。

 ササラは吐き気を感じながらも、ゆっくりと立ち上がると少しずつ前に進んだ。

 苦しいくらいの重い空気を感じていた、何かが起こる事を予感し、心が押し潰されそうになっていた。

 

 サンが走る前方の闇から、微かに人が唸るような低い声が響いて聞こえてきていた。

 それは不気味に岩に反響し、サンの心音を早くさせる。

 この胸騒ぎが何なのかわからない、だが早く行かなければ大変な事態になる。そう思っている自分の存在に急かされ、サンは必死に闇を走りぬけた。

 ほんのりと蝋燭の灯の光が揺れているのが見えてくる。

 サンの足は自然と早くなり、光の中へと入り込んでいった。

 光の中に現れた光景に、サンは驚愕し血液が沸騰するのではないかと思うくらいの怒りが、一気にこみ上げて来るのを感じていた。 

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