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       〜矛盾〜 

「ほお、これは見事だな。あの闇の入り口を操る妖魔を倒したとはね……坊主が一人でしとめたのか?」

 薄暗い狭い空間にそんな声が響いていた。

 声の主は、白髪混じりで腰が曲がったずんぐりとした男だった。着ている物も黒っぽいせいなのか、まるで大きな黒い塊にも見えた。

 それはこの換金所の主だ。ギョロっとした目つきでルーペを覗きながら、サンが差し出した宝石をしげしげと見つめていた。

「んな事はどうでもいいだろう? 賞金首なんだから文句ないだろうよ!」

 サンは苛立っているようだった。ティアをあの場に置いて来た事をほんの少し悔やんでいた。

 サンの中の第六感が五月蝿く心を掻き乱していた。

「確かに本物だ。じゃあこれは賞金の百ロンだ」

 主はそう言うと、金貨の入った麻袋を机の上に置く。どっさりと重さを感じる音がした。

 サンはその麻袋を開き、中身を確認する。中には金貨が入っていた。いつもなら枚数を確認すのだが、今回はザワザワとした心のざわめきが気になり、麻袋を握り締めると換金所から外に出て、急いであのビルの入り口に走って行った。


 サンが麻袋を手にビルの入り口に戻ってきた時、そこにはティアとユリカの姿は無かった。

 サンは辺りを見回しながら、その場に座り込み頭を抱え込んだ。

 やっぱり一人にするんじゃなかった。サンは心のざわめきを必死に押さえるように、胸の部分を握り締めながらそう思っていた。

「ちょっと、ねえ、ちょっとそこの人」

 ビルの陰のほうから黒髪の少女が顔を出し、サンに向って手招きをしている。

 見た感じは10歳くらいに見える。サンは訝しげな表情を浮かべながら、警戒しつつ少女に近付いていった。

「あんた、黒髪の綺麗な人の知り合い?」

 この少女が言った、黒髪の綺麗な人と言うのは、ティアを事を指しているのだろう。

 サンもそれに気付き、静かに頷く。

 少女はサンのその姿に、ほんの少し何かを考えると、いきなりサンの手を握って引っ張った。

「こっちに来て!」

 少女のいきなりの行動にサンは驚き、手を振り払うと柄に手を掻け、いつでも剣を抜けるように身構える。

「ちょ、ちょっと待って、私は怪しい者じゃないよ。どっちかって言うとそっちの味方側だって」

 少女は焦りながらそう言って、真っ直ぐにサンの瞳を見つめる。

 サンは少女の瞳から目を逸らす事無く見つめていた。そしてフッと目を伏せると柄から手を離したのだった。

 少女の言ってる事は本当のようだ。サンの感がそう言っていった。

「わかった。だが俺を何処に連れて行く気なんだ? それだけは聞かせて貰おう」

「……この街の神使様の所へ」

 少女はサンの瞳を真っ直ぐに見つめ、微かに笑うとそう言った。 

「神使だと?」

「そう、三人のうちの一人、マリ様の所だよ。黒髪の綺麗な人を助けたいなら、知恵を貸してもらうといいよ」

 少女のその言葉に、感の鋭いサンは何かを感じていた。

 ユリカが言っていたカラン様、そしてこの少女が言っているマリ様、ここの神使の間には信頼感が無い、しかもどちらかと言うとお互いを敵視している雰囲気がある。

 サンはそんな事を思いながら「ティアの事を助けたいなら」と言う少女の言葉を信用する事にした。


 少女は細かい路地を何回も曲がりながら進む。表通りの大きな通りとは違いこの街はかなり入り組んでいて迷路のようだった。 

 サンは必死に少女の後をついていく。意外にも少女の歩くテンポの早さに驚かされる。体力のある俊敏なサンがちょっとでも気を抜くと、おいていかれるのではないかと思うくらいの速さであった。

 あのビルからかなりの距離を歩き、少女はある一軒の小さな家の前で止まった。

「ここだよ」

 少女はそう言って、家の扉を開く。すると中には揺り椅子に腰をかける一人の老婆が座っていた。

 白髪の長い髪に、優しい光を湛えた青い瞳、表情は穏やかで品の良さを感じさせた。

 これが神使だと言うのか……ただの老いぼれたババアじゃねえか。サンは正直、心の中でそう思っていた。

 少女は家の中に入ると神使の前に跪いて頭を下げる。

 老婆は少女の頭に手を当て、静かに目を閉じ、しばしの間、何も言わずに口を噤んでいた。 老婆の表情が少し険しくなったかと思うと、ゆっくりと目を開けサンを真っ直ぐに見つめる。

「そなたの連れは、翡翠色の瞳を持つ美しい青年ですね?」

 年老いた声だったが、穏やかな優しい雰囲気の漂う口調だった。この老婆は人が記憶した物を読む力があるらしい。

「命の灯は当然ご覧になられましたよね」

「ああ、あの不気味な光景には驚いた」

 サンは少し安心したのか、まだ若干の警戒心を残しつつ、家の中へとゆっくり歩みを進める。

 家の中は優しい気に満ち溢れていた。

 部屋の両側の窓からは優しい日差しが差し込み、温かい雰囲気を漂わせていた。

「ではカランが蘇生術を使う話もお聞きになりましたね?」

「ああ聞いた。まったく不気味な話だったぜ」

 サンは眉間にしわを寄せ、怪訝そうにそう言葉を口にする。

 その言い草に、傍にいた少女はクスリと幼い笑顔を浮かべていた。

「人を一人蘇生させるには生贄が必要となります。この街の者達はそれを知りつつも、自分の身内に突然の死が訪れた時、カランに縋り蘇生を頼むのです。それがたとえ矛盾している事だとしても、悲しみや喪失感から逃げ出したくなるのでしょう」

「なっ! 生贄だと? それじゃあ、一人人間が生き返るたびに、一人人間が死んでるって事かよ、なんだよそれ」

 サンの心のざわめきがより一層大きくなり、鼓動が五月蝿いほどに高鳴っていた。

 怒りが心の奥底から湧き上がり、真っ赤な炎のような髪の毛が怒りの気を帯びているように揺れていた。

「そうです。ですが連れの方を生贄としては考えていないでしょう。貴女ならまだしも……生贄の対象は女性ですから」

 老婆はそう言うと、サンを見つめて優しく微笑んだ。

 サンは自分が女である事を見破られた事に驚き、後ろへと後ずさる。このババア、侮れない! サンは心の中でそう呟いていた。

 老婆はゆっくりと立ち上がると、窓の方へと歩いて行き、建物の間から見える小さな空を見ながら口を開いた。

「今夜は満月、カランは今夜動きを見せるはず、カランはお連れの方の命を奪い、翡翠色の瞳と引き換えに、神使として持ってはいけない力を手に入れるつもりです」

 神使として持ってはいけない力、それは闇の力を手に入れるという事を差している。ティアの瞳と引き換えに闇の者と契約を結ぶつもりでいるという事である。

「その前にティアを助け出す。カランの居場所を教えろ!」

 サンは老婆を睨みながら強い口調でそう聞いた。老婆は振り返り、先程の優しい笑みとは違う、鋭い目線でゆっくりと口を開く。

「このササラに案内させましょう。きっと役に立つはずです」

 老婆のその言葉に、サンはササラと呼ばれた傍にいる少女に視線を移す。すると少女は幼さの中にも凛とした輝く瞳で大きく頷いた。なぜか、そこに不思議な程の力強さを感じたのだった。 


 太陽は少しずつ傾き始めていた。

 サンは心の胸騒ぎを自制しつつ、ティアの無事を必死に祈った。

 なぜこんなにも、ティアの存在に対して自分自身がこだわるのか、この時のサンにはまだその理由がわからなかった。

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