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       〜命の灯〜

 洞窟の暗闇の中にぼんやりと暖かい光が無数に見えてきた。

 それが何の光なのかは、足を進ませるにつれハッキリしてきた。

 サンとティアは眼の前に広がったその光景に息を呑み驚いた。

 岩の壁という壁に蝋燭が立ち、温かい光を放ち炎がユラユラ揺れていたのである。

 数え切れないほどの数だった。

「いったい、これは……」

 サンの驚きの声にユリカはクスリと可愛らしい笑みを浮かべて口を開いた。

「美しいでしょう? これは命の灯と言います」

「命の灯?」

 ティアは足を止め、怪訝そうな表情を浮かべて、眼の前の無数の蝋燭を見つめていた。

「私の主である神使様は死人を蘇らせる力を持っているのです。ここにあるのは街の住人の命の灯です。これが燃え尽きた時、命も終るのです。私はここの番人をしています」

 ユリカの口から出てきた言葉に、サンとティアは顔を見合わせ、驚きの表情を浮かべていた。

 たとえ神使であろうが、自然の摂理に逆らうような行いをした場合、それはかならず自分の体に帰ってくる。そんな暗黙のルールにも似た言い伝えが存在していた。

 一度死んだ者の魂を呼び戻す力を持ってる者が、この世に存在していたとしても、それはやってはならない事としてタブー視されていたのである。

「主様はご自分の命を削ってまで人の命を助けてくださる。神使の中の神使なのです」

 ユリカは主である神使を崇拝しているかのように、熱のこもった口調でそう言った。

「それっておかしくないか? それじゃあこの街の人間は死ぬ事がないって事じゃねえか?」

「違います。神使様がお助けになるのは、理不尽な事でお亡くなりになった方々だけです。事故や殺人、その類です」

 サンの問いに食って掛かるようにユリカはそう強く言った。サンはその言葉にも納得できずに舌打ちをする。

 ユリカはそんなサンの姿に少し不快な表情を見せたが、すぐに元の様な笑顔に戻る。

 ユリカを先頭に、その無数の蝋燭の光の中を三人は歩いていく。

「黄色い街は大きな街だと聞いていますが、神使はお一人ですか?」

 ティアがユリカの揺れる後ろ髪に向ってそう聞いた。

「いいえ、全員で三人おりますが、主であるカラン様が一番信頼され、領主にと言う声も高鳴っているほどですわ」

 ティアの問いに、ユリカは振り向くと誇らしげに表情を高揚させそう言った。

「カラン様とは素晴らしい方のようですね」

 ティアはユリカを温かい眼差しで見つめながらそう言った。だがその影に哀れみが隠れている事など、誰一人気がつく者はいなかった。

 サンはユリカの言葉に不快感を感じていた。

 神使が領主にだと? 人間離れをした力を持った者が、領主になるなんて、よくもそんな怖い事を考え付くものだ。サンはそう思いながらテイアとユリカの会話を聞いていた。

 基本的に神使が領主になる事は禁じられていた。ただこれも言い伝え的なものであり、遠い昔に決められたものが長々と語り継がれているだけの事であった。

 蝋燭の光が命の炎だなどと、そんな異様な事があるのだろうか。もしそれが本当だとすると、その炎を意図的に消す事も可能だという事になりはしないだろうか。

 そんな言いようのない不安をサンは感じながら歩いていた。


「さあ、着きましたよ。ここが黄色い街の入り口です」

 洞窟の突端には木製の扉があった。ユリカがその扉を開く、すると一気に光が洞窟内に入り込んできて、サンもティアもその眩しさに目を細めた。

 扉の外に出ると、そこはすでに街のど真ん中に位置しており、今出てきた扉を振り返ってみると、そこは何の変哲もないビルが建っていた。

 ビルの入り口が洞窟の入り口、すなわち黄色い街の出入り口になっていたのだった。

 これもこの街の神使の力なのだろうか。


 沢山の人々が行きかい、街は活気付いていた。小さな店が犇めき合うように立ち並び、威勢のいい声が飛び交っていた。

街を忙しそうに歩く者、ゆっくりと色々な物を見ながら買い物する者、親子連れや杖を付いた老人等、人それぞれの生活のリズムを刻む姿がそこにはあった。

「換金所は何処にある?」

 サンは街に着いた事を確認すると、唐突に愛想のないぶっきら棒な口調でユリカにそう聞いた。

 ユリカは優しい笑みを浮かべて、右前方を指差しながら口を開く。

「あの赤い屋根の建物がそうです」

「ティア、ここでちょっと待ってろ」

 サンはそう言い残すと、凄い勢いで人の波を掻き分けるようにして、換金所目指して走っていった。それはかなりの金欠を感じさせるような走りだった。

「忙しい方ですね」

 ユリカのその言葉にティアは苦笑いをし、サンの後姿を静かな笑みで見送ったのだった。

 街を行きかう人々が、ユリカの存在に気付くと、笑顔で会釈して通り過ぎて行く。このユリカという少女の知名度はかなりのものらしい事がわかった。

「ああ! ユリカ姉ちゃん」

 そう言いながら小さな男の子が、金色に近い茶色の髪の毛を揺らしながら駆け寄ってきた。

「ケン、体の方はどう?」

「うん、この通りさ! この間はありがとう」 

 ケンと呼ばれた男の子は朗らかな笑顔を浮かべそう言い、ユリカに手を振ると立ち去っていく。

 その男の子がティア達の前を通り過ぎた瞬間。

「うっ……」

 ティアがいきなり口を手で押さえその場に蹲った。顔は蒼白で、今にも倒れてしまいそうな程、体調が悪そうに見えた。

「大丈夫ですか?」

「……大丈夫……で……す」

 ティアはそう答えながら異様なものを感じていた。それはまさしく死臭だった。

 たった今、ここを通り過ぎた男の子から感じた匂い。

 ティアは人の波に消えていく、男の子の姿を眉を顰めて見つめていた。

「あの子は、この間、カラン様が助けた子です。突然の事故で命を落としたのですが、カラン様の力のおかげで、この世に蘇る事ができました」

 ユリカはそう言うと、自分の腰に結んであった水筒をティアに差し出す。

「これをどうぞ」

 ティアはユリカの顔を見上げた。ユリカは優しい笑みを湛え天使のように微笑んでいた。それは全ての者を安心へと導くような雰囲気を漂わせていた。

 ティアは何の疑いも持たずに水筒を受け取り、一口水を飲み、深呼吸する。

 喉を心地のいい涼しさが通り過ぎ、少しだけだが胸の悪さも緩和されたような気がしていた。

「本当に綺麗な翡翠色の瞳ですね」

 ユリカのそんな言葉がティアの頭上から聞こえてきた。

 ティアはその口調に嫌な雰囲気を感じ取り、ユリカの顔を見上げた。すると先ほどまでの笑顔とは雰囲気の異なる、口の右端だけを上げ卑しい笑みを浮かべたユリカが、ティアの翡翠色の瞳を見つめていた。

 突然、ティアの視界が狭くなっていく。心の中に焦りを感じ鼓動が早くなる。だがそれを無視するようにティアの意識は消えていってしまった。

 金色の睫毛は伏せられ、瞼は硬く閉じ、ゆっくりとティアの体は傾いて行く。

 引力に引き込まれるように倒れ混むと、漆黒の黒髪が流れる川のように地面に広がっていた。

 ユリカの茶色の瞳は、もう笑ってはいなかった。

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