至福!
「冗談で言ったつもりが、まさか本当に載っているなんて」
「うっせ。どうでもいいだろそんなの」
吾妻は少し気まずそうに吐き捨てた。それもそのはず、彼女の目の前には吾妻を要注意生徒一覧に設定した組織の副団長がいるのだから当然だ。対してその風紀団副団長、東郷芽衣はというと、あはは、と苦笑を浮かべながらも吾妻を取り締まろうという素振りは見せなかった。
吾妻がきまり悪そうにしていると、今度は第三高校の生徒が逃げていった方向とは別の通路から、第一高校の生徒が大勢現れた。彼らは皆一様に制服の袖を緑色の襷でたくし上げている。『鎌倉学府風紀団』の証だ。
「副団長!」
威勢のいい少年の声だ。芽衣よりはやや大柄な少年が吾妻と芽衣の間に割って入った。それに呼応するかのように、風紀団員のうちの二人は芽衣の一間後方に立ち、さらに五人はその後ろに等間隔で整列した。美しい、整った隊列移動だ。この街を守る学生組織は非常に高い練度であることがうかがえる。
「怖くなかったかい」
「へ?あ、はい」
少年は少しかがんで閃に目線を合わせると、優しく微笑みかけた。そして吾妻の方に向いたかと思うと、ため息を飲み込みながら眉をひそめて口を開いた。
「また君だな。第一高校三年、坂上吾妻。今一度、風紀団本部多目的教室において帯刀者安全講習を受けてもらう」
「はあ?なんであたしが」
「この通り、君は鎌倉学府風紀団が指定する要注意人物に指定されている。学府の風紀を向上させるためにも君はあのビデオをもう一度見た方が良い」
「嫌だね、だれが好き好んであんなの観るか」
「先ほど別の団員から三高生と君の喧嘩沙汰があったらしいと報告を受けている。副団長ににらまれて、おおかた手も足も出なかったといったところだろう、副団長、お怪我はありませんか」
「あ、うん。大丈夫!でも――」
「それは良かったです!副団長に万が一のことがあったと思うと、俺、心配で!」
大袈裟な身振り手振りで感情を表す少年に、芽衣はまた苦笑した。
「ほおう、そういうコトか」
吾妻はにやりと歯を見せて笑うと、少年にだらだらとした足取りで歩み寄った。
「お前、あたしと立ち合えよ」
「な、何を言い出すんだ、急に」
「あたしに勝ったらおとなしくついて行ってやるよ。自分よりも弱いやつに連れて行かれるのは嫌なんでね」
そう言って吾妻は脇差を抜いた。
「なっ……!脇差だと――!」
少年の顔がこわばった。立ち合いにおいて脇差を抜くことはきわめて無礼な行為だ。そして「調停者」である風紀団に剣を向けることも。少年はわなわなと震え、こぶしを握り締める。
「上等だ!風紀を乱すその行い、鎌倉学府風紀団の名において成敗する!」
少年もまた抜刀した。その立ち振る舞いはまるで騎士のように、太刀を片手で正眼に構えると、勇ましく横に薙いで見せた。
先程の喧嘩騒ぎからものの数十分で再び揉め事が起きたという事実は、サイスモール中に緊張を走らせた。
「どうした?かかってこいよ」
十分な間合いを取るために後ろに下がった吾妻は脇差を持った右手をだらりとぶらつかせると、退屈そうに手首を練って挑発した。
「来ないのならこちらから行くぞ!」
太刀を八相に構えた少年が喊声とともに飛び出した。美しいフォームだ。少年が日々鍛錬を怠らず、実践経験も浅くないということが見て取れる。
「これは……マズイんじゃ……」
閃は横目でポツリと呟いた。吾妻はにやにやと獰猛な微笑を浮かべ、彼が自分に近づいてくるのを待っている。相当な自信があるのだろうか、吾妻の表情にはいくらかの余裕が見えた。
少年が太刀を大きく振りかぶる。
「周りを――」
閃の隣で感情を押し殺したような声が漏れた。
太刀が勢いよく振り下ろされる。だが、それを迎え撃とうとする吾妻は余裕の表情だ。
直後、吾妻の表情が崩れた。眼前に現れたのが、少年の太刀ではなく、軍帽を被った少女だったからだ。
「周りを見ろおおおおおおおおおおおお!」
強烈な金属音とともに、巨大な軍刀が振り抜かれた。その時既に少年の手に太刀は無く、強烈な痺れと痛みだけが残されていた。
ひしゃげた太刀はまるでブーメランのように回転しながら弧を描いて飛び、芽衣のはるか後方の天井に突き刺さった。
鈍い歓声が起こる。いつの間にか、閃たちは無数の観衆に囲まれていたのだ。
少年は芽衣の気迫に圧倒され、思わず尻餅をついた。芽衣は少年の脚の間に軍刀を突き立てると、
「迂闊に挑発に乗るな!自分の立場をわきまえなさい!」
「……申し訳、ありません」
尻餅をついたままがっくりと肩を落とし俯いた少年に、芽衣はすぐさま手を差し伸べた。
「分かってくれたなら良し!立てる?」
少年の手をとった芽衣はまるで紳士のように彼の体を引き起こした。鼻と鼻が触れそうな距離に少年は頬を染めながら思わず半身を引き、気をつけの姿勢を取る。少年のほうがやや背丈は高いので、芽衣は少年の顔を少しばかり見上げる形となる。
「期待してるからね!」
芽衣は爽やかに微笑みかけた。少年は思わず頬を染め、裏返った声で返事をした。
鞘に軍刀を戻し、くるりと身を翻した芽衣は、吾妻の方へ笑みの消えた眼差しで歩いてゆく。
吾妻は思わずぽかんと口を開け、ひしゃげて天井に突き刺さった太刀を仰ぐと、おそるおそる納刀した。あの巨大な軍刀の威力も計り知れないが、この東郷芽衣という少女は恐るべき怪力の持ち主だということをひしひしと感じる。振り抜きで太刀が曲がるほどの衝撃を与え、なおかつ天井まで弾き飛ばしたのだ。額から汗が滴る。
そんな吾妻の目の前で芽衣は静止した。
「もう喧嘩はやめてね」
「――お、おう……」
芽衣はにっこりと笑いかけた。そして少年の手を取り、吾妻の手も反対の手で掴むと、
「握手!」
「はい」
「ハグ!」
「はい」
「いよしっ!万事解決だね!」
眩しすぎる笑顔を浮かべながら仁王立ちで満足気にうなずいた。
この恐るべきギャップに圧倒された吾妻だったが、それを見た閃はというと、
「すっごい……」
目を輝かせながら一丁前に感心していた。風紀団副団長としての技量、状況判断能力、そしてリーダーシップ。その全てが揃った芽衣は同性の閃から見ても魅力的に感じるほどだった。
「――っと、ごめんね!刀壊しちゃった。直す?」
「い、いえ。自業自得ですので、新しく買い直します」
少年は反省するように言い切った。が、
「そっか!じゃあ私が買ってあげる!壊しちゃったの私だしね」
「とんでもないです!太刀なんてそうやすやすと買えるものでは――!」
「大丈夫、買って恥ずかしくなるような安物は買わないから安心して!」
「そ、そういう意味では……」
芽衣はさらりと太刀を買う約束を取り付けた。鎌倉学府では、学生間でも大切な人に守り刀として短刀や脇差を送る文化がある。実際、贈り物用の装飾が施された短刀であれば五千円程度でも買えるが、太刀となると工場で量産されているステンレス製の安物でさえ最低でも2万円ほどは見なくてはならない。芽衣の言葉から考えるに、おそらく「買ってあげる」太刀はカーボンかセラミック、あるいは本物の玉鋼だろう。カーボンやセラミックでは安くても10万から15万円、玉鋼に至っては特注かつ完全受注生産のためどんなに安くても50万円、天井を考えるときりがない。そんなものをなぜ「買ってあげる」などと言えるのか。吾妻はもちろんのこと、その少年までもが驚愕の表情を浮かべていた。
そんな彼を特に気にする様子もなく、芽衣は閃と吾妻に語りかけた。
「二人ともごめんね!怖い思いさせちゃったかも」
「いえ!大丈夫です!ね、先輩」
「アア、ソウダナ」
なぜか片言のように話す吾妻。完全にビビって理性が不安定な状態だ。
「でも悪いことしちゃったしなあ」
芽衣は腕を組んで独りでに悩んだかと思うと、「そうだ!」と、なにか思いついたかのように手を叩いた。
「二人とも、私の家においでよ!ちょっと遠いけど、精一杯おもてなしさせてもらうからさ!」
「え、いいんですか!」
閃は嬉しそうに飛び上がった。
「もちろん!」
芽衣も嬉しそうに応える。
「やったあ!良かったですね!先輩」
閃は笑顔で吾妻を覗き込んだ。
「いや、あたしは――」
「君も来るでしょ?」
「いきます」
「よし!じゃあ決まりだね!来週末でいいかな、鎌倉駅で待ち合わせね!」
じゃあ帰ろっか、と言って芽衣は風紀団を引き連れて直ちに撤収した。まるで嵐のような人だなあ、と思いながらも感心している閃に、吾妻は呆れることも出来ずにため息をついた。イベントスペースに残された二人が先の騒動で集まった観衆を利用して目一杯のプロモーション活動を行ったところ、この激辛カップ麺はまさかのレギュラー化を果たすのであった。
時は未明。リュックサックを背負った一人の青年がメガネ越しに熱い視線を覗かせていた。フェンスぎりぎりまで近づけて設置した三脚の上に望遠レンズを装備した一眼レフカメラを据え置き、その機会を今か今かと待ち望んでいる。まもなく彼が望んだ状況が完成される。そして、その時は来た。
「キタキタキタ!」
昇り来る陽光とともに、8両編成の列車がトンネルから現れた。青年は息を殺し、カメラのシャッターを切った。完璧な写真だ。遠くの海から昇る朝日、トンネルから続くカーブを曲がる列車、そして見事な朝焼けのグラデーションに染め上げられた適度な量の雲。
青年は撮れた写真を見返し、満足したかのように思えた。その音を聞くまでは。
トンネルの奥から響く、空気を切り裂くような甲高い音。電車の音だろうか、いや、こんな音が出る電車に覚えはない。仮にそうだとしても早朝でこんなに車両間隔を詰めて運転するということはありえない。一体何が起きているというのか。
そしてトンネルから現れた’’それ’’を見た青年は言葉を失い、正気に戻ったかと思えばすぐに無線機の周波数を合わせた。
『CQCQ、鉄研総員、応答してください!』
「どうしたんだ。この時間は君の当直だろう」
早朝に入った無線を、やや不機嫌そうに取った者がいた。
『そそそそそそそそそれがあのあのあのあのあの、今すぐ出てください!トンデモナイものが!』
彼は明らかに動揺していた。まあその理由はなんであれ、見てみればわかることだ。無線を受け取ったふくよかな体つきの青年は、ものぐさな動きでアパートの雨戸を開け放った。朝日が眩しい。この時間だと、始発がまもなくこのあたりを通過するはずなのだが……。
「こ、これは――!」
あまりの衝撃に、その青年までもが言葉とともに意識を失った。空気を切り裂く高音が朝焼けの空に溶けていった。
週末の鎌倉駅は、一層混雑する。普段に比べて帯刀者が少なく見えるのは、学府外からの観光客の多さ故だろう。そういえば、鎌倉学府の主な財源は観光業による収入だとか授業で言っていたような、と改札口横の支柱にもたれかかりながら柄でもないことを思い出した坂上吾妻はスマートフォンをトレンチコートのポケットに入れ、息を吸いながら天井を見上げた。人の家に招かれるなどということは、いつ以来だろうか。今どきの高校生は、人の家に遊びに行って何をするのか、改めて考えてみると分からない。子供の頃のようにテレビゲームで遊んだくらいの記憶しかない吾妻は、妙に緊張していた。
「おはようございまーす!!」
声のする方に振り向く吾妻。その主、佐々木閃は元気さを感じさせる桜色のワンピースで現れた。その華奢な体を包むように羽織られた紺色のカーディガンは少女の手首を隠すのにいくらかの余裕を持たされており、袖を握り込む仕草に自然な愛くるしさが添えられていた。
閃の服装を見た吾妻は、自分じゃ絶対に出来ない組み合わせだ、などと思いながら照れ隠しの曖昧な返事で応える。
そんな吾妻に対し閃は突然、
「わあっ!」
「な、何だよ」
「先輩、おしゃれですね!大人っぽい!いいなあ~!」
目をキラキラさせながら吾妻の周りをくるくると周ってみせた。
ボーダーシャツに明るめのジーンズを合わせ、ベージュのトレンチコートに身を包んだ吾妻。くるぶしと裾の間からわずかに覗く素肌がセクシーさを際立たせ、磨かれた漆黒のローカットブーツがアクセントを加えていた。
閃があまりにも大げさに喜ぶので、人々の注目は必然と吾妻に集まった。私服の吾妻は確かにいい意味で目立つ。高い身長と抜群のスタイル、そしてきりっと吊った目元とみずみずしい唇。通りかかる人は吾妻をちらりと横目で追ってゆく。
「なになに?あの子、すっごく綺麗ね」
「モデルさんみたい!」
「あんな綺麗な人が、あんなに大きな刀を振っているのか!かっこいいなあ」
「ちょっと!今見とれてたでしょ」
「ち、違うって!」
皆が口々に呟いた。服装を褒められるのは嬉しいことではあるのだが、ここまで見られるのは流石に恥ずかしい。
火照った顔を冷ますようにまた上を向いた吾妻は少し間をおいて、なあ、と閃に呼びかけた。
「人ん家行ってすることって、ゲームくらいだよな」
「うーん、全くってわけじゃないんですけど、私はあんあまりゲームとかはやらなくって」
閃は考え込むように首をかしげる。
「マジかよ、遊びと言ったらゲームじゃないのか」
「私は虫取りとかやってましたよ!トンボを捕まえるのは自信があります!」
むふー、と閃は仁王立ちで得意げに言ってみせた。
「お、いたいた!おーい!」
雑踏の中でもよく通る声で呼びかけたのは、東郷芽衣だった。大きめの白いパーカーに、タイツと合わせたグレーのショートパンツ、そしてごつごつとしたハイカットのスニーカーは、全体的にスポーティーなイメージを与えている。芽衣の明るく元気な性格もあって、風紀団の厳格な印象と裏腹に、弾けるような可愛らしさが全面に押し出されていた。
「東郷先輩!おはようございます!」
「おはよう閃ちゃん!坂上さんも来てくれてありがとう」
「あ、ああ」
「それじゃあ、早速――ん?」
芽衣の眼前に、無言で一つのレジ袋が差し出されていた。その主は、坂上吾妻だ。頬をわずかに染め、そっぽを向きながら手渡されたレジ袋。その中には2つのスナック菓子が入れられていた。
「手土産っつーか、その、何にも無しで行くのは、悪いから……」
それを見た芽衣は目を丸くし、息を目一杯吸うと、
「ありがとう!!坂上さん!あとでみんなで食べようね!!」
差し出された吾妻の手を両手でぎゅっと握りながら満面の笑みで応えた。
閃が渡した和菓子も芽衣は同様に喜んだ。こんなに爽やかに感謝ができる人は居ないだろう。閃もまた嬉しくなって笑顔がこぼれた。
「あ、ちょっと待ってて!」
そう言うと、芽衣は駅員に何やら話し始めた。すると改札のゲートが開き、芽衣はこっちこっち、と手で合図しながら二人を呼び込んだ。どうやら、二人分の運賃を芽衣が先に支払っていたらしい。金額としては大層なものではないが、芽衣の人に対するホスピタリティを感じる一面だった。
吾妻が、運賃ばかりは後でしっかり払おう、などと考えていると、横で芽衣と閃が話し始めた。
「そういえば、東郷先輩のお家って、どこにあるんですか?」
「横須賀だよ!といっても、港の方じゃなくて山の方の田舎だけどね」
あはは、と芽衣は陽気に頭の後ろで手を組んで無邪気に笑った。
時刻は午前9時、二人の会話が弾んでまもなく、駅のホームにアナウンスが鳴り響いた。
『まもなく、1番ホームに臨時列車が到着致します』
「臨時列車だって、どうしたんだろう」
「学府外からの修学旅行とかかな!」
「すっごいお金持ちがお忍びで遊びに来たりして!」
普段聞かないアナウンスに、駅構内が少しばかりざわつく。閃も結った髪をそわそわとさせながら辺りを見回すが、吾妻だけは興味が無さそうだった。
が、
ごろごろとした空気の唸り声、そしてそれをも切り裂かんばかりの高音。駅中を飲み込む勢いの異音に、吾妻も注目せざるを得なかった。
そんな音を轟かせながらホームに接近してくる車両は、間違いなく在来線のそれではなかった。
特急型車両のような丸みを帯びた流線型の先頭車両、運転席は高めの位置に設置されており、その窓は鏡のように反射していて中が見えなくなっている。
漆黒の輝きを放つその列車は、発する風切り音と重低音を緩やかに収束させ、心地よいブレーキの軋みとエアブレーキの排気音を伴って停止した。
「どう?驚いた?」
芽衣は列車に背を向け、自慢げに笑ってみせた。
「東郷家専用列車、なみはや号だよ!最高時速300km、携行火器からの完全防弾、勾配・カーブもお手の物!すべてのお客さんを安全・快適に輸送するために作られたんだ!」
おー、と背伸びをしながら列車を見上げる閃と同様、吾妻も度肝を抜かれたのか、思わず口を開けたまま立ち尽くした。もちろん吾妻も先日のショッピングモールでの風紀団員の少年との会話でも見られたように、東郷芽衣という少女は相当な金持ちであることは薄々勘付いていた。しかし、自家用列車なんてものは聞いたことがない。それもわざわざ休日に二人を乗せるためだけに呼び寄せたというのか。家賃と食費と光熱費で日々の生活に心配がある程度のアルバイト代しか収入がない吾妻にとって、それは生唾を飲見込むのに十分すぎる暮らしぶりだった。
驚くほどなめらかに開いたドアからはタキシードを着た細身の男性が降りてきて、閃と吾妻をスムーズに客車へ誘導した。車内通路の女性に今度は刀を預け、客室に通される。
鈍い金色で装飾されたソファに真っ赤な客室。まるで自分が王様にでもなったような気分だ。閃はぽふりとソファの隅に、吾妻は向かいのソファの中央にどかりと陣取った。
「ようこそいらっしゃいました。ウェルカムドリンクでございます」
そう言って二人に差し出されたのは湯気とともに爽やかな香りを漂わせる紅茶だった。なんでも、英国王室御用達の茶葉の中でも特に入手が難しいのだとか。
吾妻は熱い紅茶を一気に飲み干すと、ぷはあ、と豪快に息を吐いた。
「うんめええええ!」
「ですね!本当に美味しいです!」
「気に入ってくれたようで何よりだよ」
芽衣は二人よりも遅れて客室に入ってきた。
「すごいです!東郷先輩!私、この列車ずっと乗っていられそうです」
「あはは、ありがとう。残念ながら家までは20分ちょっとで着いちゃうんだけど、家に着いたらもっと驚かせてあげるね!」
芽衣は絶えない笑顔で陽気に笑った。
低い警笛の音が鳴り響いた。機関始動の合図だ。車内照明が一瞬点滅し、一時的に光量も抑えられる。
「最初だけちょっと揺れるから、そこだけガマンしてね」
芽衣は片目を瞑りながら、小さく「お願い」と片手を立ててみせた。
それはまるで離陸する前の旅客機のように、ごろごろとした力を感じる振動だった。エンジンが回転する、空気を切り裂くような高音も響き始めた。
振動は更に強まり、車体が激しく揺れたかと思うとその揺れは徐々に安定し、ゆったりと収まった。
エンジンの高音が響き、エアブレーキから巨大な排気音が聞こえた直後、
ドンッ、という衝撃とともに機関車が客車を牽引しはじめ、なみはや号は鎌倉駅を出発した。
「それじゃあ横須賀に向けて、出発進行!」
「おー!」
――お父さん、お母さんへ
鎌倉学府に来て、1ヶ月が経とうとしています。
この街は私にとってすっごく新鮮で、毎日が発見の連続です。
新しい友達や、先輩方との交友関係も広がり、遊びに行くことも増えました。
今度帰るときは、この間よりずっと成長していると思うので、期待していてくださいね。
佐々木閃より――