登校
「あはははっ!先輩って意外と恥ずかしがり屋さんなんですね」
道路のはるか上を走る懸垂式モノレールの車内で、一人の少女がころころとした笑い声をあげる。
「うっせえよ……ったく」
短い金髪の先端を弄びながら、吾妻は口をとがらせた。きまり悪そうに窓の外を眺める彼女の頬は、まだ微かに紅く染まっている。
「でも私びっくりです。先輩って呼ばれるのが恥ずかしいなんて。いかにもかっこいいお姉さん、って感じで女の子に囲まれてそうですけど」
「まあそんなことが何回かあったけどよ、一人でいる方が気楽なんだ」
吾妻は憂いを帯びた表情で窓越しに映る自分へ語りかけるように応えた。すると閃は少しうつむいて考え込むと、
「……それで不良に?」
なにか閃いたように目を丸くして再び吾妻を覗き込んだ。
「ちげえよバカ!」
少し失礼な質問に吾妻がムキになって返すと、閃はまたころころと笑った。
「でも、本当に助けてもらって感謝してます。ありがとうございます、先輩」
「いいんだよ、別に。あたしはああいう奴らが一番嫌いなんだ」
吾妻はこっ恥ずかしそうに呟く。が、
「わあすっごい!――海ですよ海!綺麗ー!」
「って聞いてねえのかよ!」
吾妻はひとり、窓の向こうの景色に目を奪われる閃に心を尖らせた。そしてため息の分を吸い直すと、改めて口を開いた。
「まあ、お前がどこの嬢ちゃんか知らないけどよ、そんな高そ~な脇差だけ差してたらそりゃあみんな気になるもんさ」
「え、刀って全部こんな感じでは無いんですか?」
きょとんとした閃に、吾妻はやれやれ、と言った様子で説明を始めた。
「いいか、この街の住人が持ってる刀はステンレス製の安価なものがほとんどだ。まあ例外としてちょっと高価なセラミック製のやつもあるけどな。結局、伝統的な玉鋼なんて高くてしょうがねえから安くて量産できるステンレス刀が作られたんだ」
説明なんてガラじゃないんだけどな、と頭を掻きながら説明した吾妻に対し、
「……せらみっく?」
閃は全くわかっていないようだ。
「あー、アレだよ。ほら、よく店で売ってるだろ、ちょっと高めの白い包丁」
「なるほど?」
「分かってるのかコイツ……」
吾妻は半ば呆れたように半眼で呟いた。
そうこうしている間に彼女たちを乗せたモノレールは、入り組んで敷かれた複線を眼下に臨みながら鎌倉駅のホームに進入した。扉が開き、多くの学生が乗り込んでくる。黒い袴とえんじ色の羽織を身にまとった彼らは、第二高校の生徒だ。生徒数が一高、三高に比べて著しく少ない鎌倉第二高校の生徒は、内向的であまり外部との交流を好まない傾向があるとされる。しかし今日は学府内一斉入学式であることからか、彼らも少しそわそわとした雰囲気を漂わせていた。
そんな彼らを視界に収めた閃はまた楽しくなって、左腰に下がる鞘の感触を確かめる。そのずっしりとした質感は、わくわくした気持ちではちきれそうな閃の心を一層高ぶらせた。
鎌倉駅を出たモノレールはゆっくりと加速し続け、その身を傾けながら緩やかな曲線を駆け抜ける。左手に見える大きな鳥居――鶴岡八幡宮を窓枠に捉えたころ、車内にチャイムの音が響いた。
『まもなく、第一高校前、第一高校前です。薙刀、竹弓をお持ちの方は天井にご注意下さい』
モノレールの自動アナウンスが流れ、車内の第一高校生が降りる支度を始める。しかし吾妻は壁によりかかったまま、降りる様子を見せなかった。
「あれ?先輩降りないんですか?」
リュックを背負い直した閃が振り返り、不思議そうに首を傾げる。
「今日は一年の入学式だ。あたしが行く必要なんてないんだよ」
「でも入学案内には全員参加って書いてありますよ?おサボりはダメです」
乗り気ではない吾妻に対し、閃は念を押すように言った。
「いや、あたしはいい」
吾妻は少しうつむきながらしんみりと答えた。それを見た閃は、
「じゃあ、私も降りません」
とそっぽを向いた。
「はあ?」
吾妻は思わず顔を上げた。
「先輩が降りない不良なら私も不良になります!」
「なんでそうなるんだよ!」
「先輩はちゃんと学校に行って下さい!せっかくの新学期なのに」
「う、うるせえな!あたしみたいな奴が行くところじゃねえんだ!」
「大丈夫です!高校デビューは今からでも遅くないですぜェ親分」
「おまえ本っ当ムカつくな!」
吾妻が言い返すと、頭をかきながらきまりが悪そうに呟く。
「まあ、今日のところは行ってやる」
「やったあ!一緒に行きましょうね、先輩」
「だから先輩はやめろ」
「――姐御ォ」
「ぶった斬るぞ」
他愛もないやりとりに耐えきれなくなり、閃は笑った。それにつられて吾妻も少しだけ顔をほころばせたる。
「しゃあねえ、降りるぞ」
吾妻がようやく重い腰を上げたかと思うと、
『次は、第二高校前、第二高校前です』
「しまったあああああ!」
思い切り乗り過ごしていた。
吾妻は人混みに呑まれかけた閃の手を引っ張りながら第二高校生の波を逆走し、決して心地よくない視線を浴びながらも間一髪、反対周りの車両に飛び込んだ。