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閃! ―侍少女学園譚―  作者: 天津石
13/16

邂逅

「はあ〜!癒やされます~」

 大浴場の湯船に浸かりながら、小柄な少女は満足げにため息を漏らした。

 鎌倉学府には、学生限定で利用可能な温泉施設が複数存在する。

 鎌倉第一高校内に設置された大浴場は、稲村ヶ崎温泉に代表される「モール泉」という植物起源の有機質を含んだ珍しい温泉だ。

 学内で温泉に入る事ができるというのは単に学生へ贅沢をさせる目的ではなく、この温泉が打撲や捻挫、関節痛などに対して効能を発揮するためだ。日頃の鍛錬や稽古などからどうしても打ち身や捻挫が発生しやすい剣術に重きが置かれる学内では、温泉を活用した治療が推奨されていた。

 しかし、観光地としても年中賑わいを見せる鎌倉学府の温泉施設は常に混雑しており、多くの学生が治療を主目的として訪れることはあまり効率的ではなかった。そこで源泉の一部を引き込むことで学生がいつでも利用可能な浴場が建設されたのである。

 隣り合いながら炭酸泉の効能に浸っている芽衣に反して、依然吾妻は納得していないような表情だった。

「坂上さん、何か悩んでる?」

「いや、何でもねえ」

 覗き込むような表情で不思議そうに見つめた芽衣に対し、吾妻はきまり悪そうに呟いた。

 七月に入り、少しずつ夏空が垣間見えるようになってきた梅雨半ば。一日中練習した後に皆で汗を流しに来たわけだが、吾妻は練習内容を消化できていない事を恥じていた。

 ツーマンセルにおいて必要不可欠となる「コンビネーション」。決まった体系は無く、しかし確実なものがなければ勝利は得られないという、曖昧な境地。個としての強さを追求してきた今までの剣を否定されるような気がしてやり場のない怒りすら感じる。

 隣で何でも吸収してゆく閃に対し、凝り固まった先入観が邪魔をしてうまく自分の中に落とし込めない葛藤。そして何より、それを悟られるのが嫌だった。

 だからこそ、今は一人の時間が欲しい。その時間で、己の剣と向き合いたかった。

 掬った両手の隙間から溢れてく濁り湯を、吾妻は物憂げな表情で見つめていた。

「実は……」

 今度は閃がぽつりと呟いた。かと思えばもじもじと俯き、「やっぱりいいです!」と首をぶんぶん振る。

「なになに?私で良ければ相談に乗るからさ!」

「東郷先輩……」

 閃はまるで小動物のような表情で芽衣を見つめ上げた。

「悩みがあるなら言ってごらん?」

 芽衣は明るく、そして穏やかに閃へ問いかけた。警戒した小動物が、差し出された食べ物をおそるおそる咥えようとするかのように、閃は顔を真っ赤にしながら口を開いた。

「そ、その、先輩方みたいに大きくなるにはどうすれば良いのでしょうか!」

 目をきゅうっと瞑りながら打ち明けた閃に、芽衣は笑顔で返す。

「あはは、そうだなあ……ハイッ!坂上さん!」

「知るか!なんであたしに振るんだよ!」

 先程の曇った表情が嘘のように、吾妻は思いっきり突っ込んだ。

「だって、一番高いでしょ!身長」

「先輩……」

 閃はそのまん丸な目を潤ませながら吾妻を覗き込む。

「だから知らねえって!肉食え肉!あとは寝ろ!」

「でも先輩は不良だからたくさん夜更かししてますよね?」

「やかましいわ!」

 吾妻は閃の純粋な疑問に思わず突っ込んだ。芽衣はそれを見るやいなや、

「おおーさすがの切れ味」

「大概だなお前も!」

 同じく純粋な感心をこぼし、それもまた吾妻に本気で突っ込まれるのであった。

「さて、もう日も暮れちゃうし、今日のところはこのくらいにしますか!」

 ざばっと湯から上がった芽衣を見て、吾妻も黙って立ち上がった。

「え、もう出ちゃうんですか……?」

「閃ちゃん、もしかして長湯派?私たちはもう上がるけど、ゆっくりしてて大丈夫だよ!」

「ううう、置いて行かないでください~!」

 優しく声をかけた芽衣の後を追うように、閃は慌てて浴槽から上がった。

 数人の学生が入れ替わり続ける脱衣所で、閃は吾妻と芽衣をこっそりと観察していた。

 魅力的に発達した先輩方のような身体になるにはどうすれば良いのか、年頃の女子が気にならないわけがない。

 そんな閃の観察は実を結ぶこと無く、二人はあっという間に制服に袖を通している。

 急いで着替えを済ませた閃は、落ち着く暇もなく二人に続いて大浴場を後にする。

 日もすっかり落ちた鎌倉の夏夜を、まばらな夜景が照らしていた。温泉の効能により血行が促進されてぽかぽかと温まった身体に当たる、穏やかな夜風が心地よかった。

 しっとりと濡れた髪の間を縫うように抜けてゆく風が首筋をひんやりと撫でる。閃が見つめる先には、黒髪を二つに結った少女の姿があった。

「全学戦」

 芽衣がぽつりと呟いた。

「閃ちゃんと坂上さんに目指してもらうのは、三校戦のツーマンセル部門。出場は高校生だけで、優勝したら三校戦はそれで終わり」

 芽衣は爽やかな笑顔で続ける。

「そして、高校だけじゃない、小学校から大学、専門学校まで、鎌倉学府のすべての学生の中で頂点を決める大会が『全学戦』なんだ」

「すべての学生の、頂点……」

 閃は思わず息を呑んだ。

「つっても、三校戦に比べりゃ注目度も低いだろ」

 自販機で買った炭酸飲料を飲み干した吾妻は手首をひねると、抜群のコントロールで缶をくずかごに投げ入れた。

「そうなんですか……?」

「うん、三校戦の決勝トーナメントはテレビでも放送されるし盛り上がるんだけど、全学戦はどちらかというとエキシビションみたいな側面が強いからね」

「そりゃそうだ」

 今度は吾妻が口を開く。

「よっぽどのことがない限り、小中学生が大学の連中と戦り合ったところで勝ち目なんてほとんど無いだろ」

 半ば諦めたような口ぶりで吾妻は言い放った。

 大学、すなわち鎌倉(かまくら)学府(がくふ)大学(だいがく)は、鎌倉学府に存在する唯一の大学であり、また学生自治の根幹となる政治機構そのものでもある。

 学内では普通科学問に加え、体育学部による剣術研究が日夜行われており、そこに在籍する学生たちの剣技の実力に高校生以下は大きく水をあけられているのが実態だった。

「そうだね」

 軍帽を目深に被りながら、芽衣は寂しそうに吾妻を肯定した。

「だから目指さなきゃいけないんだ。認められた強さを、自己満足で終わらせないためにも」

「東郷……先輩」

 閃は感じ取っていた。遠くの海を見つめる芽衣の中に宿る、静かに燃える闘志を。

 芽衣は忘れるはずもなかった。三校戦優勝の栄冠に輝き、万全の態勢で臨んだ全学戦において味わった、圧倒的な敗北を。

「私ね、勝ちたい。三校戦もそうだけど、全学戦で!」

 先程までの苦しそうな表情から、芽衣はにっと微笑んだ。可憐ながらも野心あふれる、獰猛な笑顔だった。

「私も、私達も、頑張ります!ね、先輩?」

 閃は芽衣のその笑顔に鼓舞され、決意を改めて吾妻へ問いかけた。

 吾妻はあくまでも肯定はせず、フンと鼻を鳴らすのみだった。

「さ、帰ろうか!ずっと風に当たってたら湯冷めしちゃう」

 芽衣が仕切り直す。帰路に就く三人は、モノレールの駅を目指し歩く。

 彼女たちが前方より迫りくる異質な存在に気付くのに、時間はかからなかった。

 周囲の学生と比べても極めて大柄な体躯。パーカーのフードを深く被っており、顔立ちは伺えない。

 しかし異様に発達した三角筋と上腕、そして絞った袴の裾から、日頃から鍛錬を欠かさず行っていることが伺える。

 大柄なそのおそらく青年は、まっすぐこちらに向かってくる。

 その威圧感からか、吾妻は無意識に閃の身体を抱き寄せた。

 少女たちとすれ違った青年は、ざりと立ち止まるとおもむろに口を開いた。

佐々木(ささき)(さき)魁星(かいせい)の妹か――」

 突如呼ばれたその名。閃は思わず肩を震わせる。

 並んで歩いていた吾妻と芽衣が振り返ったのもほぼ同時だった。

 風切音。

 予告なく振り下ろされた木刀を、坂上吾妻の脇差が弾いた。

「てめ――何しやがる!」

 逆手で抜いた脇差を順手に持ち替え、眼前に寝かせる吾妻。振り下ろした木刀を正眼に構え直したその男は、依然フードから顔を覗かせず上段に振りかぶった。

「そっちがやる気なんだろ、売られた喧嘩は買わせてもらうぜ」

 威勢よく言い放った吾妻を制止したのは、風紀団副団長、東郷芽衣だった。

「学府内での私闘は禁止だよ。風紀団の前で生徒に危害を加えようなど、断じて許さない」

 芽衣が軍刀を抜く。静かな怒りすら内に秘める正義の瞳が見据える先を、鈍色に輝く幅広の刀身が照準に捉えていた。

 弾丸のように、東郷芽衣が飛び出した。全身全霊の振り下ろしが、寸前の男の座標に着弾した。初太刀を躱した大男は、口元に笑みも浮かべず大きな木刀を振り下ろした。

 木刀が芽衣の軍刀に受けられる。しかし、繰り出されたもう一振りの木刀を受けきることは能わなかった。

「二刀っ!?」

 ほんの一瞬の認識の遅れが、芽衣を吹き飛ばした。辛うじて身体への直撃は避けたが、木刀を防御しきれなかっただけで驚くほどの威力だ。

 大きく後退させられたにも関わらず、芽衣はもう一度軍刀を構え突進する。

「このおおおおおおおおおおお!!!!」

「笑止」 

 男が二刀を薙ぐ。軍刀は男に届くことなく、持ち主の少女は直後、慣性を残して倒れ伏した。

「先輩!東郷先輩!」

 閃の悲鳴にも似た叫びが響き渡る。

「こいつは……本気でやらねえとまずいな」

 漆黒の大太刀を抜き放った吾妻は、霞に構えながら頬より汗を垂らした。

「去ね、小娘。用があるのは佐々木閃のみ。邪魔だ」

 男は二刀を構え、静かに口を開いた。

「てめえとこいつに何の関係があるか知らんが、あたしはあんたが気に食わねえ。だからぶった斬る」

「分からんか」

 男が飛び出した。想像よりずっと速い。その巨躯に見合わずの敏捷性は、彼の体中に纏わりついた分厚い筋肉の爆縮によるものだろう。

 二撃、大太刀が木刀を弾いた。切り返しの反撃が男を捉えることはなく、さらに繰り出される連撃に耐えるので精一杯だった。

「ちくしょっ――コイツ!」

 間髪無く打ち込まれる二刀の猛攻。その連撃ひとつひとつが速く、鋭く、重い。

 ならば。

 吾妻は股を割り、男の懐へ身体を潜り込ませた。握った柄で顎に一撃を喰らわせる計算だ。

 刹那、フードから覗いたのは、おぞましいまでに鋭く光る青い眼光だった。

「がはっ……」

 男の足払いにより、吾妻はその体を地に叩きつけられた。背を打った地面が肺を圧迫し、思わず声が漏れ出る。その次の吸気を許さぬように、吾妻の喉元に木刀が突きつけられていた。

「二度は言わぬ。邪魔をするな」

 吾妻はだらだらと汗を垂らし、首を精一杯上向かせて地面に倒れ込んだ。

 倒れた吾妻を跨ぐように、男は閃へ歩み寄る。

「答えろ、佐々木閃。貴様が魁星の妹だな」

「だとしたら、何だというんですか」

 閃は加速する呼吸を必死に押し殺しながら、震える声で答えた。

「抜け、腰の真剣を。俺は見定める必要がある。貴様ら、佐々木の為人(ひととなり)をな」

 男は彼を覆うフードを上げ、その素顔が顕になる。

 獅子のごとく逆立つ灰白色の短髪、白い肌と掘りの深い顔立ち、そして氷のように鋭く光る深く青い双眸が、ひときわ威圧感を放っていた。

「……まだ気付かぬか」

 青眼の男は握る木刀の手の内を開いた。現れる、家紋。

 中央と、それより八方に位置する星のごとく描かれた巴紋。九曜巴だ。

 閃は、その家紋を目にし、自身の血流が加速することを自覚した。

 無意識にその手が鯉口を切ろうと腰に伸びる。

 浅く、速く繰り返される呼吸。沸騰するかのごとく上昇する体温。

 少女の虹彩が、にわかに赤く血走った。

「そうだ。抜け、佐々木閃」

「やめろ、こいつの挑発に乗るな……!」

 起き上がった坂上吾妻は、腕の擦り傷を気にする様子もなく閃へ警告した。

 しかし、その声は彼女に届かなかった。

 震えている。柄を握ろうとする佐々木閃の小さな手が、小刻みに震えていた。

(けだ)し、臆したか。眼前の恐怖か、或いは――」

 その男は静かに閃を見据える。二刀を構えたまま、眼前の少女が真剣を抜く瞬間を待ちわびていた。

 佐々木閃の浅く速い呼吸は止まらない。ぽたぽたと、彼女の顎から汗が数滴、地面に落ちた。

「時期尚早、か。だがしかし、見逃すには惜しい」

 男は弓手より、木刀の一方を手放した。眼前に向けて投擲されたその木刀は、その先に立つ少女の馬手によって受け止められ、握り込まれていた。

「覚悟が無いなら、貸してやる。今はそれで十分だ」

「何言ってやがる!」

 男に噛みつかんと声を荒らげた吾妻を次に制止したのは、佐々木閃だった。

「先輩、下がっていてください。彼は、私が相手しないといけません」

 赤く染まった少女の虹彩は妖しさすら感じるほどの強い眼光に満ち、ただ眼前の男を見据えていた。

「来い。見せてみろ、貴様の剣を」

 男の片手が上段に構える。それをじっと見つめる閃は、握り込んだ木刀を正眼に置いていた。

 互いの間合いを分断するように、少女たちの頭上を回送運転のモノレールが駆け抜けた。高架軌道を高速で通過する走行音が、瞬時に空間を掌握する。

 そして刹那、再度訪れる静寂。

 瞬間、佐々木閃が飛び出した。今までの稽古では見たことがないほど、速く、鋭く駆け出していた。

 強烈な打音が鳴り響く。

 木刀同士の打音とは到底思えないような、金属音にも似た高エネルギーの衝突。それらが今、目にも止まらぬ速さで奏でられている。

 斬り上げる閃の一撃を躱した男、その先にさらに打ち込まれた木刀を、受けては翻し、今度はその反撃を閃が受け流していた。

 大柄な男と、小柄な少女による神速の剣戟。

 間近で見ているはずなのに距離すら感じてしまう吾妻はその間合いにすら踏み入れられず、ただ傍観を決め込むよりほかなかった。

 入れ替わり続ける攻防の最中、両者の力が拮抗した。対の木刀がその鎬を削り合い、互いの間合いに引き込もうと深層の読み合いが発生する。

 閃が動いた。

 競っていた力を引き戻し、男の力を利用して身をひねる。

 身を沈めて横薙ぎの斬撃を交わしながら高速で旋回し、遠心力を乗せた切り上げを裏拳の容量で繰り出した。

 凄まじい衝撃音だ。木刀の打音とは思えない快音が突き抜けた。

 その衝撃を裏付けるかのように、男が後ずさった。小柄な少女が、眼前の大男を相手に押している。

 間髪を入れずに、閃は男へ詰め寄った。

 上段より繰り出される精一杯の振り下ろしは、掌底を添えた男の木刀に阻まれた。

「十分だ」

 男が歯をむき出して笑う。同時に受けた木刀を力任せに押し込み、食らいつく閃を突き放した。

「だが」

 今度は男が動いた。息を大きく吸い込んだかと思えば、信じられない脚力で爆発的に加速し、逆袈裟より斬り上げた。

 あからさまな大振りの攻撃。その意図が知れずとも、回避するよりほかはない。

 閃は後方に飛び退き、男の二の足を釣る。乗ってきた。

 踏み込んだ男に、今度は閃が切り込んだ。

 再び響く打音。その断続的な衝突音が連続に錯覚するほど、常人で追えない打ち合いとなっていた。

 刹那の間を置き、再び打ち合わされる木刀。少女の眼光が、僅かに絞られた。

 巻き落としだ。手首の可動域には限界があり、それを超えれば当然に手の内が剣を握れなくなる。

 閃は手首を練り、刀身を巻くことで男の手の内から握られた木刀をすくい落とすように手の内から外す事を試みた。

 並の剣士であればたまらずに剣を振り落とされ、有効打を受けるに容易い無防備な状態となるだろう。閃の誤算は、仕掛けた相手が実力の底知れぬ大男であったということだ。

 男は瞬時に木刀を逆手に持ち替え、今度は巻き返しにかかっていた。

 強烈な打音が鳴り響く。直後、一振りの木刀が、宙高く舞っていた。

 閃の木刀が、大きく巻き上げられ、跳ね飛ばされていたのである。

 瞬時の痛みにより手首を抑えた閃は、咄嗟の判断で後方に飛び退いた。

 相手の剣を巻き上げたのだ。奴はそこから刀身を翻し、正中線を斬り下ろす唐竹を狙うに違いない。

 閃の読みは正しかった。男は大上段に構えている。

 しかし、男は大きく一歩、前に踏み込んでいた。飛び退いた閃との距離を詰めるように、そして、獲物を逃げ道に誘うように。

 青く鋭い眼光の男が、にやりと口角を吊り上げる。

 閃の赤く血走った虹彩が、男を見据える。加速する心臓、そして呼吸。

「敗れたり」

 少女の脳天めがけて、男が木刀を振り下ろす。







 刹那、夜に銀閃が走った。







 振り下ろされた男の木刀は、少女には届かなかった。

 からからと、二つの乾いた音が地面に着地した。少女の両脇だ。

 男が握る手の先には、二寸ばかり伸びる木刀の破片のみが残されていた。

「ほう……」

 男が満足げに口を開く。

 眼前に見据えるは、刃文美しく波打つ小太刀を構えた、佐々木閃の姿があった。

 殺気にも似た鋭い眼光で男を見据え、立っている。

 音が響いた。巻き上げられた、閃の手の内に合った木刀が、男のはるか後方に転がる。

 男がおもむろに手の内を覗き込み、その美しいほど滑らかな切断面を見てにやりと笑う。

「二段斬り、――いや、修めているというのか、岩流の極致を」

 少女の両脇に斬り落とされた木刀の破片から閃へ視線をやった男が問いかける。

 正対した少女は何も答えない。ゆっくりと、その小太刀を鞘に収めるのみだった。

 拾い上げた木刀を、男はまた荒っぽく投げ放つ。閃はそれを、振り抜くような動作で受け取った。

「くれてやる。次は斬らせぬ」

 男は短くそう告げると、暗夜へ溶けて消えていった。

「何だったんだよ……あいつ」

 吾妻はぎりと、歯を鳴らした。

「思い出した……はじめはフードで隠れてよく見えなかったけど、あの太刀筋で確信したよ」

「おい、身体は大丈夫なのかよ」

 起き上がった芽衣に、吾妻は思わず声をかける。

「大丈夫……!ちょっとびっくりしただけだから。――久々にもらっちゃったな」

 いてて、と脇腹を押さえる芽衣は、男が消えた方向に正対したまま動かない閃を見て、声をかけた。

「閃ちゃん!」

 少女が振り返る。体中から汗が噴き出し、じっとりと髪を濡らした閃。

 その虹彩は、赤く血走り、鋭い妖光を放っていた。

 吾妻と芽衣、両者の背筋に悪寒が走る。畏怖にも似た、野性的な恐怖が、刹那の心理を支配していた。

 しかしその眼が閉じられたかと思えば、小柄な少女はぱたりと力なく倒れ込んだ。

「お、おい!」

 閃の身体を慌てて抱きとめた吾妻。佐々木閃は、力を使い果たしたかのようにすうすうと寝息を立てて眠っていた。

 ひとつ異変があるとすれば、少女の身体が凄まじく発熱していたということだ。

「閃ちゃん、すごい熱……!」

 芽衣は思わず声を上げた。

「あたしの家はすぐそこだ。とりあえずこいつを連れて帰る」

「お願いして良いかな。私は今から、彼のことで風紀団を招集しないといけない」

「それだよ!――あいつは一体……何なんだよ!」

 深刻な表情の芽衣に、吾妻は思わず問いかけた。

「彼、あいつは私が何回も返り討ちにあった全学戦の絶対王者」

 芽衣が答える。

学府大(がくふだい)二年、宮本(みやもと)覇亜(はくあ)。強さ以外に興味を示さない、鎌倉学府最強の剣士だよ」

 夏虫の鳴く夜は次第に更けてゆく。

 政府指定特別文化振興学園都市『鎌倉学府』。

 少女たちの日常に、運命の糸が絡みつこうとしていた。




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