表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
閃! ―侍少女学園譚―  作者: 天津石
11/16

ツーマンセル


 美しく艶めく(ひのき)の板張りに、2月の乾風が突き刺さる。ささくれ立つように冷たい床が足袋越しに体温を奪い、ふわふわと前を横切る袴にかき回された空気が、また頬をひんやりと撫でた。


「それでは次の方。佐々木(ささき)(さき)さん、お願いします」

「はい」

 ひときわ小柄な少女が返事をすると、座したまま爪先を立てた。右膝を起こし、脇に置かれた小太刀に馬手(めて)を乗せる。手の内にそっと収められた鞘は水平に保たれ、ぶれることなく立ち上がった少女に追従した。

 美しい所作だ。ひとつに結われた長い黒髪を、ふわりふわりと揺らしながら歩を進める。

 二間ほど進んだ先で足を止めた彼女の前に置かれていたのは、ひとつの巻藁(まきわら)だった。そして一歩横にずれ、審査員に立礼をする。

「始めてください」

「――はい」

 先程の落ち着きぶりとはやや異なる、上擦った声が少女から発せられた。おそらく緊張だろう。これから真剣を抜き、巻藁を斬るのだ。少女の小さな肩が上下し、呼吸も荒くなっている。しかしそれを抑えようと、平静を保とうとする姿勢はしっかりと感じられた。

 鞘を持ち替えて帯に差し、巻藁に正対する。

 少女は深く息を吸うと、ゆっくりと鞘を包んだ。鯉口を切る。心臓の鼓動が、全身に響いた。

 柄が握り込まれる。もう一度繰り返される深い呼吸。

 閉じられた少女の眼が、鋭く見開かれた。

 断続的な破裂音が響いた。真剣を抜き、残心を取った少女の袴が、ふわりと踊った。直立していた巻藁は、わずかにその姿勢を保ったが、根本を残してごろごろと崩れ落ちた。

 審査員が目を見合わせる。見事な太刀筋だった。瞬く間に翻された小太刀は、巻藁を二度、斬っていた。そしてその後もわずかに留まり続けた巻藁。余計な力がかからずに斬られた結果だ。床に落ちた二つの断面が毛羽立っていないことも、それを証明していた。迷いのない残心も素晴らしい。ゆっくりと残心を解いた少女は刀を鞘に収めると、再び審査員へ正対し、立礼をした。

「実技試験は以上です。退出し、待機室で結果発表をお待ち下さい」

「はい、ありがとうございました」

 審査員の言葉にもう一度頭を下げた少女は、踵を返し、最後まで美しい動作で歩き去ると、出入り口でもう一度向き直って立礼し、退出した。

「……いかがでしたか、顧問」

 一時の間を経て、パンツスーツに身を包んだ審査員が振り返る。

「うむ、逸材であることに違いは無いな。それに――」

 そう言って立ち上がった長身の紳士は、おもむろに巻藁を拾い上げると、興味深そうにその断面を覗き込んだ。

「この迷いない太刀筋。しかも二段斬りと来た。綺麗に一度斬ることができれば合格だが、難しい技に挑戦し、それが失敗すれば失格となる。慢心や自己顕示ではなく、なにか強い覚悟のようなものを感じたよ」

「しかし、それにしては隠しきれないほどの緊張があったようにも見えます。はじめから闘志を感じたというよりは、柄を握った瞬間に、()が満ちたような……」

「たしかに、あの技量を持ち合わせながら過度な緊張とは不可解だ。君もよく観察しているな」

 長身の紳士に予期せぬ賛辞を受けた審査員はほのかに頬を紅潮させたが、取り乱すまいと咳払いで持ち直した。

「私も教える立場ですので励みになります。――とにかく、他の受験者より剣技では頭一つ抜けているのは確かです。筆記試験の成績にもよりますが、彼女が暫定の主席入学者ですよ」

「異論はないよ、好きにしたまえ。ただし、生徒会との協議は忘れずにな」

「かしこまりました」

 そう言って試験会場を後にした紳士は、胸元からスマートフォンを取り出す。画面に表示された相手を確認すると、すぐにその着信に応じた。

「私だ」

『お忙しいところすみません、顧問。選手候補の件で連絡を』

「見つかったのか」

『ええ、今まで公式戦への出場経験はありませんが、かなりの有力者かと。ただ一つ問題が』

「言ってみたまえ」

『素行不良に成績不振、出場資格基準を満たしているとは到底判断出来ません。本当に検討してよろしいのでしょうか……』

「検討と決定は別だ。すぐにデータを寄越してくれ。私も先程、面白いものを見た」

『と、言いますと?』

「――いや、すまない、忘れてくれ。たった今データを確認した。迅速な転送、感謝する。候補者の選定は変わらず続けるように」

『かしこまりました』

 紳士は通話を終えると、どこか満足気に口角を吊り上げた。瞬く間に無へ溶けたその表情は、盤上を固める策士にも、一筋の光芒を掴み取らんとする野心家のようにも見えた。

 後部座席に紳士を乗せた漆黒の大型乗用車は静かに走り出すと、鎌倉の街に幻影のごとく溶けていった。




 6月。鎌倉の街は、雨色に染まっていた。白んだ空から降る水滴は路面に弾け、咲き乱れる紫陽花はそれらを嬉々として受け入れる。流石にこの天気では町中を走る人力車は数えるほどだ。路面電車は相変わらずの混雑だが、増発された環状モノレールは混雑の程度を抑えている。傘をさしながら歩くこの街の住人や学生たちは、帯びた刀を撥水性の巾着で覆い、雨水の侵食から守っていた。

 第二高校。伝統的・近代的な様式を見せる第一高校とは異なり、白を基調とした近未来的なデザインと鉄筋コンクリートの重厚さは独特の存在感を放っている。

 山間の狭い敷地を活用するため、鎌倉でも数少ない高層建築物となった鎌倉第二高校の多目的棟には学府全体を一望できるカフェテリアや複数階を活用した試合場などが存在し、受験生から人気を集める大きな理由となっている。

 高層階に位置し、第二高校の生徒以外も利用することが出来る特別修練フロアでは、今日も木刀の快音が成り続けていた。

「よし、一旦やめだ。15分間の小休止を取る」

 土方(ひじかた)(あらた)がはっきりとした声で呼びかける。見渡す先に居たのは、閃と吾妻――に加えて十数人程の第二・第三高校の女子生徒だった。ハードな稽古に疲労したのか、ほとんどの生徒が声にならない声を上げながら天を仰ぎ、腕をだらりと垂らしていた。なんでも、二人に稽古をつける当日に同級生の女子生徒から放課後の予定を聞かれ、口を滑らせたところに頼み込まれて断りきれず、一緒に稽古をつけることになったのが始まりだそうだ。日を追うごとにじわじわと人数が増えてきたらしい。はじめは文句を言っていた吾妻も、申し訳無さと呆れが入り混じったような表情で「まあ練習相手が増えるのは良いことだろう」と割り切った新に物を言う気は無くなってしまった。

「土方先輩、すごいです!モテモテですね!」

「……」

 無邪気に感動する閃に対し、新は気恥ずかしそうに舌打ちをした。脚色なしに、土方新はモテる。基本的には他人に敵意を抱くような目つきでストイックに鍛錬をこなしてばかりの彼だが、そのマイルドな顔つきに加えて所々で見せる素直さや気配りに「やられて」しまう女子生徒は多いようだ。

 一方、男子生徒との関係性は芳しくないようだ。もともと群れることを好まない性格で、つるんだり遊ぶ時間があるくらいなら鍛錬したほうがまし、ということらしい。無論、吾妻のように周囲を拒絶している様子はなく、ツーマンセルにおける彼のペアとなる少年との関係は良好だそうだ。

「そういえば、土方先輩のペアの人は練習来ないんですか?」

 閃は純粋な疑問を新に投げかけた。

「――あえて呼んでいないだけだ。基本を覚える前にあの動きを見るのは得策とは言えん」

「ほう……?」

 どうやら型破りな戦術があるような言いぶりに食いついた吾妻の反応を見るや否や、新は「しまった」といった表情で目を逸らした。

「だから言いたくなかったんだよ!」

「そんな勿体ぶる事無いだろ、真似なんかしねえよ」

 不満そうな新を、吾妻が挑発するように笑う。

「見せてやるさ、そこまで言うならな、お前には真似すら出来ないだろうが」

「言うじゃんか」

 珍しく、土方新が挑発に乗ったような気がした。坂上吾妻は、満足げに声を上げて見せた。

「よし、今日の練習はここまでだ。来週は立ち会い稽古とする」

 新は全体に呼びかけるとそれ以上は何も言わず、ざわつく練習場を後にした。

「土方先輩、息が上がらないなんてすごいです!あんなに長い時間、打ち込み稽古の相手を続けていたのに」

 土方新は、打ち込み稽古が始まってから小休止までのおよそ1時間、常に相手として立ち続けていた。打ち込み稽古は、構えている相手に対して打ち込みを行い、相手の反撃を捌いてもう一太刀を打ち込む練習法だ。もっとも、閃や吾妻を含めた殆どの生徒が新に対して返しの有効打を入れることが出来たのは稀で、反撃を捌いて打ち込みを行っても返される、または受けられる、ということばかりだった。

 列に並んで自分の番を待っている間も、土方新は打ち込みを受け続けていたことになる。稽古をつけていた新に対して、交代しながら挑んでいたほとんどの生徒たちが息を切らしている。剣術の授業で指導する立場の師範にも匹敵する持久力を新が持ち合わせていたのだ。

 閃は、吾妻との差を痛感していた。見る限りでは打ち込み稽古で土方新と対等に渡り合っていた吾妻。それに対し、閃はというと、他の生徒たちと同じように新の切り返しを受け流すのに精一杯で、返し技を打ち込めずにいた。

『閃ちゃんなら大丈夫だよ!自分に合った戦術が必ずあるはずだよ!』

 東郷芽衣は笑顔でそう言っていた。自分に合った戦術、それらを見つけるためにも、足りないものを考え、今はツーマンセルの基本をしっかりと身につけよう。

 閃はそう決心すると、奮い立たせるための小さなガッツポーズを取る。

 すっかり人が居なくなった修練フロアに、木刀の空を切る音がたったひとつ残っていた。



 鎌倉第二高校は、山間地の比較的狭い敷地ながらも高層建築と立体的な空間使用によって学園機能を有する、このあたりでは珍しい学校だ。エレベーターに乗り込んだ少年が向かったのは、地下二階のトレーニングフロアだった。

 多くの生徒が利用している武道場の前を通り過ぎ、ある一室の前で学生証をかざす。解錠された自動ドアの先には、ずらりとならんだトレーニング器具の数々。それらを見回した少年の瞳は、ようやく一人の姿を捉えた。

「エノ!」

 口元を綻ばせながら、土方新が呼びかけた。

「おう、来たか!シン!」

 黒髪を短く整えた小柄な少年が、体操器具の取っ手を握り込み、倒立をしていた。

 あん馬だ。本来は体操競技の練習に使われる器具を、彼は自重トレーニングとして使っていた。

 新の名を、あだ名だろうかシンと呼んだその少年は倒立をしたまま新の方を見ると、ふざけたような表情で片手を離す。

 驚くべき体幹で倒立を維持したかと思いきや、ゆっくりと側方に倒れてゆく。その勢いで今度は開脚旋回を披露してみせ、

「いよっ、と。――何点?」

 余裕な表情で着地した。

「70点だ」

「んだよ、昨日より低いじゃねえか」

「まあ適当に言ってるからな。明日は高めにするよ」

「そういうことじゃねえし!」

 相当仲がいいのだろう。二人は他愛もない話題で笑いあった。

「で、どうしたんだよ。今日は女の子と遊ぶ日じゃなかったか?」

「''剣術指南''だ。今日は早めに切り上げた」

 頭の後ろで腕を組みながら爽やかに話す少年に、土方新はぶっきらぼうに答えた。

「なんだ、今日はやけに参ってるじゃないか。女の子の相手は刺激が強すぎたか?俺が代わりにやってやるぜ?」

「出来るなら今後そうしてもらいたいね。実際、用件はそれに近い」

「マジかよ!」

 目をキラキラ輝かせながらガッツポーズを作る。エノと呼ばれたこの少年、どうやらかなりの女好きのようである。

 そんな少年を横目に、土方新はフィットネスバイクに足をかけた。

「来週、俺たちで受講生と模擬試合をする。ツーマンセルでな。基本すら未熟なやつらにお前の剣を見せるのは明らかに毒だと思ったが、一人、大人しくさせたい奴がいる」

「なんだよ、シンが手こずったのか?」

「手を、焼いているといったところだ。お前も見れば分かるよ、エノ」

 新は息を弾ませながらペダルを漕ぐ足に追い込みをかける。

「そいつは楽しみだな」

「だが、そいつを相手にするかはわからない」

「何で?」

 ペダルを漕ぎながら歯を食いしばる新に、その少年は素直な疑問をぶつけた。

「ペアが未熟すぎる。我流の奴と組むとすれば尚更だ。だから当日は他の奴らを相手するかもな」

「まあ良いや、何でも。久しぶりに体を動かしたかったんだ」

「今の今まで動かしていただろ……」

 追い込みからクールダウンへ移行した新は、呆れながら呟いた。

「鍛えてるだけじゃ暴れたりないだろ?」

「そうだな、ちょうど俺も動き足りない所だ」

 挑発的に笑う少年に、新もまたにやりと笑い返した。それは、二人の考えがちょうど一致していることを意味していた。

 エノと呼ばれた少年はトレーニングウェアのまま木刀を手に取る。新も同じようにジム備え付けの木刀を無造作に選び取った。

「へへっ、じゃあやるか!」

「ああ」

 二人だけの空間に、今日も打音が鳴った。



 普段は比較的静かな稽古前の時間。第二高校多目的棟特別修練フロアは、明らかにざわついていた。

 土方新が、自主練習をしている。それも、練習相手付きで。

 ただの練習ではない、真剣を抜いている。しかしそれは、誰も見たことがないような形式の稽古だった。

「おらおらおらおらおらあ!!」

 短髪の少年が吠えながら、両手を使ってテニスボールを投げまくっている……。

 不要なものをテニス部から譲り受けたのだろうか。色褪せ、くたびれたボールが籠いっぱいに積まれている。

 土方新はその見事な太刀筋で、少年に投げつけられたテニスボールを次々と斬り落としていた。

「ちくしょう撃ち漏らさねえか、ペース上げるぞ!」

「望む所だ!」

 見ようによってはややシュールにも見えるこの練習。だが、彼らは至って真面目にこの練習を行っている。

 まず、飛んできたボールを斬るという行為はそう簡単に出来るものではない。訓練した剣士でさえ、集中して構えながら一つの球を斬ることで精一杯だ。しかし、矢継ぎ早に飛んでくるボールをすべて捌き、それら全てに刃を入れているという事実は、土方新が並々ならぬ実力の持ち主であるという証明をするのに十分だった。

「これならどうだ!」

 もはやヤケクソだ。無造作に籠を抱きかかえた少年は、体全体を使ってかごに残っている数個のボールをすべて放り投げた。しかしそれすら対応してしまうのが土方新という少年だ。宙に浮かぶボールは全部で四個。それらすべてが一直線に並ぶ瞬間を狙って。

 一閃。大上段からの振り下ろしから刹那、綺麗に両断されたボールは彼の身を捉えることなく、両脇の床にぽとりと墜落した。

 ふう、と息をつき、刀を鞘に収める土方新。修練場は、なんとも言えぬ高揚感とまばらな拍手に包まれていた。

「すごい!土方先輩、すごいです!」

「ったく、何が凄いんだか」

 曲芸を見たかのような感想を無邪気に発する閃と、冷めた様子で見る吾妻。

「痛って!」

 吾妻が反射的に叫ぶ。しかしその感触は痛みというより驚きと言う方が正しかった。新がテニスボールの破片を吾妻に投げつけたのだ。

「お前もやってみるか?意外と難しいぞ」

「誰がやるか、バカ」

 吾妻は珍しく挑発に乗らず、ただため息をこぼした。

 異様な雰囲気となった修練場の空気をもとに戻すため、わざとらしく咳払いをした新は、ボールの断片を黒髪の少年に拾わせながら集まった生徒たちを仕切り直した。

「今日は、先週伝えたように、模擬試合でツーマンセルの戦術を解説する」

 ツーマンセル。「学府内高等学校別対抗戦」通称・三校戦の競技種目の一つである、二人一組のペア同士による剣術の試合だ。個人戦やその延長である団体戦とは違い、固有な戦術が求められるため、種目の難易度は最も高いとされている。

「模擬試合を行うにあたって、俺のペアを紹介する。柳川だ」

柳川(やながわ)榎乃(えの)、さっきあそこでボール投げまくっていたヤツね!ツーマンセルでシンのペアやってます!よろしく!」

 突然の登場による驚きか、ややスベっているのか。そんな事を気にする様子もなく、土方新は淡々と続けた。

「当然だが、試合には相手も必要だ。誰かに俺たちの相手をしてもらう必要がある。引き受けてくれるペアはいるか」

「――あたしたちが」

 少しの間を置いてそう声を挙げたのは、第三高校の女子二人組だった。少し目つきは悪いが、可愛らしい顔立ちの二人組だ。

「よし、頼んだ。模擬試合で使用するのは刃がついていない模造刀、好きな長さのものを選んでくれ。ちなみに俺はこの長刀、榎乃は短刀を使う。そして片方が有効打を入れられた時点で仕切り直しとなり、お互いが離れた位置から再開だ」

「戦術をわかってもらうため、作戦を告げるぜ。俺とシンは二人揃って、ボブカットの君を狙う。俺たちが一人だけを狙うから、髪の長い君は彼女を守るか、攻めに集中して俺たちを討ち取りに来るか選んでくれ」

 土方新に続き、柳川榎乃と名乗った少年は妙に気取ったような口調で第三高校の女子生徒に呼びかけた。

「やってみる。作戦を考える時間はあるわけ?」

「分かった、5分だ。見ている皆も考えてみてくれ。どの手が最善か、というのはやってみないとわからない。必要なのは攻防両面での対応力だ」

 修練場に新の声が響いた。一部はグループディスカッションのように、身振り手振りで戦術を考えていた。

「考えてみると、難しいですね。二人で一人を攻めることが出来ても、その場合相手の一人がノーマークになってしまいます」

「一人で二人を相手するなんて散々やったが、そんなに難しいものなのか?」

 考え込む閃と、あまり考えていない様子の吾妻。確かに喧嘩慣れしている吾妻は、サイスモールで波状に襲い来る不良軍団相手に大立ち回りを見せ、何人もねじ伏せていた。

「喧嘩と違うところは、相手が明確にコンビネーションを持って二人組との戦闘を対策しているところだ。ツーマンセルの基本戦術として、いかに多数有利の状況を作り出すかというものがある。1対1の駆け引き以外にも、誰が誰を狙うか、そして、いつリスクを取り、いつ守りに出るが重要になる。言わずもがな、喧嘩の経験が全く活きないということは無いだろうがな」

 二人の元へ、土方新がやってきた。

「土方先輩、柳川先輩とは作戦会議しなくて良いんですか?」

「もちろん本戦前はする。だが今回は俺達の作戦が固定されている。昨年度優勝した俺たちの実力は、彼女たちより間違いなく高いだろうが、どういった結果になるか見ていてほしい」

 新は少し不敵に笑いながら振り返り、試合場へ向かっていった。

「よし、まもなく開始する!……榎乃(エノ)、頼んだぞ」

「はいよ」

 小声で告げた新に、柳川榎乃は軽い表情でうなずいた。

 審判を申し出たのは、第二高校の女子生徒だった。作戦を固めてうなずいた第三高校の二人組は、白線で区切られた試合場へ入場する。

 両者が互いに立礼をする。そして審判の指示で、腰に差した模造刀を抜き、構えた。

「はじめ!」

「よっしゃあ!」

 榎乃が勢いよく飛び出して、ボブヘアーの少女へ向かう。

「させるわけ!」

 それをさせまいと、ウェーブロングの少女が立ちはだかって打ち込みを受けた。力では少女より榎乃のほうが上だが、少女は短刀の芯をうまく捉え、拮抗させていた。

 だが、その隙に新がボブヘアーの少女へ打ち込む。長刀の一撃を、理想的な位置で受け止めた。

 大振りだが威力のある長刀の一撃を、数回にわたって打ち込んでいる。少女もうまく刀を合わせ、攻撃をしのいでいた。

 上段からの振り下ろしを受けられた新は、相棒に向かって吠えた。

「今だ!エノ!」

「はいよ!」

 一瞬のステップで身を引いた榎乃は、それまでの立合いを放棄するように恐ろしいスピードでもうひとりの少女へ迫る。

「しまっ――!」

 新の持つ長い刀身と、ボブヘアーの少女の隙間に出来た空間。潜るようにそこへ入り込んだ榎乃は、がら空きの左脇腹を狙う。が、

 その一撃は、一つの脇差に受けられた。上段で受けているものではない、もうひと差しの模造刀だ。

 ボブヘアーの少女が、2刀で防いだ。その瞬間、

「はあっ!」

 第三高校生の刀身が一つ、第二高校生の制服に届いた。

「わ、技あり!土方新選手、有効打です!」

 土方新は、ウェーブロングの少女の一撃で有効打判定となっていた。

「やった!」

「ナイス!」

 二人組は、目を合わせて喜んだ。二刀を使って両者の攻撃を防ぎ、その隙にリーチが懸念される長刀を持った新を仕留めた。驚くべき光景だ。手加減していたかもしれないが、それでも第二高校の昨年度優勝者に一太刀入れた。十分すぎる成果ではないだろうか。場内を拍手や歓声が飛び交った。

「見事だ。仕切り直して続けよう」

 土方新はなぜか満足気に試合場を出た。そして、閃たちの近くに来ては、どかっと腰を落とした。

「相手が何をしてくるのか分かっていれば、どんなやり方であれ、対策を講じることは可能だ。そしてそれに対する彼女たちの判断は完璧と言って良い。リーチ・人数にて圧倒的有利を得た二人が、慢心せず慎重に戦ってくれると良いが」

「……マズイな、みんなに教える立場なのに負けちまうぜ、このままじゃ」

 柳川榎乃は、わざとらしく肩をすくませた。

「うまくいった!行ける!」

「そうね!行けるわ!」

 第三高校の二人組は勢いづいたのか、表情に少し余裕が出てきたようだった。一方は木刀を正眼に構え、もう一方は八相に持つ。当初の作戦通り、攻めすぎず守りすぎずで押し切るつもりだろう。

「仕切り直し、はじめ!」

 審判の少女が叫んだ。二人組が間髪入れず、榎乃を囲むように配置する。

 完璧だ。短刀一本のみの彼を、垂直方向に挟んだ。榎乃がどちらかに正対すれば、どちらかには背を向けることになる。背を向けている状況なら、攻撃を完璧に対処することは極めて難しい。

 じりじりと間合いを詰める。その場を動かず、交互に両者を観察する榎乃。

「はっ!」

 八相から気合を載せた袈裟斬りを、ウェーブロングの少女が繰り出した。それを見るようにボブヘアーの少女も同時に横薙を打ち込む。このままでは榎乃は逃げるまもなく挟み撃ちとなってしまう。勝利への確信が、少女たちの表情に現れる。

 しかし、

「技あり!有効打が入りました!」

「――え?」

 二人の少女が振り抜いた先に、柳川榎乃の姿はなかった。ボブヘアーの少女のちょうど真横、短刀を少女の脇腹に添えるように当てていた榎乃が居た。

「そういうことか」

「どういうことですか!?」

 わかったように頷いた吾妻を見た閃は、少し悔しそうに問いかけた。

「ボクシングだ」

「ボクシング、ですか?」

「よく分かったな、アイツは幼少期から始めたボクシングを剣術に取り入れた。軽く弾むようなフットワーク、型破りにも見える動き、それらすべて、全部アイツが独力でモノにした。人に教えられるようなものじゃない」

 柳川榎乃は、瞬発力に特化した戦い方をするようだ。袈裟斬りが自分に到達する時間を少しでも伸ばすために身を沈め、横薙と袈裟斬のわずかな隙間に踏み込んで短刀を振った。鮮やかな一撃だった。

「もう!どういうわけよ!」

 ぷんぷん、という音が聞こえてきそうなほど不満そうにウェーブロングの髪を揺らした少女は、深呼吸して落ち着くと再び八相に構えた。

「最後の仕切り直しです。――はじめ!」

 榎乃の戦い方を見せられては、うかつに攻め込むことは出来ない。雑な振り方をすればたちまち反撃にあってしまうからだ。

 攻めあぐねた少女に、今度は榎乃が仕掛けた。俊敏なステップで、二間ほどの間合いを一瞬で詰めた。

「っ!このっ!」

 少女が長い髪をなびかせながら剣を振るう。しかしそれには、先程の自信や余裕が感じられない、不安定なものとなっていた。

 大振りながらも、榎乃の短刀が少女の刀を捉えてゆく。

「――コイツ、もしかして」

 吾妻が呟いた。

「はあ、もう気づいたか」

「もう、先輩ばっかりずるいです!」

「何がだよ!?」

 閃は吾妻の観察眼に嫉妬しているようだった。

 吾妻が閃に対してなにか言いかけたその時、

「技あり!有効打です!」

 勝負の決着がついていた。下段、少女の右(もも)に、短い模造刀が押し当てられていた。有効打を取られた少女は、がっくしと肩を落とした。

「練習とは思えない、ハイレベルな試合だった。二人とも、ありがとう」

 第三高校の少女たちに、拍手が送られた。

「改めて二人に聞きたい。一時的に俺たちを数的不利に追い込んだ。どんな作戦を考えたか教えてくれ」

「まず、相手がどちらを攻撃してくるかは事前に知らされていた。そして、私達は長刀を相手にするのが大変だと感じた。結果、限定的に二刀を持って二人の攻撃をわずかの間防ぎ、その隙に長刀を仕留める作戦にした」

 新の問いかけに答えたのは、ボブヘアーの少女だった。相手の作戦を知ることは出来たが、5分という短時間でリスクを十分に受け入れた大胆な作戦を発案し、実行に移してみせたのだ。

「素晴らしい作戦だ、それが見事に決まった。このように、相手が何をしてくるか分かっていれば、協力して対処することは十分に可能だ。当然だが、本番では相手は何をしてくるか教えてくれない。そして、それを予測し、対策し、また裏をかくことを考えなければならない」

 閃は、熱心にノートを取り始めた。吾妻も、普段の授業よりも意欲的に戦術を聞いている。土方新は、続けて口を開いた。

「ツーマンセルで重要なのは、個人の技能よりもコンビネーションだ。裏を返せば、二人の息が合えばその力は何倍にも膨れ上がる。三校戦優勝だって夢じゃないんだ!」

 珍しく熱く語った土方新を見る女子たちの目線は、好意に染まっていた。それらに気付き、恥ずかしげにそっぽを向く新。そんな雰囲気もお構いなしに割り込んできたのは、柳川榎乃だった。

「その通り!ぶっちゃけた話、俺は剣術がそんなに得意じゃないし、個人戦は予選落ちだ。シンは個人でも強いけどな!だがツーマンセルの動きを熟知し、そのための動きを身に着けた俺達は二高の代表として優勝したってワケよ!」

 やや目立ちたがりの柳川榎乃は、冷めてきた周囲の視線を気にせずいつの間にか手に持っていたリモコンを天井に吊ってあるプロジェクターに向けた。

 スクリーン代わりの白い壁に映し出されたのは、過去の試合映像だった。第一高校と第二高校の試合。第一高校は男女ペア、第二高校は男子ペア、土方新と柳川榎乃だ。

 模造刀を使用しているので準決勝以下の試合だろう。スムーズに開始されたかと思ったその試合は、衝撃的な展開を迎えていた。左右から大きく広がるようにして迫る第一高校の選手に対し、第二高校は榎乃を先頭に新とほぼ一直線で相手を迎え撃つ。しかし第一高校の二人の剣を受け止めたのは土方新だった。柳川榎乃は、いつの間にか二人の後ろに回り込んでいる。そして、模造刀を鞘に収めていた。

 女子選手から瞬く間に有効打を取った榎乃。その後は数的有利を活かした畳み掛けるような猛攻で男子選手を討ち取っていた。

「おい榎乃、こんな映像見せるな」

「いいじゃんか、どうせ動画サイトに上がってんだからさ。みんな見たか?今の俺の動き!すごいだろ!」

 確かに不思議な挙動だった。相手の攻撃を受けると見せかけて回避し、刀を一旦納めて高速で走り抜ける。一切の防御を捨て、そのすべてを移動に注ぎ込んだのだ。そして柳川榎乃が持つ軽快なフットワーク。簡単には真似できない戦法だろう。

「俺たちはこの戦法を『機動居合(きどういあい)』と名付けた!無論、ツーマンセルはまだまだ研究不足の分野だ。俺たちもこの戦術のみに甘んじることなく鍛錬を続けていく」

 自信たっぷりの表情で語る榎乃を見て、新はため息をついた。

 同じように半ば呆れたような表情で榎乃の自慢話を聞いている吾妻の横で、佐々木閃は目を輝かせていた。

「すごい!私達も研究しましょう!新しい戦術!」

「お前はまず体力と基本からだろうが!」

「そうでした……」

「まあ、良くなってんじゃねえの、最初よりは。知らねえけど」

「本当ですか!やった!初めて坂上先輩に褒められました!嬉しいです!」

「あーもううるせえな!」

 ころころと表情を変える閃に翻弄される吾妻。そしてそれを頷きながら聞き入れる榎乃。

「勘弁してくれ……」

 土方新は一人ため息をつくと、面倒そうに頭を掻いた。

 ツーマセル部門のエントリー数は、前年度に比べて爆発的な増加を記録しているらしい。競争の激化は避けられないだろうが、彼に不安は無かった。

 あと一ヶ月もすれば予選が近づいてくる。鎌倉の空は、まだ夏を近づけさせまいと懸命に雨を降らせ続けていた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ