こたつ戦記
梓は寒がりです。
なのに、梓の家にはこたつがありません。
その理由は、梓と天さんの戦いの中にありました。
例によって、この物語はフィクションです。
実在の人物・組織・事件とは関係ありません。ないったらないんです。
「なあ、梓。このテーブル、たしか家具調こたつだったよな?」
結婚して最初のクリスマスも終わり、お正月の足音が聞こえてくる頃、突然天さんが言った。
我が家、というか結婚してから住んでるこのアパートは、ダイニングキッチンのほかに洋間と和室がある2LDK。
お風呂はもちろんあるけど、お湯を溜めるだけで温め直しが利かないから、お風呂に入る時は時間を合わせてうまく入らないと冷めちゃうのが最大の問題点かな。
一緒に入ると、隣に声が漏れるからって、天さんはあんまり一緒には入ってくれない。
でも、それ以外はなかなかの物件だ。
新築だから、どこもかしこもぴっかぴか。
ガサツで掃除が嫌いなあたしは、こういうところは気が引けるんだけど、立地条件が良かったから「汚すと嫌だから、新しいところは嫌!」とか言えなかった。普通は逆だもんね。
で、洋室はクローゼットが付いてるから衣装部屋&天さんの部屋にして、和室は寝室&あたしの部屋になってる。
ダイニングで食卓に使っているのは、家具調こたつだ。
椅子とテーブルにするとスペースを取るからと、あたしが主張した結果だ。
一緒に買いに行ったんだから、天さんだってもちろんわかってるはずだよね。
「わ・た・しの記憶が確かならば、家具調こたつ選んだのって、天さんだった気がすんだけど。
まさかボケてないよね?」
「あのなぁ…。
俺が言ってんのは、家具調こたつなのに、こたつとして使ってないなって話なんだけど。
寒くなったし、そろそろこたつとして活躍してもらいたいとか思わない?」
「なんだ、それならそうと言ってよ」
うちのアパートは、火災防止なのか結露防止なのか、灯油を使った暖房が禁止になってる。
新潟では、石油ストーブとか使うと結露がひどくて、場合によっては床まで濡れるので、結露防止用のフィルムとか吸湿テープとかをホームセンターで売ってるくらいだ。
そういう意味で、天さんは電気こたつが使えることを期待して家具調こたつがいいと主張したって経緯があった。
気持ちは、わかる。
痛いほどわかる。…わかるんだけど。
「こたつにはしないよ」
冷たく言い放ったあたしの言葉に、天さんの顔に線が走った。それはもう、「ガ~ン!」という描き文字が見えるほどに。
「な…んで…」
ノリなのか本気なのか、天さんはショックを受けましたって顔で途切れ途切れに聞いてくる。
いいね、天さんのそういうとこ、あたし好きよ。
「だって、こたつ布団ないよ」
追い打ちに、天さんがまたショックを受けてる。
そんなにショック受けることかなぁ? こたつ布団買ってないのは、天さんも知ってるはずなのに。
「第一、家具調こたつの下には、あたし達の道具箱置いてるんだよ? この状態でこたつになんかできるわけないじゃん」
そう、家具調こたつの下には、あたし達の小物を入れたコンテナボックスが1つずつ置かれていて、足を伸ばすこともできないのだ。
「いや、道具はどかせばいいわけで」
「どこに? 天さんの部屋に置く?」
ちょっと意地悪してみる。天さんの部屋に、コンテナボックス2個も置くスペースがないのはわかってる。というか、置く場所がないからテーブルの下に置いてるんだから。
「むぅ…」
だから、こう言えば天さんが黙るしかないってわかってるんだ。あたし、性格悪いね。ごめんね天さん。
「あとね、正直言って、あたし、こたつがあったらそこから出なくなる自信があるの。
だから、こたつは出しちゃいけないのよ。堕落への奈落だから」
「ブラックホールってなんだよ」
呆れたように天さんが言う。
「あ、笑ったね? こたつの魔力を舐めちゃいけないよ。
一度足を突っ込んだら最後、決して抜け出せない、あの恐怖の引力を知らないの? ひどいと、こたつを背負ってトイレに行くようになっちゃうんだからね」
「亀かよ」
「そう…、そのとおりっ! こたつは人を、時に亀に、時に猫にする魔性のアイテムなのよ! あたしはこたつの魔力に取り込まれて、中で丸くなって出てこない悲劇のヒロインになるんだわ!」
「…」
…しまった。
調子に乗りすぎて、天さんが引いちゃった。
この辺のさじ加減がどうも難しいのよね。
「…いぢめる?」
「いや、別に」
「だめだめ。そこは、“いじめないよぉ”って言うところよ」
「ぼのぼのか?」
「そうそう、知ってるじゃない。知識はちゃんと使うべき時に使わないとね」
「梓の言う“使うべき時”ってのは、多分、一般常識からは外れてるんだと思う」
よかった、戻ってきた。
この流れを崩さないようにしないと。
「一般常識から言ってね、こたつがあると、そこから出ない人が大発生するのよ」
「でも、一般常識で言うなら、やっぱ正月はこたつでみかんだろ」
むう。そう来ましたか。
ならば。
「こたつでみかんなら、家具調こたつでエアこたつすればいいのよ。
あたし、こたつがあったら、家事しなくなるよ? それでもいい? それでいいなら、こたつ布団買ってこよう。ただし、絶対にあたしに家事をさせようと思っちゃ駄目よ。
トイレとお風呂と寝る時以外、あたしはこたつに立て籠もるから。
お母さんが泣いて呼び掛けたって、籠城やめないんだからね」
「それって、単に家事がしたくないってだけじゃないのか?」
うん、そうとも言うね。
でも、普段は一応してるじゃない。ホントに一応だけど。
「だからさ、元々したくないんだから、こたつなんかあったら、ホントにしなくなるよってことなの。
ね? こたつなんかなくたって、天さんとくっついてると暖かいよ」
あたしは天さんの膝の上で丸くなる。
ほらほら、こたつなんてなくても、猫は丸くなるんだよ~。
うにゃあ~ん♪
好き好き~~♪
こうして、あたしはこたつの侵略から我が家を守り抜いたのだった。
正義は勝つ!
本日、1月19日は、鷹羽が「お姉様」と呼んで仲良くさせていただいている山之上舞花さまのお誕生日です。
ハッピーバースデイ(^^)/
プレゼントにSSを、と言ったところ、「猫」と「みかん」と「ほのぼの」をお題にとリクエストされました。
ほのぼの、してますよね?
ほのぼのついでに「ぼのぼの」も入れてあります。「ぼのぼの」、おわかりでしょうか? ラッコが主人公の4コママンガです。
あと、梓が「わ・た・しの記憶が確かならば…」と言っているのは、「料理の鉄人」での鹿賀丈史氏の物真似です。「私」のアクセントが独特だったのを真似ています。
それと、ここでも梓は「勇者特急マイトガイン」の「そう…、そのとおりっ!」を使っています。これは梓のお気に入りのネタです。ただし、今回はそのまま話し続けているため、名乗り口上は入れていません。そういうところ、梓は芸が細かいです。