日常2 ~まったり学園らいふ~
2360年4月。
「ち~こ~く~だ~~~っ!!!」
海道螢は走っていた。
現在8時10分。これが休日の出来事なら、一人の少年の健康的なランニングとして捉えられただろう。だが、螢はパンを片手に持っており、なおかつ今日は、螢の行ってる学校の始業式なのである。螢の学校である紅葉ヶ丘高校は、螢の家から歩いて20分の位置にある。点呼が始まるのは8時30分。間に合うかどうかは微妙である。
普段はこんな状況に陥ることのない螢が、始業式の日から遅刻しかけという失態をさらしているのには、深い訳がある。
昨晩のことだ。明日から高校二年生だー、ということを意識し始めた螢は、何か今までとは違うことをしよう、と思い立った。そこで、親孝行な螢は突然母親に言ったのである。
「母さん、明日からは自分で起きるよ」
「まあ嬉しい!」
そして螢は母親から目覚まし時計を手渡された。螢は軽い足取りで自室へ向かった。ところが、その目覚まし時計が、のちに悪魔の産物となった(螢にとっては)。というのも、螢には目覚まし時計のアラームの設定方法が分からなかったのである。
螢は作業をベッドの上で、なおかつ比較的遅い時間でしていた。それが災いし、螢は知らぬ間に寝てしまっていた。結局螢ができたのは、アラームを8時に設定することだった。
そして今朝である。きっかり8時にけたたましく鳴ったアラームに起こされた螢は、絶望的な目で支度を終えた。それから、食卓で食パンを二枚取り、リビングでのんびりしていた母を一瞥して家を出た。そこから、螢の絶望的なランニングは始まったのである。
ぽかぽかと暖かい春の気配を吹き飛ばし、菜の花の香りを蹴散らしながら螢は走る。だが、五分も走ると螢の体力は尽き始めた。
そんな螢の横を、自転車通学の集団が焦りながら通り過ぎて行った。自転車があれば螢にも希望があったが、あいにくと螢は自転車を壊したばかりだった。螢には、自転車通学の生徒を恨めしそうに見ることしかできない。
そのうち、螢は力尽き、倒れてしまった。仰向けになった螢は、汗が流れ落ちるのも構わず、空を眺めた。アスファルトには春のぬくもりがかすかに宿っている。
たかが遅刻確定となっただけなのだが、螢は、俺の人生がこうして終わるなら、それも悪くはないなあと、大仰なことを考える。
「父さん、母さん、いい人生だったよ……」
螢は、一人呟いた。
「何言ってるのよ、あんた」
螢は、上から顔を覗き込まれた。覗き込んだ茶髪の女の頭で日光が遮られ、螢の顔がかげる。女の後ろには筋骨隆々の、緑で染められた短髪の男が立っており、二人とも傍に自転車を立てている。
「ああ、景か~」
と、螢は呟いた。二人とも、螢の知っている顔だった。
女は、桃原景と言う。弓道三段の実力者で、紅葉ヶ丘高校弓道部の副キャプテンである。男の方は、島原勲。ただの筋トレマニア、筋肉マニアである。
付け加えると、二人は超人的な体力を持っている。いつもこの時間帯に登校しているが、異常なスピードで自転車を漕ぐため、遅刻したことは一度もなかった。そのため、ごく稀に遅刻しかける螢を、勲が荷台に乗せて送っていくこともあった。そして今回もそのパターンに含まれることになりそうだった。
「助かった~。今日も乗せてって~」
と螢が寝転がったまま頼む。
「始業式から遅刻って、どんな神経してるのよ、全く」
と、景がぼやきながら螢を起こす。
「螢の体重なんか何の足しにもならないけど、まあ筋トレの代わりにはなるから、俺はいいよ」
勲はなかなか殊勝なことを言って、起こされた螢を担ぎ上げ、荷台に座らせた。
景と勲も自転車に乗り、ペダルに足を置いた。勲が後ろの螢に言う。
「しっかり掴んどけよ。本気で行くからな」
分かった、と螢が言う前に、勲が自転車を漕ぎ始めた。自転車はすぐに最大速度に達した。前から後ろに重力がかかっているかのような感覚に、螢は吹っ飛ばされそうになる。
その背後を、表情を一切変えずに景がついていく。
この経験をするたびに、螢はこの二人を怒らせないようにしようと決意するのだった。
五分後、螢たちは無事に学校に着いたのだから、驚くばかりである。