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刻印所持者の魔法  作者: 紅ノ月
1章:三度の喪失
25/26

25話:刻印所持者、再び後悔

「はあ、これから訓練か……」



 俺は再び受付に向かい、歩いていた。まあでも、別にあの人数だ。数分で終わる訳がないだろう。だから、寄り道しても問題ないだろう。

 このギルドは、2階建てらしく上に登る階段を発見した。1階では『依頼受付所』『依頼報告所』『素材買取所』の他にも『講義受付所』なんかもあり、新人にも優しいシステムとなっていた。

 2階に上がると、そこはもう賑やかな場所だった。人の豪快な笑い声から、集客の声までもが響いていた。『装備屋』『アイテム屋』『酒場』があり、完全に商売目的となっている2階だった。



「いい装備が揃ってるよー! この剣なんかどうだ!? 相当な業物で魔物をバッサバッサ倒せるんだぜ!」

「今日は回復ポーションが安いよー! ぜひ、買って行ってくれー!」

「おーい! 酒をもう1杯頼む!」



 まわって見た感じ、ギルドというよりかデパートを連想させる作りになっていた。装備屋だって、1つの店だけで構成はされていなかった。最低でも5店はあった。

 概ね、ギルドにお金を支払いここでの商売の許可をもらっているのだろう。

 それと、装備屋とアイテム屋を見てきてわかったことが幾つかある。装備に関しては魔力を帯びている装備もあり、魔法のような能力を携えている。ただ、やはり希少というだけあって値段も普通の装備の10倍以上の値段がしていた。

 アイテムに関しては、色々な種類があるようだ。その中で、回復ポーションというものが売られていたのだが流石に傷が即時回復して戦線復活! なんてことはできないようだ。せいぜい、治癒能力を高めるだけらしい。

 それ故に、即時回復ができる回復魔法の使い手は重宝されている。



「そろそろ、戻らないとまずいな」



 俺は急ぎ足で1階に降りる階段へと向かった。

 どうやら、全員の登録が完了したようで待機している。



「あ! 蓮斗さん! 一体、どこに行ってたんですか?」

「悪い、ちょっと情報収集にな」



 出迎えてくれた紅と話していると、受付の女性がやって来た。女性は小さいカードと1枚の紙を持っていて、どちらも俺に渡す。



「レントさん、あなたには嘘をつきギルドを騙そうとしたことによりギルドへ毎月の支払いを50ゼファーから500ゼファーに値上げ致します」



 思っていたほど酷くはないな。てっきり、こなした依頼の報酬の殆どをギルドへの無償で収めろなんて言われるんじゃないかと思ったんだがな。

 どうしてか、紅のクラスメイトからざまあみろと言わんばかりの視線を感じる。やはり、紅と同室だというのが問題なのだろうか。



「どうしてですか!? 蓮斗さん! 蓮斗さんは嘘なんかついてませんよね!?」



 紅は本気で、俺を心配しているようだ。こんな存在は日本の時にはいなかった。俺を思い、考えてくれる人は……。



「本当に優しいな紅は」



 俺はそう言って、紅のさらさらとした金色の髪を撫でる。紅は顔を赤くして俯いてしまったので、すぐにやめたが。俺の行動のせいで俺を敵視する奴らが増えたのは言うまでもない。

 それと、嘘を見抜くことができる道具は存在しないらしい。それを知っていたらあんなことは書かなかったのだが。



「うぅ……」

「お前ら! 今日は登録だけをしに来た訳では無い! これから依頼を受けて討伐に向かってもらう! 何人でもいいからグループを作れ! あとは自由行動だ!」



 わかっていたが、グリムは放任主義なので俺たちを助けようとはしてくれない。自分のことは自分でやれ。と言っているのだ。俺は、どうしたものかと少し考える。

 最初は情報収集が優先だな。それに、今の俺には一切武器を持っていない。すべてが魔法頼みとなってしまう。殴って倒せる相手なら身体能力上昇を使えば倒せるかもしれない。



「あ、あの……れん――」

「――紅! 私たちと一緒に行くよ!」

「え? あの、え?」



 紅はなにか言いたそうだったが、その前にクラスメイトに連れて行かれてしまった。連れていかれた先を見るとクラスメイト全員で、グループを組んで行くようだ。勇志がリーダーとして、支持している姿が遠目でもはっきりと見えた。風呂場で見た不安げな勇志とは違って、堂々とした姿勢でクラスメイトを引っ張っている。どうやら、心配無用のようだ。



 時折、勇志はチラチラと俺を見て迷う仕草をする。もしかしたら、あくまで俺の予想だが俺をグループに誘うか迷っているところだろう。だが、もし俺が入ればグループの雰囲気が悪くなることも必然といえば必然だろう。

 伝わるかわからないが俺は気にするなと、軽く微笑みながらアイコンタクトで勇志に伝える。

 するとどうだろうか。勇志も微笑みながら会釈していた。俺は情報収集をするためにギルド内を見回ることにした。



「あーあ、あぶれちまったな。お前さん」

「うっせーよ。それより、聞きたいことがある。ここの近辺の魔物は俺でも倒せるほどの強さか?」

「……さあな」



 グリムは肩を竦め、そのままどこかへ行ってしまった。結局、情報は得られなかったがまだまだ方法はある。今度は素材買取所へ向かう。



「はい。これで340ゼファーになります」

「んー、今日はあんまり調子が良くなかったな」



 大量の素材を買取所で売っている姿がちらほらと見られる。値段も何件か聞いてみたところ、低くても200ゼファーでいちばん高かったのだと2000ゼファーまであった。素材買取所で売ったお金にさらに依頼の報酬が上乗せされると考えると冒険者は意外と楽して稼げる職業ではないかと思われる。

 だが、現実が決して甘くはないのは俺が1番知っているつもりだ。俺は冒険者たちの実力を知らないのだ。相当な実力の持ち主ではないかと思われる。



「はあ、ここでうじうじしてても仕方ないか」



 俺は、観念してさっさと魔物との戦いに臨もうと思う。

 ギルドを出て、街の外へ。そこまで遠い距離ではないので楽に移動ができるだろう。そういえば、紅たちはもう向かったようでギルドにはいなかった。



「ここか……」



 そこは、見渡しのいい草原でちらほらと魔物を見かける。

 さっそく、魔物討伐に取り掛かろうとしたその時だった。



「あ、依頼受けてくるの忘れた……。はあ」



 また、ギルドに戻って依頼を受けてくるなど面倒なことをしなくてはいけないと考えるとため息も出るというものだろう。

 俺は観念してギルドに戻るのだった。



「あ゛あ゛あ゛ッ。くそっ! まったくついてない。これも全部あのクソジジイののせいだ」



 八つ当たりだということはわかっている。だが、こうでもしなければこの怒りは収まらない。

 俺は身体能力上昇を使い、人目のつかないように建物の上を走っていた。一応、一般の人間には目で捉えるのが難しいほどの速度で走っている。怒りを収めるため、俺は少し全力で走っていた。



「よっと」



 俺は人のいない、建物の隙間に飛び降りて静かに着地する。そして何食わぬ顔でギルドの中に入っていく。依頼の掲示板に、あの草原に現れる鹿に似た魔物を計10体討伐する依頼があった。俺はその紙をとって依頼受付所へと持っていく。



 依頼の受付が終了したので、俺は再び身体能力上昇を使って草原へ向かう。草原には既に何人か魔物の討伐をしている人たちがいて一生懸命剣を振り回したり、魔法で遠距離攻撃をしている人など様々だ。



「ここは人が多いな。ちょっと奥に行くか」



 人が多く、魔物がほとんどいなかったので俺は少し奥で魔物を探すことにしたのだ。

 それにしても、あの様子を見る限りここの魔物はそこまで強いわけではなさそうだな。

 魔物の動きはそこまで早いわけでもない、冒険者の人たちも目で負えないほど早く動いていたり剣を振った衝撃で地面がえぐれたりなんてことはなかったのだ。俺でも討伐したりできるだろう。



 少し、歩くと冒険者たちは少なくなりそして人はいなくなった。ここでなら、全力で戦っても被害を被る人はいないだろう。

 そして、俺の目の前に現れたのは俺が見たことのある鹿よりひと回り大きい魔物だった。魔物は体制を低くして臨戦態勢をとっている。



「さっそくお出ましか。それじゃあ、さっそく――がっ!」



 一体、何が起きた……? 身体能力上昇を使って動き回りながら魔法で攻撃しようかと思った矢先に俺は腹部に異物感を感じながら後ろに吹き飛んだ。そのまま、後ろに吹き飛ばされみっともなく地面を転がる。2回ほど咳き込むと、口から鉄の味をした液体が出ていったことがわかる。左手で腹部を抑えているのだが、妙に暖かい液体がとめどなく流れている。



「ぐあっ……腹が、熱い。はは、こりゃあいつの角が貫通したな」



 痛い。

 痛みには慣れていたはずなのに、がむしゃらに暴れたいほど痛みが体に走っている。毛穴という毛穴から汗が溢れて止まらない。

 そして、自分が情けなくとも感じた。俺はおごり高ぶっていないと思い込み、街から出た。でも、結果は慢心そのものだった。心のどこかで、俺なら大丈夫。どうせ何も無い。と思っていた。その腑抜けた考えを持っていた俺を全力で殴りたいと思った。



 依頼を受けて来るのを忘れていたあれは、俺に授けられた最後のチャンスだったのかもしれない。でも、俺はそれを無視してここに来た。もう、何も失わないためにここに来た。

 その結果がこのざまだ。情けなくて笑いがこみ上げてくる。



「主様! 申し訳ありません。私がついていながらこのようなことに……。少々お待ちください、すぐに終わらせてきますから」

「シャ、ルル?」



 良いのか? 俺の尻拭いをあんな、幼い少女に任せて。



 俺は、苦痛に耐えながらなんとか起き上がろうとする。身体が動くことを、痛みを受けることを拒否しようとするが鞭を打って無理矢理にでも起き上がる。



「なあ、俺よ。情けなくないのか? 恥ずかしくないのか?」

「情けないさ。悔しくてたまらないし、ものすごく恥ずかしい」

「だから……! だから動けよ! 俺の身体!」



 立ち上がるまではできたのだが、その次へと身体が動かない。今、目の前でシャルルが戦っている。動けと命令しても俺の身体は石のように動こうとはしない。

 刹那、鈍い音が辺りに響く。目の前の現実に目を逸らしたかった。でも、そんなことはできない。非情な現実は俺に押し付けられた。



「あ、ああ、あああああぁぁ!」



 頭から血を流しているシャルルが目の前に倒れている。その瞬間、俺の身体は動かなかったのが嘘のように動きはじめ急いで出血なんて気にもしないでシャルルのもとへと駆け寄る。膝から着地したせいで少し痛みが走るがそんなことは気にもとめなかった。



「シャルル! 癒せ(ヒール)癒せ(ヒール)!」



 俺はシャルルに回復の魔法を使う。なんとか出血だけは抑えることに成功した。だが、シャルルの意識は戻らない。俺はそのまま、回復魔法をかけて止血だけしておく。



 まっすぐ、魔物を捉えると今できる全力の身体能力上昇を使う。その分、負担も大きいが今はそんなことを気にしていられない。俺とシャルルの命がかかっているのだ。絶対に負けられない。



 シャルルをこのままにしておくわけには行かないのでシャルルを抱いて、離れた場所に寝かせる。

 これで、シャルルが戦闘に巻き込まれることは無いな。と少しだけ安堵した。

 そして、今まで攻撃してこなかった魔物を再び睨みつける。攻撃してこなかったのは、単に魔物が誇り高いだけなのか。不意打ちをしなくても真正面から叩き潰す自信があるのか。



 俺は恐らく後者だろうと予想する。なぜなら、魔物から感じる嘲笑うようで見下されているのがはっきりと感じるからだ。

 こういう、俺を貶すような視線や表情を読み取るのは他の者と比べても長けていると自覚している。



「その、見下すような視線……。大ッ嫌いなんだよッ!」



 俺は、一直線に魔物に突っ込む。

 だが、ただ突っ込むだけではこの魔物に勝てないことは重々承知している。だから魔物が突進しようとしたそのとき、思いっきり左足を横にずらしてそれと同時に体も左にずらす。



 すると魔物もブレーキをかけて止まろうとする。

 俺は左に避けるかと思いきや全体重を左足に乗せ、左足1本でなんとかその場に止まる。そして、少し浮いていた右足を地面に叩きつけ左に傾いていた重心を体の中心へと戻す。



 そのままで終わるのであれば俺が避ける必要は無い。その後の行動が1番の目的だ。

 俺は魔物の方へと体を向けると左足の膝を少しばかり曲げ、再び体の重心を後ろへとずらす。

 体を半回転ほどさせると右手を目の前にかざし、反対の左手は頭の後ろより少し左に置く。右手は指で丸を作るような形になっている。



 それはちょうど、細長い棒を持っていたら完璧になっていたのではないだろうか。

 そんな、完璧を実現するために俺は唱える。



「死ねッ! 蒼炎槍(ジ・ララリブン)ッ!」



 その瞬間、一直線の線が走ったかと思うと俺の右手の空間を埋めるかのように現れた細長く槍のような形をした蒼い炎。俺の手にある炎は今も盛んに燃え続けている。炎が蒼い理由はイメージの問題だろうと俺の中で結論を出した。



 より熱く、攻撃力のある炎をイメージすると蒼い炎になってしまったのだ。その蒼い炎の槍を投擲するため、捻っていた体を元に戻す動作に勢いをつけて、その勢いをつけたまま槍を魔物に向けて投擲する。投げた槍はそのまままっすぐ魔物に刺さる――はずだった。



「グルアッ!」



 だが、魔物は危険を察知したのか槍が向かってくる方向とは逆の方向に勢いよく倒れた。

 地面スレスレになると足で地面を蹴り、数メートルほど離れた場所で1回ほど転んだ。そしてそのまま魔物は起き上がり俺を睨みつける。

 あの魔物は強い。だから、油断しているあの間にしか機会はなかった。



「ちっ。殺すつもりで撃ったんだがな」



 俺は殺し損ねたことについ、舌打ちが漏れる。

 次の作戦を考えていると魔物が一歩前に足を出した。その足が地面についた瞬間、地面が震えたのを足の裏から感じた。この、震えは地震とは別物と理解するのに時間はそんなにかからなかった。



 それに感じたのは震えだけではない。時間が経つにつれ、次第に大きくなる地面を削るような轟音。

 そして、俺は気が付いた。

 その震えと轟音が比例して大きくなっていることに。



「なっ!?」



 震えと轟音が最高潮に達した時、鈍い音を何回も鳴らし、そこにはありえない光景が広がっていた。

 木が急速に成長し、数秒と経たないうちに何十年もの年月を過ごしてきたかのような大木に姿を変えた。そんな大木が、見渡す限りに広がり森林へと化した。




今回はいつもと違って長めに書いてみました。

次回から、今回と同じくらいの長さにしてみようかと思います。

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