22話:刻印所持者、血を与える
「あっ。蓮斗さん、おかえりなさい!」
「ああ、ただいま」
「うわあ!? どうしたんですか!? ボロボロじゃないですか!?」
俺はボロボロになって、夕方に森から帰ってきた。でも、ボロボロになっても良いくらいの収穫があったのだから問題はないと思う。
「まあな、先に風呂に入ってくるかな。そういえば、夕食ってどうするんだ?」
「あ、それでしたらさっき説明がありました。ここには食堂があって、無料で食べられるそうです。時間帯は朝昼晩の3食出るそうです。お風呂から上がったら、食堂の案内でもしましょうか?」
「本当か? それは助かる」
本当に、紅が優しい子で助かった。取り敢えず紅をあまり待たせないように、迅速で向かう。風呂の場所はメルフィアから聞いてあるのでそこは問題ない。
「ふう、やっぱり風呂はいいな」
人数が人数なので、かなりの大きさの風呂だった。俺はそんな風呂の端で浸かっていた。俺の他にも何人かいたのだが、おそらくこの世界の人間だろう。訓練の汗でも流しに来たのかと思われる。
そろそろ、風呂から上がろうかと考えていると後ろから声をかけられた。
「よかったら一緒してもいいですか?」
そこには腰にタオルを巻いた勇志がいた。別に断る理由もないので、了承する。勇志はもう既に、体も洗い終わったようで濡れていた。
「いいぞ」
「ありがとうございます。……不思議ですよね」
「ん?」
「つい最近まで、平和に暮らしていたのにいきなり魔物と戦えって言われて……。まだ、ドッキリでした。って言われた方がマシだって思いますよ」
「そうだな。でも、これは現実だ。今ここに自分の身体があって、生きている」
勇志は、下を向き湯船のお湯を見ている。
「勇志。強い人の定義ってなんだと思う?」
「強い人の……定義、ですか? よく、わからないです。ただ、僕のことではないのはわかります」
「そうか。俺は、すべての理不尽さに抗える勇気を持っていることだと思う。そして、俺もまだ強い人ではない」
「理不尽さに抗える勇気……」
俺はそろそろ上がろうかと考える。あまり、紅を待たせるわけにはいけないのだ。それに、勇志もそろそろ大丈夫だと思う。芯は強い人間だろうからきっと、明日には頼れるリーダーになるだろう。
「それじゃあ、俺はそろそろ上がる。それじゃあ、お互いに頑張ろうぜ」
「……はい!」
素早く、風呂から上がって部屋に戻る。ちなみに、服は召喚者全員に配られていたのでそれを使わせてもらっている。紅が待っているだろうから、できるだけ素早く紅がいる部屋へと向かった。
「おーい。上がったから行こうぜ」
「…………」
「おーい、紅?」
「は、はい!? なんですか!?」
「あ、いや。風呂から上がったから食堂に行こうぜ。もし、体調が悪いなら寝てても良いぞ?」
「いえ、大丈夫です! 行きましょう!」
紅はいきなり立ち上がり、俺の腕を掴んで引っ張っていく。俺も抵抗することなく、紅についていく。食堂はそこまで遠い訳ではないので、数分程で着いた。そこには、もう既に何人か食事をとっている人もおり、楽しく雑談でもしながら食べている。
「……で、いつになったら話してくれるの?」
俺は紅に掴まれている腕を上に持ち上げ、紅に見せるようにする。すると、紅はその場でかたまり、顔を真っ赤にした。紅は急いで、掴んでいた腕を離し顔を見られないようにするためか後ろを向いた。そのまま、食堂に歩いていくので俺も紅に着いていくことにする。
食堂には、受付の人が3人にてその人たちが夕食を配膳しているようだ。チラッと見ただけだが、メニューはいつも通りのパンにスープそして野菜と肉の炒め物のようだ。見た限りだと、どうしてもシャルルに作ってもらったご飯の方が美味しく見える。
俺と紅は、受付の人から夕食をもらい空いているテーブルに座った。やはり、この世界に箸など無くスプーンとフォークだった。
「「いただきます」」
「にしても、紅は友達と一緒に食べなくてよかったのか?」
「はい、全然大丈夫です」
紅はパンを手に持って笑顔で答える。
にしても、シャルルの作った飯の方が美味いな。
俺は早くも、シャルルの作った飯を恋しく思いながら夕食を食べた。
「あーっ! 紅ったら、私たちに内緒で食べてるー!」
「全く。……っていうか、隣の男は誰だー!」
せっかく、静かになったと思ったのにまた騒がしくなるのか……。
俺は1つため息を吐き、声のする方向へと顔を向ける。そこには、ふたりの女子がいて完全に紅と俺に視線を向けている。
あまり面倒ごとは好きではないので、さっさと部屋に戻ろうと夕食を片付けようを立つ。
「じゃあ、俺は先に部屋に戻ってるから」
「はい、わかりました。それではまた後で」
「――うおぉぉぉい!? ちょっとまてぇぇぇい!」
ガシッと肩を掴まれた俺は恐る恐る、後ろを向く。
そこには、後ろに''ゴゴゴゴッ!''という効果音が見えてしまうような迫力をしている女子2名がいた。
「おい、貴様。何故そんなに我らの紅さんと仲がいい? 貴様……初対面だろう?」
「だって、それは私と蓮斗さんは同室だよ? 少しは仲良くなるよ」
「「ゴフッ!」」
俺の胸ぐらを掴んで、睨んでいた女子2人は見事に紅の一言によって撃沈した。そして、この突っかかって来た女子2人により周りにいた紅のクラスメイトたちも轟沈した。恐らく、聞きたくても聞けなかった連中が山ほどいたのだろう。
それにしても、本当に紅は相当な人気者だったようだ。
「……俺は部屋に戻るわ」
「あっ、私も戻ります!」
紅も、俺の後を追うように歩いてくる。
そういえば、いつ紅に文字を教えようか……。明日くらいにでも教えてやるか。
その時はちょうど、晴れていて雲1つない良い天気だった。窓から見えるそして今は夜。この条件が揃っていて見えるものといえば――月だ。
いや、あれは月と呼ばれているものなのだろうか。少なくとも、地球から見える月とは全くの別物だった。なぜなら、月が''紫色''だったから。
「……なあ、やっぱり俺床で寝るわ」
「だ、ダメです! きちんとベッドで寝ないと健康に悪いですよ!」
「……わかった。でも、耐えられなかったらきちんと言えよ?」
「は、はい!」
ってなわけで、俺と紅はダブルベッドで一緒になることになった。実はこのやりとりは10回目だったりする。ついに俺が折れてしまいこの結果になってしまった。当然、俺は紅と反対方向を向いて寝ている。恐らく、紅もそうだろう。俺は目を閉じて、寝るのを待った。
俺はいつの間にか、寝ていたようだ。朝かと思ったのだが、目を閉じていても光を感じないのでまだ夜だろう。再び、眠りにつこうかと思ったのだが左の方からにちゃにちゃと水音が聞こえてくる。不思議に思い、目を開けて確かめてみるとそこには俺の首を甘噛みしている紅の姿だった。
「紅……?」
「あ」
今、俺の目の前には正座をした紅がいる。紅は申し訳なさそうに項垂れている。別にそこまで、怒るようなことではなかったので理由を聞いたらすぐに解放する気だ。
「す、すみません……。この世界に来てから吸血衝動をどうしても抑えられなくて……」
「それはスキルも関係しているのか?」
「多分そうだと思います。でも、1度友達に血を吸わせてもらったんですけど……あまり、美味しくなくて……。でも! 蓮斗さんの血なら絶対美味しい気がするんですよ!」
このセリフを、女子高生が言っていると考えると恐ろしい話だが仕方ないのかもしれない。それにしても、血にも相性があるのだろうか。それにしても、このままだと紅は吸血衝動で人を襲ってしまうかもしれない。そうなる前に事前に対策しておかなくてはいけないようだ。
「……わかった。ほら、俺の血でよければ吸えよ」
「え、良いんですか?」
「ああ、ただ吸いすぎて俺を殺すなよ?」
「はい!」
俺は左肩を見せるように頭を右にずらす。これで、紅も血を吸いやすくなるだろう。紅はあぐらをかいている俺の足の上に乗り、俺の服を掴んでいる。
「それでは……」
痛いかと思ったが、そんなに痛くなかった。ただ、くすぐったいのが難点だな。それにしても、紅は夢中で吸っているがそんなに俺の血は美味いのかね?
「ぷはあ……」
「……おい? 紅?」
紅は血を吸ったと思ったら、そのまま俺に寄りかかりながら寝てしまった。退かそうかと思ったのだが、紅は俺の服をがっちり掴んで離そうとしない。なので、仕方なくこのまま寝ることになった。




