18話:刻印所持者、契約する
「ほ、本当ですか!?」
「本当だ。俺は嘘つかない」
――契約すれば、この少女は俺に逆らえなくなり俺の自由に操れる。
……は? 俺は今何を考えた?
無意識に上がった口角と自分がしていた思考に気が付き、俺は焦燥感を覚える。自分は目の前に困っている少女がいて、頭の中では俺への利益をどうとか考えていたくせにどうしても見捨てることができなくて「助けてやる」とまで啖呵を切ってしまった。どうしてか、この少女が俺に従うことが当たり前のような気がしていた。
落ち着いて考えてみれば本当に俺はこの少女が困っているから、助けようと思ったのだろうか。
自分の考えがよくわからない。自分が自分ではなくなりそうな感覚に襲われ、少なからず恐怖を覚える。俺はこの思いを振り切るために、なにか違うことをしようと考える。そうでもしないと本当に自分が侵食されそうだから。
「ああ、そういえば契約ってどうすればいいんだ?」
「それでしたら、契約の儀をすれば契約できます!」
「契約の儀?」
何を隠そう俺は異世界から召喚された異世界人。この世界に来てまだ1ヶ月も経っていないこの俺が契約の儀を知るはずもないので首をかしげることしか出来ない。
「はい。契約の魔法陣に私が立ち、主様は魔方陣に魔力を送り呪文を唱えてくれれば大丈夫です」
「俺は魔力の送り方も呪文もわからないんだが?」
「ご安心を、私が手取り足取りお教えいたします」
「そうか? 助かるな」
早速、契約をするそうなので少女についていく。着いた場所は地下の部屋で中に入ってみると何も無いただの狭い部屋だった。窓もなく、光は少女の持っている松明のみ。ここで何をするのかおおかた予想はついている。
「それでは始めます」
その瞬間、空気が変わったような気がした。そして少女が立っている地面に紫色に光る魔法陣のようなものが現れた。
「片手を前に出し、その手に意識を集中させてください! そして私の言葉に続いて呪文を言ってください!」
俺は言われた通りに片手を前に出し、意識を集中させた。少女の方から風が吹き込み、そっと俺の肌を撫でるように通り過ぎていく。
「原石たる、かの者よ」
「磨き、輝きたいのならば」
「愛を求め、愛に縋りたいならば」
「汝の望み、叶えたいならば」
「汝の運命、我に委ねたまえ!」
最後の言葉を言った瞬間、一瞬だったが首を絞められるような感覚に陥った。俺は思わず低い声を出してしまったが少女には聞こえなかったようだ。
「これで、契約の義は終了です。今日はもう遅いので寝ますか?」
「ああ、ぜひそうさせてもらう」
少女に案内され、ひとつの部屋に入る。そういえば、と口にし、少女に問う。
「俺の名前は蓮斗だ。お前は?」
「私は……シャルルと申します」
「そうか。シャルル、じゃあまた明日」
よっぽど眠たかったのか、ふかふかなベッドに体を預けると数秒も経たないうちに意識を手放した。
「この男は、一体……」
そんな呟きが聞こえたような気がした。
朝、窓から入ってくる陽の光が俺を刺激する。体は恐ろしく重く、出来ることならばまた眠りについてしまいたいと思ってしまうほどだった。
だが、俺はなんとか体を起こし、二度寝するのを防ぐ。日本にいた頃よりに、つい甘い誘惑に負けてしまい大変な思いをしたのをよく覚えている。それからは二度寝をしないようにと、常日頃から心掛けている。それが功を奏したのかそれからは遅刻をすることがなくなった。
それはさておき、外を見る限り恐らくまだ4時辺りだろうか。薄暗く、まだ太陽が登りきっていないのだ。
「……なにか暇つぶしできるものを探しに行くか」
この洋館の構造がイマイチよくわかっていないのでなるべくこの部屋からは離れないようにして探索をしようと思う。
「お?」
俺が寝ていた部屋の近くに1階から二階へと上がる階段があるのだが、上がったすぐ目の前に両開きの扉があった。俺は気になってその扉を開き、息を呑んだ。そこは図書室だったのだが、その図書室は普通の図書室ではない。規模が違いすぎたのだ。
少なくとも、こんなにも膨大な本の数を見たことがない。
中心は吹き抜けており、恐らく奥は100mはあるだろう。奥行も相当なのだが、上は桁違いだった。上を見ても少々暗いというのもあるが天井が遠すぎて見えない。本当に天井があるのか、と疑いたくなるほどだ。
だが、それよりも先に思いつく疑問があるのではないだろうか。そう、この巨大な図書室は俺が外から見た洋館の大きさを優に超えているのだ。物理的にありえない光景が広がっている中でも納得してしまっている自分がいる。ここは異世界だから、という理性的な理由ではなくもっと深い何か――本能が納得してしまっている感覚だ。
「まあ、せっかくだから本でも読んで時間を潰すか」
近くにある本棚から適当に、1冊の本を取り出す。幸い、文字はルビアから一通り教えてもらったので読むことが出来る。それに、文字は違っていても音は日本語と一緒だったから覚えるのにそこまで苦労はなかった。とはいえ、まだスラスラと読んだり書くことが出来ない。
「えー、『神聖刻印の真実』? ……もしかしたらコイツのことがわかるのか?」
俺は左腕の袖を捲し上げ、刻印をじっ、と見つめる。謎だらけだったこの刻印の正体が掴めるかもしれない。覚悟を決め、本の1ページ目を開く。
ここまで巨大な図書室をシャルルひとりで掃除をするのは困難だろうと考え、この図書室は掃除されていないのではないかという結果に辿り着いた。故に本を開けた瞬間に埃が舞うと思っていたのだが、埃は微塵も出ない。寧ろ綺麗に掃除された後ではないかと思わせるほどだった。不思議に思い、何冊か手に取って調べてみたのだがどれも綺麗に保管されていた。
これも魔法なのだろうか。それとも本当にシャルルが掃除しているのか。
俺はあとで会ったらシャルルに聞いてみようと考えた。
「っと、それよりも本を読もう」
――――
『神聖刻印』
一般的には神に選ばれし者のみが得られる刻印。ステータスを作った際に現れる者と神契を結んだ者に現れる。と記されているが、実は神契をしても現れるのは偽物の刻印。本物はステータスを作った際に現れるもののみである。
だが歴史上、神契以外で神聖刻印が現れた者は1人もいない。
――――
「どういうことだ……?」
このまま、説明を見てもよくわからないままになってしまいそうなのでもっと詳細を明らかにしなければならない。今の文章で詳細がわからないものを探さなければならないようだ。取り敢えず、今調べたいものは『ステータス』と『神契』についてだ。幸い、本はさっき何冊か取った中にあったのですぐに読むことができた。
――――
『ステータス』
長時間、魔力を浴びることで手に入る刻印の事。神聖刻印以外の刻印は手の甲に数字が刻まれており、数字が大きくなればなるほど強者ということである。底辺の第一刻印から始まり現段階では第三百刻印まで確認されている。
――――
『神契』
唯一、絶対神であるセラフィロアが他種族に姿を現すのは『勇者祝福祭』のみである。その際、絶対神が勇者に行う祝福が神契と呼ばれている。神契を結んだ者は偽物の神聖刻印を授かる。
――――
「ふむ……」
この本を読む限り、神聖刻印には俺が思っている以上に深い意味がある気がする。もしかしたら神に選ばれし者、というのは間違っていないのかもしれない。だとすれば、
セラは誰かを探している……?
更に神聖刻印について深く調べるためにさっき読んでいた本を再び開く。
――――
神契で授かる神聖刻印には自分の魔法が強化されたり、身体能力が上昇したりする。本物は遙か昔に絶対神が――
――――
「あっ。主様! こんなところにいらっしゃったんですね。朝食の準備とお風呂の準備が出来ております」
「おお! それは助かる!」
そういえば俺は昨日の昼からなにも食っていなかったのを思い出し、改めて襲ってくる空腹感は昨日よりも酷くなっていて、キリキリと胃が痛むような感覚までもがあった。
その感覚をなるべく早く解消したいので早急に朝食を摂ることにした。
「うおぉ……。もしかしてこれ全部シャルルが作ったのか?」
「はい。お気に召しましたか?」
「勿論だ。いただきます!」
今、俺の目の前にはどれも美味しそうな料理が広がっている。流石に米は無いようだが、シャルルが作った料理を見るとそんなことどうでも良かった。
唐揚げのような料理もあり、食べてみるとサクッと音を立てた。肉は鶏肉に似ていたのだがこっちでも鶏肉を使っているのだろうか。
他にもサラダやスープ、パン。どれも食材のレベルも高く美味しく食べられた。
「ごちそうさま」
「お粗末様でした」
「それじゃあ、俺は風呂に入ってくるから」
「かしこまりました。着替えは置いてありますのでそれを使ってください」
「わかった。何から何までありがとう」
一応、浴場の位置は聞いてあるので迷うことはないだろう。それよりも、一刻も早く風呂に入りたい。俺はなるべく急いで浴場に向かった。
ゆっくりと風呂に浸かっていたいとはいえ、これから育成学校に向かわなければいけないのでさっさと体を洗い、湯船に浸かり風呂から上がる。シャルルが用意してくれた服を着て、シャルルの元へ向かった。すぐに俺は出発することを伝えるためだ。
「そうですか。でしたらこの洋館を好きなところからでも呼び出せる魔法をお教えいたしますね」
「え? この洋館って好きなところへ呼び出せるのか?」
「ええ。この洋館は特殊で、普通の建築物とは違うんですよ。魔法として使えるんですよ。現せたいときは''アピア''、消して持ち運びたい時はディスアピア''です」
「へえ。便利な魔法だな。まあ、それでも今日は使わなくてもいいか……。それじゃあ、俺はもう行くな」
「いってらっしゃいませ」
第7月5日
俺は学校に行くために外へ出ていった。




