16話:刻印所持者、懐かしい記憶
俺の家族は最悪だった。
「おぃ! なんか酒のつまみを買ってこい!」
父は自分の気に入らないことがあるとすぐ暴力を振るう男だった。
「ちっ! 何奴も此奴も俺のことを蔑みやがって!」
「……ッ!」
母は俺たちを見捨てて、男と蒸発した。
そんな、最悪な家族でも耐えられたのには理由がある。それは妹の存在だ。名前は神田楓。
「兄さん。だ、大丈夫? ……その……頬の傷」
「ああ。楓、それよりも学校はどうだ?」
「うん……。楽しいよ」
「そうか」
本当は気がついていた筈なのに、俺は気が付かない振りをしていた。もし、楓に嫌われたらと思うとどうしても引き下がってしまうのだ。これが正しい選択なのだと思い込みながら。
その選択に後悔すると気が付かずに……。
俺と楓は生まれた時から同じ境遇だった。親も信じられない、ほかの大人も信じられない。ただ、唯一信じられるのが楓だった。
「やっぱり楓の作る弁当は美味いな」
「ま、毎日作っているもの。嫌でも上達するわ」
「そうか。……はあ」
「どうかしたの?」
楓の作った弁当を食べ、未来を想像するとやはりため息が出てしまう。そんな俺を心配するかのような表情で俺の顔をのぞき込む。
「いや、もし楓が結婚したらこの飯も食えなくなるのかな。と」
「わ、私は結婚するつもり無いから……よかったら、その……これからも作ってあげられるわよ……?」
「え? いや、でもお前だって好きなやつができるかもしれないだろ?」
「絶対にありえないわ。……もし、結婚するなら兄さんだし」
「ん? 最後なんて言った?」
「何でもないわ。授業に遅れるから行きましょう」
「お、おう」
なんか、はぐらかされた気がするんだが……。
俺は心に疑問を抱きながら教室に帰った。
「はあ」
楓は、教室に戻った後に自分の席を見てため息を出した。そこにはペンで落書きをされた机があった。ブス、キモイ、チョーシにのんな等と書かれていた。
消すために雑巾を濡らそうを思った矢先に始業のチャイムが鳴ってしまい、仕方なくそのままで授業を受けるハメになった。
「ん? 神崎。その机はなんだ?」
教師の声が教室内に響く。
「はあ……。神崎、先生の前で落書きとはいい度胸をしているな。授業が終わったら消しておけ」
「……はい」
楓が注意された時、クスクスと何人かが笑う。恐らく、笑った人たちが自分の机に落書きをしたんだろうと楓は考えた。だが、問題はそこだけではない。楓を注意した先生のことだ。
誰がどう見てもいじめられているような落書きをあの先生は楓がやったのだと言い切った。これは即ち楓のいじめに先生も加担しているという証明にもなる。
本来ならば生徒を守る側の先生が生徒を傷つけている。教頭でも校長でもいい。取り敢えず、誰かほかの大人に相談すれば今の状況は改善される筈だ。
でも、楓はその方法を取らなかった。いや、取れなかった。楓は兄の蓮斗以外の人間なんて米粒も信じてすらいない。彼女らの取り巻く環境があまりにも酷いので仕方ないのかもしれない。
だが、楓にはもう1つ大事な理由がある。それは蓮斗に迷惑をかけないためだ。蓮斗に迷惑をかけてしまえば母や父と同類とみなされて見放されてしまうかもしれないと思った。もし、頼れるたったひとりの兄にさえ突き放されたら自分は孤独。そのことが怖くて怖くて仕方なかった。
故に、誰にも助けを求めずただことが過ぎるのを待つだけだった。
「おい。降りろ」
「ぅあ?」
どうやら、俺は相当深く考え込んでいたらしい。途中から、景色なんて全く覚えていないしどれだけの時間が経ったのかもわからない。
「ここが今日からお前が通う育成学校だ」




