表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
trip! -the special collaborations-  作者: 霧原菜穂、ジョン・ドウ、水成豊
9/18

【水】 ナツタビ ※

挿絵(By みてみん)


*****************



夏、8月のある日。

国枝くにえだ浩隆ひろたかは、青葉眩しい杜の都、仙台を仕事で訪れていた。

一泊二日としては少々過密なスケジュールをこなし、時は既に二日目の夕刻を迎えようとしている。今回の来訪が決まったとき、真っ先に浮かんだその面影を思い起こし、そうして胸ポケットから名刺入れを取り出すと、束の一番後ろにしまっていた一枚を取り出した。

「突然行ったら……統治とうじくん、どんな顔するかな」

思わず顔がほころぶ。昨年の冬、この街で偶然出会って以来、思いがけず続いてきた彼――名杙なくい統治とうじという青年との縁。その後時々交わしていたやりとりで、変わりなく仕事に励んでいるらしいことはわかっているが、やはり直接会いたいと思うのが人情だ。

ひそかに持参していた土産を手に仙台駅前でタクシーを降り、以前貰った名刺に書かれた住所を目指して歩くこと数分。たどり着いたのは駅からほど近い高層の商業ビルだ。自分と似たようなスーツ姿や、展望台目当てらしい人々と共にエレベーターに乗り込み、階数ボタンを押そうとしたその時。

「すみません、24階をお願いできますか」

人垣の奥からかけられたそれが、自分の目指す階と同じで驚く。思わず首を巡らすと、声の主だろう青年と視線が合った。

髪をひとつに束ねた、リネンらしいシャツの彼。眼鏡の奥から向けられる視線に、ふと妙な違和感を覚えた。

「何か?」

「いえ……24階ですね」

謝罪してからあらためてボタンを押す。そうして上昇を始めたカゴに揺られながら、何故だかざわざわと心が落ち着かず、浩隆は土産の袋を持つ手にかすかな力を込めた。

ぽん、と到着音が響くたびに人が降りていく。やがて目的の階にたどり着くと、ドアが開くなり、先程言葉を交わした彼がするりと先に降りていった。

「あ、あの!」

存外軽い身のこなしに、慌てて自分も次いでから背中に声をかける。

「すみません、このフロアに『東日本良縁協会仙台支局』のオフィスがあると思うのですが」

その言葉に立ち止まり、こちらを振り向いたその目がすぅと細められる。

「良縁協会をご存知で?」

言いながら値踏みするように見つめてくる、そんな不躾な態度にかちんときて思い直した。

「……いえ、結構です。お引き止めしてすみませんでした。自力で」

「知ってますよ。案内しますからどうぞ」

端的に言いざまくるりと踵を返して歩き出す。一瞬迷ったが、結局その背について行くことにした。しばらく通路を進み、とあるオフィス扉の前にたどり着くと彼が立ち止まる。

「ここが?」

「どうぞ」

疑問を口にするも答えはない。カードキーを懐から取り出すなり、ドアを開けたその後ろに大人しく続いて中に入った。

思ったよりも広い空間。応接用だろうソファにテーブル、部屋の角には観葉植物と、まるでオフィスファニチャーのカタログにそのまま載っていそうな設え。奥にはパーテーションも見えるので、おそらくその向こうが実質的な事務所なのだろう。

「あれ、誰もいないのかな?」

明かりはついているが、人の気配がない。眼鏡の彼はずかずかと奥へ進んでいくが、さすがにそれを追う訳にもいかず、浩隆はその場に留まってどうしたものかと困り果てた。

「あ」

その時突然背後の扉が開き、入ってきたスーツ姿の青年とぶつかりそうになる。

「ああ政宗くん。居たの」

物音を聞き付けたのだろう、先程の眼鏡の彼がパーテーションの向こうから顔を覗かせた。

「伊達先生。珍しいですねこんな時間に」

「うん。ちょっと野暮用で市内まで出てきたから、たまには寄ってみようかなって」

「そうですか……で、こちらの方は?」

「いやぁ、エレベーターホールで呼び止められてね。『良縁協会』にご用みたいだから、案内したんだ」

「うちに?」

改めてこちらを向いたその面に、にわかに驚きが浮く。

「あなたは、確か」

そうして浩隆も気づいた。冬の仙台旅行の時、ショッピングモールで偶然出会い介抱した少女――彼女を心配し連れ帰った青年に間違いない。

「あの時はとんだご迷惑をおかけしました」

「いえ、そんな。大事がなくてよかったですよ」

本当にありがとうございました、と下げていた頭を上げ居住まいを正した彼と対峙する。

「申し遅れました。私は『東日本良縁協会仙台支局』で支局長を務めております、佐藤と申します」

「ご丁寧にありがとうございます。私は国枝といいます」

「国枝さん、ですか。今日はどういった御用件で?」

「あの、こちらに名杙という男性がお勤めかと思うのですが」

瞬間佐藤と名乗った彼の眉尻がひくりと動く。

「名杙は私の部下ですが、彼に何か?」

部下と言う自身も、自分とさほど歳は変わらないように見える。スタートアップ企業なのだろうかと疑念を抱きつつ、明らかに警戒している様子にかぶりを振って返した。

「約束をしていたわけではないんです。たまたま仕事で仙台に来たので、様子見に寄ろうかと思っただけで」

「そうでしたか。それはわざわざ……あいにく彼は今外に出ていまして。ご伝言を承るぐらいしかできませんが」

「いえ。こちらこそ、突然押しかけてすみませんでした」

それじゃあ、と土産の袋を差し出す。

「これを統治くんに渡していただけますか」

「ええ、それなら」

快く引き受けてくれた彼だったが、その実目は笑っていない。どこか底冷えのするそれに打たれて嫌な汗をかきつつ、失礼しますと挨拶を残しオフィスを出た。

「ふー……」

エレベーターホールまで戻ったところで、緊張感から解放され深い息をつく。

不思議な空間だった。コンサルティングを主とした企業だと聞いていたが、どうにも漂う雰囲気が腑に落ちない。

ともあれ用件は済み、予約しておいた新幹線の時間は間近に迫っている。

「仕方ない」

階数ランプを点滅させながら、降下してくるエレベーター。

到着したその扉が開くと同時に浩隆は小さく息をつき、思いを振り切ってカゴに乗り込んだ。




***************




ぽん。

到着を告げる電子音と共に扉が開く。フロアに降りるや、ふと動きが止まった。

ふいに感じた人の気配――いや残滓のようなもの。名杙なくい統治とうじは、不思議なその感覚に少し首を傾げた。

「統治、どげんしたと?」

「お兄様?」

一緒にカゴを降りた同僚の山本やまもと結果ゆかと妹の心愛ここあが、計ったようなタイミングで同時に聞いてくる。

「何か買い忘れ?」

ペットボトル飲料やおやつの入ったコンビニ袋を軽く掲げた妹に、なんでもないと短く返してから、『東日本良縁協会仙台支局』のオフィスへと向かった。

「ただいまー」

「おー、おかえり」

「おかえり」

思いがけず、すぐそばから二人分の返事を返されて驚く。支局長である佐藤さとう政宗まさむねの後方――パーテーションの傍で小さく手を振るもうひとり、伊達だて聖人まさとの姿を見とめるやなおのこと驚いた。

「なして政宗がこっちに出てくつろいどると? それに伊達先生までなんばしよっと?」

「まぁ、ちょっと人を案内してきてね」

「まあ、ちょっと人が来ててな」

「お客さん?」

直接来訪なんて珍しい、と結果が首を傾げると、政宗は「そうじゃない」と軽く肩をすくめた。そうしておもむろに手にしていた紙袋を掲げる。

「ちょぉっと待ったぁー!」

びし、と小さな手の平を突き付け、結果がその先の言葉を制する。

「なんなんだよいきなり」

「ふっふっふー。全部言わんでも、名探偵ユカコナンにかかれば、この程度の謎くらいすぐに解決するんやけんね!!」

「はぁ?」

「真実はいつもひとーつ!」

台詞に合わせて、どこからともなく――パーテーションの向こう側に、何かごそごそやっている気配が感じられるが――やがて聞こえて来た刑事ドラマ風のBGMと突然の振りに、皆目が点になってしまう。

「ずばり、政宗に入れ込んでる女社長さんから、酒の差し入れなんやろっ!」

「ブブーッ。ぜんっぜんちがう」

「えっ? あ、あれっ? 違うと……?」

間髪入れずの否定。かくっ、と肩を落とす彼女にむかって「残念」と言わんばかりのジングルが響く中、政宗は複雑なため息をつき、それから気を取り直すと統治に紙袋を差し出した。

「ほれ、お前に土産だってよ」

「俺に? 誰が」

「さっき、国枝って人が訪ねて来たんだ。仕事で仙台に来たらし……」

「ここに来たのか?! 浩隆さんが!」

思いがけず出てしまった大声に、がっくり肩を垂れていた結果と、びっくりした様子の心愛が顔を見合わせる。

「いつ来た!」

「ついさっきだ。それこそお前たちが帰ってくるのと入れ代わりだな」

聞くなりコンビニ袋を放り投げ、すぐさまオフィスを出る。廊下を駆けてエレベーターホールまで出るが、点滅する階数ランプは既に地上近くまで降下しており、今からもう一基呼んだところで到底追いつけないだろう。

「すれ違い……」

先程ここで感じた人の気配は、おそらく彼のものだったのだ。あの時すぐに気づいていればと深いため息をつき、統治は事務所へと取り返す。落胆と共に「ただいま」と二度目のそれを口にしたところで、早速結果と心愛にずいっと迫られた。

「ねぇねぇ統治、国枝って誰?」

「一体誰なんですか、お兄様っ」

明らかに興味の浮いた顔。慣れない追求に戸惑っていると、政宗がそれを執り成すように小さなため息をついた。

「ケッカは前に会ってるぞ」

「へ?」

「ほら、冬にモールでヘタれたお前を介抱してくれた人だよ」

「んー……あっ! もしかして、あの凄い美人と一緒におったイケメン?」

直後両頬を押さえてこれ見よがしにジタバタしながら、へーほーとおかしな感嘆を漏らす。

「心愛だって、もう会ってる」

「どこで?」

「ページェントの時、コンビニで」

こちらも可愛らしく首を傾げて考え込む。

「んー……あっ! まさかあの時の凄い美人さんが連れてたイケメンお兄さん?」

どうしても美女の方が先に立つらしい。それぞれの記憶と合致し興奮している様子に、何故か自分が照れ臭くなって、統治は頭をかいた。

「統治」

しかし浮き立った空気を固い声が切り裂く。政宗から向けられる、明らかなる責めの視線。いずれこういう反応をされるだろうと予測していたはずなのに、今更ぎくりと肩を強張らせる。

「問題ない。浩隆さんはウチの本当の仕事には気づいてない。表向きの解説は済ませてあるし、それで納得している様子だった」

「そうは言っても」

「ここに来たのは、純然たる厚意からだと思う。彼にそれ以上の意図はないだろうし、下心を持って近づいてくるような人じゃない」

「しかし」

「ハイハイそれくらいにしとかんね、政宗」

結果が突然話に割って入ってくる。

「統治が自分から積極的に誰かと縁を繋ごうとしとるげな珍しかよ。一回きりのご対面やったけど、いい人みたいやし、そげん心配せんでもよかやんね」

「けど……」

「ま、今のその苛立ちは、あたしにはただの男の嫉妬に見えるっちゃけどねー」

ぎく、とあからさまな動揺が面に浮く。

「なっ、何馬鹿なこと言ってるんだ」

「名探偵ユカコナンの推理によると……ズバリ、一番の友達って座がグラグラしちゃうかもしれんって、心配なんでしょー?」

「そ……んなわけあるかッ! 子供じゃあるまいし!」

言いながら少しだけムキになる様子に、しょうがないなと統治はひとつ息をついて。

「佐藤」

「な、なんだよ」

「それは絶対に心配ない」

たった一言告げてやると、どこか安堵したような表情が現れた。

「あ、うん、そうか」

「政宗、安心したと?」

「うるさいぞケッカ!」

プイと拗ねた上司に絡み続ける同僚の図。始まったいつものじゃれあいに、統治も安堵しホッと息をついた。

「統治くん」

すると今度は聖人が声をかけてくる。

「先生も何か?」

「いや……彼、面白い存在だね」

「え」

「どうやら同じ分野の人のようだし……今度来るときには、是非僕にも声をかけてほしいな」

いろいろ聞いてみたいねと言うその目の奥に、好奇心とさまざまな何かが瞬いている。相変わらず探究熱心なことだと思いつつ、「考えておきます」と返したところで、ジャケットの裾を引かれる感覚に振り向いた。

「ねぇお兄様、お土産ってなにかな?」

「ああ、そうだな。折角だから開けてみなさい」

妹の言に、持っていた紙袋を引き渡す。応接テーブルの上で早速取り出された中身――そこには、爽やかな夏の空と同じ色の包み紙を纏った、さる名菓の名が印されていた。

「なんやろねー♪」

うきうきと呟きながら、結果も共に包み紙を剥いていく。平たい箱の蓋を開けると……

「おぉっ! なにこれ!」

手の平に乗るほどの、小さなひよこの形をした色とりどりのゼリーがそこに鎮座していた。

「可愛かー! ぎゃん可愛か!」

「ちっちゃい! 可愛い! なにこれ可愛い!」

「何が可愛いっすかー?」

上がるテンションに、突如割り込んできた第三者の声。きちんと来訪の挨拶をする柳井やない仁義ひとよしをよそに、名倉なぐら里穂りほは早速輪に入ると土産に興じ始めた。

「いやぁぁぁ激かわいいっすー! こんなの罪っす! でも空腹には負けるっす! 遠慮なくいただきまーす!」

食べるんかい、と全員にツッコミを入れられ、改めて場が明るい笑いに包まれる。

「あれ? 小さい箱の方に『おすそわけにどうぞ』って書いてあるよ」

あ、と気づく。おそらく、冬に東京駅で会った時に話した事情から、色々察して気を遣ってくれたのだろう。

「お兄様、はいこれ」

そうして手渡された小さなゼリー。透き通った薄緑色のそれをしげしげと見つめ、目を細める。

「流石、あの人らしいな」

季節を読み人を思う心遣いと共にある、相変わらずのスイーツ男子――しっかりした教育の賜物だが――ぶりに、自然表情が緩みほどける。

「あれ、統治?」

すると、目ざとく気づいた結果が覗き込んできた。

「今、笑わなかった?」

「え」

「笑ったよねー。可愛い顔で」

まさかそんな評価を受けるとは思わず、にわかに頬が熱を帯びる。

「お兄様、照れてるの?」

「統治さんも、そんな顔するんですね……貴重な瞬間です」

目を丸くして見つめてくる仁義のそれに、どうにも熱くなるのを止められなくなる。

「……どうとでも言ってくれ」

半ば観念して言い切り、輪から離れて窓際に寄る。近接するビルの向こうに駅を望み、恐らくは帰路についただろう彼を思った。

そのときだ、小刻みに携帯が奮え出したため慌てて確認してみる。

「あ」

見慣れたステンドグラスを背景にした写真。添えられていたメッセージに、再び頬が緩む。

それから手にした小さなゼリーを掲げると、夕日に染まる街並を背景に一枚写真を撮った。

「次は、伊達前で」

地元で長く愛されてきた、待ち合わせの決まり文句。

『伊達前ってなに?』

そんな他愛ない疑問が返って来るのを期待しながらメッセージを送り、統治は再びのほのかな笑みを、仙台を去る彼の背中へと向けた。


劇中でヒロが買ってきたお土産はこちら↓


『ひよこプチデザート』

http://www.tokyo-hiyoko.co.jp/items/petit.html


夏限定の涼味。ぷるっとかわいいかたちで、食べるのがホントもったいない><

けど食べちゃうっス―――――――!!(里穂たん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ