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trip! -the special collaborations-  作者: 霧原菜穂、ジョン・ドウ、水成豊
8/18

【霧】 trap!? ~後日談/前哨戦~ ※

【霧原さんからの前書き】

 この物語には、「ユカがいる時間軸の冬ならば、統治と関わりがないわけがない」キャラクターが、本編に先駆けて登場しています。

 小説でも次のエピソードから本格参戦しますので……まだ、霧原も試行錯誤です。

 その辺りはあまり気にせず、いつも通り寛大な心で、サラッと読んでやってくださいませ。


※水成からの補足

……と公開当初は書いておりましたが、その後、統治君と非常にかかわりのある↑のキャラクターさんは見事『エンコサイヨウ』本編への登場を果たしております!やったー!



気になる人は『エンコサイヨウ第二幕 名杙兄妹ラプソディ』を読もうね!

→https://ncode.syosetu.com/n2377dz/


 年が明けた1月上旬、夕方4時30分過ぎ。名杙なくい統治とうじは1人、東京のど真ん中・東京駅構内を歩いていた。

 真冬にしては日中に日が差し、気温も10度近くまで上昇している。正月休みも終わり、世間は日常を取り戻しつつある……そんな、隙間時間。

 統治が歩くこの駅も、これまで通ってきた道も、仕事や学校など、それぞれの目的に向かう人で混雑している。特にココは日本の首都・東京だ。人や物が集まる場所でもあるのでやむを得ない。

 普段は仙台・宮城県内で仕事や生活をしている統治が上京しているのには、年始特有の理由があった。


「年に1度とはいえ……疲れた」

 人混みをかきわけ、ようやく発見したベンチに腰を下ろす。

 実は統治は昨日の早朝から先程まで、ひたすらに「名杙家次期当主」として振る舞っていた。東京にも『東日本良縁協会 関東支部/東京支局』がある。今日はそこを取り仕切っている親類への挨拶へやって来たのだ。

 これまでは桂樹けいじゅの仕事だったが……こればかりはしょうがない。基本的には全員顔見知りだし、自分もいずれ、名杙の当主になるのだから。

 東京も相変わらず忙しそうだが、国会議員や霞が関の重鎮、大病院の医者など、本当のVIPは宮城の名杙本家が引き受けているのが現状だ。『関東支部』はその橋渡しを担う事務的な役割を担うことが多く、『東京支局』は突発的な『遺痕』への対処や、そこそこ有名な会社との取引など、『仙台支局』と大体同じ仕事を担っている。

 久しぶりに会う同年代の親類が頑張っている姿を見るのは刺激にもなるのだが、今年は……特にいじられた。


「……やはり、連れてこなくて正解だったようだな」


 昨年末、付き添いますかと尋ねてくれた『彼女』の申し出を、断ったときのことを思い出す。


「分かりました……差し出がましい真似をしてしまい、申し訳ありません」


 そう言って、いつも通り聞き分けよく身を引いてくれた彼女を思い出しては、本当に申し訳ないけど今はどうしようもないからせめてお土産くらいちゃんと選ぼうという決意を固めていた。でも……具体的にどうしようかと悩み続けて、48時間が経過している。

 心愛ここあやユカ、政宗まさむね里穂りほへの手土産は既に購入し、キャリーケースの中へ入れてある。あと1人分、彼女に渡すものだけが……どうしても、選べないままで。

 予約した新幹線は6時36分の発車なので、残り2時間。東京駅には土産に特化した限定品も多いため、そのあたりで手を打とうと、早めに駅まで移動してきたのだ、が……久しぶりの大都会に人酔いし始めているという、情けない現実がある。

 とはいえ、あまり休憩しているわけにもいかない。時間は限られているので、スマートフォンで改めて駅構内を確認してから動き出そうと、統治がコートのポケットからそれを取り出した、次の瞬間。


「――あ、あの、すいません!!」


 唐突に真正面から声をかけられ、俯いていた頭を反射的に上げた統治は……自分を見下ろしている『彼』に気付き、思わず目を見開いた。

 後ろで結った髪をふりみだし、駅の人並みをかき分けて統治に近づいてきたのは、トレンチ風のロングコートを着た長身痩躯の男性。眼鏡の奥の瞳に溢れんばかりの好奇心を宿らせ、どこか嬉しそうな表情で統治を見下ろしている。

 まるで、前世で死別した恋人と来世で遭遇したかのような、そんな劇的な雰囲気さえ感じた。

 そして統治もまた、彼の顔と……その声に、覚えがある。


「貴方は……確か、12月に仙台で……」

「そう、そうです!! 人違いじゃなくて良かった……!!」

 統治の言葉に彼は嬉しそうな表情で頷き、矢継ぎ早に尋ねてくる。

「どうして東京へ? 観光か何か?」

「あ、いや、その……仕事で……」

「仕事、あ……そうだね、ゴメン。君は学生じゃないよね」

 ここでようやく我に返った彼が苦笑を浮かべ、後ろ手で頭を掻く。そして、


「もし時間があれば……少し、君と話をしたいんだけど、どうかな?」


 名杙統治は生まれて初めて、同性からナンパされた。



 昨年末、イルミネーションイベントで盛り上がる仙台市内のコンビニで、偶然か、それとも必然か……その場にいた人数や店舗数等を考慮すると天文学的な確率になるのだろうが、それらを全て取っ払い、2人は一度、出会っているのだ。


「すみませんでした。お引き止めしてしまって」


「いや、構わないよ。かえって地元の人と話せて楽しかった」


 地元民と観光客、たった数分出会い、会話を交わしただけの2人。

 ただ……統治はこの出会いがどうも引っかかっており、そしてそれは『ある人物』の介入で確信に変わってしまっている。


「厳密に言うと繋がりともちょっと違うんですよね…何といいましょうか…その人を形作る要素の一つ…因子みたいなもの、それが同じなんです」


 そして、こんな人の多い、多すぎる場所で『偶然』出会ったということは……果たして、これは『偶然』なのだろうか?

 自分が気がついていないところで、『彼女』は既に介入していて、例えば、今もどこかで――!?


 そう考えると、目の前で屈託のない笑顔を浮かべて、『偶然の』再会を喜んでいる彼を無視することなど、出来るはずもなく。

 日々進化を続ける東京駅の中にある『キッチンストリート』、新幹線の改札口からも近く、全国各地から集まった専門店の味を楽しむことが出来る。

 その一角にある軽食中心の飲食店、対面で座る2人がけの席に案内された2人は……ほぼ同時にコートを脱ぎ、互いに同系色のグレーのインナーを着ていたことを見て、正反対の反応を示した。

 統治は次々と襲い掛かってくる偶然に警戒を強め、無言で口元を引き締める。

 一方の彼は次々と現れる偶然に口元を完全に緩め、テーブル脇に置いてあるメニューを一部、統治へ差し出した。

「ここは僕に出させてくれないかな。誘ったのは僕の方だから」

「で、では、お言葉に甘えて……」

 乾燥した口から何とか言葉を吐き出しつつ、統治はメニューを広げて内容を目視しつつ……黒目を動かし、正面で同じようにメニューを広げている彼を見やる。

 運命の再会に喜びを隠しきれない彼は、鋭く統治からの視線に気付き、目を細めて首を傾げる。その視線を受けると、どこか気恥ずかしくなって視線をそらしてしまうのだ。


 ……何だ、この状況は。

 カラフルな写真を必死で眺めながら、統治は自問自答を繰り返す。


 話をすればするほど、違う世界で違う人生を歩んでいる『自分』と会話をしている気分になってしまうのだ。

 違う人生を歩んでいる時点で既に『自分』ではない、自分とは異なる存在なのだから『自分』ではない、その区別は出来ているつもりなのに……彼を目の前にすると、それらが全て曖昧になってしまう。



 それは多分、雛菊の干渉を受けたことが大きい。

 自分と同じ特別な因子を持つ存在、それが――


「……あ、自己紹介がまだだったね。僕は国枝くにえだ浩隆ひろたか


 カバンに入れていた名刺入れから1枚取り出した彼――浩隆が、統治の前にそれを差し出す。


 国枝浩隆


 当然だが、統治の知らない名前だ。思い出せる親戚や知人に『国枝』という苗字はいない。


 統治は慌ててメニューから一旦手を離し、自身のカバンから名刺入れを取り出す。そして……一瞬躊躇った後、中から1枚取り出した。


「名杙統治です」


 名刺の字面をしげしげと眺める浩隆は、やはり、統治が所属する組織名に眉をひそめる。

「な、くい……東日本、良縁……? 結婚相談所か何か?」

 『良縁協会』の名前を自分の独断で一般人に出すのは躊躇いもあったが、浩隆との『縁』はこれで終わりではないような気もしていた。それに、きちんと表向きの説明をすれば問題ない、はず。後で報告は必要になるけれど。

「い、いえ。主に企業の経営に関する相談を受け付けています。担当したお客さんに良い縁があるように、そして、自分たちと繋がってもらえるように……という意味で、このような組織名となりました」

 何とか冷静を装い、いつも通り表向きの説明を終える統治。浩隆は興味深そうに名刺を見つめた後、それを自分の方へ移動させた後、机上に放置されたメニューを指差した。

「とりあえず、何か食べない? あ……でも、あまり時間がないのかな」

「新幹線は6時36分なので、まだ大丈夫です。とはいえ、少し買い物をしたいので、6時までなら」

「分かった。じゃあ……小さなパフェくらいなら、食べられるかな?」

 そう言って楽しそうにメニューを指差す浩隆に、統治はようやく、こわばっていた肩の力を抜くことが出来た。


 10分後、写真栄えしそうな季節のフルーツパフェ(小)と、ホットコーヒーを挟んで向かい合う、特に共通点もない成人男性2名の完成である。


 丁寧な仕事によって形作られた造形に、恐る恐るスプーンを入れながら……統治は脳内で、どんな話をすればいいのか必死に話題を組み立てていた。

 こんな時、あいつなら――


 そんな、対人関係で困った時に手本にしているのが、政宗の営業スキル。伊達に10年以上友人をやっているわけではない。彼がどうやって初対面(にほぼちかい人物)との間の距離を詰めるのか……どんな話題ならば、話が広がるのか。


 話題を探して、先日仙台で出会った時のことを思い出す。あの時は心愛も一緒で……確か、目の前の彼には、それはもう見目麗しい女性が側にいた。

 スッと背が高く、凛とした佇まいとキュートさを内包している雰囲気。2人と別れた後の心愛が半分放心状態で、「お兄様……さっきの女性、すっごく綺麗だったね。モデルさんかしら?」と、思わず口をついて出るほどの。

 そうだ、連れの女性を褒められて悪い気がする男などいない。(かもしれない)統治は脳内で話題を組み立て、いちごを食べている浩隆に問いかけた。

「あの……国枝さん、先日お会いした時にご一緒だった綺麗な女性は、奥様ですか?」

 刹那、いちごを飲み込んだ浩隆の顔が、ほんのり赤くなる。

「綺麗な……改めて言われると、ちょっと照れるね」

 そう言ってはにかむ浩隆は、白いクリームをスプーンでつつきながら話を続けた。

「彼女は僕の妻で、お世話になっている職場の先輩に、彼女を紹介するために宮城へ行ったんだ。県南部の温泉地は最高だったよ。本当に良いところだね」

「そうですか、楽しんでいただけて良かったです」

「名杙さんはずっと宮城で?」

「はい。生まれも育ちも宮城です」

「そっか、そうだよね、苗字も珍しいし……そうなると、益々僕たちには縁があるんだろうね」

 おっしゃる通り、既に『関係縁』は構築されていますよ……と、統治が自分の右手を見つめて苦笑いを浮かべると、半分ほどパフェを食べ終えた浩隆は、腕時計で時間を確認してから、こんな質問を投げる。

「それにしても……名杙さんは用心深いのかな。新幹線は6時36分だよね、買い物以外の用事は大丈夫なの?」

「だ、大丈夫です……多分」

 一瞬言葉に詰まってしまう。脳裏によぎる『彼女』の姿に、忘れていた大問題を思い出してしまったから。

 そして、そんな彼の変化に気付いた既婚者は、口元にニヤリと笑みを浮かべて、豪速球を投げてくるのだ。

「ひょっとして、だけど……女性へのお土産とか、渡すもので悩んでる?」

「っ!?」

 何だこの人はエスパーなのかそれとも自分の顔にそう書いてあるのか!?

 的確に言い当てられた統治が目を見開き、その反応で浩隆は自分の言葉の正しさを悟る。

「名杙さんの悩んでいる顔、自分みたいだったから。僕も妻へのプレゼントで悩む時、この世の終わりかと思うほど深刻そうな顔をしているって……友人に言われたことがあるんだ」

 そう言って苦笑いを浮かべる浩隆が、統治には、百戦錬磨をくぐり抜けてきた英雄ヒーローのように見えた。ヒロだけに。

 ……それはさておき。

 統治は動かしていた手を止めて、コーヒーカップに持ち替える。

 黒い水面には、自分の顔は映らない。だから今、どんな顔をしているのか……正面にいる浩隆しか見ることはないのだけど、きっと、とてつもなく、情けない顔をしているのだろう。

「お恥ずかしながら……特定の女性へプレゼントをした経験がなくて……」

「立ち入ったことを聞いて申し訳ないけれど、お付き合いしている女性、ということでいいのかな?」

「お付き合い、お付き合い……お付き合い? いえ、どうなんでしょうか……」

 何とも歯切れの悪い答えに、浩隆は若干戸惑いつつも質問を続ける。

「ちょっと待ってくれ名杙さん、まさか……遊び!?」

 統治は慌てて首を横にふった。

「ちっ、違います!! 家の事情などもありまして……恐らく結婚するんだとは思っていますし彼女に特別な不満もありませんが、特に互いに確認したこともなかったもので……」

「……」

 統治の事情があまりにも特殊だったため、恋愛偏差値及び経験値が決して高くない浩隆は、思わず閉口してしまう。

 しかし、ここは妻帯者としての意地をみせるべく、迷える統治へ何とか有益なアドバイスをしようと決意。まずは自身のスマートフォンで駅構内の案内図を示した。

「えっと……今、僕達がいるのはココだね。東京駅というと、とにかく物で溢れているけれど、その相手の女性とは、今日、帰ってから会う約束は?」

「いえ、恐らく……会うとしても数日後になるかと」

「なるほど、じゃあ、生物はアウト。ある程度日持ちするような、焼き菓子なんかがベターかな」

 そう言いながらいくつか店舗をピックアップする浩隆に、統治は黙って頷くのみ。

「アクセサリーや雑貨はサイズや好みがあるから、ちゃんと相手の意見を聞いた上で購入した方がいいと思うんだ。僕は相手の女性を知らないし……仮に特徴を聞いたところで、有益なアドバイスが出来るとは思えないからね。申し訳ない」

「いえ、これだけでも助かります……国枝さん、駅のお店に詳しいんですね」

 統治が素直に感心すると、浩隆はスプーンでクリームをすくい上げ、苦笑いを浮かべた。

「手土産で使うことも多いからだけど……僕が妻の地雷を踏みぬいた時のご機嫌取りに、買っていくことが多いかな。同じ店ばかりだとポイントが低いからね」

「……」

 あんなに気さくで優しそうな人の地雷を踏み抜くとは、一体……。

 後学のために詳細が気になるが、当然突っ込んで聞けないまま、統治は思考を切り替え、浩隆が画面で示してくれた店舗一覧に視線を落とす。

 まだ……候補が多いのだ。

「この中で……オススメはありますか?」

 短時間で決められない統治が頼るような眼差しで尋ねると、浩隆は待ってましたとばかりに胸を張って力強く返答する。

「勿論あるよ。特に限定数はないはずだから、急ぐ必要もないし……食べ終わったら案内しようか?」

「是非、お願いします」

 心強い味方を得たこと、難問解決の見通しがたったことなどもあり、思わず大きく息をつく統治。

 そして……終始余裕のある態度の浩隆が、心底羨ましくなる。

 名刺を見ると、きちんとしたところに就職をして責任ある仕事を任されていることが分かるし、私生活も大きな問題はなさそうだ。若干父親から引き継いでいる『因縁』が曇っている――確執がある場合にこうなることが多い――のが気になるけれど、恐らくこの曇りは、彼の妻とは無関係なところで発生しているものだろう。現に、彼女と結婚したことで生まれた『縁』は、それはもう綺麗な色をしているのだから。

 加えて、自分と会ったことで何か悪影響がないかと心配になり、最初に向かい合った時に彼の『縁』を見てみたけれど、特に問題はなさそうだ。


 自分と似ている、きっと近い存在なのだと思っていた。

 でも……話を聞けば聞くほど、遠く感じてしまう。


「国枝さんは……凄いですね」

 刹那、浩隆が面食らった顔で手を止めた。

「凄い……僕が?」

「はい。俺から見ると……凄いです」

 真面目に頷く統治に、浩隆はどこか気恥ずかしそうな表情で苦笑いを浮かべる。

「僕は凄くないよ。でも、凄いと思ってもらえるのは……きっと、僕のパートナーが立派な人だからだと思う」

「パートナーが……」

「そう。僕は、彼女を含む周囲に恵まれてここまでやってこれた。僕は……母を亡くしているし、父に関しては『特に知らない』んだ。生きている『らしい』けれど、今は詮索する気分にもならない。だって、僕にはもう、自分の家族がいるからね」

 自分の家族がいる。そう断言した浩隆は、自身の薬指に光る指輪に視線を落とした。

「家に帰るのがこんなに嬉しいなんて知らなかったし、逆に、彼女の帰りを待つのが楽しいなんてことも知らなかった。もしかしたら知っていたのかもしれないけれど……ずっと忘れたまま、思い出すこともなかったんだ。でも、そんな些細な事もどうでもいいって思える」


 そう言って笑う彼の表情は、この短時間で見た中で一番優しいものに感じられた。

 統治は改めて気付く。自分と遠く感じるのは当たり前だし、そもそも同じ土俵にすら立っていないことに。

 父親のことを『知らない』と断言したのは、内心嘘だと思っている。きっと、何か思うことがあるんだろう。

 でも……『知らない』と断言するだけの強さを彼に与えたのは、きっと。


「……やっぱり羨ましいです。それだけのことを言わせる出会い……『縁』は、本当に貴重ですから」


 統治が諸々の経験や見聞から導き出した結論は、やっぱり『羨ましい』だった。

 我に返った浩隆が、「な、なんか1人で熱く語っちゃって……」と、イソイソとスプーンを動かす。

「僕のことばかり話すのはフェアじゃないな。名杙さんがそこまで悩むお相手は、どんな女性なんだい?」

「彼女は……どんな女性か……?」

 そう尋ねられ、統治はしばし考え込み……。

「……彼女は、いきなり面白い人です」

 次の瞬間、浩隆の目が点になった。

「へ? いきなり? 唐突に変なことを言い出すってこと?」

「いえ、ですからいきなり……」

 ここで初めて、統治は自分が方言を使ってしまっていることに気がつく。

「失礼しました。『いきなり』は、宮城では『とても』という意味で使うことが多い言葉です。先程は……とても面白い人、という意味で使いました」


 ちなみに、『いぎなり』ともっと訛る人もいるよ!! あと、使い方が本当に正しいのか霧原は若干心配だよ!!

 そして『交差点にいきなり子どもが飛び出してきた』となると、『いきなり』=『急に』という使い方になるので、ニュアンスと文脈で判断しよう!!


 ……それはさておき。(失礼しました)

 統治の解説を聞いて理解した浩隆は、「なるほど……」と1人で唸りつつ、更に掘り下げて尋ねる。

「面白いって……具体的にどんなところが?」

「具体的に、ですか……これは正直、どこまでお話していいのか分かりませんが……」

 統治の話を聞いた浩隆は、静かにコーヒーを飲んでから……。

「……うん、非常に個性的な女性なんだね」

 納得した。そして、

「是非今度、ちゃんと紹介して欲しいな。勿論……僕の妻も、改めて紹介させてもらうよ」

 最後の一口をスプーンにのせた浩隆が口にしたのは、次への約束。

 勿論具体的なものではない、希望的観測だ。もしかしたら社交辞令かもしれない、でも……。

「はい、宜しくお願いします」

 今の統治は、それを素直に受け入れることが出来た。


 その後、LINEのID等も交換した2人は、浩隆オススメの焼き菓子を無事に購入。時刻はいつの間にか午後6路を過ぎており、駅構内も仕事終わりや学校帰りの人で、更なる賑わいを見せていた。

 今、2人が立っている東北新幹線の改札口も、多くの人が行き交っている。

「本当は新幹線のホームまで送っていくつもりだったんだけど……」

「い、いえ、お気遣いなく……!!」

 残念そうに呟く浩隆に首を横に振る統治。そして、顔を見合わせ……互いに笑みを浮かべた。

「じゃあ、僕はここで。道中気をつけてね」

「はい、本当にありがとうございました」

 片手を上げて爽やかに立ち去る浩隆に、統治は軽く一礼をして……雑踏に紛れていく背中を、しばらく眺めていた。

 そして……背中が完全に見えなくなったところで、改めて感想を独りごちる。

「……不思議な人だ」

 自分は割と人見知りだと思っていた。過去に一度会っているとはいえ、すれ違いに等しい遭遇の彼と、あんなに色々と話すことが出来るなんて。

 これはきっと、持っている『因子』など関係なく……。

「……国枝さんが持っている才能なのか、それとも……」

 それとも、彼に凄いと言わしめた『彼女』のおかげなのか。

 その答えは、きっと――

「――次に会った時は、その答えが見つかるかもしれないな」

 キャリーケースに詰めず、唯一自分の手で持っている、可愛らしい紙袋。

 それを目の高さまで持ち上げ、自然と頬を緩める統治なのだった。



 さて、以下余談であり蛇足であり作者の趣味。



 改札を抜けてホームに出た統治は、コートのポケットからスマートフォンを取り出した。

 そして……。

「――もしもし、佐藤か。ああ、こっちは無事に終わった。36分発の『やまびこ』に乗るから、仙台に到着するのは9時前になる。は? 事務所で飲みながら待ってる? バカを言うな今すぐ帰れ。は? お土産は一ノ蔵(←日本酒)? やまや(←宮城県内各地にあるチェーンの酒屋)で買ってくれ。報告は明日の朝だ」

 自分がいない間に何もなかったのか聞きたかったのだが……この調子だと、何事もなかったのだろう。

 以前は政宗とも二人体制だったこともあり、統治が抜けるとそれだけで、てんやわんやしていたものだが……そういえば、今は違った。

 自分の名代を務められる政宗は勿論、『縁故』として優秀なユカ、事務仕事を一手に引き受けている華蓮、下支えしてくれる仁義、学校帰りに助けてくれる里穂や心愛……いつの間にか大所帯になっている。そして……。


「――あぁ、そういえば統治、今日の昼に櫻子さくらこさんから連絡があったぞ。なんでも、スマートフォンが爆発したとか、何とか……」

「……は? どういう意味だ?」

「俺に聞くなよ。統治にメールを送ろうとしたら爆発したそうだ。恐らく物理的に爆発したわけではない、と、思いたいけど……あの櫻子さんだもんなぁ……」

「それで……その後、どうなった?」

「彼女は俺達の大事なお客様だからな。すぐにケッカを派遣したかった……んだが、コッチも今日は立て込んでいてな。俺もこれからあいさつ回りがもう一軒あるし、今日は片倉さんも来ない日だから、申し訳ないが誰も動けなかったんだ。とりあえず現状維持のままで何もしないように、と、統治から連絡するって言ってある。頼むぞー」

「……詳細は全く分からないが承知した。連絡しておく」


 とりあえず『仙台支局』内では何事もなかったことを確認し、統治は電話を切る。そして……。


「――もしもし、名杙で……」

「あぁっ!! 統治さん!? お忙しいところ大変お手数をおかけしております!! スマートフォンが、私のスマートフォンが爆はt」

「……まずは落ち着いてくれ。とにかく今、俺の声が聞こえているならば爆発していない。そもそも爆発するような代物を選んだつもりもない」

「え? え……あ、そう言われてみれば今はもうしていない……でも、確かにさっきまで兵隊さんがオートマチックにわらわらーって動き回って、バーンって爆発して……」

「兵隊がわらわらで、爆発……恐らくアプリかなにかの広告を踏んでしまったんだろう。電話も出来ているし、それだけなら問題な……」

「いいえ統治さん、私、新聞広告は踏んでいません、床に置きっぱなしになんかしていませんから!!」

「いや違う。とにかく不安なら、この電話を切った後に再起動してみてくれ。やり方は紙に残しておいた通りだ」

「えぇっ!? わ、私1人で、ですか……!?」

「生憎俺はまだ東京にいる。それでも解決しなければ……少し遅くなっても良いなら、俺が家に……」

「いえ、そこまでしていただかなくて結構です。わ、私だってこのスマートフォンと仲良しになってみせますから!! 統治さんより仲良しになっちゃいますからね!!」

「……じゃあとりあえず頑張ってみてくれ。あと、何かあればスクリーンショッ…………いや、何でもない。とにかく頑張ってみてくれ」

「分かりました、頑張ります。あと……」

「まだ何かあるのか? また充電端子にイヤホンをさそうとして失敗したんじゃ……」

「違います!! 今日はそんなことしていません!! ってぁあもうそうじゃなくてですね……!!」

「……?」

「……お、お仕事お疲れ様でした。気をつけて、帰ってきてくださいね」



 相変わらず涙が出るほど情報系端末が苦手な彼女は、とりあえず自力で何とかするらしい。

 明日以降、手土産を持っていく口実が出来たことに内心安堵しつつ……統治はホームの電光掲示板で時間を確認し、待っていてくれる彼女へ一言。




「……分かった。着いたらまた連絡する」


 そう言って電話を切った瞬間、ホームに新幹線が滑り込んできた。

 財布に入れておいた切符を取り出し、自分の座る席が何号車になるのかを改めて確認する。


 ――さて、帰るか。


 こうして、統治の東京出張は……終盤に予期せぬハプニングがありながらも、無事に終了した。












 ……はずだった。




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