【水】 フユタビ(2.5)
深夜、喉の渇きを覚えて目が覚めた。
隣で眠る彼女を起こさぬように寝台を下り、テーブルの上のペットボトルを手に取ると、そのまま自然に窓の外へと視線が流れた。
なぜ、仙台なのか。
新幹線の車内で彼女に問われた時、正直どう答えればいいのかわからなかった。
たまたま旅行雑誌で――それも、社内の談話スペースに無造作に置かれていたそれを手に取り――例のイベントの記事を読んだのは本当だ。しかし全国各地のイルミネーション特集、そのひとつにしか過ぎない仙台にどうしてそこまで惹かれたのか、理由は未だはっきりしない。
11月の半ばを過ぎてから無謀にも始まった行動計画だったが、計ったかのように先輩から有り難い申し出がされ、なかなか予約が取れないという人気の宿が確保でき、なにより師走のこの時期に、二人揃って仕事の手が空いて休暇が取れ……数多くの幸運に後押しされて、なんとかここまでやってくることができた。
そうしていざ対峙したメインイベント。身も凍りそうなほどの凛とした冷え込みの中、目の前に広がり心を温かく包むイルミネーションの光。出立までのいささか急で強引な展開に、最悪彼女のおかんむりも覚悟していたのだが、それも無事杞憂に終わり、むしろ楽しげな、嬉しそうな笑顔が見られてほっとしている。
やはりこの街に来てよかったのだ、と寝顔を見やって素直に思う。やっと人心地ついた気になり、手にしたミネラルウォーターに口をつけようとした刹那、ふとある情景が脳内にリフレインされてはっとした。
『本当だ。自分で言うのもなんだけど随分似てるね』
『……そう、でしょうか。だとしたら凄い偶然ですね』
先刻立ち寄ったコンビニでの、とある青年との出会い。彼女ですら間違えてしまうほど、自分に酷似していた彼の声。
いやそれだけじゃない。佇まいや表情、纏う空気に、自分と通じる何かを見たような、そんな親近感と共通性を覚えた。
もしかしたら彼は、この街に住む、自分の分身のような存在なのかもしれない。
「まさか、そんな」
完全に非科学的な推測を自身で否定する。それに、旅先でたった一度顔を合わせただけの、名も知らない――そういえば、妹らしい少女は『統治』と呼んでいたか――ともあれ、そんな神がかった偶然を、再び引き寄せるほどの何かが自分に与えられているとは思えないし、総てはその都度一度きりの好運、旅とは元来そういうものだろう、と奇妙な巡り合わせを結論づけて突飛な空想を収める。
「酔ってるのかな」
努めて冷静な思考を被せ、今度こそミネラルウォーターを含む。飲み下し、身体に染みていく感覚を味わいながら、杜の都の夜を再び見つめた。
「また」
深い息と共にふと洩れ出た淡い期待。
そこに夢見がちで未練がましい自身を自覚して苦笑する。
もしも再び逢うことができたなら。
それはただの偶然の産物ではなく、自らが意識した『縁』となるに違いない。
「いつか、どこかで」
ガラスに映った自分に無意識に重ね見た姿。
届くかどうかも知れない願いを告げて、そうして静かに窓際を離れた。