表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
trip! -the special collaborations-  作者: 霧原菜穂、ジョン・ドウ、水成豊
16/18

【水】 フユタビⅡ(3) ※

明くる土曜日、午前8時。

「ただい……ま?」

楽しく諸々充実したお泊り付き女子会を終え、意気揚々として帰宅した国枝くにえだ香奈かなは、玄関に入るなり、思いがけないものを目にして首をかしげた。

男物の靴が二足。一方は見慣れた浩隆のものだが、もう一方は。

「誰?」

兄・英一は出張中のはずだから、浩隆の職場の同僚か旧友の誰かが来ているのだろうか。いずれにせよ彼が自宅に人を招くのは珍しい。家に上がって廊下を進み、リビングの扉をそっと開けると、カーテンの閉められた窓際にこんもりとした毛布が二つ見えた。

ごく、と緊張を飲み込み、足音を立てないようにゆっくり近づいていく。どうやら当人達はまだ眠りのうちらしい。起こさぬようにゆっくりと静かに歩み寄って様子を窺う。毛布をかけてラグに直に横たわっているのは夫の浩隆だ。穏やかな寝顔に少しの間見入った後、今度はソファに目を移して、その横顔に思わず口元を押さえた。

そうして蘇る光の共演、冬の記憶。

名杙なくいさん?」

冬の旅――目的地であった仙台で、ひととき邂逅した黒髪の彼。その後偶然にも東京駅で再会し、以降時々連絡を取っていることは聞いていたが、まさかここにこうして居ようとは思いもしなかった――浩隆のパジャマを着て。

どうしたものかと思案していると、ふと彼が小さく唸り、ゆっくりとその瞼が開かれた。

「!」

こちらを認識したのか、寝ぼけ眼は一瞬で失せ、直後勢いよく彼が起き上がる。そうして困惑と共に、その面が瞬時に染まった。

「あ……あの」

心底バツが悪そうに視線を彷徨わせ、そして落ち着きなく髪に手をやり言葉に詰まる彼に、香奈はひとつ息をつき、にこりと微笑みかけた。

「おはようございます、名杙さん」

「え、あ、おはようございます。えっと……」

香奈かなでいいですよ。主人が、ヒロがいつもお世話になっています」

妻の嗜みと深々頭を下げる。すると彼も冷静さを取り戻したのか、ソファの上で居住まいを正した。

「お久しぶりです、名杙統治です」

「あ、そうか。名乗り合うのは初めてですもんね」

「ええ。それなのに申し訳ありません。不在の間にご自宅に勝手に上がり込んでしまって」

心からの謝罪に、香奈は慌てて頭を振った。

「そんなの気にしてませんよ。常々ヒロから話をお聞きしていて、もう随分長い知り合いのような気がしてましたし。でも……まさかウチにいらしてるとは思わなくて、ちょっとびっくりしました」

「それはその、色々と事情が」

「要するに、ヒロに引っ張り込まれたんですか?」

「え」

いたずらっぽい、けれど的確に核心を突いてくる問いに答えをためらっていると、「やっぱりそうですか」と腰に手を当てて続けた。

「もうヒロったら。彼、時々強引なくらい勢いづく時があるんですよ。でも後暗いところが一切ないのが分かるから、ついつい要望を受け入れたくなっちゃうんです。付き合えば凄く楽しかったり嬉しくなったりするので、結局逃れられなくなるんですよね」

確かにと昨日の一連を思い起こして同意しつつ、少しこそばゆい気持ちを抱く。そうして改めて、今の自分の格好と状況をどうしたものかと考えた。それを察したのだろうか、香奈が再びの笑みを見せて助け舟を出してくれる。

「詳しい話は後で聞くとして、とりあえず朝ごはん食べませんか?」

「いえそんな、泊まらせて貰っただけでも有難いのに、そこまでお世話になるわけには」

「アタシが用意しますから、名杙さんはヒロを起こして身支度しておいてくださいね」

キッパリと言い切り、早速キッチンへ向かう彼女。笑顔で懐柔し反論を圧すさまは、本当に夫婦そっくりで。

「羨ましい限りだ」

「はい? 何か?」

「なんでもありません」

「そうですか。じゃあ頑張って彼を起こしてください。お願いします」

「頑張る……って?」

シンクの前でそう言った表情の中に、なにやら含みを感じて。それでも始終世話になる手前やるしかないと、改めて眠りのうちにいる彼に向き直った。

「浩隆さん、起きてください。朝ですよ」

傍に膝を落としかがんで声をかける。そうして昨晩、夫婦の寝室に立ち入るわけにはいかないと固辞した自分に、「じゃあ僕もここで寝るね」とわくわく顔で宣言したことを思い出した。キャンプや合宿の時のような近さ、親しく深く交わした会話がとてもーー心地よかった。

「浩隆さん」

なかなか目覚めないその肩を揺さぶると、「んー」と反応した彼がもぞりと寝返りを打つ。

「起きてください。香奈さん、帰って来てますよ」

「ふぁ……かなちゃぁん?」

やはり妻の名前は効果てきめんらしい。少し舌足らずな口調と共に、まぶたが半分開いた。目覚めたことにホッとして、自分に与えられた仕事が半分片付いたような気になったその直後。

「な、うわっ!」

彼が少し起き上がった直後、がばりと腰に抱きついてきて心底驚く。

「浩隆さんっ?!」

「おはよぉかなちゃん。でもおねがい、あと5分ねかせて……」

言いながらぎゅっとしがみつかれ、そのままラグに引き倒される。存外に力強い腕、そして明らかに押さえつけようとしてくる様子に、強い羞恥と混乱で頭が一杯になる。

「香奈さん! これはどういう……」

腹のあたりに再びの寝息を感じつつ、振りほどくこともできずにジタバタともがきながら助けを求める。

しかし返ってきたのは、卵が焼ける音と、明らかに状況を楽しんでいる一言だった。

「頑張ってくださいねー」

この状態でどうしろと。

ほとほと困り果てながら、目の前の大きな眠り王子に内心ため息をつく統治だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ