【水】 フユタビⅡ(1) ※
師走のとある金曜日。
東京駅八重洲北出口からすぐの「キッチンストリート」。その一角にあるカフェで、若い男性二人が向かい合って座っていた。
「すいません」
呼ばれた店員がテーブルにやってくる。
「いちごパフェひとつと」
「栗のパフェをください。あと、ホットコーヒーも二つ」
注文にかしこまりましたと返して店員が去っていく。それを見やってから、黒髪の青年――名杙統治はテーブルの向いに座った彼に話しかけた。
「浩隆さんって」
「ん?」
「結構食べる人なんですね。日替わりランチのあとでパフェなんて」
かすかな驚きを灯したそれに、向かい合わせた彼――国枝浩隆がゆったりと笑う。
「意外かな?」
「ええ。体型もスリムですし」
「甘いものは別腹だよ。そういう統治くんだって、しっかり付き合ってくれてるじゃない。イメージギャップはお互い様だよ」
そうですねと返し、統治はコップの冷やを一口含んだ。
「それにしても、連絡をくれて良かったよ。年の瀬にこうして会えたんだから」
そう、きっかけは今朝方統治から届いたLINEのメッセージ。「仕事で東京に来ている」というそれを受け、丁度年内最後の有給を消化していた浩隆は、すぐさま「仕事上がりに会わない?」と約束を取り付け、そうしてランチタイムギリギリの時間に、目当ての店への入店を果たしたのだった。
「前にここに来たとき、パフェがすごく美味しかったから、また来たいなぁって思っていたんだ。丁度良かったよ」
初めて共にこの店に入った時のことを思い出し、そうですねと返した統治だったが、一転少々申し訳なさそうな顔を見せる。
「どうかしたの?」
「いえ。俺も……早いうちに直接お会いして、謝らなければと思っていたもので」
「謝る? 何を?」
首をかしげてキョトンとした顔に、統治は浩隆が本気でわかっていないことを覚る。
「何って、夏に職場に寄ってくれたでしょう?」
今年の夏。浩隆が仙台への出張ついでに、東日本良縁協会仙台支局のオフィスに顔を出してくれたのだ。
「すみませんでした。あのときは外に買い出しに出ていて」
「なんだ、そのことか。そんなの全然気にしてないよ。アポなしでオフィスを突撃した僕がいけなかったんだ」
「でも、お土産まで頂いたのに、お礼のひとつも」
「あれは……結果的には非礼を詫びる品になっちゃったね。あの時対応してくれた支局長さん、佐藤さんだっけ? 彼、仕事のデキる管理職のようだし、ビジネスマナーには厳しそうだからなぁ。怒らせちゃったみたいで、かえって申し訳なかったよ」
いえそんな、と返しながら思い起こす。浩隆が対面した彼――仙台支局長である佐藤政宗の怒りは、同僚たる山本結果の言を借りれば『男の嫉妬』とのことだったが。
「いずれにせよ、僕から謝罪することこそあれ、受ける理由はないんだから、この話はこれでおしまいにしよう。いいね?」
まったく気にしたふうもなく微笑んで圧した彼に、ほんの少しだけ年上の格を感じると同時に、統治のバックポケットでスマホが震えた。
「ちょっとすいません」
緊急の連絡でも入ったのだろうかと、すぐさま確認しその内容に驚く。
「え」
「何? どうしたの?」
「いえ、その」
そうして改めて液晶に視線を落とす。今しがた話題に出た当人からメッセージが届いていた。
「帰りの列車が……夕方以降運休になる見込みのようです」
それを聞くなり、浩隆もスマホを取り出し、運行情報を検索する。
「まだアナウンスはないようだけど」
言われてはっとし、統治は努めて冷静に言い直す。
「東北は朝から雪だったんですが、昼過ぎからは大荒れらしくて。以前全面運休になった時と状況が似ているようなんです」
「そうなんだ。今頃東北は一面銀世界なんだろうなぁ」
「だから早めに備えようと。それで『今日は泊まり扱いにしてやる』と佐藤……支局長から連絡が」
文面から察するに、運輸系の契約相手から得た予告なのだろうから内容は確実だろう。自分たちの本当の仕事を浩隆に悟られるわけにはいかないし、多少無理はあってもうまく誤魔化せただろうかと覗うが、浩隆は素直に気象条件の違いと受け取ってくれたらしい。ほっとすると同時に、そうなれば改めて色々手配しなければならないなと考え始める。
そこへタイミングよく、注文したスイーツが運ばれてきた。配膳が終わるまでに目処をつけようとスマホを繰っていると、見事な造形のパフェとコーヒーを前に、早速スプーンを手にした浩隆が言った。
「なら、僕の家においでよ」
え、と思わず顔を上げる。
「泊まるところを確保しなくちゃならないんだろう? ならウチに来れば、手間も経費も省けるじゃないか」
「いや、でも」
「今夜は香奈ちゃんもお泊り付き女子会で不在なんだ。要するに僕はぼっちなわけ」
「そうは言っても、その……」
新婚の新居にお邪魔するなんてと、少々の照れ混じりに返すよりも先にたたみかけられる。
「こうしてまた会えたんだし、僕らも男子会ってことにしようよ。一人寂しく留守を守る僕を助けると思って、今夜一晩、話相手になってくれないか」
お願いしますと両手を合わせての懇願。その表情に、遠慮も何もかもが遠くに失せていってしまう。
……やっぱり、この人は不思議だ。
「いいんですか」
「うん」
「本当に?」
「むしろ大歓迎だよ」
「では……お言葉に甘えてお世話になります」
半ば根負けしつつ頭を下げると、浩隆の表情が俄然輝いた。
「そうと決まれば、道すがら色々調達しながら帰ろうね! 折角の機会だし、何を飲もうかな」
ウキウキとはしゃぎながらパフェに向かう姿は、子どものように無邪気そのもので朗らかで。
「奥さんの気持ちがわかる気がするな」
素直な感想をボソリとつぶやく。
「ん? なんだい?」
「いえ。なんでも」
そうして自分もスプーンを手に取り、アイスクリームとホイップの上にバランス良く飾り付けられた栗を一粒すくい上げた。
「美味いですね」
「うん。美味しいね」
屈託なく向けられる笑顔に少々の照れで返しつつも、徐々に湧いてきた高揚感と期待感に、たまにはこんな時があっても構うまいと珍しく納得した統治なのだった。