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trip! -the special collaborations-  作者: 霧原菜穂、ジョン・ドウ、水成豊
13/18

靄雪(もやゆき) 【2018分町ママ生誕祭】※

※この短編は、2018年分町ママ生誕祭向けに執筆したものです。

※諸般の都合により、一時的にこちらに置いておりますが、近いうちに別の場所へ移します。


2月28日、午前6時。

意識――と呼べようもの――が現実に立ち戻ったとき、目の前には真っ白なあさぼらけの世界が広がっていた。

宮城県塩釜市にある名杙本家、その綺麗に整備された庭先に立ち、分町ママは改めて辺りを見回した。屋敷の屋根にも、敷地を囲む灌木かんぼくにも、そしてその向こうに望む街並みも。視界にとらえうるいたるところが白い静謐せいひつさで覆われていた。

「どうりで。いやに静かな夜だったものね」

雪は音を吸収する。ものの行き交い、人の生きる音、その何もかもを静かしめると同時に、ひたすらの無垢に世界を導く。その中に身を投じていると、まるで自分という存在の輪郭を失ってしまったかのような、そんな感傷が湧き上がってくる……気がした。

「なにを」

そう改めて自嘲し、すぐさま己を取り戻す。

親痕しんこん』となって名杙家に、この世にほだされて随分時が経った。肉体は既になく、今このうつわには多くの記憶をとどめることはできない。生きていた頃の記憶は既に遠く霞み、ましてや感傷に浸るだけのくっきりとした『思い出』など今更持てようはずもない。

それこそ今目にしているこの季節の雪と同じ。

陽が当たれば溶け、いつの間にか失われて、そこにあったことすら忘れ去られる定めなのだ。

「……馬鹿だわね」

どこかひややかに、誰にともなくうそぶく。

すべて、わかっていたことだ。そしてそれを、自分も受け入れたはず。

だからこそ、今ここに在る。

「充分なのよ、それで」

強く、言い置くように発したその直後、一陣の風が通り過ぎて辺りの木立を撫ぜていく。そうしてほとほとと落ちてくる、枝に積もった雪。重みが失せてぴんと弾かれた枝末が、宙に細かな雪の粉をはたき、辺りを白い靄で包む。

思わぬ出来事に視界を奪われ立ちつくしていると、徐々に靄は晴れ、入れ替わりに昇ってきた陽の光が庭に射し込んできた。

「……それでいいの」

自然口をついて出た許容。

何事もなかったかのように辺りは静けさを取り戻し、庭は今日も清々しい朝を――巡る季節の移り変わりを迎え入れる。

それと同じ。

きっと今この内で揺れる想いも、やがては靄雪もやゆきのようにとけて、跡形もなくなるのだろう。


「それで、いいのよ」


この身の定めを受け入れ、そっと微笑む。

そうしてゆったりと服の裾を翻すと、朝の支度の音が聞こえ始めた母屋へと向かって行った。



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