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trip! -the special collaborations-  作者: 霧原菜穂、ジョン・ドウ、水成豊
11/18

【水】 恋歪(こいわい)(1)

寒さ厳しい1月の下旬。

中央省庁に勤める高遠たかとお英一えいいちは、北東北三県への玄関口ともいえよう岩手県を仕事で訪れていた。

いや実際は『出張』と呼ぶにはいささかの抵抗があった。というのも事の発端は昨日の夕方、上司に別室へと突然呼びだされるや、「明日『黄金の国』に発つぞ」との一言で引っ張り出されたからだ。

そうして今朝、東京駅から新幹線に乗り込み向かった先。それこそが今いる場所――県庁所在地である盛岡市の郊外、湖のほとりにあるつなぎと呼ばれる温泉街だった。

その一角に建つ白亜の宿で開催される震災復興関連のシンポジウム。同じ府内の担当部署が主催する全国規模の会議への参加。しかしあくまでもいち来場者の体を崩さぬ上司に、ヘルプ要員に駆り出されたものだとばかり思っていた英一は、更なる疑念に首を傾げつつも付き従うほかなかった。

時は夕刻。盆地の夜は早く、大きなガラス窓越しに見る湖は既に宵闇に深く染まっている。一日目の内容を消化し、ざわつく主会場内の一角に控えていると、ふと一人の女性がこちらに向かってくるのが目に入った。

米内よないさんじゃない!」

黒いスーツ姿に肩のラインで揃えられた髪。やってくるなり「久しぶり」と快活に発し、上司である米内と握手を交わした。

「前にお会いしたのはいつだったかしら」

「はて……いつだったかな」

顎を撫でつつのはぐらかす返事に、嫌な人ねと苦笑を漏らした直後、その目が英一に向けられた。

「こちらは?」

「ああ。こいつは俺の部下の高遠たかとおだよ。非常に優秀でな、一番の有望株だ」

「ふぅん、それじゃあ……」

語末を曖昧に霞ませてじっと見つめられるが、もとより会話についていけていない英一は、ただただ戸惑うほかなかった。そんな気配を察したのだろう、ほんのりとした苦笑が彼女の面に浮く。

「見えないわね」

「え?」

小さな呟きと共に、一変、鋭さを持った視線が米内に向けられる。

「まだなの?」

「ああ」

「でも、ここに連れて来たってことは」

「否定はせんよ。だがこちらにはこちらのやり方があるんでね。そのことは既に『彼』にも伝えてある」

「……成程。そうよね、あなたってそういう人だったわよね」

半ば呆れたような、納得したような表情で深い息を吐き、彼女は提げていた鞄から何かを手に取り差し出してきた。

「はいこれ」

「え」

二人のやり取りの真意も解らず、含ませた事情などは当然説明して貰えず、突然目の前に突き出されたそれに警戒心と猜疑をあらわにする。

「これは?」

「餞別よ」

「餞別? なぜ私に」

「米内さんが認めた『候補』だもの」

意図を掴めず更なる困惑に眉を寄せる。それをにこりと笑顔で受け流した彼女は、半ば強引にそれを握らせてきた。

「是非行ってみて。きっと、面白いことが起こるわ」

顔を寄せひそりと言いざま身を翻すと、「じゃあ、またね」と颯爽と去っていく。その後ろ姿を呆然と見送った後、手の内に収まった紙片に目を落とした。どうやら近郊で開催されているイベントの入場券とパンフレットのようだが、なぜこれを自分にと視線で米内に説明を乞うた。

「行ってこい」

「え」

「それこそが、今回お前を連れ出した理由だからな」

あっさりと、それでいて不可解な言いように驚き詰め寄る。

「どういうことです? 仕事ではないんですか? それに、先ほどの女性は一体……」

「百聞は一見に如かず。俺がグダグダと長ったらしい説明をするより、自身で体感した方が腹落ちも早いし納得もするだろう……あれは、そういう世界だ」

「そういう、世界?」

ますますもって理解に苦しむ。思わず不快感を眉間に現すと、米内が盛大な苦笑を浮かべた。

「まぁそういきるな。そのイベント自体は見どころも多いし、牧場ならではの美味いものにもありつける、素直にオススメできる催しだぞ。折角だから最愛の妻子に何か見繕ってくるといい。そのぐらいのことはさせておかんと、それこそあとで俺がどやされるからな」

因みに俺はチーズケーキが好きだと補足される。これは単純に、部屋で食べるデザートの催促だなと理解し、まんまと話の軸を逸らしたその手管に深い息をついた。

「わかりました。私に何をさせたいのかはともかく、ひとまずは仰るとおり行ってみることにします」

「そうか。懇親会あとのことは俺にすべて任せておけ」

そうですねと皮肉たっぷりに言いのけると、米内の顔にほのかな安堵が垣間見えた気がした。

「期待しているぞ、高遠。お前ならきっと認められるだろう」

最後までしんを明かさずに向けられる激励。

果たして言葉通りだろうかとほのかに苦笑し、英一は手にしたパンフレットに掲載された写真に、せめてもの童心を躍らせた。




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