気になる
ゼノは、エリシアたちを連れて王宮内の廊下を歩いていた。エリシアはゼノの三歩後ろに歩いており、サンとシンの口喧嘩をなだめていた。
ゼノは振り向き、その光景をちらっと見ると、眉を潜めた。
(何なんだ。この娘。さっきの娘の瞳が頭から離れない…。俺を射殺すかのように睨んだかと思えば、今は困ったように眉を下げている。……調子狂う…)
ゼノは、先程のエリシアと今のエリシアを比べ、悶々と葛藤していた。
そうこうしている内に、王城の中に入り、元いた客間に向かっている途中で、柱に身体を預けているキサが、こちらを見ていた。
「時間かかりすぎ。どこまで行っていたの」
キサはどこか面白くなさそうに、吐き捨てるように言った。
「中庭だ。この娘が客間にいなかったんでな。探しに行ってた」
ゼノが言うと、キサは身体を起こしゼノの方へ颯爽と向かってくる。何だと思い身構えるが、キサはそのまま、ゼノの横を素通りしエリシアの前に立ち止まる。
ゼノは、驚きに目を開き振り向く。
「お嬢さん。ダメだろ?君に何かあったら僕は気が気じゃない」
「え?…あの、私は大丈夫ですので…」
「ダメ。今度どこか行く時は、僕と一緒に行動して」
「え……」
キサの有無を言わさない言動に、エリシアは狼狽え戸惑う。
何だか、今までのお店で対応していたキサとは、別人のようだ。
王城に来てからキサはエリシアに対して過保護でただただ驚いた。
エリシアとキサのやり取りを黙って聞いていたゼノは、眉間にしわを深く寄せ、目元が恐ろしくなり鬼の形相でキサを睨む。
「おい。貴様、何だその言いぐさは。まるで、俺を信用できないかのように言ったな」
「そうだけど?」
「なっ…!」
「僕は王城の者は、基本信用してないんでね。君がお嬢さんを迎えに行ったと聞いた時、身体の血が逆流する思いだったよ」
(そんなに!?)
キサの言葉に、エリシアは益々驚きを隠せなかった。
「俺は、陛下直々に命令を下されたんだ!お前にとやかく言われる筋合いはない!だいたい、この娘を迎えに行ったのだって、仕方なくだ!俺の意思じゃない!」
ゼノはムカッとし、キサに反論をする。
「ふうん。君は、お嬢さんに惚れたんじゃないかと思ったからね。だから、余計に信用できなかったんだよ」
「!…な…俺…は……」
ゼノは顔を真っ赤にさせ、言葉が紡げなくなった。
「君は分かりやすいからね。僕が挑発すれば、すぐに乗ってくるし、お嬢さんの容姿を見て惚れただろ」
「……」
ゼノは一言も言い返せず、キサから視線をそらし、エリシアのフードから覗かせている紫の瞳をチラッと見る。
エリシアは困惑したように、眉を下げていた。ゼノはそれを見て、無償に己を殴りたくなった。
「……否定はしない」
ゼノがエリシアの目を見て言うものだから、今度はエリシアが顔を真っ赤にさせた。
すると、二人の視線を遮るかのように、キサがエリシアを背にかばうようにして、無言でゼノと睨み合う。
「……」
「……」
エリシアはどうすれば良いか分からなくなり、ただただキサの広い背中を目に困惑していると…。
「あら、ゼノ。何をしているの?」
突然、ゼノの背後から鈴が鳴るような、高く美しい女性の声が聞こえた。ゼノが振り向くと、腰まである長い艶やかな黒髪は編み込んで垂らしてあり、それを引き立てるかのように色白い肌。
キラキラとした大きな黒目は、純粋でまだ17歳の少女なのだと思わせる。
そして、若草色のドレスを身に纏い、発達途中の身体の線を余すことなくピッタリと醸し出している。
また、目を引くのは頭上にある黄金の冠で、この国の王女のみに被ることが許されているものだ。
「アシリア様」
ゼノは、アシリアの元へ歩み寄り片膝を立て、頭を垂れる。
「何故、このような所へ?」
「退屈で出てきちゃったわ。お前がいないもの」
「は?私…ですか」
「そうよ。…ねえ、あの方は?どなた?」
アシリアがキサを見て、首を傾げる。
「…彼は、陛下に呼ばれて王城に参りました。薬草の店の主人です」
「そうなの」
アシリアはキサの元へ歩み寄ると、ドレスの裾をつまんで膝を曲げ、挨拶をする。
「初めまして。アストランティア国の第一王女、アシリアと申します。本日は私の誕生祭で、お兄様に招待されたのでしょうか?」
「残念ながら違うけれど、王女様がこんな美人だなんて来て正解でしたね。あなたにお会いできて、光栄です」
キサは、アシリアの片手を取り、手の甲に唇を落とす。アシリアは慣れているのか、ニコッと微笑んだだけだ。
アシリアは、キサの背後にいるエリシアに気付いていないのか、キサに挨拶をすると、侍女に呼ばれ遠ざかっていった。エリシアはどこか、ほっとしたように肩の力を抜く。
「行くぞ」
ゼノは、キサとエリシアの返事も聞かずに、スタスタと廊下の奥に進んで行く。エリシアは慌てて追い掛けるが、キサはゆったりと歩いていた。
「…置いていかれますよ?」
エリシアは、背後にいるキサに問いかける。
「大丈夫。僕たちは鼻が利くからね」
「…!」
エリシアは驚いて、キサを見る。
「別に珍しいことじゃない。僕も、五感は優れているんだ。君ほどではないかもしれないけど」
キサはエリシアの瞳を見詰めながら、にっこりと笑う。エリシアは何も言えなかった。
エリシアは結局、キサとゆっくり歩くことに決め、キサの後をついていく。キサが客間の扉を開けると、室内には陛下と隊長、副隊長、ゼノがいた。
ゼノはキサとエリシアを見ると、遅い!と一喝する。陛下はこらっとなだめた。
「さて、ごめんね。途中で抜け出して。それで、あなたの答えはどうかな?エリシア」
陛下は穏やかに微笑み、エリシアに尋ねる。
「…私、やってみます。父の故郷も訪ねてみたいですし。そして、私の価値も知ってみたいです。五龍、皆が協力してくれるかは分かりませんが、人々に龍のことをもっと知ってほしいと思いました。このアストランティアが平和なのも、龍のおかげなのだと人々にも知ってもらいたいです。あ、もちろん陛下のおかげでもありますけど」
「ううん、龍のおかげだよ。実際にキサがアストランティアにやって来る前は、荒れていたからね」
「え?では、私たちがいなくなったら…」
「うん、荒れるだろうね。でも、そこは何とか自分達でやってみるよ。私の国だからね」
陛下は、エリシアを安心させるように人の良さそうな笑みを浮かべる。
「じゃあ、さっそく旅に出掛けますか」
キサが、んーっと背中を伸ばしながら言う。
「そうだね。早い方が良いかもしれない。長々と滞在すると、情が出来てしまう。あ!エリシアに肖像画を見せたいと思ったんだ。旅に行く前に、エリシアを借りても良い?キサ」
「…どうぞ。僕は、一旦家へ帰るよ。馬も調達したいしね」
「城にいる馬を貸してあげるよ。皆、良い子だ」
「どうも」
キサは素っ気なく言うと、ひらりと踵を返し、客間を出ていく。
「さあ、エリシア。行こうか」
「あ、はい」
エリシアは陛下の後をついていく。頭の中には、何故かキサのことでいっぱいだった。