純粋な男
陛下は、妹姫の王女アシリア様のお誕生祭を抜けてきたので、一旦戻りまた来ると言い、室内を出ていってしまった。
騎士たちとキサも、連れて行ってしまい、エリシアは今、王城の中庭を歩いていた。
中庭と言っても立派で広く、色とりどりの花が見事に咲き誇っていた。最もエリシアの目を引いたのは、中庭の中心にあるアーチを、くぐった後の光景だった。
エリシアの身長よりも高いひまわりが、辺り一面に咲き誇っていたのだ。ひまわりは太陽の光に反射して、黄金に輝いていた。
【見事ねえ】
リンが感嘆したように、ほうっとため息を吐く。
【本当、きれい。別世界みたい】
サンも大きな黒目を、キラキラと輝かせた。
【よし!お前ら、競争だ!あっちまで行こうぜ!】
シンが意気揚々と言い、サンとリンもその提案に乗り、奥深くまで行ってしまい、姿が見えなくなってしまった。
エリシアはポツンと一人になった。すると…。
「何をしている?」
エリシアの背後から、一人の騎士が声を掛けてきた。この方は確か…。
「…ゼノだ」
ゼノは、無愛想にボソッと呟く。エリシアが首を傾げたから、名を名乗ってくれたのだろう。
短く刈り上げられた黒髪は所々に跳ね、目元はつり上がり、いかにも機嫌が悪そうに見えるが、元々こういう顔なのだろう。
騎士服を纏っているおかげで、鍛え上げられている体躯が分かり、容易には近付けない雰囲気がある。単に、目付きが悪いせいなのかもしれないが…。
「ひまわりを見ていたのです。とても、素晴らしいですね」
エリシアは、ひまわりに視線を戻し言う。
「…何が良いのか俺には、全く分からん。ただ黄色い花ってだけだ」
ゼノは、眉間にしわを寄せながら呟く。
「そんなことありません。ここまで、大きくなるまではひまわりにとって、相当な時間を費やしたと思います。花も人間と同じように、生きているのです」
「花が?…ふん。あり得ない」
「何故ですか?」
「ただ、水を与えれば大きくなるだけだろう」
「…あなたは世界で人間が、最も尊い生き物だとおっしゃっているのですか?」
「そんなことは言っていない」
「そうですか?私にはそう聞こえました」
エリシアは、フードを被ったままゼノを見詰める。ゼノは一瞬、怯んだように眉を動かしたが、すぐに言い返す。
「…人間が最も尊い生き物でなければ、何が尊い?お前たち龍か?」
「……あなたたち人間は、醜いですね」
「何?」
「人間は言葉を話せない獣を、無意識に見下しています。だから殺し、それで命を繋いでいることを理解していません。ただ、己が生きるために貪欲に相手を傷つけ、娯楽にすることさえもあります。龍は決して、そのようなことはしません。同じ獣だからこそ、痛みが分かち合えるのです」
エリシアは、静かに諭すように言葉を繋げていく。
ゼノは放心したように、ひたすらエリシアに視線を注いでいた。
「しかし、私の考えは一般的には理解されないでしょう。この世界は、人間が最も尊いと考える者が大半ですから。…あなたのように」
エリシアが、赤みがかった紫の瞳に力を込めて、ゼノを睨んだ。
ゼノは、まるでエリシアの瞳に見とれたようにピクリとも動かない。
二人がそのまま、見詰め合っていた時…。
【シアー!】
エリシアの背後から、興奮したように明るい少女の声がエリシアの頭に響く。エリシアが振り向くと、サンがエリシアの右腕にピョンと乗った。シンが、遅れてエリシアの左肩に乗る。
【シア!私、一番になったのよ!シンとリンに勝ったのよ!】
【まぐれだ。まぐれ。お前が俺に勝つわきゃないだろ】
【ふふん。負け惜しみは聞かないよ】
【……ちっ】
サンが勝ち誇ったように鼻を鳴らすと、シンは悔しそうに眉を潜めた。
「良かったね。サン」
【うん!……あれ?】
サンがエリシアの、背後を覗く。
【あの人、こっちを見ているよ?】
「…うん」
エリシアもつられて、再びくるっとゼノの方を見る。ゼノは、エリシアと目が合うとはっとした後、気まずそうに視線をずらした。
「ところで、何をしにきたのですか?騎士ともあろうお方が、お散歩ですか?」
「…!違う!陛下がお前を探しに行って来いと、命令されたのだ!…じゃなければ…」
ゼノは最後に声が小さくなり、エリシアはゼノに近付く。
「何ですか?」
「っ!寄るな!」
ゼノは、何故か顔を真っ赤にさせ、エリシアから目をそらす。
「?」
エリシアはゼノが、顔を真っ赤にさせる理由が分からなかった。
【罪ね】
エリシアの背後から、リンが呟く。
「リン?罪って?」
【…何でもないわ】
リンは、エリシアを見てはあっと深いため息を吐く。それを見たエリシアは益々、頭の上にはてなを浮かべるのだった。