両親
「さて、そろそろ本題に入ろうか。実は、エリシア。あなたに頼みたいことがある。残りの龍を仲間にし、この国に連れてきてほしいんだ」
「……え?」
「…あれ?まさか…何も知らない?」
陛下が真剣な表情で言うが、エリシアにとって訳が分からなかった。陛下もあれ?というような、表情になっている。
「彼女には何も言っていない。僕のことも」
「え?そうなの?もう知っているのかと思っていたよ」
キサが無表情で言い、陛下も眉を下げる。エリシアは二人を交互に見るが、なんの話をしているのか理解できなかった。
「…エリシア。これから、私が言うことをよく聞いてほしい。あなたにしか頼めないことなんだ」
「……はい」
「我々は、あなたが"龍を統べる者"だと知っている」
「!」
エリシアは咄嗟に立ち上がり、マントの中の短刀を抜き、陛下に突きつける。本当に殺す意思はなかったが、自分の身を守るために体が反応したのだ。
騎士たちが腰にある刀に手を掛けるが、陛下は片手を上げ制した。
「怖がらないでくれ。私たちは、あなたに危害は加えない。ただ話を聞いてほしいだけだ」
「……」
エリシアは半信半疑に、陛下を見下ろす。黒い瞳に嘘は見えないが、今まで人間がエリシアにしてきたことの過去が、エリシアを頑なにさせる。
リン、サン、シンも鋭い目で陛下を見ており、ふうーっと唸っている。
キサは、成り行きを見守るだけなのか、横目でエリシアを見ていた。
「……まいったな。私は、信用できないと思う?」
「……人間は信用しません」
「…そうか。じゃあ、何故あなたはフードを脱いだ?私が信用できないと思うならば、脱げないはずだ」
「……」
確かに、陛下の言うとおりだ。何故、私はフードを脱いだ?陛下に善を感じたからではないか…。
エリシアはしばらく無言で、陛下に短刀を突きつけていたが、静かに降ろす。そのまま、腰を下ろした。
しかし、完全には信用しておらず、陛下がどう出るか注意深く探ることにした。
「何故、私が"龍を統べる者"だと?」
「調べたんだ。あなたのお父上は、私の叔父上だったんだよ」
「…え?」
「前王…私の父の兄君でね。よく私に色々なことを教えてくださったんだ。次の王になるお方は、叔父上だと誰もが信じていた。でも、叔父上は禁忌な恋に落ちてしまった。それがあなたの母上だ」
「……」
エリシアは両親との思い出が、全くない。物心がついた時にはもう一人だったからだ。
「周囲は猛反対したんだ。二人の関係を。あなたの母上は、城の侍女という身分で、叔父上とは釣り合わないと言われていた。でも、あなたの母上があなたを身籠り、叔父上は何もかも捨てる覚悟で、城から身籠っているあなたの母上と逃亡した。それから、人々は二人を探したんだけど、全く見つからなかった。理由は分かる?」
「……」
「あなたの母上は、あなたと同じ"龍を統べる者"だったからだ。そして、叔父上は"地"の力を持つ龍だった。二人は出会った頃から、惹かれ合っていたんだろうね」
「……」
エリシアは、体が固まったように動けなかった。陛下の言っている両親に、実感がわかないのだ。
「大丈夫?エリシア」
「はい…ということは、私は陛下と従兄弟に当たるのですか…?」
「うん…と言いたいところだけど、私たちに血の繋がりはないんだ。あなたの父上は、養子だからね。生まれたばかりの赤ん坊が、城の門の前で、置き去りにされていたらしい」
「……その赤ん坊が私の父上…?」
「うん。当時、私の祖父母には子供がいなくてね。その赤ん坊を養子として迎え入れ、長男として育てたんだ。…あなたの瞳は、叔父上と同じだよ」
「え」
「赤みがかった紫の瞳。叔父上もそうだった。だからこそ、黒髪、黒目が一般的なアストランティアでは、異端の者と恐れられていた。でも、叔父上は自分を卑下せず、いつも前を向いている人だった。私の憧れだったよ。民もそんな叔父上に尊敬の眼差しで見ていて、好かれていた」
陛下が、柔らかく目を細めた。
「私は叔父上を探すことを、諦めなかったんだ。国王になってからも、ずっと密かに探し続けた。だが、今だに見つからなかったが、フードを深く被ったお嬢さんが城下町にいると聞いた時、もしやと思ったんだ。私は必死に探したよ。しかし、あなたは中々見つからなかった」
エリシアは城下町ではなく、数十キロ離れた森の奥深くに住んでいた。それに、人間に見つからないように周囲には霧が深い場所を選んだのだ。
エリシアは、そのことについては言わなかった。
「一年経ってからかな…キサの元にいるあなたを偶然見た騎士がいたんだ。そこで、我々はキサの元へ行った。だけど、キサは頑固だったよ。中々話を聞いてくれなくてね。城に欲しいぐらい、こちらの目的と意図を見抜かれて…」
「……」
エリシアは、リンを挟んだ横にいるキサを見た。目を閉じて、腕を組み、背中を背もたれに預けていた。
――――どうして陛下に私のことを言わなかったのだろう。
「お金をいくら渡しても、条件の良い交渉をしても、キサは中々口を割らなかったよ。こちらも骨が折れるような思いだった。ようやく、あなたが見つかったのに肝心なキサが、我々に信用がなくてね。……懐かしいなあ」
陛下が、目を閉じているキサを見て、目を細めた。
「…それで?僕のことは良いから、この子をどうする?」
キサは眠っておらず、口を開いた。
「あ、やっぱり起きていたね。ふふ…そう、それでね、エリシア。世界に言い伝えられている、古の物語を知っているかな?」
「…はい」
***
昔々、"龍を統べる者"と言われたお姫様がいました。お姫様の側には、必ずと言っていい程、伝説の五龍がいました。五龍は、"龍を統べる者"のお姫様を敬い、憧れ、従っていました。
五龍はそれぞれ、力を持っていました。"水"の龍は水を操り、額に龍の証があります。"火"の龍は炎を操り、右足に龍の証があります。"地"の龍は地面を操り、右肩に龍の証があります。"風"の龍は風を操り、右腕に龍の証があります。"雷"の龍は空を操り、背中に龍の証があります。
彼らは頑丈な体と、力で国を守り、お姫様を守ってきました。
しかし、"龍を統べる者"は人間と同じ寿命でしたので、お姫様は五龍に看取られ、亡くなりました。五龍は、一切容姿が変わらず、人間の何十倍もの生命力があったので、次第に人間たちに忌み嫌われ、国を追放されました。
五龍たちも守るべき者がいなくなったため、自分達の好きなように生きようと、世界に飛び散りました。
それから、五龍を見た者は誰もいませんでした。
古の物語はこれで終わっているが、実際にエリシアの母とエリシアは"龍を統べる者"としての、能力を持っている。
古代からの時を経て、再び"龍を統べる者"が生まれたのだ。
しかし、エリシアには身分がないので、古のお姫様のように五龍と一緒にいたことはない。
「古の物語に伝わっているお姫様は、実はアストランティアの初代女王だったんだよ」
「え!」
エリシアは、驚いて目を見開く。
「本当。肖像画もあるんだ。時代が経つにつれ、何度も書き直されたんだけどね。後で案内してあげる。…それで、エリシア。あなたに五龍を見つけて、ここに連れてきてほしいんだ。今、世界の均衡が崩れつつある。アストランティアは平和だが、周辺の国々は荒れ果てている。飢えや戦が繰り返され、人々の心が穏やかじゃない。古の言い伝えによれば、"龍を統べる者"と五龍が揃えば、世界の均衡は保たれると伝えられている。実際に、あなたの母上と父上がいるだけで、アストランティアは幸福に満ち溢れていたからね」
「どういうことでしょうか?」
エリシアには、よく分からなかった。
「五龍、揃わなくても一匹の龍がいれば、その国は安泰と言われている。しかし、一匹もいない国は衰退すると言われているんだ。今のアストランティアは、あなたとキサがいるから、平和が保たれているんだよ」
「え?」
エリシアは、キサを見る。今度は目を開けており、キサは陛下を睨んでいた。
「あれ?…あ、言っていなかったんだっけ?あー…ごめんね」
陛下は申し訳なさそうに、頭をかき、へらっと笑う。キサは、はあっと深いため息を吐き、エリシアと顔を合わせる。
「……僕は"雷"の力を持つ龍だ。背中にも龍の証がある」
キサは、エリシアの目を強く見つめ、離さないとばかりにその視線は鋭かった。
エリシアは何故、そんな目をするのか分からなかったが、何故かキサの"黄金"の瞳がきれいだと思った。