知り合い?
ライに揺られながら、王城についた瞬間、エリシアは帰りたいと思った。十メートル以上はあるかと思われる門の前で、待機していると、ゴゴっと門が開き、中に入るように促される。
いつの間にか騎士たちが先頭に立ち、エリシアたちとキサは、後列にいた。
騎士たちが王城の中に入る時、キサがエリシアの側に来て、両手を伸ばしてくる。
「?…何ですか?」
「何って…降りるための手伝い」
「いえ…自分で降りられます」
エリシアがライから降りようとすると、すかさずキサが正面からエリシアの腰をふわっと持ち上げ、地面に降ろす。
持ち上げられた時、エリシアの胸がキサの眼前にあり、エリシアは顔をカアッと赤面させる。しかし、キサは気にしていないようだった。
「……」
「何?嫌だった?」
キサがエリシアの顔を覗き込むと、エリシアはふるふると首を横に振った。
「そう?良かった」
キサが黒目を細め、優しく微笑む。エリシアにとって、何故ここまで面倒を見てくれるのか理解できなかった。
そのまま、キサは先に王城の中へと入っていった。
ライは嫌がったが、王城にいる馬番に預けると、リンが呟く。
【シア。やっぱり、あの男おかしいわ。シアにあんなに過保護にするなんて…まさか…】
【なになに?】
【シアのこと気になっているんじゃ…!】
「……」
【……】
【えええ!】
リンは衝撃を受けたような表情を浮かべるが、エリシアとシンはそれはないだろうと思いながらも、黙っている。エリシアの左肩に乗っている、サンは真に受けているが…。
【ああ!きっとそうよ!もうあの男に関わっちゃダメよ!シア!あ、ちょっと待って!】
リンが一匹で暴走している時に、エリシアはもう王城の中へと進んで行った。
実は、リンは冷静沈着に見えて、結構思い込みが激しいところがある。
◇◇◇
騎士たちが向かっていた方向は、王城の最上階にある広い客間だった。
そこでしばらく待てと命令され、エリシアたちとキサ以外は全員退出する。エリシアは何をすることもなく、部屋の真ん中にある五人掛けのソファの隅っこに、ちょこんと座った。
当然のようにキサもエリシアの後をついてきて、エリシアの真横を陣取ろうとするが、リンがガウっと吠え威嚇をし、体を割り込ませた。
そのため、エリシアとキサの間に人一人が座れる空間ができた。
「君の狼、僕に威嚇しているんだけど。警戒心強いね」
キサは、気にする風もなくリンを見て笑っている。
「すみません」
エリシアはリンの頭を、ポンっと叩くがリンは相変わらず、キサに向かって威嚇している。
「リン!」
【嫌よ!私はどかない!シアのことは私が守るの!】
【おいおい…。ここは王城だ。いくらなんでも、非常識なことはしないだろ】
リンが興奮している反面、エリシアの右肩に乗っているシンは至って冷静だ。
そのまま、リンの興奮は収まらないまま、いくらか時が過ぎた時…ー
「やあ。ご苦労様。ここまで大変だったろう」
男の低くハスキーな声が、扉から聞こえてきた。
エリシアたちが扉の方へ振り向くと、柔らかそうな黒髪に、穏やかな黒い瞳の長身の男が、柔らかく微笑みながら、騎士を三人背後に従えて入室してきた。おそらく、20後半だろう。
エリシアはその眩しく神々しい容姿に、思わずガタっと立ち上がる。それを見た男は、くすくす笑い座ってと言った。
男の背後にいる騎士たちは、隊長と副隊長と…確か、キサに突っかかっていた人だ。
「それにしても随分久し振りだ、キサ。元気そうだね」
「ああ。君もね」
「おい!貴様!陛下に敬語を使えといつも言っているだろう!」
(陛下!?この方が?)
陛下がエリシアたちの向かい側のソファに座り、キサに話しかけると、陛下の背後に控えていた一人の騎士が怒鳴る。
エリシアが目の前にいる男が陛下だと認識することもできずに、キサは口を開ける。
「僕はかたぐるしいのは苦手なんです。それは、以前にも言いましたがねえ」
キサは、悪びれもせずに長い足を組む。
「くっ…!」
騎士は、悔しそうに眉を潜めた。
「まあまあ、君たちは相変わらず仲が良いね」
「どこがです!?」
陛下が柔らかく笑いながら言うが、騎士は嫌そうに顔をしかめており、キサも同様にしていた。
「ところで、自己紹介がまだだったね。私は、アストランティアの国王レオン・リテールだ。可愛らしいお嬢さん、フードを取ってくれないか?」
陛下がエリシアをじいっと見つめるが、エリシアはぶんぶんと首を振る。
「おい!女…」
再び騎士が、声を荒げるが陛下が片手を上げ黙らせた。
「大丈夫。私たちはあなたを見て、侮辱しない。迫害もしない。どうか、私たちを信じて顔を見せてくれないだろうか?」
陛下の真剣な声音に、エリシアはちらっと陛下を見る。すると、穏やかな瞳が優しく細められているのが分かった。
エリシアは何故か、この男に悪を感じなかった。まさに、善の塊のような人だと思った。
エリシアは決心してフードに手を掛け、パサッと脱ぐと男たちの息を飲む音が聞こえた。
「きれいだ…」
今まで、ぎゃあぎゃあと声を荒げていた騎士が、ぽつりと呟く。それを聞いた副隊長と陛下が大笑いをする。
「あはははは!ゼノが女の子を見て、呆けているの初めて見た。あ、あははは…!」
「ぶふふ…っ…ふふ…っ」
「ちょ!何笑っているのですか!」
ゼノと呼ばれた騎士が、顔を真っ赤にさせる。
「くく…ふっ……はあ…あー笑った笑った。あー、はは…はあ。お腹痛い」
「知りませんよ!」
陛下の笑いは止まらず、ゼノは涙目になり、恥ずかしそうに片手で顔を覆う。
「ごめん、ごめん。新鮮だったからさ。……でも、本当にきれいだよ。あなたのお名前は?」
陛下はようやく笑いを収め、エリシアと顔を合わせる。
「あ…エリシアと申します」
「エリシア…可愛らしい名前だ。あなたにぴったりだね」
陛下がにこにこ笑いながら、さらっと赤面することを言うものだから、エリシアはたじたじになる。
「反応も初々しい。…このまま、私の側にいることも…」
「ダメだ」
陛下の言葉を遮り、キサが横から口を挟んだ。
「…おや。キサが余裕なさそうにするなんて…今日はいい日だな。あなたのおかげで、二人の珍しい一面を見れた」
陛下がにこにこ笑いながら言うが、エリシアはどう返事を返したら良いか分からなかった。