王城へ連行
エリシアたちは男の店から出て、裏通りをてくてくと歩いていた。
【何なんだ?あの男。前々から訪問しているけど、相変わらず食えないな】
シンが、エリシアの肩に乗って言う。
【そう?かっこいいじゃん!】
【お前は面食い過ぎる。あいつは闇、抱えてんぞ】
サンが小ぶりな両手を組んで、目をキラキラとさせるが、シンは容赦なくバッサリ切る。
「闇?」
【……何かそんな雰囲気がある。勘だけど】
シンは難しそうに眉を潜める。
【あながち、シンの勘は当たるかもよ?私も、あの男油断ならないと思うわ】
リンが、シンの意見に同調する。
「そう…」
エリシアの想いは二匹とは、違っていた。名前も知らないが前々からお世話になっていたこともあり、どこか、放っておけないと感じるのだ。
普段は飄々としているが、ふと、表情に影ができる時、何故かエリシアの胸がザワッとするのだ。
エリシアは、首を横にふるふると振る。
(どうかしている。人間に情を持つなんて…)
エリシアたちが、裏通りから表通りに行く角を曲がる時…ー
カツンカツン…―――
エリシアたちの正面から、騎士の集団がこちらへズンズンと歩いてくる。男たちは鍛えられた体躯をしており、がっしりとしていたため迫力があった。
エリシアは、なるべく顔を見せないためにマントを深く被り、隅っこに寄りライの影になるように歩いた。
騎士たちは、エリシアをちらっと一瞥しただけで素通りしていくが、最後尾にいる一人の騎士がじいっとこちらを見ていた。
エリシアは瞳の色が分かってしまうため、彼を直視できなかったが、一応ぺこっと頭を下げる。
「待て」
しかし、彼はエリシアたちを呼び止める。エリシアたちは、ピタッと立ち止まった。
「お前、どこの者だ?そんな、獣をぞろぞろ引き連れおって。顔を見せろ」
声を掛けてきた若い騎士が、こちらに向かって歩いてくる。エリシアは、マントの中で腰に差してある短刀にそっと手を掛けた。
しかし、一番先頭にいた最年長の騎士が、若い騎士を呼び止めた。
「止せ。今日はアシリア様のお誕生祭だ。大方、他国の者だろう。構うな」
「しかし…」
「構うなと言った」
「っ…」
最年長の騎士が、若い騎士を一言で黙らせる。エリシアもその威圧に、ぶるっと背筋が震えた。
若い騎士は、納得いかない表情を浮かべ、列に戻っていった。
エリシアがちらっと最年長の騎士を見た時、彼もエリシアを見ており、ばちっと目が合う。
しかし、彼は表情を変えずに、ズンズンと遠ざかっていった。
エリシアは肝が冷えるような感覚を覚え、身体に力が入っていたのに後から気づいた。
彼らが裏通りの奥に進んでいき、完全に姿が見えなくなると、エリシアたちもくるりと背中を向け歩く。
【おっかねー。この国の騎士たちか?迫力あったな】
【びっくりしたあ…怖かったね】
【………】
「リン?どうしたの?」
シンとサンが、騎士たちの印象を並べているのに、リンは黄金の瞳を鋭くしていた。
【…彼らが向かった方向、あの男がいるところよ】
「!」
エリシアは何故か、胸騒ぎがした。何故なのか分からない。だが、行かねばならないと思った。
エリシアが、彼らの向かった方向に体を向けると、ライが驚く。
【ちょっ!何?急に方向転換しないでよ】
「ごめん」
【シア!行くの?ダメよ!】
リンが慌てて、エリシアの前に回る。
「リン。行かなくちゃ…何故か分からないけど胸騒ぎがするの。あの人のところへ行かなかったら、後悔しそうになる」
【……】
エリシアとリンは、無言で見つめあっていたが、やがてリンが折れる。
【…分かったわ】
「ありがとう!」
エリシアは一気に駆け出す。ライもパカラパカラと蹄の音をたてながら、ついてくる。
エリシアたちが、裏通りの最奥にある建物に近付くと、数人の若い騎士たちが店を囲んでいた。
あの最年長の騎士は、中にいるのだろう。エリシアは構わず、騎士たちの元へ走っていく。
すると、やはり騎士たちはエリシアたちに気付き、前へ立ちはだかる。
「おい!止まれ!何者だ!」
「あれ?さっきの子じゃないか?」
一人の騎士が声を荒げるが、隣にいた騎士が静かに言った。
「女の子?ここはダメだよ。戻りなさい」
静かに言った騎士が、エリシアに近付きエリシアの背後を指差す。
「……通して下さい」
エリシアは、騎士の言ったことを無視し、前へ進む。すると、近くにいた騎士がエリシアの片腕を掴む。
「今は取り込み中なんだ。悪いけれど、後に…」
「離して!」
騎士が話している最中に、エリシアは遮り、掴まれている腕をブンと振りほどき、数人いる騎士の中を突破する。
「あ!ちょ…」
振りほどいた騎士が声を掛けるが、エリシアは無視した。
店の前を囲んでいた数人の騎士が、エリシアを掴まえようと素手で押さえつけようとしているのが見えたが、エリシアは足に力を入れ、ふわりと騎士たちの頭上を跳ぶ。
騎士たちは呆然とし、ただただエリシアが自分達の頭上を跳んでいるところを見ていた。
エリシアが店の扉の前でトンと着地すると、騎士たちははっとなり、エリシアを掴まえようと動くが、エリシアはすでに中に入っていた。
エリシアが店の扉を開けると、気だるそうに腰掛けてキセルを吹かした男と、その周りを囲んだ最年長の騎士、その他に二人の騎士がいた。
エリシアが入ってきた時、キセルを吹かした男は、驚いたようにエリシアを見る。他の三人の男も振り向きエリシアを見た。
「申し訳ございません!隊長!」
「女が…」
エリシアの背後から、慌ただしく騎士たちの声が聞こえるが、隊長と呼ばれた最年長の騎士が、片手をスッと挙げると背後からピタリと声が止んだ。
「…何用だ」
最年長の騎士が、エリシアに尋ねる。一瞬、ピリッとした空気がエリシアたちを包む。しかし、エリシアは怯まない。
「……その方をどうなさるおつもりですか?」
「…王城に連行する」
「…させません」
「ほう…何故だ?恋人か?」
「違います。しかし、王城へは連れて行かせません」
「……」
最年長の騎士は、エリシアの言い分にピクリとも表情を変えなかったが、徐々に楽しそうににやりと笑う。
「そうか。では、強行手段だな」
男がそう言った時、前にいた二人の騎士の一人がエリシアの方へ向かってきた。エリシアはマントの中で、短刀を抜き取る。騎士がエリシアの眼前に迫った時…ー
突然、エリシアの前に黒いものが横切った。見上げると、広い背中がエリシアをかばうように立っている。
「…キサ。邪魔をするのか」
「この子は関係ないんじゃありません?女の子に手を掛けようとするなんて、この国の騎士も落ちぶれたものですね」
「貴様っ…!」
近付いてきた一人の騎士が、キサと呼ばれた男に拳を振り上げるが、キサは難なくその拳を素手でパシッと受け止めた。
「止めといた方が良いですよ。僕には勝てない」
「くっ…」
拳をぎゅうっと握られ、男がぐわっと声を上げる。
「はいはい。そこまで。ゼノも手が早い癖を直しなさい。我々は戦いに来たんじゃない。キサを王城へ連れて来いと言われただけ。暴力はいけないよ。あ、お嬢さん申し訳ないね、短気な男ばっかで。こんなんだから、モテないんだよね。うちの連中は」
最年長の側にいた女性と見間違うほどの美形が、ペラペラと話し掛けてきた。
「副隊長!」
「ん?何かな?ゼノ」
「っ……」
美形が、にっこり笑うと美しいのに、禍々しい雰囲気が纏い、騎士たちは震え上がった。
すると、はあっとため息が聞こえ、隊長と呼ばれた男が口を開ける。
「では、そちらの娘さんも王城に来ると良い。それだったら文句ないだろう?キサ」
「……彼女は関係ありません。僕の大事なお客様ってだけですから」
「その割には、必死に言い訳を考えていないか?…マントを深く被っているようだが、他国の者じゃないのか?」
「!」
隊長がエリシアへと、話の矛先が向いた時、背後にいた騎士が、エリシアのフードをバッと取った。
瞬間、茶色がかった金髪が、日に透けるようにキラキラと輝き、男たちの眼前にさらされる。紫色の瞳もさらされ、エリシアは慌ててフードを被り直す。
「ほお。美しいですね。金髪ですか」
副隊長と呼ばれた男が、キサの肩越しにエリシアを見ていたようだった。ほうっとため息を吐きながら、うっとりと言う。
「何!?娘の姿を見たのか?見えなかったぞ!」
隊長と呼ばれた男が言うと、再びエリシアの背後にいる騎士が、エリシアに手を伸ばすが…ー
いきなりエリシアはぐいっと力強い腕に肩を掴まれ、厚い胸板に顔を押し付けられた。
「この子に触らないでもらえます?あと、この子の容姿を見たやつ、前に出ろ」
エリシアの頭上から、不機嫌そうな低い声が聞こえた。エリシアは顔を押し付けられているので表情は分からないが、エリシアを抱き締めているのはこの店の主人だった。
「へえ。君がそんな顔をするなんてね。これは珍しいものが見れました」
ふふと笑う美形の副隊長に、隊長ははあっとため息を吐く。
「ちなみに俺は見ていないからな。攻撃するなよ。キサ、とりあえず王城に来てくれ。陛下がお待ちだ」
「……」
「その娘さんはどちらでも良いから」
「……」
キサは、エリシアを抱き締めていた腕を緩め、エリシアの耳元で囁く。
「巻き込んでごめん。悪いけれど、もう少し付き合ってくれるかな」
いつもの飄々とした雰囲気はなく、真剣に申し訳ないと思っているのか、声に覇気がない。エリシアは思わず、こくんと頷く。
「ありがとう」
キサは、フード越しにエリシアの頭をぽんっと片手を置き、撫でる。
◇◇◇
店の外に出ると、ライとリンが慌ててエリシアの元へ駆け寄る。
【シア!やっと出てきた!大丈夫?何かされていない?】
【シア!こんな野蛮人ばかりに囲まれていたなんて大丈夫?】
ライとリンが、一気に話し掛けてきたのでエリシアはなだめるが、周りにいるのは人間だ。人間には、彼らの言葉は分からないので、エリシアが愛馬と愛狼をただ、なだめているとしか見えなかった。
「愛されてるんだね」
キサがエリシアの側まで来ており、突然キサの大きな両手が正面からエリシアの腰を持ち上げ、ライの背中にストンと乗せられた。エリシアは驚きを隠せないまま、キサを見下ろす。
「女の子を歩かせるわけにはいかないからね。乗ってて」
キサは、ライの手綱を持ち誘導する。しかし、ライは嫌がり首をブンブンと振る。
【ちょっと!何こいつ!僕はシアだけにしか嫌なのに!】
「あ、あの!ライは私にしか言うことを聞かないのです…」
「そうなの?これは失礼」
キサは、エリシアに手綱を返し、くるりと背中を向け前へ歩いて行く。エリシアもライに乗ったまま歩かせ、キサについていく。
その後ろには、騎士たちがぞろぞろとついてきた。