城下町
エリシアの小屋から、城下町まではライの脚で一刻である。その間は道中、皆の下らない話や笑い話などをしていた。
【眠い…】
シンがライの鬣の上で、ゴロンと横になり呟く。
【何言っているの!シン。そんなことで、シアは守れないよ!】
【心配するな。お前と違って、俺は俊敏力には自信があるから】
【何よ!私にだって、あるよ!】
ライのたてがみの上で、双子のリスザルがぎゃあぎゃあと喧嘩を始める。
【あんたたち、少しは黙りなさい。そんなんじゃあ、町についた途端、脱力するわよ】
この中で一番最年長の、リンが静かに諭す。
【大丈夫よ。体力には自信あるもん】
【へえ。この前、俺とドングリ取りに行く時に、先にバテていたのは誰だっけなー】
【な…!い、今更蒸し返さないでよ!あれは、休憩していたの!休憩…あ!】
【くく…だから、バテていたんだろ】
【…うー】
シンがサンをからかうものだから、サンは涙目になっている。エリシアは可愛そうになり、手助けをした。
「シン。あんまりサンをいじめるものじゃない。サンも口では勝てないのだから、喧嘩腰にならない」
二匹は、エリシアに怒られシュンと耳を垂れさせた。そんな反省している姿に、エリシアの胸がキュンとなりデレっとなる。
(可愛いなー)
【シア。顔が崩れているわよ。シンはおそらく、確信犯だから騙されないで】
「え?」
【おい、リン。余計なこと言うなよ】
【シンは、シアのデレっとした顔が見たいだけだから】
リンが暴露すると、シンは照れたのかふてくされたように、エリシアの腰にある袋の中に入った。
【ほら。図星でしょう?坊やの考えていることなんて、お見通しよ】
ほほほと、高笑いするリンをサンは尊敬の眼差しで見る。
【さすが、リン!シンを口で負かすなんて、すごい!】
【もっと言って】
また、ほほほと、笑うリンにライは呆れた眼差しで見ていた。
道中で話しながら進んで行くと、眼前に城下町が見えてきた。まだ先だが、最奥に白で統一された立派な王城があり、手前にはたくさんの建物と人々で密集している。
太陽も昇り、町に朝市が開かれ、新鮮な魚や野菜が店に並べられているのだ。
エリシアは、町に降りるためマントを深く被り、ライから降りて山を下っていく。
町中の至る所に人々で溢れ、エリシアはぶつかり謝ることもできない程、賑やかで活気があった。
ライを連れているので、人々が避けてくれ、何とか前には進めているが、それでも目的地までは遠い。
【もうー、何なの?今日。人、多すぎ】
ライが文句を言う。
「確かに、多いね。催しでもあるのかな」
今日は確かに、今まで町に来た時よりも、人々で溢れていた。人々だけではなく、エリシアのように馬を連れて歩く人もいたり、荷馬車を持って店を回っている人もいる。
それに、人々の格好が普段よりも華やかだ。女性は、頭に花冠を着け、ふわりとした絹のドレスを着ていた。男性は、胸元に色とりどりの一輪の花を着けており、服装もこの国の伝統であるチャッカを着こなしていた。
いずれも、年若い男女だった。
エリシア一行は、浮かれた町中に疑問を覚えるも、目的地まで歩いて行く。
表通りを外れた裏通りに行くと、一気にガランとし、人々はいなくなった。どうやら、裏通りに住んでいる人々も表通りに行ったのだろう。人、一人、いやしない。
【わあ、なんか不気味だね。誰もいないなんて。やっぱり、今日何かあるんだよ】
【そうね。とりあえず、行きましょ】
ライが顔をしかめ足を止めると、リンは表情を変えることなく鋭い瞳で前を向く。
進んでいくと裏通りの奥にある、小じんまりとしたレンガで造られた一軒の建物が見えた。
エリシアがその建物に入ると、中から低く艶っぽい男性の声が聞こえた。
「はい。いらっしゃい」
声の主は、腰まである長い黒髪を後ろに一つで束ね、口にはキセルをくわえていた。目元は垂れており、黒目だが力強い瞳でエリシアを見ている。エリシアよりは5つ年上のはずだが、柔らかい物腰からもっと年上に見える。すらりとした体躯で、見た目は美形に入ると思う。性格は難ありだが。
「やあ。お嬢さん。今日はどういった用件で?」
「いつもの薬を買いに来ました。今日はこれとこれ。あと、これも追加で」
「はいはい」
エリシアは、店の中にある棚からいくつか、小瓶を手に取り男の元へ持っていく。男はてきぱきと、小瓶の中から薬草を取りだし、袋に詰め込んでいく。
「はい。お待ちどうさん。まいどあり」
「ありがとうございます」
エリシアが金貨を机上に置き、袋を受け取ると、ふと気付いたように男に問う。
「あの、今日は何かあるのですか?いつもより、町が賑やかだったので」
「ああ。今日は、王女の誕生祭だよ。未婚の若い男女は、浮かれて踊ったりするのさ」
「どうしてですか?」
「……」
単純に疑問を尋ねると、男はにやっとして机から回り、エリシアの目の前まで来ると、やんわりとエリシアの顎を掴み、上向かせた。エリシアは驚くが、されるがままになる。
「聞きたい?」
やけに色っぽい低音と、艶っぽい視線を向けてきてエリシアの背がぶるっと震える。
「き、聞きたくない」
エリシアは首を振り、男から離れる。男は、キセルを吸って吐き再びくわえる。
「そんなに警戒しなくても。僕たちの仲じゃないか。幸い、僕たちも未婚だから一緒に踊らない?」
「踊りません」
「つれないねー。お嬢さんは。君と同年代の女の子たちはもっと健気だよ?」
「……そうですか」
男の呆れた言い分に、エリシアは眉を潜める。
「あ、今バカと思っただろ?」
男は、楽しそうに笑う。エリシアには、何が面白いのか理解できなかった。
「もう帰ります。おじゃましました」
「あ、待って。お嬢さん。途中まで送るよ」
「え?結構です」
「まあまあ、そう言わずに。送らせてよ。いやらしい意味なんてないからさ」
「…!」
エリシアは、男の発言にかあっと赤面した。それを見た男はにやりと笑い、顔を近付けてくる。
「何?顔が赤いよ?どこに反応した?」
「っ……」
男は距離を縮めてきてエリシアは後ずさるが、背中に扉がトンと当たる。
追い詰めた男は、エリシアの顔の横に腕を置き、もう片手で流れるようにエリシアのフードを取る。茶色がかった金髪が男の眼前にさらされ、窓から太陽の光が漏れ、エリシアの金髪をキラキラと輝かせた。
男はしばらく無表情で、エリシアを見下ろしていた。いつものような飄々とした雰囲気はなく、何を考えているのか分からない。
エリシアは男の表情を注意深く見ており、微動だにしなかったが、やがて男は体を離す。
「…やっぱり一人で帰れる?ごめんね、意見を変えて」
「……いいえ」
男は再びキセルを吸い吐くと、室内に煙が充満する。エリシアは帰ろうと、男に背を向け扉に手を掛けるが、男に言い残したことを言うために、首だけ男の方へ向ける。
「…あと、あまり、それは体に良くありません。自分にも他人にも害になりますから、なるべく止めてください」
エリシアがそう言った時、男は驚いたようにこちらを見る。
(何か変なこと言ったかな…)
エリシアは固まった男の状態に、首を傾げる。すると、男ははっとしたようにエリシアから顔をそらした。
「これは……そうだね。なるべくしないようにするよ。忠告ありがとう」
男はエリシアに微笑む。エリシアは男の言い掛けた言葉の続きが気になったが、追及はしなかった。
「じゃあ…帰ります。ありがとうございました」
「うん、気を付けてね」
男は微笑んで手を振った。エリシアはペコッと頭を下げ、扉を閉めた。