一日の始まり
エリシアの一日の始まりは、太陽が昇った暁の朝明けに起きることから始まる。ふと、目が冴えると眼前に、モフっとしたふわふわな茶色いものが、丸まっていた。
エリシアが、そっと撫でると茶色いものはピクッと動き、尻尾から顔を出す。
【ふぁー…もう、起きたの?シア】
高い少女の声がエリシアの頭に響く。それは、愛らしい姿で首にリーンと鳴る鈴をつけた、雌のリスザルである。小さい口を大きく開け、あくびをし、小振りな手で大きな目を擦る仕草は、何とも言えない程、可愛らしい。
「うん」
エリシアはしばらく、ふわふわな毛並みを堪能していたが、やがて起き上がった。
「今日は城下町に行かなくちゃね。サンもついてくるでしょ?」
【行く!】
サンがピョンピョンと、エリシアの足元まで飛んで行き、リーンと鈴を鳴らす。そして、足元にいるもう一匹のリスザルに声を掛けた。
【シーン。起きて!今日は町に行くのよ!起きて!】
【……】
シンと呼ばれた雄のリスザルは、ピクリとも反応せずにふわふわな尻尾に顔を埋め丸まっていた。
【シン!起きてってば!】
サンがシンの尻尾を、ぽふぽふと叩く。
【……うるさい】
シンは機嫌が悪そうな、寝起きの気だるい声を出した。そして、そのままエリシアの布団の中へと潜っていった。
【シン!】
「まあまあ。もう少し寝かせといてあげよう。シンは朝が弱いから」
憤慨しているサンに、エリシアはなだめ、ベッドから降りた。
二匹は双子なので、気兼ねせず言いたい放題に言い合っているのだ。これは、日常茶飯事なので幼い頃から共に生活していたので、もう慣れてしまった。
トントン…ー
エリシアが、山菜を切り刻み、鶏肉を鍋に入れ、米を炊き、部屋に美味しそうな匂いが充満すると、美しい艶やかな女の声がエリシアの頭に響く。
【おはよう~。いい匂い~】
エリシアが振り返ると、一匹の白銀の艶やかな毛並みを持ち、鋭い黄金の瞳の狼が、寝ぼけ眼で暖炉の前で丸くなりながら首だけ起こす。
「リン、起きたの?もう少しでできるからね」
【はーい】
と言いながら、リンは再び目を閉じる。目を閉じれば、いくらか雰囲気が柔らかくなり、可愛らしい狼だ。
エリシアは、食卓に食事を並べる。エリシアの分とリン、サン、シンの分だ。すると、ちょうどシンが顔を覗かせた。
【……】
無言で食卓につき、無言で食事をする。それを、側で見ていたサンは怒った。
【ちょっと、シン!何も言わないでご飯は食べちゃダメ!お行儀悪い!】
【……】
サンに怒られてもシンは黙ったままだ。
だが、城下町に行く日は、朝が早いのでシンの調子はだいたいこんな感じなのだ。サンも懲りずにシンに、お小言を言い続けている。
「まあまあ、サン。仲良くね。私はライを起こしに行くから、ちゃんと食べててね」
エリシアは二匹の…サンが一方的に怒っているだけだが、一応二匹をなだめる。シンは寝ぼけ、半目になったまま食していた…。
エリシアは小屋の横にある、厩舎の扉を開け中に入る。
厩舎の中には、柔らかい藁の上で、一頭の茶色い毛並みの馬が寝ていた。筋骨隆々の体つき、手入れされている艶やかな毛並み、日に透ける見事なたてがみ、最も特徴的なのは額にある六角形の、白い模様だ。
立派なおとな馬に見えるが、実際はまだまだ甘えたがりな雄のこども馬である。
エリシアは愛馬に近付き、たてがみを撫でる。
「ライ。もう朝だよ、起きて。今日は、城下町に行く約束でしょ」
【んあ…やだ…もう少し】
だらしなく、口から長い舌を出し、でろーんと再び寝るライに、エリシアはたてがみを少し引っ張る。
【ぎゃ!痛い!何すんの!シアの悪魔!】
ライは完全に目覚め、エリシアに暴言を吐く。
「ライが起きないからでしょ?ほら、干し草よ。ちゃんと食べてね」
【……】
エリシアが、にっこり微笑んで言うと、ライは震え上がり無言で大きな体躯を持ち上げ、干し草を食べる。
エリシアたちは、食事を終えると町に出掛ける支度をした。比較的動きやすい簡素な軽装、その上にフードのついた白いマント、腰には護身用の短刀を身につける。
サン、シン、リンは用意ができており準備万端だ。エリシアも小屋を出て、ライを厩舎から出すと、ライにまたがり、辺りを霧が包む道を進んでいった。