火龍の島
島の海岸に着くと、キサがエリシアを船から降ろすため手を貸してくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
旅の道中、何度もキサに手を貸してもらっているので、すっかり慣れてしまった。
その様子を見たハルトが、私もシア様に何かしてあげたいと声を上げる。
「お子さまには、お嬢さんをエスコートは出来ないだろ?」
キサがからかうと、ハルトは悔しそうに睨む。
「それよりもう僕たちがたどり着いたこと、向こうは気づいているはずだ」
キサが言った後、森の奥から数人の男性がぞろぞろと歩いてくる。
皆、上半身裸で首や手首、足首にじゃらじゃらと飾りを着けていて肌は浅黒く、彫りの深い顔立ちが多い。
それに、裸足で難なく砂の上を歩いており、アストランティアに近いせいか、全員黒目の黒髪だ。
「長が待っている。ついてこい」
一際目立っていた先頭の男性が、エリシアたちをじろじろ見ながら重低音で話しかけてきた。
長身のキサよりもさらに大きく、体つきも日々の働きによって筋肉が出来上がっていた。
エリシアは男性の裸体に慣れていないので、直視できなかったが相手は颯爽と向きを変えて遠ざかっていく。
エリシアたちは置いてかれないように、少し距離を空けてから彼らについていった。
案内されたのはアストランティアとさほど変わらない町並みだった。
変わっているのは、皆の肌の露出が多いところだろうか。
彼らもエリシアたちをじろじろと遠巻きに見ているが、一部の女性たちが黄色い声を上げる。
「ねえ、あの髪の長い男、男前じゃないか?」
「あっちの色素の薄い坊やも可愛いね」
エリシアはキサとハルトを横目で見上げる。
確かに二人の容姿は目を惹く。
キサは顔も綺麗だけれど、たれ目がちな目元が妙に色気がある。ハルトも小柄だが、少女と見違う程の儚い美しさがあり、女性たちの母性をくすぶるのだろう。
キサが熱っぽい視線を注ぐ年若い女性たちに、にっこりと微笑むと彼女たちは真っ赤になり走り去っていった。
「……」
「なに?お嬢さん」
「あんまり彼女たちで遊ばないで」
「……焼きもち?」
「違う!」
エリシアが大きな声で否定すると、「冗談なのに」とにやけ顔から、面白くなさそうにする。
やがて町を歩いていると、もう一度森に入った。
徐々に温度が高まっているのか、エリシアは暑さからマントを脱ぎたくなった。
キサとハルトも同様に、マントを脱ぎたそうにしている。
「二人は脱いでもいいよ」
「お嬢さんが脱がないのならこのままでいい」
キサはエリシアに気遣っているのか、マントを脱ごうとしなかった。ハルトもキサが言った後に、こくんと頷く。
「ありがとう」
「どういたしまして。…見えてきたね」
キサが前を指差すと、簡素な造りに見えるが構造が複雑な釜戸のような建物が見えてきた。
近づくと、山のようにこんもりとしていて、とてつもなく大きい。
ハルトの住んでいた均一な建物とはまた違って、まるで炎で焼いたように所々が窪んでおり、いびつな形だった。
案内してくれた男性が入れと言い、ライやリンは外で待つように言われ、エリシアたちは素直に従う。すると、突然男性たちがキサとハルトを背後から羽交い締めにした。
「!」
「なっ!そなたたち無礼であろう!」
キサとハルトは抵抗するが、屈強な身体の男性たちにはびくともしなかった。
「どういうことですか」
エリシアが案内してくれた男性を睨むと、「あなたはこちらへ」と言われ、奥の扉に案内しようとする。
「彼らを離してください!」
「それはあなた次第だ。長からあなただけを連れてこいと言われている」
エリシアの背後にも二人の男性が立つが、乱暴なことはしようとしない。
「お嬢さん!一人で行ってはダメだ!」
キサが叫び、背後にいる男性のみぞおちに肘を当てた。ぐうっと男性が唸り、力が弱まった隙にすり抜け、エリシアの元に行こうとする。
しかし、エリシアの背後にいた二人の男性がキサを止める。
「ちっ」
「キサ…」
舌打ちをするキサに、エリシアは駆け寄ろうとするが、背後にいた男性がエリシアの前に回ってきた。
「あなたはこちらへ」
「っ…」
間近で見上げるととても大きく、威圧感がすごかった。
「決して乱暴なことはしない。長の言うことを聞いたあとは解放してやる」
重低音の上、無表情なので感情が読み取れずエリシアは信用はできなかった。
だけど…。
「分かりました。あなたたちの長に会います。でも、決してキサとハルトに乱暴はしないでください」
「約束しよう」
男性が頷くとエリシアは、キサとハルトを振り返って「すぐ戻ってくる」と言い残し扉の向こうへ行った。
キサは怒りを顔に出していたが、目の前の男性たちは無表情だ。
何を考えているのか分からないが、今は下手に動き回るのはよそう。
振り向くと、ハルトはまだ羽交い締めにされていた。
親が子供に怒られているように見えて、キサははあとため息を吐く。
◇◇◇
奥の扉から真っ直ぐに進むと、一際大きな扉が見えてきた。
「ここだ。長、連れてきたぞ」
「入れ」
中から深みのある低い声が聞こえると、扉を開けられ先に促される。
上半身に羽織を着て前を大きくはだけている浅黒い男性で、荒々しい印象を受け、身体も大きくエリシアをすっぽりと覆いそうだ。年は20半ばぐらいか。
黒髪の短髪に、首飾りや腕輪、足首も飾りで彼が身動ぐだけでじゃらと音をたてる。
そして最も印象的なのは、暁のような真っ赤な瞳だった。一目見たら忘れない風貌で、エリシアの胸がどくどくと早くなる。
エリシアが長と呼ばれた男を見つめていると、彼がにやりと笑う。
「俺に見とれてんのか?お嬢ちゃん」
「…!」
明らかに子供扱いされからかいを含む言い方に、エリシアはかあっと赤面する。
「俺がこの島の長。火龍のカルマだ」
「お見知りおきを」と笑うカルマに、エリシアは喰えない男だと思う。
「それで、あんたは"龍を統べる者"だろう。驚いたな。何世紀も会わなかったのに、今巡ってくるとは」
カルマは目を細め、しなやかにエリシアに近づいてきた。その動きはまるで豹のようで、エリシアは警戒しカルマの歩と同時に後退していく。
すると、トンと背中が壁に当たり、逃げ道が塞がれる。
カルマは紅い瞳でエリシアを見下ろし、エリシアの腰の横に片手を置いた。
「俺は目が合わないのは好きじゃないんでね。フードを取ってもらえるか」
決して強引ではないが、有無を言わさない言動に横暴さを感じた。こうやって島の皆を従えさせているのだろうか。
エリシアがフードを取るのを迷っていると、カルマが屈んで目線を合わす。
「どうせ、本土の人間と髪や瞳の色は同じだろう?」
「……」
カルマが訝しげに言うと、エリシアは戸惑う。
髪も瞳も本土の人間とは違うため、カルマの言葉は俊巡させた。
「……まあ、姿を見せたくないのなら別にいい。それでここには何で来た?」
カルマが呆れを含んだ口調で言うと、エリシアから離れる。
エリシアはこの男に協力してほしいと言っても、素直に聞いてくれるとは思わなかったが、ここに来た理由を言わなければならない。
「火龍カルマ。どうか、私と一緒に旅に出てほしい」
「……なぜ?」
「今の世界の均衡が崩れつつあるから。五龍が揃えば世界の平和は保たれると言われている。だから…」
「それは俺には関係ないな」
カルマは奥の椅子にドカッと座る。
「この島は何にも脅かされないし、第一俺には島の皆を守る使命がある。簡単にここから離れられないんだよ」
「…事情を話せばきっと…」
「ふん。無理だな。俺がお前らと行きたくないんだ」
カルマの燃えるような瞳に、エリシアは何も言えなくなった。
【自分勝手な野郎だな】
エリシアの腰の袋から、シンがぼそりと言う。とても小さな声だったが、カルマには聞こえたみたいだった。
「あ?獣か」
カルマが言うと、シンが出て来て机の上に立つ。
【火龍としての力が必要なんだから、大人しくシアに従え!】
小さなリスザルにいきなり言われ、カルマはポカンとしていたが、次第ににやけ笑い転げる。
「ぶははは!サルに、んなこと言われたの初めてだぜ、くっくっく」
カルマは腹を抱え、目尻に涙を溜めた。
「くっくっく…。いいぜ、ただし条件がある。島の皆を納得させてみろ」
「え」
「ここの者は気性が荒くてな、男も女も物怖じしない。あんたの龍を惹き付ける魅力とやらを見せてくれよ」
カルマがにやりと挑発すれば、エリシアはムッとし分かりましたと言った。
「二言はないぜ」
「当たり前です」
「くっ…、気の強い女は好きだぜ」
カルマのからかいに、エリシアは真っ赤になりフードを深く被り直す。




