秘密
「キサ」
トントン…とキサの寝泊まりしている部屋の扉を叩くが、中からは返事がない。
エリシアは迷ったが、扉を開け室内に入る。
窓際にあるシングルのベッドに、キサは横向きで丸くなって寝ていた。
長い前髪が、キサの目元を覆い寝顔は穏やかだった。
スースー…とキサの規則正しい寝息が聞こえ、エリシアは微笑ましくなった。
そうっとキサの側に行くと…。
「キサ、起きて。朝だよ」
エリシアが静かに呼びかけるが、ベッドの中の彼はピクリとも動かない。
今度は、揺さぶりをかけてみる。
「キサ、起きて」
「……うーん」
キサの閉じられた瞼が、まぶしそうに動き、かすかに開かれる。
「……お嬢さん?」
「あ、起き…た……」
エリシアは眠たそうに細められたキサの瞳を覗き込むが、驚きに目を大きく開ける。
――――…黄金の瞳
キサの瞳は普段の黒目ではなく、黄金の瞳だった。
思わずキサの目を見つめたまま硬直していると、キサはぼうっとエリシアを見上げていたが、やがてはっとしたようにがばっと上体を起き上がらせる。
「っ…」
そして、目元を片手で覆い顔をそらした。
「あの…」
「見た?」
エリシアの言いかけた言葉に被せるように、キサの低い声が呟かれた。
「う、うん…」
「……はあ。やってしまったな」
普段は一つに束ねてある長いさらさらな黒髪が、無造作に流されている。
その一房が、キサが俯いた時にさらっと顔を覆う。
エリシアは反射的にキサの落ちた髪を持ち上げ、顔が見えるようにした。
キサは驚き黄金の瞳で見つめてくるが、エリシアも静かに見つめ返す。
「何で、瞳の色が変わっているの?」
「……」
キサは苦しそうに顔を歪め、エリシアから目をそらしたが、ポツポツと話していった。
「…僕の本当の瞳の色は黄金なんだ。黒目は作ったやつ」
「作った?」
「力で変えているんだよ、瞳を…。こうやって、寝起きとか気が緩んだ時はつい、元に戻ってしまうんだ」
「…どうして変えているの?」
「……そうしなければ…ごめん、今はまだ話す時じゃない。それに、酒が抜けきっていないから、あんまり近づかないで。もう少ししたら、行くから先に行ってて」
「キサ?」
「いいから。お嬢さん、行って」
強く言われ、半ば強引に追い出される形になった。
エリシアは心配そうにキサを見るが、目が合わない。仕方なく、部屋を出て自室に戻った。
◇◇◇
「では、行ってくる」
里の入り口で、旅に出る格好をしたエリシアたちを見送るために、里の皆が集まってくれていた。
ハルトが凛々しく言うと、女たちは号泣だ。
「嫌ですわ~、ハルト様~」
「もうあなたをいじることができないなんて、生きる楽しみがないですわ…」
しくしくとしおらしく泣く女たちを、ハルトは困ったように慰めた。
「永遠の別れではないのだぞ?いつか、また会えるさ」
「いつかっていつ!?」
女たちの泣き顔の迫力に、ハルトは押され気味だ。
エリシアは苦笑する。
「エリシア様、どうかハルト様をよろしくお願いします。ハルト様は、私の息子のようなものです。至らぬところの多いハルト様ですが、かわいらしいところもございまして…」
「もうよいだろう、シャラ。こっちが恥ずかしいわ」
まるで親子のような関係に微笑ましくなる。
エリシアがふふふと笑っていると、シャラが近づいてきた。
「もう少しお話をしたかったのですが、残念ながら先は急いだ方がよさそうです。昨夜も人間の争いが村の隣で起こって、夜通し納めておりました」
「…そうだったのですか」
「はい。あと、これを」
「これは?」
シャラから石で作られた群青色の腕輪を差し出された。
「リシン様の形見でございます。代々地龍の証を持った者に受け継がれていくのですが、ハルト様はもう新しく作られております」
「どうしてですか?」
「実はリシン様は生まれて間もなく、王城に捨て置かれたのです。リシン様の母君、先々代の奥方様、エリシア様の祖母に当たるお方がやったとのことでした。当時は戦争の耐えない時代でしたから、地龍の赤ん坊を与えることで収まるとでも考えたのでしょう」
「そんな……」
「しかし、リシン様はご自分の人生に悔いはないとおっしゃっていました。ルスラ様に出会い、あなたという宝物にも恵まれたのですから」
シャラは穏やかに笑っていた。
「けれど、リシン様がお亡くなりになられた時、ルスラ様はあなたを連れて里を出ていかれました」
「え?」
「彼女はご存知だったのでしょう。龍が生まれる里に“龍を統べる者”が長居すると、次の龍が生まれないことを」
エリシアは初めて聞く真実に驚く。それは、エリシアだけだったみたいでハルトやキサは知っていたみたいだった。
「その証にルスラ様とエリシア様がいなくなった翌日に、ハルト様がお生まれになりました。幸福と同時に悲しみも襲いました。せめて、ルスラ様が居場所などを教えて下さったら、あなたを早く見つけることができただろうに…」
シャラは涙をこらえて、眉を寄せていた。他の人たちも同様に、下を向いていた。
「……顔をお上げください」
エリシアが言うと、シャラが少しだけ上げる。
「父母の過去を教えて下さりありがとうございます。父との記憶はないけれど、母との記憶はおぼろげながら少しは覚えています。よく地龍の里は…と呟いていました。母も苦しんだと思います。少しの間だったけれど、たくさんの思い出を下さってありがとうございます。父も母も喜んでいることでしょう」
「ああ、エリシア様…。誠にリシン様にそっくりです…。その芯の強さと懐の広いところ…。ありがとうございます…。ルスラ様」
シャラは号泣し、他の人たちもつられて涙を流し始めた。
「あ、あの…」
エリシアがおろおろしていると、横にいたハルトも号泣していた。
「そんなお辛くも健気な過去がおありだったなんて…。これからは私めがシア様をお守り致します!ですから、ご安心を!」
ハルトの綺麗な顔がくしゃくしゃに歪められており、エリシアはたじろぐ。
おーいおーいと村全体が涙で包まれていると、背後にいたキサがはあとため息を吐いた。
「泣けるけどもう出発するよ。人間が少ない時間帯に行った方がいい」
「は!そうです!引きとめて申し訳ございません。では、エリシア様、ハルト様、キサ殿、お達者で。再び会えることを願っております」
シャラの切り替えの早い様に、村の皆もお達者で。と見送られる。
エリシアは生まれた場所だったから、地龍の里が懐かしく感じ、初めて彼らに会った気がしないと思ったことにようやく知ることができ嬉しく思う。
またいつか帰れることを願い、地龍の里を後にした。




