キサの想い
「あの、キサ…もう終わったよ…」
「うん」
「離して…」
「……」
エリシアは一曲キサと踊ったが、キサはエリシアを離さなかった。そのまま次の曲に乗って、もう一度踊る羽目になる。
エリシアはキサの肩に乗せていた手で、キサの胸板を押すが、エリシアの腰に添えていた手がぐっと寄せられる。
エリシアは思わずキサの目を見るが、夜になって焚き火をつけているため、キサの瞳はゆらゆらと揺らめき、射ぬくような視線をエリシアに注いでいた。力強い視線にエリシアは怖くなり、身体に緊張が走る。
無意識に足が動かなくなり、ドレスの裾を踏んでしまい、あっと思ったらキサの胸板に顔を押し付けるようにしていた。
エリシアはかあっと顔を赤面させ、慌てて身体を起こそうとするが、キサはエリシアの腰を強く抱く。
「っ……~キサ」
「……」
ここが外なのも気にせずにキサは、エリシアを離さなかった。力強い腕に、エリシアの抵抗は可愛らしいものでビクともしない。
エリシアがキサに抱かれたまま、硬直していると…ー
ガウッ…ー
「っ…」
リンの唸り声が聞こえたかと思うと、キサが小さく呻いた。その瞬間に、キサの腕の力が弱まりエリシアは、慌ててキサから離れた。
すると、リンがキサの踝を噛んでおり、キサの表情は歪められていた。エリシアは慌てて、リンの身体を囲む。
「リン!止めて!」
【いや!こいつ、やっぱりシアのこと狙っていたのよ】
「何言っているの。リン、離しなさい!」
リンは興奮しており、エリシアは宥めるのが大変だった。ようやく落ちついたと思えば、今度は周囲がおろおろと遠巻きにエリシアたちを見ていた。
エリシアははっとなり、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
エリシアがリンを抱いたまま固まっていると、今まで女性に絡まれていたハルトがこちらへ歩いてくる。
エリシアの目の前に来て片膝をつくと、色素の薄い青い瞳がエリシアをじっと見つめる。
「大丈夫ですか」
薄い唇から放たれた声は、しっかりとしておりお酒に酔っていないようだった。エリシアが頷くと、ハルトの口角が少しだけ上がる。
そして、流れるような動作でエリシアの片手をとり、ゆっくりと立ち上がらせる。
ハルトは背後にいるキサに、首だけ動かしてよく通る低い声で話していった。
「エリシア様は部屋へお連れする。そなたはついてこなくて良い」
そのままハルトは、エリシアの片手を引っ張りながら宴から遠ざかる。エリシアはキサの顔をちらっと見るが、キサは俯き加減になっており表情が分からなかった。
◇◇◇
ハルトはエリシアに与えられた部屋につくと、しばらく無言だった。
「ハルト?」
「はい」
「あの…手…」
ハルトは握られたままのエリシアの手を見下ろすと、はっとなり慌てて離す。
「も、申し訳ございません!わ、私めがエリシア様のお手を握るなど…。失礼いたしました!」
「ううん、全然大丈夫だよ。それより、エリシア様ってちょっとくすぐったいかな。エリシアかシアでいいよ」
「い、いえ。エリシア様を呼び捨てにするなど、恐れ多いです」
「でも、様はいやかな」
「…で、では…シア…様でもよろしいですか」
「うーん…分かった。私も今さらだけどハルトって呼ばせてもらうね」
「はい。あ…できれば、ハルでよろしいですか?」
「?うん。ハル」
「……はい」
ハルトは焦ったような、照れたような表情をして、ころころと表現が変わりエリシアは思わずくすくすと笑う。
すると、ハルトが不思議そうに首を傾げる。
「ふふ…ごめん、ハルトの表情がころころ変わるから面白いなって」
「え?そうですか?…よく言われます」
「ふふ…シャラとかに?」
「はい。あ、でも雷龍は感情がまったく読めませんね。彼は、龍らしいというか、雰囲気が真っ黒ですから」
「真っ黒?」
「はい、龍は感情が読みにくいので、纏う雰囲気で感情が分かるのですが、雷龍はあまり露にしませんね」
「私は龍らしくないと言われますが…」と、ハルトが言っていることを聞き流し、エリシアはキサの顔を思い浮かべていた。キサはエリシアに対して自分のことはあまり話さない。
感情が少ないと言われれば、少ないのかもしれないが、ふと見せる優しい表情には愛おしさや慈しみが込められていて、エリシアの心臓を高まらせる。
固まってしまったエリシアの瞳を心配そうに見下ろすハルトが、シア様?と言う。エリシアははっとなった。
「あ、もう私疲れているのかもしれない。今日はもう寝るね」
「ああ、気が利かなくて申し訳ありません」
「ううん、全然気にしないでほしい。…じゃ、じゃあごめんね。おやすみなさい」
「はい、ゆっくりとお休みください」
急に頬を染めたエリシアの顔を不思議そうに眺めながら、ハルトは部屋を出る。
エリシアは顔に熱が籠るのを感じながらも、編み込んでいた髪を下ろし、服も脱ぎ捨て動きやすい寝巻きに着替える。そのまま、ぼすっと暖かい布団の上で寝転がる。
暖かいシーツにくるまれると、キサのこともいつしか消え、睡魔に襲われ瞼を閉じた。
※※※
エリシアが眠りについた頃、キサはまだ宴に参加していた。しかし、女性たちが話しかけても黙々とお酒を飲んでおり、先程のような気のいい雰囲気は消えていた。女性たちもただならぬ雰囲気を纏うキサに、怖気づき遠ざかっていく。
キサは久しぶりに苛立っていた。エリシアと旅に出てから一度も吸っていないキセルをふかし、お酒の入った器をぐいっと仰ぐ。
「そなた、何を苛立っておる?女たちが怯えているからやめろ」
キサの正面から、ハルトが腕を組み仁王立ちで冷ややかに見下ろしていた。
「感情が読めない奴だと思ったが、驚いたな。そんな顔もできるのか」
ハルトは少し口角を上げ、ふんっと鼻を鳴らす。キサはハルトを無視し、再びお酒を仰ぐ。すると、ハルトはキサからキセルを奪った。
「ここで吸うな。環境が悪くなる」
「……」
キサは無感情にハルトを見上げ、お嬢さんは?と尋ねてきた。ハルトが「もう眠っておられる」と言うと、「そうか」と呟きお酒の入った瓶から器にお酒を注ぐ。
「そなた、シア様を好いておるのか?」
「ぶっ…ゴホッゴホッ」
ハルトが唐突に想定外のことを言うから、キサは思い切りむせる。苦しさから涙を浮かべていると、ハルトは再び思いもよらないことを言った。
「そなたの纏う雰囲気は色がない。龍の感情はそれで分かるのに、そなたはまったくないな。何故だ?」
「……」
「そなたがシア様と踊っている時、少なくとも少しは感じたのにそれ以外にはまったくないな。不思議だ」
キサがハルトを見上げると、本当に分からないとでも言うように、首を傾げている。天然なのか計算で言ったのかキサには分からなかったが、少しほっとする。
「…お嬢さんは」
「ん?」
「…いや、なんでもない」
キサはお酒を飲みすぎたのか、頬が赤く染まっている。そして、そのまま瞼を閉じると、急激に睡魔が襲ってきた。ハルトが、おいと声をかけてきたが返事もせずに意識を手放した。




