地龍の里
「今朝は右肩が、妙に疼くな…」
寝起きで掠れた低い声が、光の漏れたベッドの上で小さく呟かれる。
男は何かが起きる予感がして、のそっとベッドから降りた。そして、窓へ立つといつもよりも里が、ガヤガヤと賑やかになっていることを感じる。
男は右肩を抑え、里を見下ろしていった。
***
「もう目を開けてもいいですよ」
シャラの声が聞こえ、エリシアはそうっと目を開けた。眼前に広がっていた光景は、エリシアを驚かせた。
シャラのような格好をした人々がたくさんおり、簡素に藁で作った小じんまりとした家がいくつもあり、子供はエリシアたちを見て首を捻っている。
「長老、その方たちは?」
一人の青年がエリシアたちを見て、シャラに尋ねる。
「ああ、彼女はリシン様のお嬢様である。ついに時が来たようだ。里の皆を広場へ集めよ。今宵は宴だ」
「リシン様の…は、はい!」
青年は、慌ててどこかへ走っていった。シャラはエリシアたちを、奥にある最も大きい建物に案内すると言い、誘導する。
リンやライが珍しいのか、里の人々は感嘆したようにため息をついていた。エリシアが思わず、話しかけたそうにしている男の子に近付き、「こんにちは」と言った。
男の子は驚きつつも、小さな声でこんにちは…と返してくれた。
「この子たちが珍しいの?触ってみる?」
男の子は遠くに母らしき女性に視線を向けるが、女性は心配そうにハラハラとしていた。
「う、うん」
「この子はシン、この子はサン。双子のリスザルなの」
エリシアが両肩に乗っていた二匹を紹介すると、シンがピョンと男の子の頭に乗った。
男の子はわあっと驚いていたが、やがて満面の笑みを浮かべ、母の元へ走っていった。
すると、男の子のようにエリシアたちに話しかけたそうにしていた少年や少女たちが、男の子を囲んだ。
皆でシンを触りながら、談笑していた。
「……たまげましたな。あの子はつい最近、父親が亡くなりまして…あのように笑顔を浮かべることは、久し振りです」
「…そうだったのですか」
「はい。地龍の里の周辺を警備している際に、地上で人間の争いが起きてまして…襲われたのです」
「争い?」
「はい、ここ最近世界の秩序が壊れかけているのです。それは、龍の世界でも同じです。龍は人間と共存して生きていくことは不可能ですから、人間と一緒の立場で生きていくことしかできないのです」
「……」
エリシアはシャラの説明に、耳を傾け寂しそうな横顔を見詰める。
「しかし…あなたが生きていたとは、この上なく嬉しい限りです。もう一度、リシン様の面影を見ることができた」
「あの、リシン様とは…」
「はい、あなたの父上様です。瞳がそっくりだ。それに、お髪はあなたの母上様…ルスラ様のを譲り受けたものですね。あなたはご両親の面影を、そのまま受け継いでいます」
「え!し、しかし、アストランティアでは黒髪が一般的なのでは…」
「はい。ここに尋ねていらっしゃった時も、ルスラ様は黒髪でした。しかし、それは染めてあったもので、本来は黄金のように美しい金髪でした。皆、ルスラ様の美しさに一目惚れしてしまいましたね」
「そう…だったのですか…」
「はい。ですから、ここではフードを脱いでも大丈夫ですよ。我々は龍の血が流れており、ここはアストランティア国ではありませんから」
「ありがとうございます」
シャラは優しくエリシアに微笑む。エリシアも微笑み返し、もっと両親のことを教えてくださいと言うと、もちろんと答えてくれた。
しかし、眼前に大きな建物が見えてきて、シャラの話は中断される。
外観は藁や木で作られ、頑丈な造りになっていた。また、窓もたくさんあり風通しの良い空間が出来上がっていた。
建物に入ると、まず広い空間があり、床は裸足でも傷つかない木で作られたものだ。隅っこの壁際には、壺がいくつか並べてあり、繊細な模様が描かれており綺麗だった。
真正面には大きな仏壇があり、何かの儀式か祭りに使用するのか、お香の匂いが漂ってくる。
全体的に重苦しい雰囲気があるが、シャラは迷いのない足取りで颯爽と、仏壇の横にある階段へ向かう。
「ハルト様」
階段を上がりきった時に、先程と同じぐらいの大きさの部屋の中へ入ると、シャラが静かに呼び掛けた。
「なんだ」
「リシン様のお嬢様、エリシア様です。ついに時がやって参りました」
「……」
ハルトと呼ばれた男は、窓際に立ち逆光でこちらを見ているのか分からない。けれど、眩しさに目を凝らせば美しい銀髪がサラッと風に揺れた。
「……」
「あの…」
男は何も言わないのでエリシアは一歩前へ進む。すると、背後にいたキサがエリシアの肩を掴んだ。
「キサ?」
「ねえ、そこにいないでもう少し前に出なよ。逆光で見えない」
キサが、エリシアの思っていたことを言うと、男は数歩エリシアの方へ歩み寄る。
銀髪だったと思っていた髪は、光をなくすと白髪に見えた。シャラと同じように白で統一された服装だったが、所々に刺繍があり位が高いのだと分かった。
瞳は薄い青で肌も白く、全体的に儚い雰囲気を醸し出していた。
その瞳がエリシアを捕らえると、感情の読めない瞳の奥が微かに熱を浮かべた気がした。




