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龍を統べる者  作者: 雪見だいふく
地龍 ハルト
13/23

最初の里

「ん…」


(まぶた)に光が直接当たり、エリシアは(まぶ)しさに顔をしかめる。すると、その光に暗い影がかかった。


「お嬢さん。朝だよ、起きて」


すぐ側から低く穏やかな声が聞こえ、エリシアは心地よい気分になり、身体を丸める。


「やれやれ、お嬢さんはお寝坊さんなんだな。狼に()われるよ?」


暖かく硬い指が、エリシアの頬に添えられ()でる。エリシアは夢見心地でその感触に気持ちいいと感じ、キュッと掴む。

掴んでいるものがピクッと動き、引き抜こうと(わず)かに力を込めた。

エリシアはその引っ張られた力に、ようやく重い瞼を開ける。


「あ、やっと起きたね。朝食は僕がしてあげるから、川で顔を洗っておいで」


エリシアの側に座っていたキサが、エリシアの寝起きのぼうっとした顔を覗き込みながら言う。

だが、エリシアはキサの子守唄(こもりうた)のような低い声に、またうつらうつらと目を閉じていく。


「あ、こら。起きなさい」


キサは再び瞼を閉じたエリシアの頬を、むにっとつねりエリシアはいひゃいと言う。



【シア!起きて!朝!】

【おい、起きろって。野郎(やろう)の作った(めし)なんか食べたくない】

【うるさいわよ、シン。シアが起きちゃうじゃない】

【いや、起きなければダメだよ…】


今度は(にぎ)やかな男女の声が、頭に響く。エリシアは(わずら)わしいと思いながらも、ようやく身体を起こす。しかし、まだ頭がぼうっとするのでシンがエリシアの肩に乗ってきて、頬をぺちぺちと叩く。


「シン、痛い」

【お、起きたか?男の作った料理なんか食べたくないから、さっさと起きろ。俺はシアの作った料理がいいんだ】


間近でくりっとした大きな目でエリシアを見上げるシンに、エリシアの胸はきゅうっと締め付けられた。


「かわいい!」

【ぐえっ】


エリシアはシンを腕に抱き込み、シンを窒息(ちっそく)寸前までさせた。後で、こってり怒られたが…。








◇◇◇









エリシアは下山(げざん)し、川で顔を洗い身だしなみを整えた。後、水を調達するために竹筒(たけつつ)に水をたっぷりと入れる。

ふと、水面(みなも)(のぞ)くと赤みがかった紫の瞳がこちらを見ていた。



この瞳は父上から譲り受けた色…。


地龍の里がどのようなところかは分からないが、エリシアにとっては両親のことを知れる唯一の里かもしれない。

エリシアは水面に映る自身の姿を、しばらく見詰め(おもむろ)に立ち上がり、元来た道に戻っていった。







「遅いよ、お嬢さん。どこまで行っていたの、もう少しで探しにいくとこだったよ」


キサが、戻ってきたエリシアを叱咤(しった)する。エリシアはすみませんと謝り、キサの作った(かゆ)を一口食べた。


「…!おいしい…」

「ん。昨夜のお嬢さんのまねだよ。鶏の出汁(だし)が入っている」


キサは美味しそうに食べているエリシアに、満足気に(うなず)いて説明した。エリシアの隣では、シンがブツブツと文句を言いながらも、粥を食べていた。


「よくお料理はするの?」

「いや、お嬢さんの見よう見まねでだよ、昨夜の。僕は普段、あまり料理なんてものはしないからね」

「それで、こんなに美味しいご飯が作れるなんて。キサは天才だね」

「え?」

「ん?」

「今…初めて僕の名を呼んだよね」

「え?あ、そうだった?」

「うん……」


キサの黒目が驚きに見開かれ、ふいっと顔を背ける。長い後ろ髪を束ねて耳が(さら)されており、赤くなっていた。エリシアも驚き、つられて顔を赤く染めるのだった。


甘酸っぱい雰囲気の二人を、側でリンが難しい顔を浮かべているとも気付かずに…。








◇◇◇










朝食を終えると、二人は山をさらに登っていく。険しい坂道になってきたので、ライから降りて(なん)なく登っていった。

(さいわ)い、エリシアとキサの体力は人並み以上にあるので、普通の人が辛いと感じる上り坂でも、楽に越えた。


「お嬢さん、大丈夫?」

「うん」


キサが、振り向いてエリシアの顔色を確かめる。あともう少しで頂上だ。ライの手綱を引っ張り、ゆっくりと登っていく。


「おお、すごいね」


頂上には平坦な地面に、真っ白な花が咲き誇っている花畑があった。

辺り一面に見事に咲いている白い花は、風にそよがれ甘い匂いを()()らしていた。

エリシアはその美しい風景に、言葉を失い同時に懐かしいとも感じる。何故、懐かしいと感じるのか分からなかったが、エリシアは数歩進み、白い花に手で触れる。

そのまま匂いを嗅ごうと、鼻先が花に触れた時だった…ー



「何者だ」


刹那(せつな)、辺り一面に咲き誇っていた白い風景は、跡形(あとかた)もなく消えた。

何が起こったのか分からず、エリシアは背後から聞こえたしわがれた低い声と、マント越しに首筋に当てられた剣の感触に身体を硬直(こうちょく)させた。


(ぬし)ら、ただの旅人ではなさそうだな。ここに来るまではいくつか、(わな)が仕掛けてあったのに一つも掛からないとは…素性(すじょう)を明かせ」


そうだったのか…。

エリシアやキサには何も感じなかったが、ライたちは少し異変を感じたようだった。だとしたら…。


「あの、あなたは地龍の方ですか?」


エリシアが前を向いたまま、遠慮気味に言うと、背後の(まと)う気配が変わる。


「主ら、何を知っている?生かしてはおけんな」


エリシアの首筋に当てられた剣が離れ、エリシアが振り向くと、男が剣を振りかぶろうとしていた。咄嗟(とっさ)にエリシアは、腰にある短剣を抜くが、キサの方が早かった。


「僕たちは怪しい者じゃない。あんた、地龍の里を知っているみたいだな」


キサはエリシアを背後に守るように、男の剣を剣で受け止め、キインっと鳴らす。男はキサの言葉に、ピクッと眉を動かす。


「そうです。私たちは怪しい者ではありません。地龍の里をご存じならば、教えていただけませんか」


エリシアは立ち上がり、キサの背中越しに男をじっと見詰める。途端、男の切れ長の目が大きく見開かれ、崩れるように膝を地面につける。

エリシアは慌てて、男に寄り添おうとするが、キサがバッと片腕で止める。


「リシン様…」


男はしわがれた声でボソッと呟くが、エリシアの耳には聞こえた。


「リシン様?」


エリシアが尋ねると、男ははっとしたように正座をして(こうべ)()れた。そして、今度は先程よりもしっかりと発言をする。


「あなたは……"龍を統べる者"…か」

「…やはりご存じなのですね。…はい、地龍を迎えに来ました」


エリシアは男の言動に答えると、男は勢いよく立ち上がり、真っ直ぐにこちらへ歩いてくる。咄嗟にキサが腕を割り込ませるが、エリシアは大丈夫と言う。


「…フードを取っていただけますかな」


男はグレーの瞳に期待のような思いを込めて、エリシアの瞳を見つめている。エリシアは男の言った通りに、フードを脱ぐ。


「おお!まさしく、あなたは…リシン様の…ああ、やっと…やっと…」

「あの…?どうかなさいましたか?」


男は目尻(めじり)に涙を浮かべ、一滴(いってき)頬へ(こぼ)す。エリシアはいきなり、自分の顔を見てリシン様、と言われ泣かれても訳が分からなかった。

エリシアがおずおずと男の背中を撫でると、男は涙で濡れた顔に、ふにゃっとした笑みを浮かべる。そして、ありがとうございます…と呟く。








◇◇◇











「申し訳ございません。気が動転しておりました。私は、地龍の里の先代と現代の側近(そっきん)でございます。また、長老でもあります。シャラと申します。先程は、みっともない姿をお見せしました。ご無礼(ぶれい)をお許しください」

「あ、とんでもないです。私は、エリシアと申します。こちらは、雷龍のキサです。そして、彼らは私の相棒たちです」


シャラは先程の涙を浮かべていた顔と一転し、グレーの瞳にキリッと力を入れた。年代はおよそ50代半ばかと思われ、キサと同様に背が高く、ピンっと背筋も伸びている。

口ひげがあり、ダンディーな男性だった。

全身、白で統一され身体の線に沿った質の良い服装で、首から足先まで(おお)われている。唯一、首から上だけ肌がさらされていた。


「エリシア様…良い名ですね。…そして、彼は雷龍なのですか。確かに(まと)う雰囲気が、光っぽいですね」

「…!」


シャラがエリシアに微笑んだあと、キサに視線を向け印象を言うと、キサの肩がピクッと反応する。

エリシアはシャラの意見に同意するが、キサの反応が気になっていた。






「では、地龍の里へご案内をします。私の手を握っていただけますか」

「はい。……!」


エリシアがシャラの差し出された片手を握ろうとしたら、突然反対側の腕を握られる。エリシアが振り向くと、キサが掴んでいた。


「キサ?」

「僕も掴んだっていいだろう?」

「雷龍殿は、側にいるだけでも大丈夫かと思いますが…」


キサがどこか不機嫌そうに言うと、シャラが不思議そうに答えた。しかし、キサは別にいいのとムスっとしたまま言い、エリシアの腕を離さない。


「では、移動をします。エリシア様、目を(つむ)っていても構いません」

「は、はい」


エリシアが答えたと同時に、ぐんっと身体を後ろに引っ張られる感覚がして、エリシアは思わずシャラの手を握る。反対側の手は、いつの間にかキサが握っており、力強い大きな手がエリシアを安心させた。








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