野宿
「え?じゃあ、あなたは他の龍の気配が分かるの?」
「うん、なんとなくね。一番近いのは、地龍かな…」
「地龍…父上の故郷だね…じゃあ、そこまで案内してもらえる?」
「うん」
エリシアとキサは、馬上でキサの龍の能力について会話をしていた。すると、キサは他の龍の気配が分かり、どこにいるのかさえも把握できるらしい。
「でもいいの?お嬢さんの父上を捨てた里だよ?君が娘と知ったら、何されるか分からないよ?」
「…その時は自分で身を守れるから、心配はいらない。それに、新しく生まれた地龍には父上と関係ないかもしれないから」
「ふうん、強いんだね…そんなに自分の運命を受け入れることなんて、容易じゃないのにね…」
「?」
キサは、エリシアの言動に無表情になり、視線を前へと向ける。エリシアは何か変なこと言ったかと、キサを見て首を傾げるがキサは、目を合わさない。
「けど、今日はもう日が暮れる。ここら辺で野宿だな」
「野宿!?」
「うん。女の子にはきついと思うけど、我慢してほしい。なんなら、僕が抱き締めて添い寝をしてあげるよ」
「結構です!」
キサは無表情から一変し、くすくすと笑いながら馬から降りる。そして、いつぞやのようにエリシアの側まで来て、両手を差しのべた。
「…あの、私は自分で降りれます…」
「まあまあ。何かの弾みで転んで、怪我をするかもしれないだろ?」
「……あり得ないと思います」
「いいから、おいで」
キサはエリシアの返答を待たずに、エリシアのくびれを抱え、ゆっくりと持ち上げ、降ろしてくれる。その大きな手と力強さに安心感があり、エリシアは頬をうっすら染めるもされるがままになる。
キサはエリシアを降ろすと、にっこりと笑い頭をポンポンと撫で、くるりと背を向けた。
「お嬢さんはその辺で休んでて。僕は、火をおこすのに必要な薪を持ってくるから」
「あ、でしたらリンを。薪を探すのにリンは役立ちます」
「え?いや……うん」
「?」
キサは、リンが自分に唸っていたので噛みつかれるのではないかと思った。しかし、リンは颯爽と先を歩き、キサを置いていく。
どうやら、一緒に行ってくれるみたいだ。
「あ!あ、じゃあ行ってくるね」
「はい、お願いします」
キサは慌ててリンを追い掛けていった。
◇◇◇
辺りは薄暗く、太陽も山に隠れていた…ー
エリシアは袋から鍋を取りだし、城下町で予め調達していた食材をポイポイと鍋に放り込む。今日の夕飯は鶏炊き飯だ。
実は道中、エリシアの短刀で飛んでいた鳥を仕留めたのだ。その見事な狩りに、キサはおおーっと声を上げていた。
エリシアは鶏を捌き、鶏肉を細かく切り刻み鍋に放り込む。
すると、キサとリンが森の奥から帰ってきた。キサは両手いっぱいに薪を持ち、リンは口に薪をくわえている。
「はい、たくさんあったよ。この子が誘導してくれた」
キサは薪をエリシアの眼前に置くと、リンをチラッと横目で見る。
【当たり前よ。私は天才だから】
リンは誇らしげに、フンっと鼻を鳴らす。エリシアは苦笑し、さっそく薪に火をつける作業を開始する。
「お嬢さんは火が起こせるの?」
「はい、物心がついた時から自分で何もかもしていましたので」
「そっか…」
キサは気まずそうに顔をそらす。エリシアはそれに気付き、慌てて話す。
「あ、いえ。この子たちもいましたし、寂しいなんて感情はあまり感じませんでした」
エリシアが慌てて言うと、キサはくすっと笑い、敬語に戻ってると言った。
薪に火をつけ、鍋にいれてあった鶏炊き飯が程よい香りを醸し出す。
「おおー!美味しそう…お嬢さんは料理も上手なんだねー」
キサは感嘆したように、フツフツとホカホカな鶏炊き飯に、キラキラとした目で見る。
「ありがとうございます。はい、熱いのでお気を付けて」
「はーい。ありがとう。頂きます!……んまー、お嬢さん美味いよ!」
小皿に盛り付けた飯を、キサは口内でホフホフと冷ましながらガツガツと食す。
「そんなに急いで食べなくても、まだあります」
エリシアは苦笑する。リンと、サン、シン、ライ、キサの馬にも同じように小皿に盛り付けた。サン、シンは自分たちで狩りをして餌を得ることもできるが、大抵夕飯はエリシアが作ったものを食す。ライも道端に生えている草を源としているので、飯代はかからない。
「これから毎日、お嬢さんの手料理が食べられるなんて嬉しいよ」
「…あなたは今まで、何の料理を食べていたの?」
「龍も人間と同じように食事はするよ。ただ、僕はちょっと特殊だったからね」
「?…特殊?」
「うん…僕が生まれた里は、龍に食事を与えない奇妙なルールがあったんだ。それに、両親の顔も知らないし、兄弟もいたと思うけど、会ったことは一切ない」
「……」
「だから、誰かが作った料理なんてこれが初めて。今までもまともな食事なんて、したことなかったな」
キサはエリシアの作った、鶏炊き飯を口に入れながら、何でもないように話す。
「……」
「…お嬢さん、そんな顔をしないでよ。僕は別に何とも思っちゃいない。9歳で里を出て、一度も帰ってないしね。未練はないよ」
「そこから、あなたはたった一人で生きてきたのですか…」
「うん。まあ、龍は人間よりもはるかに丈夫な身体だしね。この年まで何とか、生き延びれたよ」
「…何故、笑っていられるのですか」
「ん?」
ヘラヘラと笑っているキサに、エリシアは何だか無償に泣きたくなる。
「そんな辛い目に遭って、何故平気そうに笑っていられるの?龍は尊い生き物。人間に侮辱される筋合いはない!あなたは、もっと堂々と太陽を浴びれるはず!」
エリシアが捲し立てるように言うと、キサはポカンとしていた。今だかつて、そのようなことは言われたことがなかったからだ。しかも、何よりエリシアが大声でキサに面と向かって、言ったことに驚いていた。
「……あ、すみません」
エリシアは周囲がしんと静まっていることに気付き、慌てて謝る。すると、キサは小皿を地面に置き、火を避けてエリシアの横に座る。そのまま、エリシアの頬に指を添えた。
(え?)
キサの無骨な指が、エリシアの頬の感触を確かめるように上下に往復している。
その感触にぞくりとし、キサの黒目を見ると、瞳が炎でゆらゆらと揺らめき、力強いキサの目から離せなくなった。
「…泣かないで」
「え?」
エリシアは、キサが触れていない片方の頬に片手を添えるが、濡れた後はなかった。エリシアが首を傾げると…ー
「ありがとう。僕のために怒ってくれて…泣いてくれて。お嬢さんは優しいんだね」
「泣いていませんが…」
「…うん、僕の勘違いだったみたい。ごめんね」
キサは優しすぎるほど、優しく穏やかに目を細めて言う。エリシアはキサの様子に、まるでキサが泣いているような錯覚を感じた。実際は優しく微笑んでいるのに、エリシアにとってはキサが泣いていると思ったのだ。だから…ー
「お嬢さん?」
エリシアは思わず、キサの頭を両手でギュウっと胸に抱える。キサは困惑したような声を出すが、エリシアはキサを離さなかった。
「あの…お嬢さん、離してくれないかな…」
キサはエリシアの片腕に手を掛けるが、エリシアはブンブンと首を横に振り、益々両腕に力を込めた。
「あー…胸が当たっている……」
「え…あ!ご、ごめんなさい!」
エリシアはようやく我に返り、キサの頭を離し数歩後ろに下がる。
「……お嬢さんが先に抱き付いてきたんだよ?」
「わ、分かっています!い、言わないでください!」
キサは、数歩距離を置いたエリシアに呆れたように言い、エリシアは真っ赤に顔を染める。
「あー……ちょっと僕、顔を洗ってくるね。すぐ戻るから」
「……はい」
キサはエリシアと目を合わさずに、すっと立ち上がり森の奥へと消えていく。エリシアは遠ざかる広い背中に視線を注ぎ、ばっと顔を両手で覆う。
「何てことを…私…」
【シア、大丈夫?】
サンが気遣うように、エリシアの顔を覗き込む。
「…うん」
エリシアは自分が行った行動に、羞恥でいっぱいになり顔から湯気が出ていると思うほど、体が熱くなっていった。
***
キサがエリシアの元に戻った時、エリシアは焚き火の側でリンたちと寄り添い、丸くなって目を瞑っていた。
(寝たのか)
キサはフードを深く被り、髪の毛でさえもひっつめているエリシアを焚き火越しに見つめる。
エリシアを初めて見た時、一目でキサを"支配する者"だと分かった。
なるべく、瞳の色を見せないためフードを深く被り、俯き加減で話すから、キサはエリシアの顔を見たい欲求が高まった。
エリシアが、何度かキサの店を訪れた時だったか…ー
エリシアがふと、棚の高いところに一生懸命手を伸ばしていた。エリシアの身長じゃ決して、届かないところを必死に取ろうとしていた。キサは、そのいじらしさに手伝ってあげようと思い、エリシアの背後から、変わりに小瓶を取ってあげた。
エリシアもそれに気付き、顔を上げてキサにお礼を言おうとしたが、寸前で顔を上げるのを止め、俯き加減でありがとうと言った。
キサは顔を見れると思ったのに、結局俯かれ見ることは叶わなかった。だから、少し強引にエリシアのフードを取ったのだ。
その時、キサの背中にある龍の証が疼いた。
キサの眼前に赤みがかった紫の瞳と、茶色がかった金髪の少女がキサを見上げていた。
エリシアはすぐに、フードを被り直し、金貨だけ置いて出ていったが、キサはしばらく動けなかった。
証だけではなく全身が疼いていた。この時、キサはエリシアならば支配されてもいいと思った。
相手は少女なのに、キサは今まで感じたことのない感情が迫ってくるのが分かった。
月に一度来るか来ないかの頻度だったので、エリシアがキサの店にやって来ては軽口を叩き、もっと話したいがために少しでも長くエリシアを引き止めていた。
その一年後に、王城の騎士たちが店にやって来ては、エリシアについて聞いてくるようになりキサは、適当にはいはいとあしらっていた。
しまいには、国王のレオンまでもが直に尋ね、その時はキサでも驚きを隠せなかった。
レオンたちが尋ねて来る時は、エリシアは来なかったのでキサにとってはありがたかった。エリシアの顔を見れなかったのは残念だったが…。
気さくで国王らしくないレオンに、キサも最初ははいはいとあしらっていたが、次第に面倒くさくなり好きなようにさせていた。レオンはエリシアについて聞いてくることもあったが、キサのことにもあれこれ質問をしてきた。
客がいようがいまいが、遠慮なしにキサにあれこれ質問をするレオンに、キサはつい自分が雷龍だと口を滑らせてしまった。
レオンは驚きはしたが、納得もしていた。キサは、どこか人間離れしているからだと。
レオンだけではなく、ゼノや隊長らもキサの店に尋ねて来ては、遠慮なしに言い合いもしたし、剣術や体術の見せ合いもした。
キサはどこか心の奥には、人間に対して嫌悪感があったが、レオンたちといると居心地が良く、人間に対して好意的な感情が芽生えた。
そして、エリシアがレオンに出会い、キサとエリシアは龍探しに旅に出る…ー
◇◇◇
キサはフードから覗くエリシアの愛らしい寝顔を見ながら、自信の肘に頭を乗せて横にゴロリと寝転がる。
マントを身体の下に敷き、少しはマシになった。
キサはエリシアと出会ってから、ずっと恋い焦がれていたため、こうして毎日、エリシアと夜を明かすなんて日がくるなんてキサにとっては、幸福以外にない。
キサはエリシアを見詰めながら、穏やかに目を細めて微笑む。
そんなキサのニヤニヤ笑っている顔を、ライとリンはしらーっとした目で見ていた。




