二人の距離
「お嬢さん?おじょーさーん。ふてくされてるの?」
エリシアの背後から、呑気にキサが声を掛ける。エリシアは、からかわれて憤慨していた。
二人はアストランティアの王城を出て、城下町を通り、エリシアの小屋に向かっている途中だった。キサをエリシアの小屋に入れるのは嫌だったが、旅に出るならば仕方ない…。
色々と女は準備が必要なのだ。
「ねえ、いい加減機嫌直してくれない?お嬢さんのこともちゃんと、魅力に思っているよ?」
「……話し掛けないでください」
「それは無理だね。これから、二人で旅をするんだから、仲良くしないとね」
「私たちだけじゃありません。この子たちもいます!」
エリシアは両肩に乗っている、シンとサンを撫でる。
「…ああ、そういえばそうだった。ねえ、お嬢さんは獣の声が聞こえるんだろ?」
「…はい」
「僕も聞こえるんだよ。お嬢さんのように、簡単には聞こえないけど集中力を高めたら聞こえるんだ」
「…そうなのですか?」
エリシアは思わず、背後にいるキサを振り向く。
「くく…残念。また、騙されたね。お嬢さんは単純だなー」
「…!」
馬上でお腹を抱えて笑っているキサに、エリシアはかあっと赤面させ、手綱を引きライを走らせた。
お嬢さんと叫んだキサに構わず、エリシアは一直線に小屋へ全速力で走らせた。
◇◇◇
「もう!失礼すぎる!あの人、絶対に私をバカにしている!」
【まあまあ、そんな怒ることないわよ。私が噛みついてやるから】
エリシアが旅に行くために、薬草や調理道具などを集めていると、側で聞いていたリンがにっこりと笑いながら、恐ろしいことを言う。
【それにしても、置いてきたけどここにたどり着くのか?】
【霧が深いから、前が見えないんじゃない?】
シンとサンが顔を合わせながら、心配そうに言う。
「……」
エリシアも二匹の会話を聞いて、罪悪感が募ってきた。道に迷っていないだろうか…。エリシアをからかっても、キサはいつもエリシアを守ってきてくれた…。
エリシアはじっとしていられず、思わずバンっと扉を開ける。すると、エリシアの眼前にちょうど、馬から降りたキサがいた。エリシアがポカンとしていると…ー
「あ、置いていくなんてひどいな。お嬢さんは。もう少しで道に迷うところだったよ」
「…それにしてもお早いお着きで…」
「うん、僕は鼻が良いからね。お嬢さんの匂いをたどってきた」
「……」
「あ、なに?その疑いを見る目……お嬢さん、もしかして僕のことを心配してくれたの?」
キサが、わざとらしく傷ついたように言った後、はっとしたように嬉しそうに言う。
「…別に心配していません」
「あはは。お嬢さんは嘘が下手だな。心配してくれたんだろ?ありがとうね」
キサは扉の前に立っているエリシアの目の前まで来て、大きな手でエリシアの頭を撫でる。
エリシアは何故か、その手が嫌じゃないと思った。頭を撫でられるなんて、何年ぶりだろう。
大人しく撫でられるがままになっているエリシアを、どうしたのかと思い、キサはエリシアの顔を覗くが、少し頬を赤らめて俯いているエリシアに、目を見開き、すっと手を退けた。
エリシアはキサを見上げるが、キサはそっぽを向いていた。
エリシアは首をひねるが、キサに中に入ってと言った。キサは戸惑っていたが、やがて大人しく室内に足を踏み入れた。
「驚いたな。結構広い」
キサは物珍しそうにキョロキョロと、室内を見回していた。エリシアはその様子がおかしくて、くすっと笑う。
「あ、今笑っただろ?」
キサは罰が悪そうに暖炉の前に座った。準備が途中なエリシアは別室に行くと、キサはもう一度辺りを見回す。
暖炉の前には、リンとサンが寝転んでくつろいでいた。キサは彼女らの隣に腰掛け、リンの毛並みの良い身体に手を伸ばすが、リンがぐうっと唸る。
キサは驚き、遠慮ぎみに今度はサンの小さなふわふわな身体を撫でようとする。サンは抵抗せずに、撫でられるがままになって気持ち良さそうに、喉をゴロゴロ鳴らした。
キサは微笑み、優しく毛をすくように何度も撫でる。
「お待たせしました。……」
エリシアが袋を背中に背負い、皆がいるところに行くと、キサはエリシアに気付かないのか優しく目を細め、サンを撫でていた。その横ではリンが薄目でキサを見ている。
エリシアは出ようか迷ったが、ふとキサがエリシアに気付いたので、エリシアは暖炉の前に移動した。
「サンが私以外に身体を撫でさせるなんて、初めて見た。あなたに、心を許したんだね」
「そうなのか?だったら嬉しいね」
「……ねえ、さっき言ったこと嘘じゃないのでしょう?この子たちの声、聞こえるのでしょう?」
キサは、エリシアの発言に驚いた風もなく、ゆっくりと頷(うな
ず)く。
「龍は獣だからね。獣は獣の言うことが分かるのさ」
「ねえ、あなたは自分のことを龍だと言う時、どこか自傷気味に言うね?どうして?」
「……意外に鋭いね、お嬢さんは。そんなに僕のことを熱心に、観察してくれていたってことなのかな?」
「ち、違う!…ただ、そう思っただけ…」
「ふ……うん。……この家は暖かいね。日だまりのようだ」
キサは微かに笑った後、仰ぎ見て目を細めた。エリシアは話をそらされたのに気付いたが、あえて追求はしなかった。
「そう?」
「うん、お嬢さんの髪色みたいに暖かい。ほっとする」
キサは今度は、エリシアに視線を注ぐ。エリシアはその穏やかに細められた、眼差しにドキッとし、慌てて視線をそらす。
「あ…よ、用意出来たから行こう!は、早く」
「…うん」
キサはエリシアの慌てる様子に、くすっと笑いゆっくりと立ち上がる。同時に、リンとサンも起き上がり、サンはエリシアの左肩にピョンっと乗った。
「改めて、僕は雷龍のキサだ。さっきみたいにくだけた話し方で、接してほしいな」
キサは自己紹介しながら、片手を伸ばすと、エリシアの片手を取り、手の甲に口付けをチュッと落とす。エリシアは、かあっと顔を赤くし、ばっと手を引いた。
「こ、こういうことは禁止!」
「はいはい」
顔を赤くするエリシアに、キサはくすくすと笑う。エリシアはこれからの旅で、気の抜けない旅になると推測する。いや、絶対に当たる。
でも…髪の色を誉めてくれた人は、初めてだ。人じゃないけど…。少し…いや、かなり嬉しい。エリシアはフードの下で、隠しきれない笑みを浮かべる。




