初代女王
エリシアは広大なホールに案内され、天井や壁には天使が描かれた豪奢な広間に陛下と二人きりだった。
カツンカツンと二人の足音が響き渡り、まるで音楽のように聞こえる。
奥に進んで行くと、目を引くような巨大な肖像画があり、美しいが儚く困ったように笑う女性が、描かれていた。エリシアが思わず、見とれていると…ー
「これがアストランティアの初代女王、マリサ・リテールだよ。美しいだろう?私もこの肖像画を見た時、君のような反応だった。彼女はどこか母に似ているんだ」
「皇后陛下に?」
「うん。アストランティアでは、王女が女王になって国を収めるんだ。けれど、母は妹たちではなく私を選んだ。いつもおっとりして、儚いのにその時だけは周りの意見を聞かなかったなあ。凛としていて…ああ、この人は紛れなく女王なんだと思った。妹たちも賛成してくれて、ありがたいと思っている」
「そうだったのですか…」
肖像画を仰ぎ見ながら、ポツポツ話してくれる陛下にエリシアはチラッと横目で見る。陛下は懐かしそうに目を細め、どこか遠くを見ていた。まるで、昔を思い出しているかのように…。
「ん?どうした?」
「あ、何でもないです」
陛下がエリシアの視線に気付き、エリシアは慌てて下を向く。
「…うん、じゃあ、キサもそろそろ仕度出来たと思うから行こうか」
「…はい」
陛下は扉に向かって、真っ直ぐに歩く。エリシアは一歩進み、一瞬立ち止まってもう一度肖像画を見る。
肖像画の中の女性は、儚い雰囲気ではあるが黒い瞳は、力強く意思を宿しているようにエリシアは感じた。
何世紀も違う人なのに、エリシアは初めて彼女と会った気がしなかった。
陛下にエリシアと呼ばれ、慌てて扉に向かうが心の中で、ありがとうと唱えた。
◇◇◇
陛下が王城の門まで案内してくれると、キサが退屈そうに馬に話し掛けている。
「あ、もう遅いよ。僕は基本待つのは得意じゃないんだから。ほら、お嬢さんの馬」
キサは話し掛けていた馬の手綱を、エリシアに渡す。ライも遅いと怒って、エリシアの顔に鼻を擦り寄せた。
エリシアがライの鬣を撫でていると、すぐ側まで陛下が立っていた。
「気を付けてね、エリシア。キサ。喧嘩はダメだよ、なるべく早く帰ってきてね。じゃないと、私過労で倒れてしまうかもしれない。ああ…あと」
「もういいだろ?レオン。お嬢さんから離れて」
「はいはい。キサはエリシアのことになると、狭量になるんだなあ。エリシア、気を付けてね。狼にいつ噛み付かれるかも分からないから」
「?…リンは私には噛み付きません」
「いや…そういう意味じゃない…」
陛下が言う狼は、リンのことを言っているのかと思い、エリシアが首を傾げると、陛下は項垂れた。キサはくっくっと片手で口元を抑えて、笑いを堪えている。
「ご心配なく。僕はもっと色気のある女性が好みなんで、お嬢さんに手を出す心配はいらない」
「なっ…!」
キサの態度がお店で対応していた時と同じで、エリシアは思わず反論する。
「別にあなたの好みになりたくないです!」
「おーおー。ぜひ、そうしてください」
キサがおちゃらけると、エリシアはむかあっと頭に血が上るのを感じた。
「まあまあ。これから一緒に旅をしていくんだから、喧嘩はしない。エリシア、落ち着いて」
「……はい」
エリシアは苛立ちを抑えられないまま、ライにひょいっと跨がる。
そして、そのまま陛下にお礼を言ってキサを置いていった。
「あーあー。キサ、どうすんの?お姫様が怒っちゃったよ」
「…別にあれでいいんだ。僕の気持ちは知られたくない」
「君はもう少し貪欲になってもいいと、私は思うよ?もう少し素直に…」
「ごめんだな。龍は簡単に、人を愛せないんだ。一途で粘着質で、愛したら忘れられない。……じゃあな、レオン。君も気を付けて」
「うん。ありがとう、キサ」
キサも馬に跨がり、エリシアを追っていく。レオンは、二人の背中が見えなくなるまで、ずっと門下で立ち尽くしていた。
「陛下」
「うん…」
レオンの背後から、騎士団隊長が低く声を掛ける。
「ついに来たよ。時が…」
「……」
レオンは、どこまでも澄み渡る青空を見上げた。
「覚悟はいい?」
「はっ!」
レオンの一言で隊長は、騎士団を集める命令を下す。レオンはどうか無事で…と祈った。
次話から、旅の始まりとなります!




