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恋のようなもの

 政光が連れ帰ったなの葉を見て、宿所は大騒ぎになった。

「女だ! 女だ!」

 政光が事情を説明する間もなく、蜜に集まる蟻のように男らが群がり、なの葉は恥ずかしそうに袖で顔を隠した。

「散れっ、野郎ども!」

 政光が大声を張り上げるが、何の効果もない。

「顔見せてよ」

「ねぇ、俺らの前で踊ってくれたりとかするの?」

 不謹慎な者は肩を触ろうとする。

「お前らぁっ、この人は浮かれ女なんかじゃないっ。遊女との区別もつかんのか!」

「えぇっ、素人の振りした、そういう趣向かと」 

「何が趣向だっ。汚い手で触るなっ。八田殿のご息女だぞ!」

 政光は言ってからしまったと思った。しかし、すでに遅く、その場の空気が凍り付く。

「殿、これはいったいどういうことです?」

 男らの間から、俊広が顔を引きつらせて現れた。

「それは俺の方が聞きたいよ」

 朝、久しぶりに手紙のやり取りをした相手が、昼には同じ屋根の下にいるという現実に、目が回りそうになった。  


 取りあえず、主の妻となるべき人を郎等たちの好奇の目にさらすわけにはいかないと、俊広はなの葉を奥の間へ案内して休ませた。 

「ちょっと待った! 俺の妻って」 

「そのつもりで盗んできたんでしょう。いやぁ昔話に聞いたことはありますが、まさか私の主がそんな馬鹿な、じゃなかった、そんな情熱的なことをする人とは思いませんでした」

 俊広の言葉はいちいち棘がある。

「そうじゃないんだよ」  

 政光は一から経緯を説明した。

「だからぁ、次の仕事が見つかるまでこの邸に居させてくれればいいんだ。俺の寝所を貸すから。俺は野郎どもと雑魚寝でいいから」  

 拝み倒すように言う。 

「簡単に言ってくれますね。いいですよ。北の方には侍女もつけなくはいけませんし。部屋をもういくつか借りられるよう、この邸の家宰にかけ合ってみましょう。あぁ、これからいくら出費が増えるか考えただけでも頭が痛くなりますが」  

 ちくちくと嫌味混じりの乳兄弟の言葉を聞き流しつつ、

「ありがたい。でも、その北の方って言い方は止めてくれ」  

 聞き捨てならぬ一言に、訂正を入れる。

 なの葉を娶るつもりは毛頭ない。見た目も中身も好みじゃない。ただ彼女の窮状を見かねて、親切心から出た行動なのだ。

「彼女は大切な客人だ。そうだ! 将来の荘園主の件だよ。彼女は宮中との大切な繋ぎ役で――」

「取って付けたような言い訳ですね」

「……」

「どちらにせよ。八田の()殿()にはお知らせしませんといけませんね」

「だから、その言い方は止めろっ。嫌味か」

 政光とて俊広の不機嫌はよくわかる。なの葉の窮状どころか、当家の台所もきゅうきゅうなのだ。彼女一人増えたことでどれほど負担をかけることか。主の妻、とでも思わぬことにはやってられぬのだろう。


 それにしても、八田宗綱はとんだ食わせ者だった。霊夢とか言っていたがあれは変わり者の娘を押しつける出任せだったに違いない。朝綱もだ。かわいいと言ったが、確かに妹と思えばかわいいと思えぬこともない。だが、あれは婿をとれる女か。大切にしてほしいなどと、無責任なことを言って。思えば、あの生意気な知家の言葉が一番的を射ていた。あんな女と夫婦になったら、自分まで変わり者扱いだ。


 政光は郎等たちへ、くれぐれも二人の仲を勘ぐるなと念を押した。言わば、自分はなの葉の保護者であると。

「はいはい、でも八田殿のご息女が、当家の女主人になったとて、我々は全く困りませんが」

「俺が困るんだ」

「はい、はい」

 皆、主の言葉をいっこうに取り合わない。向こうの親も了承した許嫁(いいなずけ)。同じ屋根の下に住むのだもの、そのうち夫婦になると思われている。

 ――私は絶対になの葉に手は出さぬからな。

 政光は固く心に誓うのだった。


 なの葉には二人ほど侍女が付けられた。いくら本人が自分で何でもできると言っても、体面というものがある。まさかまた一人二役だの三役だのを()らせるわけにはいかない。何しろ己れは、なの葉の保護者なのだから。 

 それにしても、邸に女手が増えると、郎等たちも浮き足立つ。

「やっぱり女性がいると、華やかなになっていいなぁ」

「今まではむさ苦しい男所帯だったからなぁ」

 着替えを怠けたり、裸同然でごろごろしたりしていた野郎どもも、きちんと身を改めるようになった。また女性がいると、細かいところまで目が行き届く。住まい全体が明るく清潔になる。なの葉効果である。

 俊広にはいろいろ言われたが、

――やっぱり彼女を連れてきて良かったな。

 政光は満足げである。


 だが、そんなころになって、なの葉が言い出す。

「落ち着いたので、そろそろ勤め先を探そうと思うのですが」  

「もう少しゆっくりしていけばいいではありませんか」

 政光は何となく引き留めたくなる。

「でも、毎日が暇で暇で」

「それでは草紙はどうですか? 双六を揃えましょうか?」

「私はもっと人の役に立つことがしたのです」  

 世話ばかりかけさせる彼女が、人の世話をしたいなどとは意外なことを言う。 

 呆れる政光だが、なの葉は思い付いたように、

「そうだわ。私、縫い物が得意なんです。四郎殿の水干を縫ってさしあげますわ」

 にっこり笑って言う。

 せっかくの申し出なので、政光は頼むことにしたが、これを聞きつけた郎等たちは陰でいろいろ噂する。

「知ってるか? 北の方に殿が縫い物を頼んだんだってよ」

夫婦(めおと)でないって言い張っているけど、本当の本当はなぁ。きしししし」

 夫の服を縫うのは正妻の務めである。家来が誤解するのも無理はないが、政光は、どんどん自分の外堀を埋められていくような気がした。


「はい、できあがりましたよ」

 なの葉は自分で得意だと言うだけあって、確かに縫い物が早くて上手い。縫い目などを見ても細かく均一なので感心してしまう。

 着替えに自室へ戻った政光であったが、当の衣に袖を通そうとして腕が出てこない。袖口が(くく)りの緒で縫いつけてあったのだ。

 ――まぁ、予想の範疇(はんちゅう)だ。

 直してもらおうと衣を返しに行くと、なの葉は顔を真っ赤にして恥ずかしがった。

「おかしいわねぇ。縫い物は得意のはずなんだけれど」

「名人でも間違えることはありますよ」

「そ、そう?」  

 政光が慰めると、なの葉の顔がぱっと明るくなった。 

「あなたって、やさしい人ねぇ」

 その(まどか)な瞳で見返す。

 決して美人ではない。髪は波打って淡く茶色がかかっている。眉の描き方もいまいちだ。何よりとろい性格。でも、その大きな瞳にやられてしまう。

 ――まずい、本当にまずい。  

 外見も中身も全然好みじゃないのに。

 政光は逃げ帰るように自室へ戻った。  

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