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なの葉のゆくえ

 退屈な政光の毎日、そこへ転機が訪れる。

 今上帝の崩御。

 十七歳の少年帝王はわずか三歳で帝位に就きながら、病弱で形ばかりの君主だった。数年前に失明しかけ、死因も眼病によるものだという。当時里内裏となっていた関白藤原忠通の邸、近衛殿は悲しみに包まれつつ、一方で役所の解体に伴う慌ただしさ。

 ――しばらくは文のやりとりは無理だな。

 政光と郎等も、新帝の御所に編成された。

 落ち着くまではと手紙を控えているうちに二ヶ月が経った。


 さて、そろそろ文通の再会でもと思ったころ、彼女は宮中を去ったという。天皇崩御を受け、女官たちは新帝の後宮に移った者、これを機に暇をとった者、それぞれの道を選んだが、なの葉の選択は後者だった。

 ――私には何の連絡も寄越さずに。

 政光は傷つけられたような気分になったが、気を取り直し、伝手を頼って彼女の住まいを探し当てた。

 いつも使いを命じている雑色(ぞうしき)の少年、小丸に文を届けさせる。


 しばらくして小丸が戻るが、手元を見ると返事らしきものはない。

 政光は落胆する自分に気付き、それを顔に出さぬよう努めた。

 だのに、小丸が、

「引っ越して来たばかりで、筆の用意ができないからと、口頭で返事を頂きました」と言うから、今度は喜びが顔に出そうになり、慌てて頬の筋肉を引き締める。

 しかし、少年の口から詠まれる歌は、住む場所は変わりましたが、これからもよろしく、といったもので、相変わらず丁寧だが深読みしようにも読みようにない歌である。

「それより気になることがあるんです」

 小丸は声をひそめた。

「新しいお住まいですが、これがけっこうやばい町にあるんですよ」

 あばら屋が建ち並ぶ界隈で、住民の柄もよくないらしい。

「手伝いの人も少ないみたいだし、よくやっていけるなぁ、と思いましたよ」

 なの葉の暮らし向きが良くないと知って、政光は胸騒ぎがした。


 華やかな宮廷生活を送りながら、主の死とともに零落した女官の話はいくつか聞いたことがある。なの葉は父親が健在なのだから援助を申し込めばよいものを。元女官の誇り高さから、そういったことができないのだろうか。

 政光は心配になった。小丸に案内させて、なの葉の宅を訊ねることにした。


 その小路は小丸の言うとおり(すさ)んだ印象だった。政光の宿所のある邸の通りと同じ京の町とは思えない。  

 ――なるほど、これが都会の陰の部分という奴か。

 軒を連ねる板葺の屋根は、馬上の政光の目の高さと変わらない。垣根は破れ、手入れが行き届いていない家が多い。行き交う人々も、政光を刺々しい目で見上げる。

「あぁ、この家ですよ。殿」

 小丸は隣家同様みすぼらしい家屋を指さしたが、

「いい、そのまま行け」

 政光は脇目も振らず、まっすぐに通りを進んだ。

 騎馬の己れは目立ち過ぎた。自分の訪問で、なの葉に迷惑がかかってはいけない。そんな配慮だった。

 宿所に戻ると馬をおいて、今度は供も連れずになの葉の家へ向かった。


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