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恋と打算

 それより、現実の問題である。

 俊広に言われなくとも、実は文のやり取りをしている女性はいた。

帝に仕える女官で、東夷(あづまえびす)には高嶺の花かと思ったが、伝え聞いた身上はそれほど自分とかけ離れた相手ではなかった。父親は八田宗(むね)(つな)という武士で上皇の武者所に勤めている。この人は子どものいない叔父の元へ養子に入ったが、実父は下野(栃木県)宇都宮社の座主である。後に養家に実子が生まれたため、名字を常陸(茨城県)の本拠八田(下野との国境付近)に戻していた。


 相手が故郷に縁のある人、と思うだけで心近しくなる。ただ、文のやりとり以上にその先が進展しない。

――こちらが田舎者だから相手にされていないのか。

 と思うがそうでもない。いつも丁寧な文を返してくれる。その中で、ある程度知りえることがあった。


 後宮の女房といっても、帝の御服を整える御匣殿(みくしげどの)に勤め始めて、やっと一年目。

 なの葉と呼ばれていること。

 下野出身の母はすでにおらず、宮仕えの前は熱田大宮司(藤原季(すえ)(のり))のお邸で乳母(めのと)をしていた。

 乳母といっても、もちろん授乳役ではなく、遊び相手の(めの)(わらわ)である。

 相手のお子さまは九歳違いの男児で、父親は、鎌倉に本拠を持つ清和源氏の棟梁。

 数年ほど男児の母子に仕えていたが、子息が成長すると女手が余り、季範の紹介で後宮に上がったそうだ。


――なの葉とは、あまり雅やかではない呼び名だ。父上の出身、下野にちなんだものか。下野といえば源氏の棟梁殿は先の除目で国守になられたばかりの方。八田殿も、それを見越して娘を仕えさせたのか。人脈づくりに娘を使うなど、抜け目のない方だ・・・・・・ 息女どのも、名家に十歳(とお)やそこらで勤めるとは、よほど気の利いた女性(ひと)なのだろう。

 政光は、様々に想像を巡らした。彼が都での生活にもう少し長ければ、やりとりする手紙の色や字体、和歌の出来などから、彼女の為人(ひととなり)を伺うことができるのだが、まだそういったことに慣れていない。

――逆に言えば、私の為人は、あちらに知られているのだろうな。

 自分は知らず、相手は知っている、という状況は政光を不満にさせた。


 ――何かの折に垣間見ることはできないものか。

 例えば帝の使いで彼女が牛車で移動する。そのとき簾が風に煽られて・・・・・・

 しかし、そんな都合の良い偶然などあろうはずもなく、政光はなの葉より前に、彼女の家族と顔見知りになってしまう。


 なの葉には母親の異なる兄弟がいた。父親と同じ武者所に勤めており、上皇の住まう鳥羽殿とも行き来があるため、顔を合わせる機会があった。だが、その家族らには首を傾げることが多い。

 なの葉の異母弟は知家というが、まだ元服したての少年のくせに、どこから聞きつけたのか、

「太田四郎(政光)殿ですよね。あの姉上とお付き合いできるなんて、あなた、よほどの変わり者なんですか。私も姉上とあまり会うわけじゃないけど、ああいう人はめったにいませんよ」

 と、政光の驚く顔だけ見て返事も待たずに去った。

 また、兄である朝綱と行き会えば、

「妹と話をしたのは数えるほどしかありませんが、ちょっと変わったところもあるけれど、かわいい人です。大切にしてください」

 丁寧に挨拶されてしまった。

 母親が異なれば、顔も見たことない兄弟(きょう)姉妹(だい)などいくらでもいるだろう。それには驚かないが、なの葉はどうも会った人に強烈な印象を与え、かつ、各々に批評を分かつ人物らしい。


 ――あんまり変わった女子(おなご)なら勘弁だな。

 政光は、男子であれば誰もが思うことを思った。

 間もなく彼女の父親宗綱にも出会い、

「霊夢を見た。そなたと娘が結ばれて、下野で一族が繁栄するようすを。太田殿、娘をよろしく頼む」

 手を取らんばかりに迫られた。神官の出だから、人智の及ばぬ霊威を体験したのだろうが、少し尻込みしたくなる。

 ――八田家は変わった人ばかりらしい。

 彼女との交際を考え直そうと思ったが、文通は途絶えることもなく、かといってそれ以上発展することもなく、ずるずると惰性のように続くのだった。


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