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新天地

 なの葉は馬に乗って大地を駆ける。山頂にはまだ雪が残る北方の山々を背景にして。

 それを政光がはらはらしながら見守る。

 馬に乗りたいという妻の望みを叶えてやったのだが、彼の心配は尽きない。

 しかしなの葉は平気だった。馬にもすぐ馴れ、というより懐かれ、すぐに乗りこなしてしまった。なの葉の不思議。しかし今となっては小さな不思議でしかない。あの霊威を見てしまった後では。


 龍神の出現は誰にも話していない。

 しかし、その神意に胸を衝かれた。

 自分となの葉は結ばれるべくして結ばれたのだと。

 政光は神代の国造りの物語を思い起こした。

 イザナギ(のみこと)とイザナミ命の神話。

 非力な人間たる己れらを、神々に譬えるとは罰当たりもいいところだが、これは我々に与えられた責務なのだと覚える。


 新天地を切り開くということ。

 なの葉は水の善し悪しを見極める。大地に眠る水脈を探りあてる。まるで巫女のように。実際、彼女はその出自から神々とも縁深い。なの葉の不思議を訝る人々へはそのように説明した。彼らは理屈を欲しがるのだ。


 なの葉自身は東国に来てからも天真爛漫に振る舞った。

 武士の妻らしくしてほしいところだが、多くは望まない。ただ、(せん)のイザナミ命の譬え。()の女神は最後の子どもを生んだ後、邪神となってしまったが、そこは違えてほしい。彼女が悪意の塊のような存在になるなど、あり得ないことだが。


 平治元年(一一五九)、先の争乱の勝者同士が仲違いをし、都では再び争いが起きていた。この乱で源氏のほとんどが敗者にまわり、その中でなの葉が以前仕えていた子息は伊豆に流された。下野からも源氏の勢力は半減し、政光はこの機に本拠を下野に移すことを決意した。


 方々に足を伸ばして、新しい土地を探し、最後はなの葉が気に入った土地を選んだ。

 下野南部、(おもい)川の流れる大地、小山を新しく住まう場所と定める。

 関東北部の山々から集められた水流はいったん地下に潜り、やがて気まぐれに地表へと顔を出す。小山はいたるところに良い湧き水があった。土地は肥沃で水はけもよく、耕地として開発するには条件が恵まれていた。政光は領民たちの先頭に立って開拓にあたった。


 己れらが切り開いた土地。しかし、これを真の意味で自分のものとすることはできない。中央の有力者へ寄進する形をとり、荘園の管理者として経営を任されるのだ。政光にはそれが歯がゆくてならなかった。

 ――きっと、こういう思いをしているのは自分一人ではないはずだ。


 それでも領地は苦労の甲斐あって、年々豊かになっていく。

 また、中央への土地の寄進が効を奏し、秀郷の後裔たる政光は己れの代で再び国衙に席を得る。

 すでに長男を得ていたが、その子が小弓で遊ぶころ、

「この子には四郎を継がせるからな」

 政光は妻に申し付ける。

 四男坊の彼は四郎の通り名だが、彼の父親も同じ四郎の通称で『太田四郎』と名乗っていた。一方で彼の兄弟はそれぞれに独立心が強く、名字も本領も違えている。政光も太田を継ぐ気はなく、この数年後『小山四郎』を名乗るのだ。

「四郎の跡継ぎには四郎ってことさ」

 政光はご機嫌である。

 独立心旺盛な人にありがちだが、子どもに己れを押し付けているとは気付いていない。

 そんな彼へ、妻は、

「そうね。四郎さんって呼べば、二人同時に振り向くから便利ね」

「・・・・・・私だけ、あるいは息子だけ呼びたい場合はどうするんですか」

 通常は息子の方を小四郎と呼ぶのだが、

「ええっと、『若い四郎さん』と『年取った四郎さん』かしら?」

「そんな、私をいじめる気ですか!」

「うそうそ、殿にはこれまでどおり殿って呼ぶから」


 妻の方は、小山に入ってからは領地を流れる思川にちなんで、(おもい)の方と呼ばれている。

 その後も夫婦は次男、三男と子宝に恵まれる。ちょうど五歳ずつの年の差である。

「殿って器用ね」

「えっ、私、ですか?」

 それはともかく、成人した次男には五郎、三男には七郎と通称を定める。六郎が抜けているのは何代か前に不幸な人が出たためだ。これを始めに小山宗家では代々長男四郎、次男五郎、三男七郎が倣いとなる。


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