第7話:奴隷商館
「かーーっ!」
帰りの道中、俺は冷静になった。
冷静になった俺は身悶えていた。
あああ、何を俺は一人で盛り上がっていたんだ。
テンションが上がってしまったんだ。覚悟を決めたってなんだよ。
ぐうぅぅ。
大体、何魔法の呪文とか唱えちゃってんの。
いや、人が居るときは必要だと思ってやってるんだけど。
ちょっとポエムっぽい魔法とか唱えちゃって。そんな必要まったくないのに。
趣味な部分がポロリしてしまった。
引きこもり生活の弊害だ。
死ぬほど恥ずかしい。
しばらく悶えたあと、ちらっと横目でノイエを見ると目が合った。
「終わった? 話を戻していい?」
「あ、はい」
悶えて葛藤してたのがバレていた。それでいて放置してくれていたのだ。
冷静になったはずの俺はもっと冷静になった。つまりどうでも良くなった。
「アンコは銀貨19枚で売られているはずよ。私は今、銀貨4枚あるから。今回のと合わせて銀6枚と銅貨3枚になるわね」
どうなるかと思ったが、ノイエは俺から借りることにしたようだ。
踏み倒すこともないだろう。
ソナーによる索敵とか、見えない位置からの狙撃とか見てるし。
「俺は銀貨30枚位あるから余裕でなんとかなるな」
「なんでそんなにあるのよ」
「ジジイの遺産」
死んだ確証はないのに既に死んだ扱いになっているジジイ。すまんな。
◇
町に戻った俺たちはすぐさまクエストの報告をし、魔物の肉も売り払った。
肉売る係とクエスト報告する係で別れようかと思ったが、どっちも俺一人じゃできなかったので二人でやった。
そして奴隷商館。
何やら壁の厚そうな建物がそびえ立つ。窓の数は少ない。脱走とか警戒してるのだろうか。
商館の前に立つと謎のプレッシャーを感じる。何故か尻込みしてしまう。
しかしノイエは既に何回か来ているのか。躊躇なく中へ入っていく。待って、置いていかないで。
「ようこそ、隷館へ今回はどのような奴隷をお探しで?」
中に入ると受付の男が居た。
受付がいるとかすげーな、待ってる間仕事何してるんだろ。四六時中立ってんのかな。
そんな俺の感想も待っていられないといったように、ノイエは受付の男に詰め寄る。
「アンコを出して、犬の獣人の子よ」
今、さらっと犬の獣人って言ってた。犬って言った。その情報初出なんだけど。
「はい、かしこまりました。では銀貨50枚を用意してお待ちください」
あれ? 銀19枚じゃないの? と聞こうとノイエを見るとノイエは激怒していた。怖い。
「なんでよ! 19枚でしょ? つい先日来た時に聞いたのよ。おかしいでしょ!!」
「いえ、50枚です。お聞き間違いではないでしょうか?」
「ふざけないでよ! 確かに19枚だったわよ!」
「ノイエさん、落ち着いて」
マジ落ち着いて。怖い。
荒れ狂うノイエをなだめつつ館から連れ出す。
苛立たしげに奴隷商館の壁に蹴りを入れるノイエ。自分が怒られてるわけじゃないのにすごく怖い。
ここに来てから大体こわい。
120cmの少女に怯える俺、実年齢26歳。かっこわるい。
「クソっ!」
クソって言った!!
こっわ!
女性のキレた声ってなんでこんなに怖いんだろ。
普段割と丁寧な言葉遣いのはずのノイエの暴言に大興奮する俺、26歳。
「それでどうするの?」
「本当に19枚だったのよ……。足元を見て、悔しい……」
それは疑ってない。
本当に19枚だったんだけど、ノイエの剣幕を見て値段を上げても絶対売れると思ったのだろう。
他の人に50枚で売れたら万々歳、時間はかかるだろうけどこの少女は絶対買いに来る。そう思って、値段を引き上げたのだ。
ひどいことをしているけど悪いことはしていない。商売だもの。
でも、気に食わない。
ノイエに肩入れしてるのはわかってるけど、こういうやり方は俺も好きじゃない。
だってどう考えたって悪意だ。こんなの。
昔から思っていたけど、仕事だからセーフみたいな理屈が納得できなかった。
足りなかったらジジイの所から持ってこようと思ってたけど、今回は悪い事させてもらいます。
実際問題、商人の方は悪くないのよ。隙を見せたこっちが悪い。
でも嫌い。こういう商売の仕方大っきらい。
「ノイエちょっとギルドで待ってて。俺やること出来た」
「何をするつもり? いくらあっちが悪くても犯罪をしたら捕まるわよ」
「平気、力で恐喝とかするわけじゃないから」
「そう? 危ないことはしないでね」
これは……!?
間違いなくノイエの中で俺の株が上がっている。俺の身を案じてくれている。
好意的に思われているとわかると俺もやる気が出る。
そもそも俺、善人じゃなかったわ。
ノイエと別れた後、俺はもう一度奴隷商館に戻ってきた。
「すみません、アンコって犬の子を見たいんですけど。さっき来た子の知り合いなのは知ってるけど、俺は見たことないので見せてもらえませんか」
「…………ええ、どうぞ。こちらへ」
受付の男は訝しんでいたが、特に断られることもなく案内してくれた。
かび臭い館の中を歩く。
窓も少なかったし換気が効いてない。
手前の方は割と清潔な感じで、見た目も良い人が多く、奥に行くたびグレードが下がる感じだった。
共通しているのは全員、金属の首輪をしていることと、肩に焼印があること。痛そう。
あと、男女で部屋が違うようだ。
一番奥の部屋には、欠損のある人とか、こりゃアカンって言いたくなるような人が結構居た。
魔物の解体とかで慣れてなかったら吐いていたかもしれない。慣れていたって吐きそうだった。
その中に一人、人でありながら垂れた耳と尻尾のある女の子が居た。
あれが10歳? どう見ても15歳位の少女だ。
でも、他に獣人とやらは居ない。獣人は成長がはやいのだろうか。
一応欠損等はないが、獣人だから最下層に入れられているんだろう。
「あそこにいるのが例の商品です」
「はい、分かりました。大丈夫です、ありがとうございました」
さっさとここから退散したかったので、礼を言い、銀貨を1枚握らせた。
「チップです」
「チップ?」
チップと言いながら本当は犯罪予告のつもりだった。
人を何の躊躇もなく商品呼ばわりしやがって。
俺は俺の倫理観で動くと言った。それを言い訳にするつもりはない。
ここが自分の場所じゃないから、犯罪を犯す抵抗が薄い自覚もある。
けど、くたばれ。みんなくたばれ。
男が何か言う前に奴隷商館からすばやく退散すると、ギルドで待っているノイエの元へ向かった。