第14話:気を取り直して
「今日は、結局仕事にならなかったのだけれど」
自分で言うのもなんだけど、この世界での俺は性能高いと思う。
そんな俺が一日働いて、成果なし。
今日はもうそういう気分じゃないので、失敗の報告は明日にしよ。
「落ち込むわー」
アンコは平気だけど、ノイエはなんて言うだろう。
「馬鹿じゃないの?」
っていうだろうか。
「もう、しょうがないんだから」
っていうだろうか。
多分後者かな。
ノイエは優しいので、俺が失敗した場合は逆に責めたりしないだろう。
だからこそ後ろめたい。
今の俺はまるでリストラされて帰りづらい親父みたいだな。背中には哀愁が漂う。
きっと公園があり、ブランコがあったらキコキコしていただろう。
大体迷子にさえならなければ20分位で終わる内容だったんだよ。
実際あの家に居た時間なんて大した時間じゃなかったし。
あーあ。俺は悪くない。
トボトボと家路に着いた俺は、沈んだ気持ちで2人の帰りを待ったが、待てども待てども帰ってこない。
「あれ?」
ソナーの魔法を使うが範囲内に2人がいない。
これはいよいよおかしいぞ、と範囲を拡大しまくってソナーをかけると2人を見つけた。
遠い。10km位離れている。
この位距離が離れると、さすがに精度がひどい。
なんとなく動きを感じないが、多分二人とも休んでいるのだろう。2人の他に魔力を感じさせるものもないし。
そして気づいた。
「ストーカーか俺は」
俺は落ち込んだ。
多分2人は今日は野宿なのだろう。
そうならそうと言ってくれればいいのにと思ったが、もしかしたら今朝の相槌人形になっている時に言われたのかも。
そもそも2人が討伐系をやっているなら一日で終わる方が珍しいだろう。
前にノイエとやったシカっぽい魔物のクエストだって4日も掛ったんだし。
今から合流するのも少しだけ考えたが、流石にキモすぎたので、一人寂しく寝ることにした。
そうだよ、顔を合わせなくて丁度良かったんだ。
◇
んで次の日、早々にギルドへ向かいクエストを選ぶ。
今日はクエストを二個こなして昨日の失態を誤魔化すことにした。
一つは討伐にして、もう一つは何がいいかな?
上から順に探していくと採掘現場から岩の運搬という仕事を見つけた。
討伐は軟体の魔物。タコみたいなやつ。
死ぬと何故か溶け出して、すごい臭くなるやつ。
陸上の軟体って、何であんなに気持ち悪いんだろう。なめくじとか。
別に陸上関係ないか。単純に軟体生物は大抵気持ち悪い。
あっ。
という間に討伐は終わった。ギルドを出てから大体40分くらい。
本来擬態するこいつは見つけるのが大変なのだが、魔力で探せる俺には関係ない。
すぐ持っていくとギルドに不審に思われそうなので、生き埋めにする事にした。だって殺すと臭いんだもん。
で、次のクエスト。
採掘の手伝い。
時間の指定らしいものは特に無く、ノルマが終わったら帰って良いみたいな感じ。
ただし、昼前までには来いって感じ。
本当に大体こんな感じの雑な指定だった。
現場に――。あえて現場って言っちゃう。
現場に着いた俺は驚愕した。
「お前さんがあれか? 手伝いの奴か? 「はい、そうです」 じゃあ、早速そこの奴と組んで始めてくれ」
「えっ?」
まさかの俺一人で作業するのではなく人と組むのだった。
しかもこの無駄に声のでかい感じの人達と。
「じゃあ、いっちょ頑張ろうか!」
「……はい」
なげく暇もなく作業に駆り出される俺。
別グループにより山から削り出された大き目の岩とか石を、担架っぽい道具に乗せて二人係りで運ぶ。
手押し車的なものはない。
当然、テキパキとはこなせず、他人と組んで足並みを揃えるのはつらい。というか難しい。
俺一人ならもっとペースを上げてサクサクできるのだが、それをやると目を付けられてしまう。
大変な作業を楽に出来る奴が居たら、そいつに押し付けるのは当然の流れだ。
親しくもない奴に、便利に使われるなんて御免だね。
「おい、そっちちゃんと持ってるか!?」
「もってまーす」
「お前、細いのに持てるやつだな!」
「ありがとうございまーす」
お前ももっと本気出していいぞ。とは言わない。
身体強化で重さは感じなかったが、ペースを落として作業をするのは精神的に疲れた。
◇
テンポが悪くてちょっと遅くなってしまったが、日が暮れる前にはなんとか終わり、作業終了の証明に板切れを貰い、王都に帰る。
ついでに埋めた魔物もさくっと絞めて、ギルドに報告した。
クエスト二つこなしても別に怪しまれなかった。
まあ所詮は冒険者ギルドだしな。ザルだ。雑でザルだ。
「トーヤさん、オットーさんからの報酬です。報告はちゃんとしてくださいね」
オットーさんって誰。
とか首をかしげた所で思い出した。昨日の人だ。失敗の報告忘れてた。
そうか、あの人報酬を持ってきたのか。これからの生活も苦しいだろうに。
いやいや待て待て、俺は馬鹿か。
ギルドは依頼するときにお金を払って、そこから報酬が出るんだから、後から持ってくるとかないだろうに。
つまり昨日の茶番は、そのまんま茶番だったのだ。
◇
地下の部屋に入るとアンコとノイエが出迎えてくれた。
「ご主人おかえりー」
「あれ? もう帰ってたのか」
討伐ならもう少し時間掛かると思ってた。
「おかえりトーヤ。アンコは鼻が利くから」
「ああ、そういう事」
アンコが魔物を見つけてくれれば、狩るのはそんなに手間じゃないと。そういう事ね。
それにしてもノイエさん、無駄に察しがいいね。
「アンコえらい?」
「えらいえらい」
アンコが褒めてって顔するから褒めた。喜んだ。
アンコが無邪気に喜ぶと、多少の失敗も気にならなくなるから、よくやらかす俺にとってはありがたい。
よしよし、えらいえらい。
「食事どうする? 今日帰って来ないと思ってたから、3人分はないんだけど」
「こちらも干し芋とかが余ったから分けて食べましょ」
「えー」
一瞬前まで喜んでいたアンコも、すぐご不満顔になる。
芋が野菜だから。とかではなくて、保存食だから。
わかるよ、アンコ。なんか保存食って飽きるよな。
なんだろう、特別まずいとかじゃなくて……飽きる。
もっと良いものが食べたい。
「そうだ、明日買い物に付き合ってくれないか?」
「明日? 何かあるの?」
本来、今日俺が一人で食う予定だった、柔らかい方の肉はアンコにあげたので、堅い干し肉をカミカミしながら二人を誘う。
別にクエストは義務じゃないし、毎日やらなくてもいいだろう。
「特にこれってのがある訳じゃないけど、見て回りたい」
「別にいいけど、私も興味あるから」
「アンコは?」
二人を誘ったつもりだったのに、ノイエが返事をしたからノイエだけ誘ったみたいになっていた。
「アンコは留守番な」
「なんで?」
「嘘だよ。一緒に行こうぜ」
「アンコとは私が行くわ。あなたこそお留守番ね」
「待って、嘘、いじめて無いから。待って」
アンコをおもちゃにすると、たまーにノイエからしっぺ返しが来るのはご愛敬だ。来ない時もある。
来る時と来ない時の条件はわからない。俺が異世界人だからかな? 違うか。
昨日の翌日。つまり今日。
三人で市場的な場所に来た。
なんもねえ。
スーパーマーケットやコンビニエンスストアを知ってる俺の期待が大きいのはわかっている。
けれど、これくらいはあるだろう。っていうのを差し引いてもなんもねえ。
「流石に色々あるわね」
「え?」
「え?」
「お?」
それでもノイエから見ると色々あるらしい。
文明の差って悲しいな。
「ご主人ご主人、はやく行こう」
「待て待て引っ張るな」
アンコに引っ張られて出店を見て回る。
ノイエは小さな歩幅で後ろからチョコチョコついてくる。
食料、ある。
調味料、ない。
服、古着っぽいやつ。
雑貨、ある。
服と言っても洋服のように被るタイプではなく、着物とかどっかの国の民族衣装みたいに一枚の布を身体に巻き付けて、紐で留めるタイプだ。
雑貨はナイフとかそういうの。あと工芸品とか。
意外だったのは酒があったこと。
っていうと馬鹿にしすぎだろうか。
酒は紀元前から余裕であったらしいし、そういうものなのだろう。
そういえば酒なんて飲んだことないけど、俺ももう26歳だから飲めるのか。
あんま興味ないけど。
それよりも、お目当てのものが無い。
石鹸だ。
シャンプーやボディソープなんてあると思ってないが、石鹸すらないとは。
そもそも10年の間にジジイが買ってきてくれなかったんだから、ある訳ないか。
もしかしたら殺菌って概念すらないかもしんない。
じゃあこれからどうするの?
今までみたいに、何となく匂いのある草で誤魔かす?
その都度アルコールで消毒するのはコスパが悪すぎるし……。
「ご主人ご主人、ほしいものあった?」
「ない」
辛い。