第10話:奴隷のアンコ
朝になったのか目が覚めた。
地下なので薄暗いが、空気穴から少しだけ光が入ってきている。
布団代わりにしていた大きめの布を、頭まで被る。
この地方(他は知らない)は、一年を通して雪も降らないような温暖な気候なので、こんな簡易な布団で済んでいるが、個人的にはちゃんとした布団がほしい。
「おはよう」
ノイエは既に起きていた。
部屋の中とか言え、ほぼ外なのに見張りが居ないので眠りが浅かったのだろうか。
単純に俺より少しだけ早く起きただけかもしれない。
「うー。ノイエー、お腹すいた」
俺の動作か、ノイエの声で目が覚めたのか、起きてきたアンコさんがすぐご飯の催促をする。
そういえば奴隷商館でご飯なんてお腹いっぱい食べてるわけのない所に『エーデルワイス』による治療でさらにお腹が減っててもおかしくない。気づかなくてごめんね。
「ほら、干し芋と干し肉があるわよ」
クエストで使わなかった余りだろうか。
ノイエはちらっとこっちを見た後、アンコさんに食事を渡す。
「まったまった。俺がすぐ取ってくるから」
要求はされなかったけど、期待はされたのはわかる。
昨日、あっという間に狩りしたの見せたし。
いいよ、遠慮しないで。有効に使ってくれ。
地上に出て、部屋を潰す。多分もう使わないから。
それからソナーを飛ばし、4km位離れた所に魔物を見つけたので素早く移動する。
さくっと狩った獲物は20kg位の小さな魔物。内蔵を捨てても10kg位。
食えるかどうかは知らないけど、食べたあと回復魔法使えば問題ない。
俺にとって食べれるかどうかは、消化できるかどうかで、毒があるかどうかは関係ない。
ただ毒を引くと苦しむだけだ。
「食べれるやつね」
これは他人にも食べれる肉らしい。
「もぐもぐ。おいしー」
アンコさんも喜んでいる。
たまにちらちらこちらを見るけど、だいぶ態度が軟化したように思う。
昨日の治療が効いたのかもしれない。
ここらで一つご機嫌取りでもしよう。
まず、その辺から水分を集めて、水にする。
その後、その水を蒸発させて、水蒸気にする。
水蒸気を逃がさないように集めて、雲にした後、凍らせて雪にする。
そして、その雪をコップの水に降らせて積もらせる。
「何度でも咲く、結晶の現象『アイシーフラワー』」
「おー?」
喜んでいるのか、驚いているのかアンコさん。
んー。うまい。
やっぱり水は常温より、冷やした方がうまい。
隠し事がなくなると、こういう事ができるから良い。
それにしても、こういう工程が多い魔法は、詠唱がなんとも不思議な感じになるな。
詠唱してからちまちまやるのもおかしいし、最後の締めに言うのもなんか変だ。
「トーヤって魔法を使う時に何か言ってるけど、何か意味があるのかしら」
「ぐっは」
ポエムのことだ。
めっちゃ恥ずかしい。
「これは……あの、趣味です……。一応意味を持ってやってるつもりなんです、けど……」
他人に指摘されるとかなり恥ずかしい。心が苦しい。
「わかりやすく説明するから、後ろ向いててもらっていいですか?」
「いいけど、変な事しないでよ」
「変な事はします。悪い事はしません」
2人をそのままにして、後ろに立つ。
大体距離は4mくらい。
準備も出来たところで、何も言わずに魔法を使う。
視覚的にわかりやすいように火球の魔法。
そして放った火球は直径3m位のサイズ、間違っても当たらない高さで放物線を描くように放つ。
着弾した所で火柱が上がるのはサービス。
「…………」
「…………」
2人はびっくりして固まっていた。
アンコさんなんて毛を逆立たせている。毛を逆立たせるのって猫じゃなかったか? 犬もだっけ?
「なるほど、そういうことね」
しばらく固まっていた2人だったが、ノイエから先に再起動した。
「え? わかんない。ノイエ、わかんない」
ノイエの言葉につられて再起動したアンコさんにはわからなかったようだ。
「つまり、トーヤは魔法を使う前に――事前に何をするのか教えてくれてたのよ」
「はーん。なるほどー。さっきのびっくりした。ノイエも!」
「軽い魔法の時はいいんだけど、人が居るときに大きめの魔法使うと驚かせるんだよね」
以前ジジイを驚かせた時に腰を抜かせてたので、それ以来、人がいる時は呪文を言うことにしているのだ。
大部分は趣味だけど。
「ノイエ、この人すごいよ」
今の魔法の部分か、それとも今までの全部か。
アンコさんがやたら喜んでいる。
もう、ほとんど嫌悪感は示されていないように思う。
やっぱりこの子は素直だ。純粋って表現した方が近いかもしれない。
なんにせよ、嫌悪感が取れてよかった。
俺もできれば、この子とは仲良くしたい。
「そうね、あなたのご主人よ」
ん?
今なんかノイエからおかしな言葉が聞こえた。
「ちょっと待って。なんで?」
なんで俺の奴隷って事になってるの?
「私は友人を奴隷に持つなんて嫌よ」
「俺だって嫌なんだけど」
いや、アンコさんが嫌なんじゃなくて、奴隷を所有というか、他人を私物化するのが嫌っていうか。
「それに代金を払ったのはあなたでしょう?」
え?
何で知ってるの?
「馬鹿にしないで頂戴。この耳は飾りじゃないわよ」
そういってノイエが少し尖った、少し長めの耳を見せてくる。髪をかき分けて。
ちょっとえっちな感じがする。
「直後は気づかなかったけど、あなたが金属を放り投げたのは聞こえたもの。少し考えればわかるわ」
どうやらあの時、気づいていたらしい。
しかも割と特殊な行動したと思うのに、察しのよい事で。
「異議あり。証拠がありません」
今更、奴隷商館に確認を取りに行くわけにも行かないし……あ。
「今、あなた、いくら持ってるかしら? たしか銀貨30枚あるのよね?」
「ぐぬぬ」
余計な事をした。
所持金を教えるなんて短絡的すぎた。
まあ、それをタネに詐欺なんてされるとは思わないけど。
ノイエと口論?していると、後ろからちょんちょんと突かれる。
「ご主人ご主人、ノイエとケンカしてる?」
「ん? ん!? うわああぁぁ!! もう呼び方変わってるーー!!」
驚きのあまり、俺の悲鳴が響き渡る中、ノイエはくすくすと笑っていた。
アンコさんは首をかしげていた。
俺はなんだか嬉しくなった。みんな楽しそうだ。
「とにかく出発しましょ? 追手が来たらこわいわ」
そうですね。俺は別に怖くないけど。