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第5話 「 強さ・・・それは・・・ 」

 バークリーからの激しい正しい言葉を受けた次の日、ダンは今までで一番最悪な朝を経験した。睡眠時間は問題ないのだが精神的に全く疲労が回復していないのだ。まぶたと身体全体が重く、ベッドから出るのがきつい。

しかし、ダンは起きなくてはならない。それは基礎体力向上の訓練のために学問塾へ徒歩で行くことを中断するわけにはいかないからだ。


(あ~~~~、寝起き最悪だな、これ)


「あら、ダンおはよう」


二階から台所へ降りてきて、寝巻きのような楽な格好をしたダンに向かって、エプロン姿のラナスが朝の挨拶をする。しかし返事がない。


「ダン?? どうしたの?? おはよう」


「えっ、あっ、あぁお母さん。おはようございます。今日も美味しい料理の匂いで目が覚めました」


ラナスの挨拶にようやく気がついたダンは慌てて挨拶を返した。


「どうしたのー? 珍しいわね。ぼっーとして」


ラナスはいつもと雰囲気が違うダンを指摘した。


「うーん、ちょっとね。でも大丈夫。平気だよ、お母さん」


ダンはわざとにこっと笑って返答する。


「そお、ならいいんだけど。何か悩みがあるんなら言ってね」


「そうだなぁ・・・食卓にもっとセルルの実が欲しいかな。あれがあると一気に食卓が明るくなるからさ」


ダンはラナスを心配させまいと話題を食事に無理やり移そうとする。


「もうー、あれは中々見つからないし、市場で買うと結構値段が張るものなのよ。ダンもたまに買い物に行くからそこはよく分かるでしょ」


「うん、そうだった。そうだった。ごめん、ごめん」


何とか話題を明るい方向に戻して朝食を開始する。バリッド(パンに似たようなもの)をちぎってスープにつけて口の中に頬張る。スープは森の中に生えている山菜が主な原料だ。山菜の中には甘いものも何種類かあり、それを煮るとさらに甘さが増す。それをうまくラナスが手を加え、スープとして形にしている。


「よし、今日もおいしかった。ごちそうさま、お母さん」


ダンはきちんと自分の目の前に手を合わせ、そう言った。このことについてはこの世界の人々も似たような形式で行っているみたいで特にダンの行いが変に目立つことはなかった。


(ラナスさんにも変な気を使わせてしまったな。あ~~~、悪循環に陥りそうだわ)




晴れない気持ちをよそにダンは学問塾に向かった。足取りが重く、いつも30分かかる道のりを40分もかかってしまった。

それでも遅刻することはない。


 「おっ、なんだよダン。死んだウルルのような目をして」


ウルルとは魚に似たような生き物だ。クラスメートにダンはバカにされている。


「俺の目の前から失せろ、底辺バカが。」


「なんだと!?」


机の上にぐたりと突っ伏しながらダンはバカの相手を適当にした。


(バカな奴ほど絡んでくるし、目障りなのは地球とどこも同じでなんとやらだ)


「てめぇ!!」


ダンにバカにされた生徒がダンの服の胸元を掴んだ。体格も身長もダンより、恵まれている。


「・・・」


首元を掴まれたダンは何もしない。ただ鋭い視線で相手をじっーと睨みつけるだけだ。


(やれよ・・・やれよ!! 先に手を出したら俺からも気持ちよく、反撃できるからよ)


内心でいつ殴られるか、楽しみに待っていたがその願いは叶わなかった。


「止めなさいよ、2人とも」


エヴァが2人の間に入って喧嘩仲裁を行う。

渋々、買い側も売る側も双方、承諾して喧嘩を仕方なく止めた。


(なんだよ、今日は殴りあってもいい気分なのに)


ダンは喧嘩を止めたエヴァをちらりと見る。


「朝から何かいつものダンと違うけどどうかしたの??」


心配そうな真っ直ぐな眼差しが今のダンには辛く、眩しかった。


「別になんでもないよ。ちょっと調子が悪くてね」


ダンは心配そうに見つめるエヴァに答える。


(この子は本当にいい娘だな。こんな俺のことを心配してくれるなんて。おじちゃん感極まりそうだ)


本当にエヴァはいい娘だとダンは思う。

現代社会でもこんな娘と出会えていたらと思うと


(あぁ、もちろん年齢的に大丈夫な年齢でこの性格ってことでの話だけどね)


 「無理しないでね。何かあったら私でも、先生にでもいいからきちんと言うのよ」


「分かったよ」


ダンはそう言い、突っ伏したまま授業が始まるまで寝ることにした。何だか今のこの時間だけは気持ちよく寝れる。そんな感じがしたのであった。


 授業が終わり、ダンは早速ミモザ先生の元に向かい、意見を求めることにした。博学で色んな事を知っている彼女なら何かいい答えが返ってくるのかもしれないとダンは考えたからだ。


「ミモザ先生」


机に座っているミモザと呼ばれた痩せ型中背のロングヘアーの30くらいの女性はダンのほうを見た。白い法衣のようなものを着ている。


「ダン君、どうしたの??」


知的なイメージを受けながらダンは強さとは何かという問いをミモザにぶつけた。そう言われた直後、すぐには答えられなかった。


「強さの定義ですか・・・中々難しいですね。単純に腕力の強さもあれば精神的な強さもあります。」


ミモザは諭すようにダンに言った。


(なるほどね。腕力以外にも心か。でも精神的に強くても肉体的に虚弱だったら意味ないかもな)


ダンはミモザの説明を聞きながら何となくだが強さが何か分かってきたと感じていた。

さすが、先生だけあって人に教えるのがうまいはずだ。


 「ありがとう、ミモザ先生」


ダンはそう言い、頭をさげた。


(よし、次はエヴァだな)






「エヴァ、いいかな」


学問塾の下校中にダンはエヴァに話しかけた。まずは朝にあったことに対して謝った。


「気にしないで、大丈夫だから。それで何?」


エヴァはこちらの方向に振り向き、言った。


「唐突だからエヴァは強さって何か分かる??」


ダンの唐突の質問に一瞬ぽかんとしながらもエヴァは


「ダン、急にどうしたの?? そんな質問してくるなんて少し変よ」


「う~~~~ん、強さねぇ。私にとって強さとは・・・」


「強さとは・・・」


(エヴァから明確な答えが返ってくるとは思わないけど)


ダンはまじまじとエヴァを見つめながら、答えを待つ。


「ち、近いわ。もう少し、離れて」


「ごめん、教えて」


何かにとりつかれたのようなダンにエヴァは若干引き気味ながらも


「そうね、うまい答えではないけれども・・・私にとって強さとはダン、貴方よ」


エヴァがダンに向かってズバリ指を差しながら答えた。ダンはいきなり指を差されて、さらに自分の名前を言われたのだから意味がよく分からなかった。


「ん~、どういうこと??」


(分からん。強さ=俺とか。俺はエヴァの使い魔かよ)


ダンが困惑した表情で自信満々の表情で答えたエヴァに聞き返した。


「う~ん、だから強さっていうのはダンとか他にお母さんとお父さん、ダンのおじい様、そしてこの学問塾で同じく勉強している仲間達とかね」


エヴァの説明は具体的ではなく、正直ダンは意味が分からなかった。


(わっかんねぇ・・・一体どういうことなんだ)


「うーん、エヴァはそれでどう強くなるの??」


ダンは首をかしげながらエヴァに聞いた。


「分かんない。なんかダンやお母さん、お父さんを見ているとじーんと力が湧いてくるの。実際自分が強くなってるわけではないけどね」


エヴァはにこりと微笑みながらダンに答えた。


「あぁー」


(よく分からないけど、エヴァも精神的なものって言いたいのかなぁ)


ダンはようやくエヴァの言わんとしていることが分かった。目を大きく見開きながら、なるほどと相槌を打つ。。


「私の言いたかったこと、何となくだけど分かったかな??」


きちんとダンに伝わったかどうか、エヴァは少し困惑した表情でダンに言葉を投げかけた。


「ありがとう、エヴァ。詳しくは分からないけど何となくだけど分かったような気がするよ」


ダンはエヴァの両手を握り締め、感謝の意を込めて礼を言った。何となくエヴァの言う、強さというものが具体的に分かってきた。


(エヴァのいう強さは目に見える強さではなく、誰かのことを思い、その思いが強さに変化していくってことか。う~ん、精神論だなぁ)


「ダンの役に立ったなら、よかった。何か朝から元気なかったから心配してたけど、今の感じだとこの事だったのね」


エヴァは朝、学問塾に来たときからダンのいつもとは違う雰囲気を敏感に感じ取っていたのだ。ダンは周囲に気取られないように何とか隠していたみたいだが長年、幼馴染で常にそばにいたエヴァにとっては違和感が身体からにじみ出ているのがすぐに分かった。


「ごめん、変な心配かけて」


(エヴァにも気が付かれていたとは情けない。俺ももっと気合入れていかないとな)


ダンは素直にエヴァに謝る。ここまで自分のことを見ている人が前世にもいたであろうか。心配するのは妹くらいで家族、親戚とは疎遠、課長には罵られるばかりだった。あの頃に比べて今のこの状況は。


(ありがとう、エヴァ。これはダンヴィル・ダンディスからの礼ではなく、30歳、佐藤守としての感謝のありがとうだよ)


そういうとエヴァは前方にいる友人に呼ばれたのか、ダンの前から去っていった。


(帰ったらじーさんとまた話しあってみるか。強さは思いか・・・)


昨日とは変わり、何かを得たダンは自分が何のために戦うか、強さとは何かをまたバークリーに対して伝えようとしていた。エヴァから聞いた言葉はダンの力や強さへの認識を大きく変えるものだったからだ。


(あっちでは自分のことばかり考えていて、ほかの人のことなんて全然考えていなかった。自分、自分ばかりでそれが固定概念としてこびりついていたのかもな。それをあの6歳の少女が溶かしてくれるなんて。全く自分自身の情けなさにげんなりだわ。だがせっかく、今回彼女のおかげで得たこのチャンス。俺は華々しく散ってみせる・・・おっとチャレンジしてみるさ)






学問塾から帰り、ダンはラナスにバークリーの所在を聞いた。ラナスの話だとバークリーは自宅の裏で薪割りをしているらしい。


「ここにいたんですね、おじいちゃん」


(勝負だ!! じーさん)


軽快な音を出しながら、薪を割っている祖父の後姿にダンは声を掛けた。


「おぉ、おかえりダン。今日の学問塾はどうじゃった??」


薪を割るのを一時中断してバークリーはダンのほうを振り返った。


「ただいま。今日もいつも通りきちんとやってきたよ」


自信満々にバークリーに学問塾での事を話した。


「それで今日は何用じゃ?? 今日は森の奥には行かない日じゃぞ」


バークリーは森の奥には行かないことをダンに告げるがダンがこの場から去るような素振りは微塵もない。


「お話があります」


昨日とは打って変わってダンの表情は明るい。


「ほぅ・・・昨日とは違う顔つきじゃな」


(あったりまえよ!! 昨日の俺とは二味も違うぜ!!)



バークリーは今のダンの表情から昨日のダンとは違う印象を受けた。


「昨日のおじいちゃんが言っていた強さにたいしての自分なりの答えが出せました。それは・・・」


「まぁ、待て。まずは座るがいい」


ダンの言葉を遮り、バークリーは近くにあった大きな丸太に座るように促した。


「ではさっきの話の続きを話すがよい」


バークリーはダンに促した。


「はい、昨日の強さとは何かという答えについてです。僕はその答えが何なのか、正直分かりませんでした。それに気が付かせてくれたのは僕の幼馴染と先生でした。」


そこでダンは敢えて言葉を切った。


「ほぅ、エヴァと塾の先生からヒントを得たか。2人から一体何を得たんじゃ?」


バークリーは興味深々でダンに聞いた。


「基本的に2人が言っていることは同じで僕が忘れていることを教えてくれました。エヴァは僕を指差して強さとは貴方よと言いました。初めは合点がいかなかった僕は彼女が何を言っているのか理解出来ませんでした。それでも彼女は僕のために自分の用いる知識と表現方法で教えてくれたのです。」


「ふむふむ、エヴァは優しいからのぅ。それでその答えとは??」


「はい、彼女が言わんとしている強さとは肉体的や技術的な強さのような己自身の強さなどではなく、誰かのために、それが友人、恋人、家族だったりと他者を想い、敬い、尊び、慈しむ心、それが強さだと思います。それは表面上にぱっと見て取れるものではない」


ダンの頭の中はエヴァやニースケン、ラナス、そして目の前にいるバークリーの表情が浮かんだ。


「他者を想い、敬い、尊び、慈しむ心か」


(そうそう)


バークリーはそんなダンの言葉を一言ずつ、確かめるように言いながら言葉に出した。ダンも内心で相槌を打つ。


「はい、自分で導き出したわけではないので本当に情けないことではありますが」


「ふうむ・・・」


バークリーは軽く息を吸い込んだ。周囲が少しの静寂に見舞われる。聞こえるのは穏やかな風の音だけだ。ダンはその中でバークリーの返答だけを静かに待つ。


「ふむ・・・まぁ教えてもらったことは如何なものと思うが。じゃがお主の中でその言葉を受け入れ、自分自身の非を認め、恥じたことはとても素晴らしいことじゃ」


「はい。とても素晴らしい、かけがえのないのない幼馴染です」


ダンはきっぱりと言い切った。それだけ今回のことに対してエヴァには心底感謝していたからだ。


「よし、お主が言わんとしたことは理解した。強さの定義、それは人それぞれじゃがワシは心だと思っておる。ワシはお主や家族をのためなら例えばこの世界の生物を全てを敵に回してもいい覚悟がある。」


(マジかよ・・・)


バークリーのその紅蓮の瞳から並々ならぬ覚悟が見て取れる。この祖父ならば確かに全生物を敵に回しても戦うであろう。


「覚悟・・・」


「そうじゃ、その覚悟・・・お主にはあるか」


バークリーはダンに鋭い目で覚悟を問う。


「正直分かりません。でも自分の目に映る大切な人たちだけでも僕は守りたい!!」


(エヴァとラナスさんくらいなら・・・)


ダンの正直な気持ちにバークリーはうなずく。


「よし、分かった。昨日よりは大分変わったお主になら斧術を教えてもいい。じゃが条件がある」


「ありがとうございます。ではその条件とは??」


ダンはバークリーに聞き返した。ダンの気持ちが次に次にと気持ちを急いているのがバークリーには見て取れた。


「まぁ、待て。それは明日からにしようぞ。気持ちが早ってもいいことはない」


バークリーは急いているダンをたしなめる様に言った。


「分かりました。では明日学問塾が終わったら伺いますね」


ダンはそう言い、この場を後にしようとした。しかしそのダンをバークリーは逃さなかった。


「待てぃ、お主が毎日体力作りをしているのは分かっておった。じゃからまずはこれを割ってみろ」


そう言うと、バークリーは新しい薪を切り株の上に乗せた。そしてこっちのほうへ来るようにとダンに手招きする。


(マジかよ・・・薪なんて割ったことねぇよ。一体どうすればいいんだ)


ダンに斧が渡された。小型用だがそれでも6歳のダンにとってはかなりの大きさだ。実際持ってみるとかなりの重さで斧を自分の上に掲げて振り下ろすことなど出来ない。


「う・・・・うう」


 斧を持つだけでふら付く、ダンをバークリーは楽しそうに見つめている。それはまるで幼少期の自分自身を重ねるみたいに。


「重いか??」


バークリーはダンに聞いてはくるが一向に手を貸したりはしない。


(助けないのか・・・じーさん・・・ニヤニヤしやがって)


ちらりちらりとバークリーの様子を伺うがバークリーはニコニコしているだけだ。


「よし、分かったな。自分自身の現状が。これが斧を使うということだ」


どうやらバークリー的には斧の重さがどのくらいでそれを振るうにはどの程度の力が必要か実際、経験してみてダンに味わってもらいたかったらしい。


「痛感しました・・・」


しょぼーんとしたダンに対してバークリーは


「まぁ、6歳じゃから身体が成長していないだけのことじゃ。明日からお主の身体にあった獲物を与えるとしようぞ」


と言い、ぽんっとダンの頭に手を乗っけた。


(全くだぜ・・・あの重さの斧を持つなんて・・・あと何年かかることやら。とほほ)


ダンは内心心が折れそうになったのをこらえ、自分の明日からの目標を新たに掲げるのであった。


「明日からお主には木こりになってもらう。まずはそれからじゃ」


(木こり?? 斧使いではないのかぁぁ!?)


バークリーの意味不明な言葉がダンの頭の中に木霊するのであった。

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