第4話 「 強さとは 」
森での一騒動があり、帰ってからダンはニースケンとラナスにみっちりと怒られた。またバークリーがうまくフォローしてくれたのが幸いで後日、エヴァの自宅の両親にもきちんと謝罪しに行った。リンブ、アンナ夫妻はエヴァから話を聞いていたのか、気にしないでください、うちのエヴァもご迷惑をかけたそうなのでとダン達に対して頭を下げる形となった。帰りがけに
「本当にすみませんでした」
ダンは深々とフォレスト夫妻に頭を下げた。
場所はフォレスト家の玄関前だ。
「いいっていいって。気にすんなよ」
リンブ・フォレストが映える真っ赤な上下の衣服を着ながら親指を立てて答える。年齢の割に見た目と性格が若い。年齢はニースケンと同じくらいで身長は中背である。
(うぉ、この人いい人だな)
リンブ・フォレストにそう言われて内心安心する。
「そうそう、あんま気にしちゃ駄目よ~」
アンナ・フォレストも夫に続けて言った。
こちらは地味なオフホワイト色の上下の衣服で体型は小柄で少しふくよかな印象を受ける女性である。
(奥さんもいい人だ。俺が子どもじゃなかったら奥さんとひと夏のアバンチュール~禁断の愛~をってそりゃ例えが古いか)
ダンはアンナに対して変な妄想を掻き立て、思わず一人でノリつっこみした。もちろん表情には出さないが。
「にしてもあのバークリーのおっさんがいながら災難だったな」
「ええ、おじいちゃんと少しはぐれてしまって」
「ふ~ん、まぁあのおっさんも少しは丸くなったのかもな」
リンブは遠い昔を思い出すようにダンに語った。
「あのおっさん??」
ダンがオウム返しで言葉を返す。
「あぁ、あのおっさんはかつてはかなりの腕の斧使いで近隣諸国から恐れられていたみたいだぜ。俺も詳しくは知らないが。何?? 知らなかったの??」
「そうだったんですね。僕の前ではいつも優しいおじいちゃんなので」
ダンは内心衝撃の事実を聞き、普段のバークリーの常人とはかけ離れた行動を思い返すとまぁ、何となく合点がいくなと思い返した。
(あのじーさん、思ってた以上にやばいことしてたんだな)
ダンはそう思いフォレスト夫妻に挨拶して帰路に着いた。エヴァの家から自宅まではそんなに遠くない距離だ。徒歩で大体20フル
(日本時間で20分くらいの距離換算だ)
ダンは先ほどリンブに言われたバークリーのことを思い出していた。
(あの狸じじいめ、やっぱ他の奴らと違うとは思ったらこれだ)
ダンこと守は内心で舌打ちをするのであった。
次の日、ダンは学問塾までの片道30フルの距離を徒歩でいつものように徒歩で向かった。塾の近くまでくると
「おはよう」
聞きなれた声がダンの後方から聞こえた。
ダンは声の主に挨拶をし返す。
「おはよう、エヴァ」
あの森での出来事があってからも特に2人の関係は変わることもない。今日も赤毛の挑発的な髪にきりっとした顔立ちがとても美しい。
(10年後が非常に楽しみな逸材だ、本当に)
ダンは内心で10年後のエヴァを想像する。さぞ美しい女性に成長しているだろう。
「何よ、少しニヤニヤしちゃつて」
そんなダンの心中を見透かされてのか、エヴァはダンの表情をを訝しげに覗き込んできただ。
「な、何でもないよ。こっちのこと」
ダンは慌てて、エヴァから距離を離す。
(いつも思うが勘の鋭い娘だな)
ダンはそう思いながらエヴァと一緒に自分の教室に向かうのであった。木製の建物はそれほど大きくなく、教室は一つしかない。学問塾に来れる人たちはそこそこ経済力がある家の子ども達だけだ。ダンとエヴァの家も学問塾に通えるだけの経済力はあるということだ。教室には同じ、志を持つ仲間がいる。人数は20人くらいだが皆がミル・アリから派遣された講師のミモザ・テンの講義を真剣に受けている。大抵はこのミモザの言語学か算学の授業が午前中にある。そしてそれが終わると解散という流れだ。
ミル・アリの都市からある程度の規模の大きさの村には講師が派遣される。ミル・アリに規模中以上と認定された村だけだが。そこに派遣された講師は子ども達に語学と算術を教える。有料で料金設定も少し割高だがこの学問所のおかげで都市の中心から離れた村に住んでいて、才能に恵まれている人材を確保しやすくなったり、また幼少期から指導し、才能を成長、開花させたりと非常に効果のある政策になった。
(だるいけど今日もやるかぁ)
ダンは大きなあくびをしながら授業を受けるのであった。
自宅に学問塾から帰ってからダンは自室で寝転がり、考えていたことがあった。今回のことでダンの心の中で芽生えた思いがある。それは自分自身の存在がちっぽけかつ無力で今回祖父であるバークリーがあのタイミングで助けに入らなければ今頃、ダンとエヴァはビュルスの胃袋の中に入り、栄養の一部になっていたことだ。
(よし、あのリンブさんから聞いた話があるからこの情報を使わないことはないぜ。だがその前にだ、強くなるにはどうしたらいいか考えないとな。めんどくせーけど)
自分自身に言い聞かせるようにダンは言い、自分を見つめなおして、強くなるにはどうすればいいか考え始めた。まずは自分の基礎体力を鍛えて向上させようと考えた。何をするにもまずはスタミナがないと駄目である。
(前に会社の健康診断で引っかかったときに真面目に運動しようと調べたんだっけな)
ダンは前世で得た知識を脳の引き出しの中からうまく引き出そうとする。
(確かひとつ、習慣づけて定期的に運動すること。ふたつ、理想的な食生活を送ること。みっつ、睡眠を良質で適切なものにする。よっつ、回復力を高めるための休息をとる)
確かこんなものだったろうとダンは4つの基礎体力を上げる大切なことを思い出した。
この中で習慣づけて定期的な運動は毎日学習塾に徒歩で通っていることと午後はバークリーと森の中を散策していることで大丈夫だろうとダンは思う。
理想的な食事については何とも言えないが前世の食生活より、大分バランスの取れたものだといえるはずだ。
睡眠のことについては十分にとっているはずだ、寝不足になったこともほとんどない。 回復力を高めるために休息をとること、これは運動後にきちんと休息を取らなければ体力増進には繋がらないということだ。
こう自分自身を改めて見つめなおして、考えてみると意外とダンがしている生活習慣で基礎体力は着実に付いてきていることが分かった。
(意外と基礎体力自体は付いてきている気がするな。じーさんと森の中に一緒に行くとき始めの頃は息切れしてたけど、最近はそんなこともないし。体力ついてきてるな、これ)
自己分析が終わり、基礎体力作りは問題ないと認識し、後は技術的な問題になる。戦う術にも様々なものがあり、拳術、剣術、斧術、槍術、棒術、弓術等。
ちなみにミル・アリの国では斧術と弓術が一般的に多い。それは木との生活と離れることが出来ないことや豊かな土地に動物達が数多く繁栄しているからだ。
斧術は戦闘だけではなく、木こりとしても利用され、弓術は接近して気配が悟られないように獲物を仕留めるために発達してきて現在に至る。
(となるとやはり一番手っ取り早く強くなるには・・・じーさんに掛け合って教えてもらうしかないか)
ダンの頭の中に一人の偉大なる人物の姿が浮かぶ。鉄色の肌に恵まれた巨躯、丸太のような二の腕、逞しいあごひげ。それはダンにとって身近でかつ、大きな存在で憧れでもあり、目標だった。
「バークリー・ダンディス」
憧れの存在の名前を口に出す。ダンの身体の中にも彼の血が流れているのだ。斧を使うと今までダンが見てきた限りでは負けたことはないと思う。
(じーさんの力を最大限に利用させてもらうぜ)
彼ほどの男に師事をすぐに受けることが出来る環境下にいることはとても恵まれていることだとダンはほくそ笑んだ。
(よし、善は急げだ)
ダンはそう言うと自室の扉を勢いよく、開けて駆け出していた。向かうのはバークリーのいる書斎である。
「おじいちゃーーーん。おじいちゃんはいますかーーー??」
少し離れた書斎の扉の前までダンは進み、声を掛けた。少し時間が経過するが反応がない。
「留守かな・・・」
燃え上がった気持ちが少ししぼんでいくのをダンは感じながらゆっくりと踵を返しながら戻っていこうとする。
「ダンか、入るがいいぞ。」
ドアを開け、にぃと笑い、バークリーは書斎の中にダンを入るように促した。
「うん、おじいちゃんいたんだね」
ダンの表情はぱあぁと明るくなり、気持ちがまた再炎上した。このやる気を失わないように、かつ継続していかなければならないとダンは心に決め、扉を閉めながら、祖父の書斎の中に足を踏み入れた。
「楽にせい」
バークリーはダンにそう言い、自分は強度に秀でた自分専用のイスにどかりと腰を下ろした。その姿が妙に絵になるなとダンは子どもながらに感じずにはいられなかった。ダンもバークリーの正面のイスにぴょこんと腰を下ろした。
「それで一体ワシに何のようじゃ??」
威風堂々、腕組みをし、バークリーはダンに用件を聞いた。
「はい、おじいちゃん。いやバークリーおじい様。私に斧術が何たるかを教えて欲しいのです」
まじまじとバークリーの分厚い岩のような顔を見ながらダンははきはきと自分の思いを言葉に乗せて伝えた。
「ふむ・・・斧術が何たるかか」
目の前にいる孫を見ながらバークリーは少し考え込む素振りを見せた。ダンとしては豪気な祖父なことだからよいぞの二つ返事で引き受けると思っていただけに予想外だった。
「駄目でしょうか・・・おじいちゃん」
(うげ・・・マジかよ。かわいい孫の頼みだぞ)
そんなバークリーの表情をダンは気にして聞いてみる。
「ふうむ・・・いや駄目ではない。だがのぅ・・・」
(おいおい、迷うなよ。即断即決のバークリーじゃねぇのかよ)
何かを考えあぐねているようだ。いつもの即断即決のバークリーとは別人のような感じを受ける。
「よし、ならまた明日にまた改めてダンの心構えを聞くことにするわ」
バークリーはそう言うと、ゆっくりとイスから立ち上がり、書斎の扉を開けて出て行ってしまった。
(くそじじいが・・・何でだよ)
ダンはバークリーの書斎の中に一人取り残され、断られた理由を考えた。今のバークリーの頭の中が全く読めない。いつものバークリーなら何となく考えていることがダンなりに浮かんでくるのだが今日のバークリーは中身は変わったかのように別人のようだった。
(よし、今日はもしかしたらじーさんの虫の居所が悪かったかもしれない。明日またレッツ・チャレンジ!!)
ダンは勢いよく、イスから立ち上がり、バークリーの書斎の中を見渡した。質素だが凝っているところは妙に凝っているバークリーの性格が現れている書斎だ。
ダンは本当の強さの意味を履き違えていたのかもしれない。それは明日のここの同じ場所で痛感することになったのである
(まっ、実際マジで強くなんなきゃな。やっぱ女の子の涙とか俺苦手だわ)
実際にエヴァの泣き顔だけは内面30歳のダンにしても辛いものがあった。
(幼女の涙は俺が守ってみせる)
ダンの少し本題からかけ離れた決意がここでされたのである。
次の日。ダンは昨日の思いを胸に秘め、バークリーの書斎に歩を進めた。自宅の中の廊下を通り、少し離れた書斎の前に到着する。いつも以上の緊張がダンに襲い掛かった。
「落ち着け。落ち着け」
ダンは自分に言い聞かせながら深呼吸をした。そして
「ダンです、おじい様」
きっと書斎の扉を見つめながら、中にいるであろうバークリーの反応を待つ。
「うむ、ダンか。入るがいいぞ」
扉を中からあけてバークリーは前と全く同じ動作と表情でダンを中に入るように促した。
ダンは扉を閉めながら、入室する。バークリーは昨日と全く同じ動きで自分専用のイスに腰を下ろした。
「楽にせい、ダン」
ダンはこくりとうなずき、この間自分が座ったイスに腰掛けた。少しの沈黙が流れた。空気が少し重くなるような感じをダンは感じた。
「ではお主の心構えを聞くとしようかの」
バークリーは鋭い、生気に満ちた視線でダンを捉えながら聞いた。その視線からはどこにも逃げることなどできない。そんな錯覚さえ覚えてしまう、そんな視線だ。
「は、はい。私の考えは変わりません。私に斧術が何たるかを教えてください。お願いします」
ダンは昨日と変わらぬ気持ちをバークリーに訴えた。
「そうか・・・ではダンに問おう。お主は何ゆえ、斧術を習いたいのじゃ??」
バークリーはダンの気持ちを受け止めた上で質問をした。
「習いたい理由。それは僕はこの間の森の中での出来事のことです。僕は余りに無力で最終的におじい様があの場に現れなかったら命を落としていたでしょう。自分にとって大切な人間も守れずに。だから痛感したのです、強くならなきゃと強くなるためには力が必要なんです!!」
(&強くなるためには剣であり、斧であり、何かを習わないとそもそも強くなれないし)
気がつけばダンは身を乗り出してバークリーに訴えかけるように話していた。これくらいのオーバーアクションならこの頭の固い頑固爺さんも熱意を組んでくれるかもしれない。感情が前に前に出すぎてしまい、慌ててダンはイスに腰を再び下ろした。
「確かにこの間の出来事は災難じゃった。
最後はワシが助けなければ命を落としていたのかもしれぬ。じゃがそれとお主が強くなりたいと言うのはまた別の話じゃ」
「ですがあの時私が斧術を使うことが出来たらあの獣達を追い払うことが出来たのかもしれません。そうすればエヴァにも怖い思いをさせなかったかもしれないし」
バークリーにたいしてダンは負けじと言った。しかしそれを聞いたバークリーは瞳を閉じ、首を横に振るだけだった。
「お主は何がしたいんじゃ。力を得たいのか、それとも強さを手にいれたいのか。お主は環境的にもとても恵まれている。近くでワシのように斧術に長けているものもいるしのぅ。じゃがお主はそのことにあぐらをかいてはいないか?? 別に強くなるには斧術でなくてもよかろう。他にも色々なものがある」
バークリーの鋭い指摘を受けてダンは打ちひしがれてしまい、反論する言葉が出てこなかった。
「斧を扱うということは相手の命を断つという可能性もあることじゃ。分かるか?? 分からんじゃろうな。現状のお主は強さや力を手に入れるための斧術は道具としかみていないのじゃからな。そんな不純な動機と生半可な覚悟の人間にワシは教えることなど何一つもないわ。話は終わりじゃ、ダン」
軽くため息をついたバークリーはいつものバークリーに戻っていたが、途中までのバークリーは祖父と孫という垣根を越え、一人の全うな人間と人間が話し合っている様であった。
「はい・・・」
(説教・・・マジうぜぇえええ。こんなの前の上司と同じじゃねぇかよ。ちっ、こうなりゃ他の手でも使うか)
ダンは心の声とは裏腹にうなだれながらバークリーのもっともな言葉を受け止め、イスから重い腰を上げ、扉を開け、書斎から出て行く。その背中は6歳のそれと比べてもとても小さくバークリーの眼には映った。
ダンが書斎からいなくなり、足跡が遠のいていくのを感じ、
「すまんな、ダン。お主の気持ちはよう分かる。じゃからこそワシは賛同出来なかった。本当の強さとは何かそれに自分自身で初めて気がついたときにこそ、またこの席で語り合おうぞ。お主ならきっと気がつくことができるはずじゃ。にしてもまさか6歳の孫に対してあそこまで厳しく言ってしまうとはのぅ」
ダンのことを一瞬、孫であることを忘れてしまうほどにバークリーは言葉を投げかけてしまったことを少し反省する。
「にしてもはっきりとあそこまで自分の意見が言えるとはダンはこれからのダンディス家の未来を支える大きな存在になるやもしれぬ。ワシもただ馬齢を重ねるわけにはいかんな」
バークリーはそう言い、ダンの成長を身近で少しでも長く見ていたいがため、長生きしようと心に思った