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第2話 「 その名もエヴァ・フォレスト 」

   この世界カンパーニャ。自然豊かで様々な生物が繁栄するこの星はかつては死の惑星だった。同じ種族同士の争い、国同士の争い、そのたびこの星は疲弊し、輝きを失っていった。その過ちに気がついた人々は永遠の和平共存のために、たくさんの決まりごとをした。深緑の都市ミル・アリ、深海の都市アル・ミナ、熱砂の都市ガルス・フール。このカンパーニャ三大都市である各国の代表が定めたものである。

その定めた協定のおかげでカンパーニャは次第に輝きを取り戻し、始めて今では元通りの豊かな肥沃な大地になっている。


 深緑の都市ミル・アリ。建築技術に優れたこの国は山々に囲まれた自然豊かな国だ。

代表はラーサ・ポー。まだあどけなさが残る15歳の少女である。またミル・アリを中心とするように周囲を囲むようにして村や小都市が存在している。これは過去に戦争があったときのなごりである。ミル・アリの中枢部に辿り着くまでに敵の進軍を察知し、足止めや偵察をするために見張り台や小規模の前衛拠点が建てられていた。そこが今は荒廃し、すでに拠点の役目を果たせずに存在しており、人々はそこに腰を下ろした。理由は1から木々を伐採し、整地した場所を確保し、居住物を建造するよりも前衛拠点としてかつて栄えて、ある程度は整地されているこの場所を再利用したほうがいいと考えたからだ。今ではその村数は数十を超えるくらいだ。

 建築業を主に木工技術、木こりも多いのもこの都市ならではの特色である。伐採→加工→生成。これがおおまかな流れである。またこの生成には生を成すという意味があり、つただ消費するだけではなく、植林等で新たな命を生み出すという意味合いもこの言葉に含まれている。

 これは先々代の代表の掲げた言葉でもある、木と共に生き、木と共に歩み、木と共に死す。

この3つの信念に基づいている。


 「ファファファ、どうしたのじゃ!? その程度なのか、その程度なのか、お前の力は?」


場所はダンディス家の居間である。くろがね色をした肌を輝かせながらバークリー・ダンディスは大きな口を開き、笑いながら言った。そんな言葉をかけられているのはバークリーが目に入れても痛くないと毎日のように断言している孫である。


 「ほれ、ほれ!! どうしたダンよ。お前の力はその程度かっ。」


丸太のような二の腕ががっしりとまだ年端もいかない子どもの手を握り締めていた。お互いの右手と右手を握りしめているそのスタイルは腕相撲と激しく酷似していた。


 「ううっ、ううーん」


ダンは右腕に力を込めて、祖父の腕に対して力を込めて戦おうとするが、びくともしない。

丸太といわれても過言ではない、その腕はダンディス家の商いの中では貴重な戦力の一つとなっている。


 「ほれ、ほれ。どうした!? もっと力を入れてみぃ」


バークリーが再度力を入れるようにダンに促した。しかし肝心のダンは少し諦めモードの表情をし、内心諦めていた。

ダンヴィル・ダンデッス。気がついたら佐藤守はダンヴィル・ダンディスこと通称ダンという人間になっていた。

メンヘラの少女を助けようとして、車に自分は撥ねられたであろうことまでは覚えているのだが、気がついたら守は小さなベッドに赤ん坊の姿で寝ていたのだ。それからダンヴィル・ダンディスとして今の今まで生きてきた。それは数えると地球時間ではなく、こちらのカンパーニャ時間で6年の月日が経過していた。1日の時間は地球時間の24時間とおおむね似たような感じであるとダンは認識している。6年の間でダンが見て、聞いてきたことは凄まじい膨大な量であったが、中身は三十後半の冴えないおっさんなので自分の前世で経験してきたことで、ある程度は整理や理解が出来た。

やがてバークリーは勢いよく、ダンの右手を押し倒した。ダンはその圧倒的な力の流れを支えきれず、負けた。60過ぎのおじいさんが6歳の子どもに手加減しないことは傍から見て大人気ないように感じるがそれがバークリーのやり方だった。


「負けました・・・おじいちゃん」


ダンは毎度のことのように言った。


 「はっはっはっ、これでワシの756回目の勝利じゃわ。まぁ、まだまだワシも負けられまいて」


連勝記録が756にまで伸び、バークリーの表情からは喜びが見て取れた。バークリーにとって勝負事は何があっても真剣勝負で勝敗も勝利以外、興味がない。それは相手が男だろうが、女だろうが、子どもだろうが特別視することはない。


 「僕はいつになったら勝てるようになるんだろ・・・」


ダンは未だに予想すら出来ないことを嘆いた。


 「簡単じゃわい。そんなことはすぐに分かっておるわ」


にやりと口元に笑みを浮かべてバークリーはさも簡単であろうという表情で返答した。


 「おじいちゃん、それはいつなの??」


ダンは分かりきっている答えを敢えてバークリーに聞いてみた。


 「それはお主がワシより、強くなったときに決まっておろうが!!」


一切の疑いの余地のない顔つきでバークリーは言った。


 「それじゃあ、一生勝てんぜ・・・」


ダンはぼそりとバークリーに気がつかれないようにつぶやいた。普段は出ない守の部分がついつい出てしまった。

 生まれてからダンディス家で過ごしてきて6年。このダンヴィス家は中々に裕福な家庭事情であることが分かった。代々、木にまつわる仕事をしてきている一家である。従業員も少なくはない人数はいる。文科系であるダンの父、ニースケンの緻密な商売と体育会系であるバークリーの他の伐採業者とは一味違う木材販売から成り立っている。

 前者はこつこつと損をしない、無難で安全かつ、安定した商売しかしないことをモットーとしていた。そのため、一気にどばっと収入が見込めることは少ないが、安定して徐所に収支は上向きに上がっている。後者はバークリーにしか分からない秘密の場所があり、その場所で稀に入手できる木材が市場でコアな客に受けているそうで臨時的にがつんと収入が入るのである。前者はこつこつ型で後者は博打型。お互いの性格が商売スタンスに反映している。

 また、その2人をうまくまとめているラナスである。金庫番は彼女であり、バークリーさえラナスの言うことは何故か聞いている。

木は原木のまま使用される場合や、加工され、木材として使用される場合とケースは様々だ。

 ダンの一日のおおまかな行動はこんな流れである。起床し、朝食を食べてから午前中はシダーという中規模の都市で、ミル・アリから派遣されている学術教師から物書きや算術を学んでいる。シダーから帰ると基本的には自由時間だがダンはよく、祖父であるバークリーと行動をともにすることが多い。バークリーと一緒にいるとワクワクさせられる何かをこの好々爺は持っているとダンは感じずにはいられなかった。


「ダン、今日の学問塾はどうじゃった?? きちんと覚えてきたかの??」


バークリーは自慢の愛斧を片手に、これから木こりとして木を切りに行く準備をしながらダンに聞いた。


「今日は建築図面を開いて縦、横、高さが実際にどれくらい必要か計算しました。おじいちゃん」


ダンはにこりと微笑みながらバークリーに今日、学問塾で習った内容を小さいながらも手振り素振りを交えながら言った。


「ほほぅ、建築図面か。こりゃお前もニースケンと同じで建築士としての道を進む可能性が出てきたのぅ」


バークリーは安全具(前世でのヘルメットや防具服のようなもの)を巨躯に巻き、前にゆっくりと森のほうへ歩を進めた。ダンも自然とバークリーの後をちょこんと付いていった。安全具を装着したら出発する、これがバークリーの合図だった。ダンは何年も前からこの光景を見てきているから分かっている。


「さてそれじゃ今日もいくかのぅ」


バークリーは太い首の骨をぱきぱきと鳴らしながら前方に進んだ。


「・・・~って、~ってよ~」


ダンとバークリーの進む方向とは逆から何か声が聞こえた。よく聞き覚えのある声だとダンは思い、中々後ろを振り向くことが出来なかった。そんな自分の孫の気持ちを察してか、バークリーは口角をあげて微笑んだ。


 「待ってよ、待っててば。はぁはぁはぁはぁ」


声の主の少女は赤毛の髪の毛を揺らしながら、ダンとバークリーの前に息も絶え絶えに姿を現した。相当急いでいたのか呼吸も荒く、額からは小粒の汗が見て取れる。


 「君か。どうして君がここに?」


(エヴァ)


ダンはそんな少女に対して水筒の水を差し出しながら聞いた。エヴァ・フォレストそれが彼女の名前だ。


 「どうして? 私も一緒に行くって話してたでしょ。塾の休み時間に!! 聞いてなかったの??」


(聞いてないよー)


エヴァは語尾を上げて、凄い剣幕でダンに言い放ち、水筒を勢いよく受け取り一気に飲み干した。来るという話は全く聞いてはいない。


「そうだっけ・・・?? うーん、思い出せない」


ダンは休み時間の光景を思い出しながら、頭に浮かべてみた。しかし、エヴァがそんなことを言ったかどうか記憶にすらない。

この赤毛の髪の少女の名はエヴァ・フォレスト(このミル・アリの地ではとてもありふれた苗字の一つである。前世での外国性とは何も関わりはない)。

また、この国では誰もが一般的には苗字があり、そこに差別的な差は特にない。それは悲惨な戦争を経験したこのミル・アリが導き出した一つの共和政策の答えの一つでもある。


「いいの、別に貴方が知らなくても私が言ったことなら必ず言ったことになるの。いい? だから私も一緒に着いて行くわ!!」


(相変わらずの強引さ.。まぁそこがこの娘の持ち味でもあるんだけどね)


ぷりぷりと頬を膨らませながらエヴァはまくし立てるようにダンに有無を言わさないように言い放った。内心ではその性格はそう悪いもんでもないなとダンは感じている。


「えーーー、そんなぁ、僕はそんなこと聞いてないよ」


 ダンはせっかく祖父の語る面白い話を聞きながら、午後のゆっくりとしたひと時を静かに満喫しようとしていたのだがそれはどうやら叶いそうになかった。


「そのために未だにまだ着慣れない厚着をしてわざわざここまで来たのよ。それにダンは私がいないと駄目だからね」


(おう、俺はエヴァいなければ何も出来ない男だ)


エヴァはにかっと笑ってそう言い、自分自身の言葉に勝手に納得した。何となくこの性格を守は買っていた。

強引かつ勝気な性格のこの少女とダンは幼馴染の間柄だ。お互いの家がそれなりに近かったため、今よりもっと小さかったときはよく泣かされていたものだ。彼女の性格が災いして、うまくいっていたことも彼女が関わると雲行きが怪しくなり、中々うまくいかなくなる。全てが全て本人のせいとは言い切れないが。おせっかい焼きの世話好きでダンがいるといつも何かと理由をつけて絡んでくる。ダンはそんな彼女を初めはあまり得意ではなく、むしろ苦手だったがある光景を見てから少し彼女を見る目が変化した。自分より小さな子や動物に対して彼女の対応がとても素晴らしかった。泣きじゃくる子どもを優しく、介抱したり、動物を世話する彼女は普段の彼女とは違う一面だった。一見、がさつに見えてそうではなかったのである。


「ダンよ、今日は女連れとはお前も隅にはおけない男よのぅ」


(だろ、じーさん)


2人の夫婦漫才を少し離れていたところから見ていたバークリーは困惑しているダンに対してようやく助け舟を出した。内心では少しは嬉しかったりするのだが。


「おじいちゃん・・・そんなんじゃないよ。僕は困ってるんだからさ」


バークリーの軽い冗談にダンは真面目に返答する。そんなダンを見てバークリーは微笑んでいる。


「ダンのおじい様、今日はよろしくお願いしますわ」


バークリーの前までとことこと向かい、エヴァが深々と頭を下げた。知らない他人がみると非常に礼儀正しい少女に映るであろう。


「うむ、エヴァよ。ダンを頼むぞ」


バークリーはいたずら心を出して軽い冗談を口に出す。この2人のこのような光景をバークリーは幼少期から見てきているが大変初々しく、心がほんのりするものだった。


「かしこまりました。このエヴァ・フォレスト謹んでお受けいたしますわ」


エヴァは一言一句、自分自身に言い聞かせるように声に出し、軽く会釈する。


「この二人・・・悪乗りしすぎだ」


2人に聞こえないようにダンはぼそりと愚痴をこぼすのであった。






 森の奥へ進み、大人の歩みで大体60分くらいの距離、子どもの歩幅だともっとかかったであろう。その距離をダン達は50分程度で歩ききった。


「はぁはぁはぁ・・・ようやく到着?」


額に大玉の汗をかきながらエヴァがダンに聞いた。馴れない厚着に、森の中の平らではない道。先頭であるバークリーはこれでも比較的歩きやすい道を選択して、この目的地まで辿り着いたのだが、それでも普段から毎日のようにこんなことをしているダンとバークリーとは違い、エヴァにはそこそこに辛い道のりだったであろうことが現状の彼女の姿を見て分かる。ダンもバークリーに初めて着いていってから、数ヶ月は馴れるまでクタクタになっていたが、今は馴れたものでバークリーの大きな背中を目視しながら、着いていっている。


「たぶん、おじいちゃんが止まったから。おそらくお目当てのものはここの近くにあるはず」


ダンは今までの経験上、バークリーが一度足を止めたらそこに必ず、お目当てのものがあるということを学んだ。バークリーの目には狂いはなく、外れたことはダンが覚えている限りない。


「そうなんだ、それにしても貴方よく、そんな涼しい顔でいれるわね!? 私はさっきから汗と息切れが止まらないわ・・・」


流石のエヴァもこの長期距離移動に疲れたのか、話す言葉に力がない。


「まぁ、僕はおじいちゃんと暇さえあれば、一緒に行動してたからさ。初めは君みたいに疲れてたよ。身体も筋肉痛で痛くなって」


「筋肉痛??」


エヴァが聞きなれない言葉に対してオウム返しで聞き返した。


「あぁ、激しい運動とかをした次の日、身体が痛くなるあれだよ。君もなったことあるだろ?」


ダンは説明をしながら予備の水筒をエヴァに差し出した。余程、ダンにはエヴァが喉が渇いているように映ったのであろう。エヴァはそんなダンの説明には特に感心もないようだ。


「ありがと」


水筒を受け取り、エヴァはゆっくりと蓋を緩めて、中身をせっせっと飲み始めた。こういうときは静かなんだけどなとダンは水を飲んでいるエヴァを見て内心思う。


 「おーい、二人とも~。来てみぃ」


 バークリーの図太い声が森の中に反響した。2人が反応してバークリーの元に駆け寄る。


「どうじゃ??」


バークリーは一本の木の触っていた。ダンもその木を見て表面の滑らかさやきめの細やかさを見てみて少々驚いた。中々の上質な原木である。


「中々の原木ですね、おじいちゃん」


ダンは素直な感想をバークリーに言った。エヴァはというとその木の価値に気がついているのかいないのか、ぺたぺたと触っている。


「じゃな。今日はこいつにしようかのぅ」


にぃと孫の観察眼を試した後、バークリーは言った。


「さてワシはこいつを今日の手土産にするから。二人は少し離れるがいい」


バークリーは2人にこの場所から離れるように支持しする。ここからはバークリーとこの原木との対話が始まる。傍目からは単純に木を切っているようにしか見えないが祖父はこのことを対話と表現していた。斧で木を切るにしても木を斧で切ったときの反動はそれぞれ異なるらしい。それがその木のそれぞれの個性であるとバークリーは語っている。この対話の時間を眺めるのがダンは好きだった。


「ねぇねぇ、ダンはさ、好きな娘とかいるの?」


(おっ、女子的会話か)


対話を眺めていたダンに向かってエヴァがいきなり話しかけてきた。だが守ことダンは見た目は子ども、中身はおっさんの変則タイプだ。はたして意見は参考になるのであろうか。


「えっ、いきなりどうしたの?」


ダンは突然の質問に質問で返答した。少々困る内容の質問だ。内心では少しわざとらしいかなと感じている。


「いるのかなって思ってね。それに私は貴方の幼馴染なんだから一応知っておかないとね」


赤毛を揺らしながら視線をダンとわざと合わせないでエヴァは言った。


「なんだよそれは~。いいだろ、別にエヴァに教えなくても」


(それを聞くということは・・・やはり)


ダンは三十年間の乏しい経験からエヴァが何を聞こうとしているか何となく把握しながら答える。


「ふ~ん、その感じいるんだぁ。誰々??私と友達?? よく話す娘??」


エヴァは一つの答えに対して3つの質問で返してくる。ダンは内心めんどくさいと感じながら


「ん~、エヴァもよく知っている娘かと思うよ。毎日話していると思う」


「そうなんだぁ。一体誰だろ? 同じ村の娘かな。それとも遠いところから来てる娘かな」


(気がついているのか、いないのか。甚だ疑問。)


エヴァは塾に来ている友人の顔を独り言のように言いながら思い出している。


「エヴァのよ~く知ってる娘だよ。逆にエヴァは好きな子はいないの?」


ダンは少し自分の質問が意地悪かなと思いつつ、質問した。


「わ、私? う~ん、そうだなぁ。あの身長の高い彼もいいし、勉強の出来るあの子もいいし、それに・・・」


(やはり・・・俺だな)


ダンの直接的な質問に答えながらエヴァは気がつかれないところでダンをちらりと見て聞こえないようにバカとつぶやいた。エヴァは気がつかれないようにしていたがそれはちゃっかりダンは見ていて内心でほくそ笑んでいる。


「まぁ、自分の好きな相手といい関係にお互いなれるといいよね」


「うん、そうだね」


ダンの言葉に対してエヴァはにこやかなに微笑んだ。


10分が経過してようやくバークリーは木を切る作業に入った。ゆっくりと木のどの部分を切るか品定めを始めた。


 ゴロゴロ・・・


遠くで雷の音がしたのをダンは聞こえた。しかし、それはあまりにかすかな音だったのでバークリーとエヴァには聞こえていないようだ。それに例え雷だとしても木を切って終えてしまえば何も問題はない。いよいよバークリーは木を切り始めた。軽快な斧と木がぶつかり合う音が森の中を木霊する。


ゴロゴロゴロゴロ


突然、地鳴りと共に大きな音が鳴ったかと思うと凄まじい音がなった。天候的には今日は晴れだったはずだがとダンは空を見上げた。雨が勢いよく、地面を叩きつけるように降り始めた。バークリーを見て、支持を仰ぐ。


「ダン、もう少しで終わるゆえ、エヴァと雨宿りをしておれ」


バークリーは木に対して視線を合わせているがゆえ、こちらを見てはいないがいつもの図太い声で支持を出した。


「はい、おじいちゃん」


ダンはそう言い、自分から少し離れて、さっきまでお花を見ていたであろうエヴァの方を見たがエヴァの姿はそこにはいなかった。

周囲を見回すがすぐには目視できない。


 「あぁ・・・しまった!? 僕のミスだ」


ダンは嘆いた。ダンの頭の中にエヴァと話した過去の記憶が思い出される。


「私、雷が大嫌い。だってとても怖いんだもの」


その時の言い方はとても普段の勝気な彼女とは異なり、本心だったと思う。


「エヴァ・・・」


(おいおい、マジかよ)


ダンはそう言うといても立ってもいられず、エヴァが行きそうな方向を確認し


「おじいちゃーーーーん、エヴァがいなくなったから探してくるーーーー!!」


自分に責任を感じ、ダンはバークリーに叫び、急いで走り出した。


「な、なんじゃとー」


バークリーの声が背後から聞こえたがダンは構わず、走り始めた。後で死ぬほど、怒られてもいい。今はエヴァの安否が気にかかった。






「はぁはぁはぁ」


エヴァは耳を塞ぎながら小走りで走っていた。


「怖くない、怖くないわ」


念仏を唱えるかのように同じ言葉を繰り返す。何故エヴァが雷を嫌いになったかというとそれは分からない。物心ついたときからこの地面を揺らす、不快な音を聞くと、心の底から恐怖感がこみ上げてくるのだ。そうなるとエヴァの気持ちはもう雷のことでいっぱいいっぱいになってしまう。雨が衣服を濡らし、体力がかなり、消耗する。手にはダンからもらった水筒が握られていた。


「ダン・・・」


 自分が急にいなくなり、ダンとバークリーには心配をかけているだろう。しかし戻ろうにも、耳を塞ぎ、方向もほとんど決めず、戻ろうにも戻れない。涙が溢れてくる。どうしようという気持ちも。


ゴロゴロゴロ


また再び近くで雷鳴が鳴り響いた。


「ひぃ・・・」


エヴァはそのけたたましい音に驚き、水筒を手から落としてしまった。雨で濡れているので滑りやすくなっていたせいもある。水筒はころりころりと少し傾斜がある道を転がっていく。


「あっ」


たまらずエヴァは水筒を追いかけていく。ダンから借りた大切な水筒を無くす訳にはいかないという気持ちが芽生えたからだ。水筒を追い、エヴァは駆ける。水筒との距離が次第に縮まっていくのが分かった。


「あともう少し」


目の前の草むらに水筒が引っかかった。エヴァは水筒に手を伸ばした。その時、ぬかるんだ地面が急に滑り、エヴァは前方に前のめりに勢いよく、転ぶような体勢で倒れていった。そして目の前には地面はなかった。少し草木が生えていて子どもの身長ではその先が崖になっていることが見えなかったのである。


「えっ・・・」


「エヴァアアアアア」


(届けー・・・)


突然で一瞬の出来事だった。エヴァは空中に放り出された。その直後にダンが崖まで勢いよく、滑り込んだがエヴァの伸ばした手を掴むことは出来なかった。目の前で地面に向かって落ちていくエヴァの姿がスローモーションのようにゆっくりと落ちていくようにダンには感じた。


「させるか!!」


(やってみるさ!!)


高さは結構ある。エヴァの目に映っているのは普段見ることの出来ない恐ろしい光景だっ

た。自分の身体がどんどん落ちていくのが分かる。それでも正気を保っていられたのはダンが自分を追いかけて崖から飛び降りたからだ。ダンはというと何故飛び降りたか分からない。守という人間はこんな自分の命を失うようなリスクは選択しないはずだが。だがこの世界で一緒に暮らしてきた幼馴染のピンチをただ見ているわけにはいかなかった。


 「助けてー、ダァンーーー」


 エヴァはこの場にいるはずもないダンの名前を叫んだ。


「待ってろ!! エヴァ」


(いや、俺のことも誰か助けてください。神様)


ダンは格好良く、台詞を吐いたが内心は誰か自分を助けてくれと懇願しているのは言うまでもない。無情にもその助けの声は雷の音に消されてしまうのであった。

2人が地面にどんどん加速して落ちていく。

ダンはエヴァを空中で掴もうとするが掴むことは出来ない。エヴァはというとどうやら気絶してしまったようだ。


 (くそっ、あと少しでエヴァちゃんを確保できるけど。確保してもこのままだと地面にドンだ)


迫りくる地面を前の極限状態のダンは不思議な光景を目にする。自分達の前に白いふわふわの塊が、二人を包み込み、落下スピードががくんと急激に落ちた。


(なんだこれ・・・)


自分達に起きている現象を全く理解することなど出来ず、突然ダンは意識を失うのであった。

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