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中篇

 それから数日。

 とうとうレイは幽鬼の森に到着しました。

 大きな、大きな森でした。うっそうと茂る木々は木漏れ日も通しません。

 風が枝を揺らして、びょうびょうと不気味に鳴ります。

 それはまるで死者の魂が嘆いているように聞こえました。

 昼でさえこんなに不気味なのです。夜ともなればどれだけ恐ろしいことでしょうか。

 ですが、レイは怖がるそぶりも見せず、ためらいもしないで森に入っていきます。

 不安定な足元を支えるために、樫の杖が大活躍です。

 訪れる者もいないというのに、大きな石畳の道が一本、まっすぐ森の中に伸びていました。

 半ば朽ちかけ、草に覆われ、ぼこぼこと複雑に隆起したその道は、昔このあたりが大きな都市だった名残でしょう。よく目を凝らしてみれば、森の茂みのあちこちに、石でできた円柱が倒れたり転がったり。また立っているものもいくつかありましたが、そのことごとくが半ばで折れていました。

 隣国に攻め込まれ一夜でほろんだ古代都市。それがこの森の正体でした。

 戦火に焼かれ、亡くなった市民たちは幽鬼と化しました。己が死んだことを認められず、夜ごと怨嗟をまき散らしました。

 その嘆きはとても大きく、衰えることなく、いつしか国中の幽鬼を引き寄せるようになりました。

 そうして出来上がったのが幽鬼の森。

 

 レイは夜ごと死者の声に耳を傾けました。

 ヒカリゴケが青白く浮かび上がらせる円柱に腰をかけ、周りに集う幽鬼とたくさんの話をしました。

 嘆き、怒り、悲しみ、後悔。

 さめざめと泣く幽鬼とともに、レイも静かに涙をこぼしました。







 秋が過ぎ、冬が過ぎ、新しい春がやってきました。

 師のもとを旅立って二年が過ぎておりました。

 あれほど多かった幽鬼はいつしか数えるほどに減っていました。

 レイに話を聞いてもらって心残りが消えた幽鬼たちは、次々に姿を消していったのです。

 今頃は生まれ変わって、新しい生を生きているのでしょうか。

 レイは頭上に広がる青空を見上げて、消えていったみんなの幸せを祈ります。

 あれほど陰鬱だった森ですが、最近はかなり様変わりをしていました。

 うっそうと茂る木々も草もそのままですが、空気は清冽で、美しい木漏れ日が地面まで届きます。

 不気味に鳴っていた梢の代わりに、かわいらしい小鳥のさえずりと、さやけき葉擦れの音があふれ、聴く者の耳を楽しませます。と言ってもそれを聞く人間はレイひとりだけでありましたが。


「やぁ、今日もいい天気だ」


 レイは大きな欠伸をすると、うんと背伸びをしました。


「昨夜は結局だれも来なかったなぁ」


 おかげで日没から夜明けまで、よく眠れました。


「この森の幽鬼たちは全員いなくなったのだろうか?」


 それが本当ならこれほど喜ばしいことはありません。

 ですが、少しだけ心の中に空洞が生まれたような感じがしました。

 もっとたくさん話をしたかったのに、もう誰も夜ごとレイに話しかけてくれないのです。


「いけない。こんなことを考えたらだめだ」


 何年、何十年、何百年。

 気が遠くなるくらい長い間、苦しみ続けてきた魂が解放されるのです。


「みんなの苦しみが消えるのは素晴らしいことじゃないか」


 わがままを言ってはいけないと、レイはかぶりを振って思ってたことを打ち消しました。







 森から幽鬼が消えて一年が過ぎました。

 レイが師の庵を離れてから三度目の春です。

 峰々で溶けた雪が流れ出し、森の中の川をさらさらと流れていきます。清く澄んだ水は日の光にキラキラと輝き、まるで妖精が踊っているようです。

 ですが、雪解け水で増水した川は危険です。レイは慎重に水を汲みました。

 家まで持って帰って、火の魔法で煮沸して冷まし、飲み水にするのです。


「この水で、この前もらったお茶を沸かしたら、きっと美味しいに違いない。ああ、楽しみ、楽しみ!」


 水で重たくなった桶を運びながら、レイは数日前の出来事を思い出しました。





 森から一番近い町まで往復で二日。

 ひと月に一度か二度、レイは自分で作った呪具と、複数の薬草を調合して作った薬を売りに出かけます。それらを売った金で生活に必要なものを買って戻ってきます。

 町の人々は最初、ふらりとあらわれたレイを訝しみました。

 が、レイの噂は辺境の町へも届いておりましたし、みるみる浄化されていく死者の森を目の当たりにして考えを改めざるをえませんでした。

 今では軽口をたたけるくらいに親しくなりました。


「やぁ、レイさんいらっしゃい」

「こんにちは、お茶屋のおかみさん。膝の調子はどうですか?」

「おかげさまで、今年の冬は全然膝が痛まなかったよ。レイさんの薬のおかげだねぇ。──お礼と言っちゃなんなんだがね、このお茶をあげるよ。私のとっておきのお茶さ。いい匂いがするから飲んでご覧。きっとレイさんも気に入る」

「おかみさん、おかみさん、それはいけません。私はちゃんと薬の対価は受け取っています」


 慌てて断りましたが、おかみさんは聞き入れず、あかぎればかりのレイの手にそっと握らせました。


「どうか、とっておいておくれ。これはあたしの感謝の気持ちさ」

「おかみさん、ありがとう」


 レイはその包みを大事そうに鞄へそっと入れました。


「それと老婆心から忠告をひとつさせてもらうよ。あたしらのために薬を作ってくれるのは嬉しいんだけれどね、もう少し自分の体もお労りよ。ほれ、こんなに酷いあかぎれが。レイさんのあかぎれの薬はよく効くそうじゃないか。なに、肉屋のおかみに聞いたのさ。それをほんの少しでもいいから自分のためにお使いな」


 レイは手をローブで隠そうとしましたが、もう見られてしまているのですから、いまさらです。


「自分を大事にすることも、大切な仕事だよ。あんたは生真面目すぎるところが欠点だ!」


 おかみさんはレイの背中をたたいて、朗らかに笑いました。

 そばで見ていた無口で痩せた旦那さんも「そうだ、そうだ」と言わんばかりにうなずくので、レイは苦笑いを浮かべました。本当はおかみさんの言葉が嬉しかったのですが、照れてしまってそれをどうしてもうまく言い表せませんでした。

 





「あのおかみさんがとっておきと言ったお茶。どんなに美味しいことだろう!」


 水の入った桶を両端にくくりつけた天秤棒は肩に食い込む重さですが、慣れたものです。ひょいひょいと担いで家まで運びます。


「さてさて。あとひと往復」


 空の桶を担いで、レイは軽やかに川辺へ向かいました。


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