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《幻終始告》 ~月兎の少女は少女を望む~

 チュンチュン チュンチュン

「……うーん」

 耳元で雀が囀る中、一人の少女は目を覚ました。

「……ふわぁあ」

 起き上がり様に欠伸を出す少女は腕を交互に上へと伸ばし、ストレッチと一緒に背伸びを繰り返す。少女としてはもう一眠りしたい所だが、家には昔から誰も居ない。だから少女一人で家事洗濯に仕事を熟さなければならない。

 パンパンッ

「……よしっ!」

 両頬を軽く叩き気合を入れ終えた少女は上に被さっている掛け布団を捲り、ベッドから足を下ろす。足裏にピタッと張り付く水色のタイル床に違和感を抱きつつも、ベッドに左腕の体重を掛けゆっくりと立ち上がる。

「あれ?」

 ところが、直ぐに足がふら付き少女はベッドに尻餅を着いた。まだ少女の身体は寝惚けているのだろうか、それにしては思うように動かない。

「昨日、何か疲れるような事なんてしたかしら……あっ」

 少女は昨日、宴会があった事を思い出した。その先はまだよく思い出せないが、きっと何か面倒事に巻き込まれたのだろう。身体が怠いのもきっとその所為に違い無い。

「……って、考えに浸ってる場合じゃないわ。それよりも朝御飯、朝御飯♪」

 今度は勢いを付けて飛び跳ねるように立ち上がると、前屈みで両手を垂らしたまま台所へ向け少女は左右に揺れつつ歩き出す。

 ガシャーン

 突然、ガラスの割れる音が前方から少女の耳に入った。少女が前を見ると複数の割れたビーカーに今もグワングワン鳴らし回っているステンレス製の円形御盆の隣にスラッとした細い足が見えた。その足は凄い速さでどんどんどんどん少女に近付いてくる。

「何歩いているんですかぁぁぁぁ~霊夢さん!?」

 誰かの慌てふためく声に博麗霊夢は顔を上げると、よれよれの兎の耳が片方だけへしょげた少女が頭を抱えていた。霊夢の家には仕事上、来客がよく来る。恐らく彼女もその一人だろう。

「…………」

 しかし霊夢は来客を無視し素通りする。『腹が減っては戦が出来ぬ』と言う格言が在るように腹を空かせていては誰であろうと仕事をするやる気も出ない。先ずは腹ごしらえが先決、と霊夢はペースを変えずゆっくりと台所へ向かい始める。

「――って、無視しないで下さいよ~」

 兎耳の少女は潤んだ瞳で霊夢の手を掴んで離さない。このままでは霊夢は朝食に有り付けないので嫌々ながらも話だけ聞くつもりで振り返る。

「で、何の用? 仕事の依頼なら朝御飯食べてからにして欲しいんだけど……ってかあんた、うどんげじゃない」

「今頃ですか! ガクッ」

 よく見ると、うどんげと呼ばれる少女ならぬ月兎は霊夢の知り合いの鈴仙・優曇華院・イナバだった。意外な来訪者に目を白黒させる霊夢は肩を落とす鈴仙を一応宥める。

「あー、御免御免……ってかどうしてあんたが此処に居るのよ!」

「此処って……何処か可笑しいですか?」

 霊夢の質問に鈴仙は首を傾げている。

 朝御飯が食べたくて仕様が無い霊夢は苛立った声でもう一度尋ねる。

「だぁかぁらぁ、どうして私ん家にあんたが――」

「嫌だなぁ、何を言っているんですか霊夢さんは。此処は博麗神社じゃなくて私が住んでいる御屋敷、迷いの竹林の奥にある永遠亭の中ですよ」

「……………………はぁ!?」

 驚愕する霊夢は目を擦って確認する。

 鈴仙の言った通り、此処は永遠亭内にある怪我人患者用の病室だった。

「……あー、道理で足が冷たかった訳ね」

 真顔で納得する霊夢に対し、鈴仙はヘッドスライディングでずっこける。

「ん? 何やってんの、あんた」

「気付くの其処ですか、霊夢さん……」

「……?」

 鈴仙のオーバーアクションを見ていなかった霊夢は状況が理解出来ず首を傾げている。その間に鈴仙が立ち上がり服に付いた埃を両手で叩き落とし終えると、ふと生まれたある疑問を霊夢は顎に手を当て口にする。

「でも妙ね。宴会中に何時永遠亭になんて向かったのかしら?」

「えっ!? 覚えていないんですか、あれだけの事があって」

「あれだけ……一体何の事?」

「――はっ、そ、それはですね……」

 霊夢の質問に鈴仙は左右の人差し指同士をつつき合うばかりで何も答えない。

 霊夢は鋭い瞳でもう一度聞き返す。

「もう一度聞くわ。あれだけの事って何?」

「…………」

「言わないと退治するわよ」

「…………」

 ぷいっ

 鈴仙は顔を左に逸らした。

 霊夢は左側から顔を覗き込む。

 ぷいっ

 今度は右に逸らした。

「……………………怪しい」

 猶の事鋭さが増す霊夢の言葉に、ビクッとほんの一瞬だけ鈴仙は肩を震わせる。どう見ても鈴仙が何か隠しているのは先ず明白だが、霊夢は「……はぁ」と短い溜め息を吐く。

「まぁいいわ。どうせ永琳に口止めされてるんでしょ、今は聞かないで上げるわ。あんたもそっちの方が助かるでしょ?」

「れ、霊夢さん……霊夢さぁぁぁぁん」

「こらっ、抱き付くなって……うわっ、鼻水! 鼻水を付けるなー!!」

 涙目で喜び抱き付いてきた鈴仙だが、鼻水を擦り付けられる霊夢にとっては堪ったものでは無い。本気で嫌がる霊夢は鈴仙の左頬を足で踏み付け無理矢理引き剝がす。

 ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~

 そんな矢先、恥ずかしい事に霊夢の御腹から豪快な空腹音が鳴り響く。霊夢の顔が赤く染まる中、正気に戻った鈴仙はクスクスと笑い出す。

「わ、笑わないで頂戴。これは……そう、生理現象よ生理現象」

「はいはい、分かっていますって。急いで御食事を用意致しますね」

 そう言って鈴仙は立ち上がると、真っ赤な顔を逸らす霊夢を余所に病室から去っていく。

 ところが、出入り口付近で鈴仙は止まってしまった。

「……あの~、霊夢さん」

「な、何よ」

「どうして此処に結界を張っているのかな~、なんて――どわぁっ!?」

 振り向き様に飛んできた棒針を鈴仙は間一髪で避ける。避けられた棒針が結界に触れ、一瞬にして天井へと弾き返される。

「なっ! 霊夢さん、一体何のつも、り?」

 それ以上、聞く必要は無かった。

 右手に霊符、左手に棒針、それに加え敵を仕留める狩人の眼差し……

 どう見ても霊夢は戦闘態勢に入っている。

「霊夢さん……」

「残念。どうやら外してしまったようね。でも、次は当てるわ」

 霊夢は言い終えると腕を交差させ、投げる構えに入った。

 戦闘態勢の霊夢に鈴仙は聞き返す。

「霊夢さん、どうして!」

「見ての通りよ。あんたをとっちめて無理矢理聞き出そうとしてるの、分かる?」

「でも! さっきは聞かないでくれるって」

「あぁ、あれ? 嘘じゃないわよ。さっき聞かないで上げたでしょ、さっきは」

「そ、そんなぁ~」

 泣き言を言い出す鈴仙に戦う気は無い。鈴仙としては説得を試みたい所だが、霊夢は一秒たりとも姿勢を崩さない。

「さぁ、白状なさい」

「もう止めましょうよ霊夢さん。後でちゃんと説明致しますから」

「『異変』について?」

「……!!」

「図星のようね。だったら猶の事引けないで、しょ!」

 とうとう霊夢は霊符をばら撒き、弾幕を展開した。襲い掛かる霊符を鈴仙は慣れた手付きで次々と躱していく。

「やはり一筋縄じゃいかないわね。なら、これならどう?」

 次に霊夢は正方形に渦が描かれた座布団に似た霊符を一つだけ放つ。これも鈴仙は余裕で躱す。が、

「無駄よ」

 霊夢が人差し指を動かすと、避けた筈の霊符がUターン。また襲い掛かる霊符を鈴仙は寸前で躱す。しかし、又しても霊符は鈴仙に追尾するかのように綺麗な弧を描き戻ってくる。

「どう? ホーミングアミュレットの御味は」

 ホーミングアミュレット――その名の通り、自動追尾機能を持った霊符。霊夢が使うこの霊符の標的になれば如何に避けるのが上手でも衝突するまで追い掛け続けられる……

 逆に言えば何かにぶつければ済む話。鈴仙は左に大きく回り込み、霊夢の寝ていたベッドの向こう側へ滑り込む。

「……ふふっ」

 霊夢はそれを読んでいた。霊夢が不敵に笑うと、霊符はベッドを飛び越えた。

「……えっ」

 落下する霊符が衝突し、ベッドを挟んだ奥から小さな爆音が響き渡る。倒れゆく鈴仙を確認すると、霊夢は傍らまで近付きベッドに腰を下ろす。

「もう逃げられないわよ。さぁ、観念なさい」

「…………」

 鈴仙からの返事は無い。寝た振りをしている可能性もあると踏んだ霊夢は立ち上がり、慎重に顔を近付ける――その直後、霊夢は後ろから人影を察知した。

「まさか……!」

 振り返ると、鈴仙は手刀を振り翳していた。咄嗟の判断で霊夢は左手首で受け止め、透かさず空いた右手で霊符を近距離で放つ。鈴仙は後方に大きく跳躍して躱し、一回転宙返りで着地。

「やるわね。危うく騙される所だったわ、あんたの赤い瞳(能力)に」

 鈴仙の持つ『狂気を操る程度の能力』は鈴仙の赤い瞳を見ると主に幻聴・幻覚作用を惹き起こす。鈴仙は霊夢を赤い瞳で視認した後、落下する霊符をベッドの下に潜り込んで回避。霊夢に倒れている幻覚を見せ、鈴仙自身は隙を窺いつつ息を潜めていた。

 つまり、倒れていた鈴仙は幻だったのだ。

「止めて下さい霊夢さん! これ以上は御身体に毒です。それにもしこのまま使い続けでもしていたら……」

「していたら何だって言うの? 赤い瞳(能力)まで使っといて何よ今更」

 霊夢はホーミングアミュレットの強化版、三つ一組の『博麗アミュレット』と小さな陰陽玉三つを展開。鈴仙は霊符を上手く引き寄せ、バウンドして襲い掛かる陰陽玉とぶつけさせ六つ全てを相殺。

「なっ……!」

 攻撃を防がれ驚く霊夢に鈴仙は今だと言わんばかりに攻めへと転じる。気付くのが遅れた霊夢は急いで体術の態勢を取る。それに対し鈴仙はぶつかる直前、懐から注射器を取り出した。

「くっ……」

 恐らく注射器の中身は睡眠薬か何かだろう。忍者が苦無を握るかのように注射器を構える鈴仙に霊夢は巫女棒と呼んでいる御幣で受け流し、注射器を逸らすと同時に左サイドへ回り込み足払い。片足を払われた鈴仙は態勢を崩したものの片手片足でバク転し前屈みで無事着地。

 次に鈴仙は赤い瞳を使い霊夢の周囲に自身の幻覚を見せ、四方八方から注射器を振り翳す。これを霊夢は足下に霊符を張り付け、天井まで昇る結界で近付くもの全てを吹き飛ばす。そして、吹き飛ばされた中で一人だけ実体が残っている鈴仙に霊夢は透かさず霊符を叩き込む。

 ところが、霊符が鈴仙を擦り抜けた。

「……!! しまっ――」

 気付いた時には霊夢は背後から両足を払われていた。バランスを崩し仰向けに倒れていく霊夢の視界には注射器を翳す鈴仙の姿が……

「霊夢さん、御免なさい!」

 鈴仙は謝りつつ、注射器を振り下ろす。

 その時、霊夢は不気味な笑みを浮かべる。

「えっ?」

 霊夢が忽然と消えた――かと思えば、鈴仙の背後斜め上に霊夢が急に現れた。

 亜空間移動により相手の死角を捉え、襲撃する打撃技――『亜空穴』。

 空振った上に背後を霊夢に取られてしまった鈴仙だが片手をバネに両足を揃えて蹴り上げ、蹴り同士の衝突の反動を利用しベッドの下を転がりながら潜り少し距離を取る。

「チッ、外したか」

「……ふぅ」

 冷や汗を袖で拭う鈴仙に霊夢は直ぐに霊符を放つ。当然ながら鈴仙に躱されるが、無意味にも霊夢は続け様に霊符をもう一度放つ。

「……うっ!」

 その寸前、霊夢の手から霊符が零れ落ちた。手も足もブルブル震えている所を見ると身体も限界が近いのだろう。その光景を目にした鈴仙は急いで駆け寄る。

「霊夢さん!」

「来るな!」

 近付く鈴仙の足下手前に霊夢は霊符を放つ。足を止める鈴仙が心配そうな表情で見ている中、霊夢は透かさず言い返す。

「あんた、分かってんの? 今、私達は戦ってるのよ」

「でも! 霊夢さんが」

「情けは無用よ。さぁ、どっからでも掛かってきなさい」

 霊夢が発する言葉は強くても今も震える身体は弱々しい。そんな霊夢の姿に鈴仙は涙を流し出す。

「私には出来ません。今にも倒れそうな霊夢さんを傷付けるなんて」

「じゃぁ、さっきの手刀は何?」

「それは霊夢さんを早く安静にさせる為にですね、已むを得ず……」

「已むを得ず? でも攻撃は攻撃よ。あんたの言ってる事は矛盾してるわ」

「そ、それは……」

 霊夢の鋭い指摘に鈴仙は返す言葉が見付からない。

 それでも鈴仙には伝えたい言葉があった。

「で、でも! 私は霊夢さんの御身体を一番に思って」

「私の身体を? ふふっ……」

 あっはははははははははははははははははははははははははははははははははははは!

 霊夢は急に笑い出した。あまりの狂気の沙汰に鈴仙の身体が逆に震え出す。

「な、何が可笑しいんですか!」

「ふふっ、ふふふっ。逆よ逆、可笑しくないから笑ってるの」

「ど、どうしてですか」

「分からない? なら答えて上げる。あんた今、私を守りたいって言ってたわよね?」

「そ、そうですが、それの何処が可笑しいんですか」

「それって私じゃなくて博麗でしょ、守りたいの」

「……!!」

 両手を口に当て驚く鈴仙はまたも言い返せない。その動揺に霊夢は鼻で笑う。

「ふっ、やっぱりそうね。道理で私を心配する訳だ。当然よね、私以外に勤まらないもの」

「霊夢さん、それは――」

「何が違う? 現に私を頼ってるじゃない。だから完全復帰するまで安全な此処に留めておきたいんでしょ。今、現在に於いて私だけが持つ力――『博麗の力』をね」

「…………」

 やはり鈴仙は言い返せない。

 霊夢は続ける。

「別にあんたを責めてる訳じゃないの。ただ、それがこの幻想郷では当たり前だっただけの……『異変』を解決するのが『博麗の巫女』の使命だっただけの事」

「でも、でも、でも! 解決するのが少し位遅れたって……全回復してから解決したっていいじゃないですか」

「残念だけど無理よ」

「ど、どうして!」

「そんなの勘よ、勘」

「そ、そそ、そんな当てずっぽう、当たる訳――」

「少なくともあんたの言葉よりは信じられるわ。だから……」

 直後、霊夢は鈴仙の視界から消えた。

「えっ?」

 鈴仙が一瞬見失った次の瞬間、目と鼻の先に霊夢の姿が……。

「大人しく捕まりなさい」

 霊夢は容赦無く零距離から紫色に光った霊符『妖怪バスター』を叩き込む。

 鈴仙は勢い良く吹き飛ばされ壁に激突。衝撃に耐え切れず注射器がパリンッと割れ、鈴仙の口から唾液が零れる。

「がはっ!」

 更に迫り来る『妖怪バスター』を鈴仙は朦朧とする意識の中、痛みを堪えて横に跳び何とか回避。しかし、また消えた霊夢が今度は背後に現れ跳び膝蹴り。振り返り様に鳩尾をクリーンヒットした鈴仙は向かい側の壁まで吹き飛ばされ、パラパラと欠けたコンクリートの欠片と共に床へ落ちていく所を霊夢の右手に首を掴まれる。

「ぐ、ぐるじい……」

 徐々に絞める力が増していく霊夢に対し鈴仙は両足をジタバタし抵抗するが、無駄な力を浪費するだけで何も進展しない。意識が落ちるその間近、鈴仙は両足を揃えたまま勢いを付けてから後ろの壁を蹴り霊夢の顔を強く蹴り飛ばす。その蹴りを真面に受けた霊夢はベッドにぶつかるまで転がり続ける。

「げほっ、ごほっ。げほっ、ごほっ」

 漸く霊夢の拘束から解放され座り込んで咳き込む鈴仙は脱力で直ぐには動けなかった。少しでも対応が遅ければ終わっていた、と安堵を零す鈴仙だったが「あっ」と霊夢を蹴った事を思い出し、急いで前方を見る。首を絞められた御蔭か意識がはっきりとしていた鈴仙は立ち上がる霊夢の顔を見て驚愕した。

「霊夢……さん」

 霊夢の瞳が死んでいる。

 霊夢の心は今、正に壊れ掛けていたのだ。

「霊夢さん!!」

 身体の痛みさえ忘れ慌てて駆け寄る鈴仙だが、霊夢はそれを許さない。目の前を掠める霊符に鈴仙は悩んだ末、本気で能力を使う覚悟を決める。

 鈴仙は鉄砲のように構えた指先に力を集中させ、赤い弾丸を作り出した。鈴仙の能力は幻を見せるだけでは無い。本来の能力は物事の波(物質の波、精神の波、電磁波、音波等の様々な波)を操る能力であり、空気中の様々な物質を操作する事で攻撃や防御に変換する事も可能なのだ。

「防いで下さいよ、霊夢さん」

 鈴仙は霊夢が大怪我をしない事を望みつつ、赤い弾丸を解き放った。霊夢は前方四隅に霊符を飛ばして結界を張り、防御壁『警醒陣』を展開。鈴仙の攻撃を防ぐが、赤い弾丸は爆発し赤い光弾が鈴仙を隠す。霊夢が見失ったその隙に鈴仙は大きな鉄色弾丸の弾幕を展開。光弾の奥から襲い掛かる弾丸に対し、霊夢は只の霊符で弾丸が顔を出す前にその全てを撃ち落とす。

 流石の直感力と褒めたい所だが、霊夢が撃ち落としてくれるこの時を鈴仙は待っていた。霊夢が撃ち落とした弾丸『マインドベンディング』は散弾のように飛び散り、広範囲に赤い光弾を残す。それが霊夢の視野全てを埋め尽くし、やがて鈴仙の姿が何一つ見えなくなり、外から反撃の狼煙の如く小さな鉄色弾丸の弾幕が襲い掛かる。その攻撃を霊夢が霊符を使わず巫女棒だけで捌き切ると、鈴仙は赤い光弾の中から突如として姿を現した。

「うぉおおおお!」

 真正面から来るのは予想打にしていなかった霊夢は瞬時に『警醒陣』を展開する。が、タイムラグで生じたコンマ数秒に加え展開までの時間は余りに大きく、脱兎の勢いで走る鈴仙には間に合わない。

 結界を擦り抜け霊夢と距離を詰めた鈴仙は拳を作り肉弾戦へと縺れ込む。霊夢は体術で応戦し、一分もの短い間に腕と腕、脚と脚、将又腕と脚や脚と腕のぶつかり合いが凄まじい速さで繰り広げられる。

「……くっ!」

 鈴仙が押していたかのように見えたが、霊夢の体術は手足がぶつかる毎に切れ味が増していく。強くなり続ける霊夢に勝てないと踏んだ鈴仙は弾幕の持久戦に持ち込む為にも後ろへ跳んで距離を取る。

 霊夢はその隙を見逃さない。

「……!!」

 跳んだ瞬間、霊夢は鈴仙の足を掴んだ。そのまま鈴仙を勢い良く地面のタイル床に叩き付け、間髪入れずに上へ投げ『妖怪バスター』を叩き込む。

「ぐはっ……」

 直撃した鈴仙は天井に減り込んで落下。その所を霊夢は又しても鈴仙の首を掴む。

「ぐっ……」

「もう終わりよ」

 鈴仙は力尽くでの脱出を試み霊夢の腕を掴み懸命に力を籠めるが、苦しくて両腕に力が入らない。とうとう万策が尽きたのか、鈴仙は抵抗を止め急に大人しくなった。

「やっと答える気になったようね」

「……い、いいえ」

「まだ抵抗する気?」

 鈴仙は答えない。抵抗の意思があると判断した霊夢は更に絞める力を強める。それでも鈴仙は苦しいにも拘らず笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開く。

「本当、は、これだけ、は使いたくなかっ、たんですが……」

 取り出したのは一枚のカード。直感が危険信号を出している霊夢は急いで鈴仙から手を離し出来るだけ距離を取る。

「毒煙幕……『瓦斯織物(ガスおりもの)の玉』」

 鈴仙が呟くと、カードは何やら得体の知れない緑色の薬が入った三角フラスコに変化した。しかし、鈴仙はそれを霊夢に向かって投げ付けるのでは無く真下に叩き付ける。フラスコは簡単にパリンッと割れ、一瞬にして緑色の煙が二人の足下を覆い尽くす。

「一体何を考え――!?」

 口に手を当てていた霊夢は急に身体が重くなるのを感じ取った。片膝を着き、何とか片手で支え倒れるのを阻止しているが、何故か歩く事も立ち上がる事も出来ない。

「『どうして?』って顔をしていますね」

 霊夢が顔を上げると、離れた所に鈴仙は立っていた。無表情の霊夢に対し、喉元に手を当て咳き込む鈴仙はこう答える。

「口を塞いでも無駄です。この薬はガスに触れた者の体力を奪う薬ですから……あっ、私ですか? 耐性がありますから、御師匠様の実験台にされている分」

「…………」

 霊夢は苦し紛れに無言で霊符を放つ。体力の奪われた今の霊夢では鈴仙に狙いが定まらない。

「あっ! あれは……」

 霊夢が弱った所為か出入り口に張られた結界が弱まっている。今なら、と鈴仙は指先に力を集中させパワー重視の大きな赤い弾丸を形成。

「『マインドエクスプロージョン』!」

 掛け声と共に放たれた弾丸は放物線の軌跡を残し出入り口の結界と衝突。弾丸は爆発し、赤い光弾に力負けした結界は消滅。

「やった……」

 漸く退路を切り開けた鈴仙は急いで出入り口へと歩き出す。霊夢の体調が心配な分走って呼びに行きたい鈴仙だが、身体中が痛くて片足を引き摺って歩くので精一杯。霊夢の隣を横切り、鈴仙は出入り口へどんどん近付いていく。

「これで……」

「待ちなさい」

 霊夢の声に鈴仙は嫌な予感を感じ取り、ギクシャクした動きで振り返る。

 驚く事に霊夢は何故か立ち上がっていた。

「そ、そんな筈は……!」

 その時、両足がタイル床から浮いている霊夢を見た鈴仙はある重要な事を思い出した。

 霊夢の持つ能力、それは……

「『宙に浮く程度の能力』……」

「その通りよ」

 霊夢は無表情のまま答えると、上へ引っ張られるように天井近くまで浮き上がる。ガスは空気より重く下にしか満ち足りていない。密閉なら兎も角、窓も、出入り口も開いている今の状況では天井までガスが行き届かない。

「どうやら薬の効き目は即効性だけど、持続時間は触れなければ無いも同然のようね」

 身体の自由が戻り霊符を取り出す霊夢に対し、鈴仙は立ち尽くす事しか出来ない。顔面目掛け飛んできた霊符にすら鈴仙は対応出来ず我に返った時には既に霊符は目の前に……

 直撃した鈴仙は吹き飛ばされた先で仰向けのまま動かない。爆風の影響でガスが大量に外へ逃げ、霊夢はゆっくり鈴仙の下へと降りる。

「今度こそ、本当の終わりよ」

「…………」

 涙を流す鈴仙からの返事は無い。霊符を構える霊夢は質問する。

「まだ抵抗する気?」

「……どうして、ですか」

「『どうして』って何が?」

「どうして無理を為さるんですか! 霊夢さんは私達と違って普通の人間な――」

「普通な訳無いでしょ!」

 ポタッ

 不意に、鈴仙の顔に何かが落ちた。

 それは霊夢の瞳から零れ落ちた、涙。

 心は帰ってきたが、感情を露わにした霊夢は一方的に言い続ける。

「普通の人間は里の人達の事でしょ! 妖怪を退治する力も無く、食われる側で非力なだけの存在の。それに比べ私はどう? 妖怪を退治する力だってあるし妖怪に恐れられている存在……ふふっ。真逆でしょ、どう見ても」

「それは違――」

「違わないでしょ。それに妖怪だけじゃないわ、里の人間だってそう。私を危険視してる」

「そ、そんな事ありません! そりゃぁ少しは霊夢さんを嫌う人がいるかもしれません。でも、それ以上に霊夢さんを慕っている人だって……」

「仮にもしそうであっても私は『博麗の巫女』よ。生涯、人々に危害を加える者を退治し、生涯、人々に危害を加えない者を歓迎し幻想郷へ招き入れる手助けを果たし、そして生涯、その者達がどちら側に属する者かを見定める義務を代々仰せつかった巫女であると同時に、自らはそのどちら側にも属してはならない中立にして孤独な立場の存在。普通の人間で無い事に変わり無いし、その隔たりだって解消されないわ!」

「そ、それは……」

 鈴仙は黙ってしまった。

 恐らく霊夢の言う隔たりとは住んでいる世界の意味だろう。里と博麗神社は離れている。その上、宴やら何やらとかの理由から博麗神社には力の強い物の怪達が集まるので里の人達は恐れ誰も近寄らない。来る時は大抵、妖怪絡みの時だけだ。

「当然と言えば当然よね。何たって妖怪達と一緒に居る事の方が多いもの。里からすれば妖怪と連んでいる私なんか歩く脅威そのものよね」

「…………」

「でも、多くの妖怪にも嫌われてる。妖怪退治を生業にして生きてるもの。今までに数え切れない数の妖怪を殺してきたのよ、恐れられるのも無理無いわ」

「でも、それは相手が規則を破ったからでしょ? それなら自業自得なんじゃ……」

「……そうね。でも、幼い私には辛過ぎる現実だった」

「幼い……霊夢さん?」

 首を傾げる鈴仙に霊夢は何故か天井を見上げる。

「……今から独り言を言うわ」

「えっ、霊夢さん!? いきなり何を」

「昔々ある神社に一人の人間の女の子が住んでいました」

「えっ?」

「女の子の家は里から離れていた為、誰も友達が居ませんでした」

 女の子とは多分、霊夢を指しているのだろう。霊夢が何を考えているか解らないが、取り敢えず鈴仙は聞く事にした。

「そんなある日、人間の女の子は家の近くで怪我をした女の子と出会いました」

「怪我をした女の子?」

「親と逸れ迷い込んだのでしょう。その女の子はわんわんと泣いています」

「…………」

「しかしその女の子は妖怪でした。妖怪は人間に恐れられています。それでも人間の女の子は急いで救急箱を持ってきて手当てをして上げました」

 ――それが切掛けで二人は仲良くなりました。逸れた親と再会して帰った後も二人はちょくちょく顔を出し合い、二人仲良く遊んでいました。次の日も、その次の日も、そのまた次の日も……

 毎日のように遊んでいたそんなある日、迷子になった人間の女の子と出会いました。ワンワン泣き出すその子の話を聞いて上げると、どうやらお母さんが病気で寝込んでしまい困っているそうです。

 二人は女の子の為に薬草を一緒に探して上げました。暗くなるまで探した結果、遂に薬草を見付ける事が出来ました。

 人間の女の子のお母さんは元気になりました。そして、二人は人間の女の子とも仲良くなりました。

 それから三人は毎日を一緒に過ごしました。笑ったり楽しんだり、時には泣いたり怒ったりして夕日が出た後も沢山沢山遊びました――

「ところがある日、急に別れはやってきました」

「別れ……」

「妖怪のお母さんが病で倒れたのです」

 ――妖怪は言いました。

『重い病気だから看病して上げないといけない。だからもう遊べない』

 人間の二人は泣き出しました。本当は妖怪の女の子も別れたくありません。それでもお母さんを助けるには遊んでいる暇は無いのです。三人は最後に妖怪のお母さんが元気になるように博麗神社で御参りをして別れました。

 それから次の日は二人で遊びました。

 二人は一人減った寂しさから何をやっても全然楽しめません。それでもきっと帰ってくると信じ、二人は妖怪の分まで毎日を頑張って遊びました――

「だけど妖怪は一年経っても姿を現しません。二人も時が経つに連れ会わなくなり、次第に妖怪の存在を忘れていきました」

「…………」

「一〇年以上もの時が経ち、人間の女の子達は成長し少女となりました。一人はお母さんが務めている小さな診療所の看護婦に、そしてもう一人は巫女になりました」

 ――巫女は幻想郷を守る為に妖怪と戦い、看護婦は負傷した患者を優しく癒して上げました。二人はそれぞれの都合で忙しく昔のようには遊べませんが、昔以上に仲良しでした――

「二人が久しぶりに道端で出会ったある日、偶然にも大きな妖怪と遭遇しました」

 ――巫女は看護婦を後ろに避難させ、戦闘態勢を取りました。ところが、何と言う事でしょう。その妖怪は幼い頃に一緒に遊んだ女の子だったのです。まるで見た目が別人のように変わってしまった妖怪に二人は驚きました。しかし中身は昔のままだったので直ぐに打ち解け、三人で会話を弾ませます――

「そんな時、里の方から何やら煙が上がり始めました」

 ――どうやら里で何かがあったようです。三人は急いで駆け付けると、どういう事でしょう。家より大きな妖怪に里が襲われていたのです。

 こんな時こそ、巫女の出番です。

 巫女は二人にこれ以上里へ近付かないように言うと、一人で家より大きな妖怪と戦いに行きます。張り手を避け、足踏みを掻い潜り、巫女はたったの一撃でその妖怪を倒してしまいました。巫女は家より大きな妖怪を塵一つ残さず消し去ると、急いで二人の下へと駆け付けます――

「ところが、其処に二人の姿は見当たりませんでした」

 ――巫女は大声で二人を探し回りましたが、返事は全く返ってきません。探し始めてから結構な時間が経ち夕日が暮れ始めると、やっとの思いで木に寄り掛かった看護婦の後ろ姿を見付ける事が出来ました。

 巫女は膨れ顔で看護婦に文句を言います。又しても返事はありません。

 それも当然です。何故なら――


「看護婦は心臓を取り除かれ、血塗れで死んでいたからです」


「……!?」

 ――看護婦は何故か笑顔でした。恐らく殺したのは妖怪の仕業でしょう。看護婦の亡骸に巫女はわんわん泣き出します。そして同時に殺した相手を憎みました。

 巫女は看護婦を殺した妖怪を退治する事に決めました。心臓から滴り落ちた血の跡を辿り、漸く巫女は敵討ちの妖怪が住む家に着きました――

「其処は幼い頃遊んだ妖怪の女の子の家でした」

 ――家の中を覗くと妖怪は妖怪のお母さんに何かを食べさせています。

 心臓でした。

 巫女は家へ入りその妖怪に殺意を向け、霊符を取り出します。

 でも、攻撃は出来ません。

 巫女はもう二度と大切な友を失いたくありません。

 巫女は逃げるように家を飛び出すと、看護婦の下へ向かいます。

 巫女は泣きながら言いました。

『ごめんね。ごめんね。ごめんなさい……』

 謝っても死んだ人間は生き返りません。それでも巫女は謝り続けます――

「泣き終わると、巫女は看護婦を抱き抱え里に帰して上げました」

 ――里の皆もワンワン泣いています。

 しかし一人だけ違いました。

『どうしてあの子を妖怪と二人きりにしたの!』

 看護婦のお母さんです。看護婦のお母さんは巫女を憎んでいました。

 巫女は何も答えられません。巫女の仕事は悪い妖怪から人間を守る仕事です。全てが悪い妖怪じゃないと巫女は言いましたが、誰も聞いてはくれません。

 里の人達は巫女に妖怪退治を命じました。

 巫女はしたくありません。ですが、妖怪を退治するのは巫女の義務です。どんな理由だろうと断る事は出来ません。

 巫女は依頼を承諾し、さっきまで居た妖怪の家へ向かって歩き出します。夕日の沈んだ暗い道を巫女はゆっくりゆっくり歩いていきます。

「とうとう巫女は目的地の場所へ辿り着いてしまいしました」

 ――家の前には幼い頃に遊んだ妖怪が待ち構えていました。

 巫女には戦う気がありません。逆に妖怪は怒っていました。

『よくも……よくもパパを!』

 何と、里を襲っていた妖怪は妖怪のお父さんだったのです。

 妖怪は爪を伸ばし、巫女に襲い掛かります。

 巫女は此処から逃げるように説得しました。けれど、妖怪は言う事を聞かずに襲い掛かってきます――

「巫女は大声で泣きながら妖怪を滅しました」

 ――消える中、妖怪は言いました。

『ごめん、仕方が無かった。ママを助けるにはこれしかなかった』

 妖怪は辛そうな顔でした。最後に『ママだけは見逃して欲しい』と言い残し、妖怪はこの世から消え去りました。

 巫女は静かに泣きました。

 それを見ていた妖怪のお母さんはカンカンに怒ります――

「巫女はこの妖怪も見事に退治し、幻想郷に平穏が訪れましたとさ。めでたしめでたし」

「…………」

 霊夢の残酷過ぎる過去を聞いた鈴仙はまた涙を零している。

 泣き続ける鈴仙が理解出来ない霊夢は尋ねる。

「何故泣くの?」

「分かりませんか」

「分からないから聞いてるのよ」

 霊夢の答えに涙を流し続ける鈴仙は歯軋りを立て、

「霊夢さんが可哀そうだからですよ!」

「可哀そう? 自業自得の間違いじゃないの」

「どうしてですか! どうしてもっと自分を大事にしようとしないんですか。どうして自分を傷付ける言い方ばかり――」

「私が巫女じゃなければ看護婦のあの子は死ななかった!」


「……!?」

「そうよ、私があの子の代わりに死んでいれば良かったのよ。そうすればあの子は死なずに済んだのよ、違う?」

「そ、それは……」

「違わないでしょ。でも私が巫女だから殺せなかった。だからあの子が殺された」

 幻想郷に於いて妖怪達の禁忌がある。

 巫女を殺す事。たとえ巫女を攻撃しようとも殺す事は愚か、襲う事はならない。

 巫女は幻想郷の要である。それを失うのは幻想郷そのものの崩壊に等しい。

「どうして私が巫女なの? 私が巫女じゃなければ一人になる辛さなんて知る事も無かったのに。どうして私が選ばれたの? 私なんかより才能を持つ人間なんて外を探せば幾らでも居たかもしれないのに。ねぇ、どうして? ねぇ、答えなさいよ!」

 鈴仙の襟元を掴み、泣きながら霊夢は持ち上げ問い質す。

 対して奥歯を噛み締める鈴仙は、

 パンッ

 霊夢の左頬を強く叩いた。

「……痛ったいわね。何よいきなり!」

「――けるな……」

「はっ?」

「ふざけるな!!」

 叫ぶように吠える鈴仙の大声に霊夢は襟元から手を離す。赤い瞳を向ける鈴仙は頭が煮え立つ程に怒っていた。

「死にたい死にたいってそんなに死にたければね、自殺すればいいじゃないですか。私だってねぇ、師匠にどれだけ酷い実験に付き合わされてどんなに死にたいと思った事か」

「……はい?」

「師匠がそうなら姫様もそうです。何時も屋敷でぐうたらしては傍迷惑な命令出して……命令を遂行した挙句の果てには『そんな事もうどうでもいいから』ですよ。全く、あのぐうたらニートヒッキーは」

 霊夢が話を聞いているとその中身は逆ギレだった。しかも鈴仙が話す内容はある二人の悪口や愚痴ばかりで困った事にまだ続いている。

「歳だって千は優に超えているんですから二人とも少しは里の爺さん婆さんを見習って一日位静かに過ごせないんでしょうか、もぅ。あっ、師匠は億でしたね確か」

「ちょっと、人の話聞いてる?」

「この前だって師匠、いいえあの大年増の白髪ババァは嫌がってる私を差し置いて臨死実験するし、もう一人の運動音痴の我が儘ニートは絶対に出来っこ無い命令して罰ゲーム楽しんでるし」

「この、いい加減に……」

「もう、どれ程どれ程死にたいと思った事か。それからそれから……」

「いい加減にしなさぁぁぁぁい!」

 耳がキーンとなる程の霊夢の大声が聞こえ、鈴仙は忽ち耳を塞ぐ。

 怒り狂った大声を発した霊夢は鈴仙の襟元を掴み、言い返す。

「人の話聞いてないでしょ、私は『博麗の巫女』なのよ。私が死に絶え結界が緩んで歪みが生じでもしたら最悪の場合、あんたの師匠や姫だけじゃなく永遠亭そのものが消滅する可能性だってあるって事位あんたが分かんない訳無いでしょ!」

 今の霊夢の物言いに鈴仙はカチンと来た。頭に血が昇った鈴仙は鋭い眼差しで睨み付ける霊夢に食って掛かる。

「死にたいと言い出したと思ったら今度は死にたくないですかぁ? ふざけた人ですね。そんな中途半端な気持ちだから迷うんじゃないですか」

「死にたくないんじゃない、死ねないのよ。 さっきの話聞いてなかったの? 私が死んで結界が緩んだらどれだけの人と妖怪が死ぬかあんた分かってんの!」

「そんなの死にたくない言い訳に過ぎないじゃないですか。他人の死を自分の死ねない理由にしないで下さい」

「私を後から越してきた緑の巫女なんかと一緒にしないで。私はこの幻想郷を囲う結界を守護する使命を司った、生涯孤独で在り続けないといけない『博麗の巫女』なのよ! 言っても解らない馬鹿な妖怪共が毎日のように神社へ休み無く押し寄せて来る辛さがあんたに解る? 身体中が死者の匂いで埋め尽くされる感覚、洗っても洗っても落ちない血の服を着る毎日、そんな日々を独りで過ごした事も無いあんたに何が解るって言うの!?」

「そんな気持ち、本人じゃないんですから分かる訳無いじゃないですか。それより孤独だとか独りだとか言ってますけどね、だったらどうして何時も話し掛けてくれるんですか!」

「えっ……」

 霊夢の思考が停止した。

 掴んでいた腕を離し茫然とする霊夢に対し、舌の回る限り勢いのまま鈴仙は正面から言い続ける。

「霊夢さんは巫女巫女巫女巫女連呼してますけどね、その言い分が本当なら矛盾しているんですよ。だって独りで在り続けるのに誰かと会話する必要なんて無いじゃないですか」

 人見知りの激しい鈴仙は極力、他人との会話を避けている。偶然ばったり鉢合わせても見ず知らずの人なら素通り、仲の良い知人なら急ぎの用でも無い限り普通に世間話を聞いてくれるし少し位の時間なら寄り道にだって付き合ってくれる。

 だが、鈴仙から進んで話し掛けてくるのかと聞かれれば話は別だ。

「正直私って瞳が赤いですよね。それにこんな可笑しな耳も付いているし里では避けられているんじゃないかって。実際にそんな人、一握り位しか居ないのに馬鹿だとは思いません? でも、何故か耳に入ってくる会話は全てそう聞こえてしまうんです。そしたら話し掛けて嫌われたら、とか。もっと避けられたらどうしよう、とか。だから自分から話し掛けるのが怖くって、会話は殆ど成り立たないんですよ、普通は」

 そう、聞き手が鈴仙とまだ話していたいと言う意思を表に出さない限りは。

「霊夢さんは何時も出会った私に話し掛けてくれますよね? 客室で待っていたり、時には私を探し回ってまで話し掛けてくれた事だってあったんですよ」

「け、けど! それって私だけじゃないでしょ? 箒に乗った魔法使いだって、長さの違う二本の二本刀を持った半人半霊の庭師や吸血鬼に仕えてるメイドだって。あとついでに新入りの巫女も」

「人数なんて関係ありませんよ! 私が今聞きたいのは『博麗の巫女』としてはどうなんですか? 本当はもう解っているんじゃないんですか!?」

「…………」

 霊夢は何も言い返さない。鈴仙は沈黙を肯定と捉え、続ける。

「霊夢さん、知ってますか? 誰かに話し掛けるのは誰かの傍に居たい、誰かと一緒に居たいと言う心の底からの思い――寂しさの裏返しでもあるんですよ」

 鈴仙には目の前の現実から全てを投げ出し、独りで幻想郷へ逃げてきた過去がある。故郷を見捨て、途方も無く何処かも分からない夜道を歩き続けた日々の感覚は今でも一つ一つ鮮明に思い出せる。

 後悔、寒気、空腹、恐怖、そして孤独。

 直に味わったから知っている。孤独に蝕まれる心の痛みも、辛さも。

 だからこそ、鈴仙は偽り無い本心を思うがまま口にする。

「だから霊夢さんは『博麗の巫女』以前に一人の人間じゃないですか! なのにどうして『巫女がどう』とか『巫女だからこうだ』とか言うんですか」

「……………………そうね。あんたの言う通りよ、鈴仙」

「へっ?」

 頭の熱が冷め、我に返った鈴仙は何を言ったか覚えていない。うろたえる鈴仙に対し、霊夢は近付き抱擁する。

「えっ、えぇっ!?」

 突然の出来事に鈴仙は戸惑いを隠せない。それでも霊夢は鈴仙を抱き締め続ける。

「そうね、そうよね。どうして今まで気付けなかったんだろう」

 霊夢は誰に対しても平等だった。

 話し手と普通に接するが、必ず心の距離を取り仲間として認識していない接し方。

 そんな接し方でも霊夢を『博麗の巫女』では無く、普通の人間として見てくれる存在が心当たりだけでも三人は居る。

 一人は寝坊助で保護者的立場な大妖怪。

 一人は背の低い飲んだくれの鬼。

 そして最後の一人は…………

「魔理沙……」

「えっ? 魔理沙さ、えぇっ!?」

 まだテンパっている鈴仙を余所に霊夢は更に強く抱き締め、

「ありがとう……」

「へっ? 今何て」

「な、何でも無いわよ何でも」

 照れ隠しに抱擁を解除する霊夢を見て、平常心に戻った鈴仙は笑顔を返す。死んだ瞳も何時の間にか普段通りの感情豊かな瞳に戻っている。鈴仙は何も覚えていないが、説得の甲斐あっての事だろう。戦いから解放された嬉しさから心の中で大いに喜び、鈴仙は安堵の息を零す。

「ところでうどんげ、これどうするの?」

「あっ……」

 鈴仙がそう思ったのも束の間、戦った代償は返ってきた。

「これじゃぁ直ぐには眠れそうに無いわね」

 部屋中、穴凹埃だらけ。霊夢に指摘され初めて気付いた事だが、これでは誰が寝るにしても体調を崩し兼ねない最悪な環境だ。

「片付けるの手伝おうか? 私から始めたんだし」

「……い、いえいえ、私一人で大丈夫ですよ」

「本当に?」

「はい。ですから別の病室に案内しますね」

「ちょっ、ちょっと。押さなくてもちゃんと歩けるわよ」

 鈴仙としては私情から手伝って欲しい所だが、今の霊夢は入院している患者の一人。霊夢の背中を押す鈴仙は部屋掃除の大変さに振り返り、滝のような涙を流したままガクッと肩を落とす。

「と、その前に一つ頼み事があるんだけど、いいかしら?」

「あ、はい。自分に出来る範囲でしたら……」

 鈴仙から返事が来ると霊夢は反転し、真剣な眼差しで鈴仙をじっと見詰めている。気恥ずかしさから目を逸らす鈴仙に霊夢は巫女棒を突き付け、言った。

「『弾幕決闘(スペルカードバトル)』、するわよ」

「…………はぃ!?」

 霊夢の言葉に鈴仙は目を丸くした。

「聞き取れなかったようだからもう一度言うわ。『弾幕決闘(スペルカードバトル)』するわよ」

「えっ、ええっ!? 一体どうして」

「どうもこうもまだあんたから聞いてないじゃない、『異変』の事」

「そそ、そんなぁ~」

 残念ながらまだ霊夢との戦いは終わっていなかったのだ。ショックの余り鈴仙はタイル床に座り込む。

「安心なさい、これが本当の最後だから。それとも、潔く教えてくれる?」

「い、いいえ」

 鈴仙は首を振り、立ち上がる。

「そう来なくっちゃ」

 笑顔を向ける霊夢も霊符を取り出し、鈴仙を窺う。

「『弾幕決闘(スペルカードバトル)』を始める前に私から一つ質問です。どうして無茶してまで今知ろうとするんですか? 後で教えると言っているのに」

「何? また説得でも始めようと言うの、無駄よ。私の心は変わらないわ」

「霊夢さんだって本当は分かっているんでしょ、無駄な争いだって事は。なのにどうして!」

「手遅れになるからよ」

「手遅れって、それは霊夢さんの身体だって同じ事です。これ以上負担を掛ければ最悪、仕事にまで支障を来す可能性が遥かに高いんです。だから……」

「それでも、引き下がれないわ」

 鈴仙の懇願にも霊夢は全く動じない。しかし、鈴仙も諦めずに説得し続ける。

「そんなに仕事が大事ですか? 死んだらその仕事だって出来なくなるんですよ。考え直して下さい、霊夢さん」

「…………」

「霊夢さん!」

「…………」

 霊夢は答えない。唯、鈴仙を純真無垢な瞳で見詰めるのみ。

「霊夢さん……分かりません。何故ですか! 何故そうしてまで、命を懸けてまで『異変』を解決しなければならないんですか。やっぱり博麗だからですか?」

「……いいえ、あんたと同じ理由よ」

「何がです!」

「あんたが私を守りたいように私もあんた達――いいえ、この幻想郷に住む皆を守りたいのよ。私の大好きなこの世界を。その為にも私はこの『異変』を早く解決しなければいけないの、手遅れになる前に。だから、あんたと戦うわ。博麗の巫女として、そして一個人の人間、博麗霊夢として」

「霊夢さん……」

 真剣且つ笑顔で答えた霊夢は薄々気付いているのかもしれない。

 今、幻想郷に起こっている非常事態を。今までに無く凶悪な敵の存在に……

「もう一度聞くわ。『異変』について今答えなさい」

 霊夢の問いに鈴仙は少し考え、首を振った。

 ブンブンブンブンッ

 横に。

「答える必要はありません。何故ならこれは『異変』では無いですから」

「そう……なら、始めましょうか」

 言い終わると霊夢は掌を広げ、現れたカード一枚を指先で掴む。

「使用枚数は三枚の三本勝負。先に二回当てるか三枚使い切った方の負け。いい?」

 鈴仙がコクリッと頷き、遂に最後の戦いは始まった。

弾幕決闘(スペルカードバトル)』――それはこの幻想郷における『弾幕ごっこ』とも呼ばれる遊びであり、博麗霊夢が制定した人と妖怪との間でのありとあらゆる揉め事や争い事の解決策。

 ルールは至って簡単。考えた技名を体現させられる弾幕札(スペルカード)を提示した枚数分攻略するか、相手の体力が尽きれば勝ち。始めに二人(複数いれば皆)で話し合い、弾幕札(スペルカード)の使用枚数(場合によっては体力も)を決める。それから先は戦うだけだが、必ず守らないといけない規則がある。

 一つ、弾幕札(スペルカード)を使用する際はカード宣言をしなければならない。

 これは相手に「弾幕札(スペルカード)を使いますよ」と伝われば良いので無理に技名を言う必要は無い。

 一つ、相手を殺し兼ねない弾幕は禁じ手と見做し負けとする。

弾幕決闘(スペルカードバトル)』は遊びであって殺し合いでは無い。中には弾幕の威力を上げる妖怪も居るが、相手が死なない程度(不死身は除く)なら許可される。

 一つ、提示された弾幕札(スペルカード)全てを攻略された際は潔く負けを認める事。

 たとえ余力があったとしても勝負は勝負。『弾幕決闘(スペルカードバトル)』は美しさを競う面もあり、未練がましい事をしてはならない。

 一つ、弾幕札(スペルカード)を持っていない丸腰相手に『弾幕決闘(スペルカードバトル)』を挑んではならない。

 当然の事だが里の住人が無闇に襲われないように制定した決闘法案である為、妖怪の一方的な虐めは断固として阻止しなければならない。

 もし、違反すればいかなる場合に於いても『博麗の巫女』博麗霊夢により手痛い処罰が下されるようになっている。

「先ずは此方から撃たせてもらうわ」

 最初に先手を取ったのは霊夢だった。弾幕札(スペルカード)を光らせる霊夢は鈴仙に突き出し、

珠符(じゅふ)明珠暗投(めいしゅあんとう)』!」

 霊夢が唱えた途端、光り輝く弾幕札(スペルカード)から人間一人分の大きさにもなる陰陽玉が大量に姿を現した。陰陽玉の軌道はランダムで鈴仙に直撃するコースは一つも無いが、油断は出来ない。何故なら陰陽玉は壁にぶつかるとバウンドして軌道を変える習性があるからだ。

 対して鈴仙は弾幕札(スペルカード)を使わない。周囲に目を配りつつ迫ってくる陰陽玉を一つ、また一つと躱していく。

 普段の『弾幕決闘(スペルカードバトル)』なら御互いに弾幕札(スペルカード)を出し合い展開した弾幕を衝突させ相殺しながら攻略するのがセオリーだが、弾幕札(スペルカード)を使わないで戦うのにもメリットがある。

 守りが増える事だ。

 弾幕札(スペルカード)は全てが攻撃系統とは限らない。中には防御系統や強化系統、特殊系統だって存在する。それに弾幕札(スペルカード)を使わずに一つでも攻略出来ればその時点で優位に立てる。

「そう来たのね。だったら……」

 霊夢は扇状に只の霊符を並べ、弾幕を厚く展開。更に霊符を所々起爆させる事で同時に複数の陰陽玉の軌道を僅かに変え、全方位から鈴仙に襲い掛かる。鈴仙は陰陽玉同士がぶつかって出来た小さな隙間を掻い潜り、霊夢との距離を縮める。と、その先には陰陽玉の影が……

「……!!」

「掛かったわね」

 霊夢が霊符の起爆で軌道を変えたのは鈴仙への直撃コースだけでは無い。避けられた先にも配置していたのだ。弾幕を放つ構えに入る鈴仙だが、気付くのが遅過ぎる。

「もらったわ!」

 スカッ

「何!?」

 ところが、嵌められたのは霊夢の方だった。鈴仙に直撃した陰陽玉は何事も無く通り過ぎ、壁にぶつかり跳ね返る。

「くっ、幻か!」

 それを指し示すように大量の鈴仙が突如地上に姿を現し、一言も喋らず鉄色の銃弾弾幕を展開。幻が本物同様の弾幕を展開出来る技――『フィールドウルトラバイオレット』の物量で攻めてきた鈴仙に霊夢は上へ逃げ、銃弾を一点に集め『警醒陣』を盾に防ぐ。鈴仙の弾幕が止むと透かさず霊夢は水色の『博麗アミュレット』を展開。それは直ぐに沢山の小さな座布団型霊符『拡散アミュレット』へと変化し、地上で弾幕を放った鈴仙達全てに襲い掛かる。

「これでも駄目、か」

 攻撃の爆風により白い煙が立ち上り見えないが、恐らく鈴仙には当たっていないだろう。直感が霊夢にそう教えている中、煙が一箇所だけ急に膨らみ始めた。

 顔を出したのは沢山の赤い銃弾。

「チッ!」

 迫る赤い銃弾に霊夢は強く舌打ちし、宙をジグザグに飛び回り躱す。

 その時、霊夢の背後に見える煙が渦を巻き始める。

「其処ね」

 霊夢は急遽反転。渦巻く煙に向け霊符を射出。現れた鈴仙に直撃するが、これまた身体を擦り抜ける。幻の鈴仙は鉄色の銃弾を撃ちながら詰めてくる。霊夢は近付いてきた陰陽玉を巫女棒で打ち返し、銃弾を掻き消す。猛スピードで突っ込む陰陽玉を幻の鈴仙はさっと避ける。

「……! 可笑しいわね」

 幻なら霊符の時のように陰陽玉を避ける必要は無い。避けたという事は少なくとも鈴仙本人である可能性が高い。霊夢はもう一度近付く幻の鈴仙に霊符を放つ。

「痛っ……」

 しかし霊夢の手首に突然痛みが走り、手元が狂い鈴仙一人分左にズレる。

「しまった!」

 当たらない筈の霊符だが、幻の鈴仙は慌てて躱す――直後、幻の鈴仙の右袖が刃物で切ったように破ける。

「まさか……!!」

「そのまさかです」

 霊夢がカラクリに気付いた時には鈴仙は既に『警醒陣』の射程外まで迫っていた。鈴仙の手に持っている光り出す弾幕札(スペルカード)を見た霊夢は急いでタイル床へ引き寄せられるように背中から急降下。

「逃がしません。幻爆『近眼花火(マインドスターマイン)』!」

 鈴仙が叫ぶと、鈴仙の周囲から大量の鉄色銃弾が飛び散り起爆。起爆した銃弾達は赤い光弾となって広範囲に展開し、遂に霊夢の周囲を覆い尽くした。

「くっ!」

「これで終わりです、霊夢さん」

 更に鈴仙は『フィールドウルトラバイオレット』で光弾の周りを取り囲み、赤い銃弾で追い討ちを掛ける。どうにかして防ぎたい心境の霊夢だが光弾に閉じ込められた所為で視界を全て遮られ、身動き一つ取れない状況では最早弾幕の張りようも無い。

 赤い銃弾が次々と霊夢が居る光弾の中へと入り込み病室内に爆風が吹き荒れる中、鈴仙は結果をじっと待っていた。鈴仙が撃った銃弾の数は八発。一つ二つ落とされても二回当てるには容易な数だ。

 それでも鈴仙は警戒を解かない。霊夢がこれ位で終わる生易しい人間では無いからだ。

「煙が、晴れる」

 漸く爆風の煙が晴れ、鈴仙の瞳に霊夢の姿が映った。

 鈴仙の予想通り、結界の中の霊夢は無傷だった。

「夢符『封魔陣(ふうまじん)』……上手くいったようね」

 霊夢は間一髪の所で弾幕札(スペルカード)を発動。結界が全ての弾幕をシャットダウンし、弾幕の脅威から身を守ったのだ。

 ところが、霊夢の表情は苦笑している。逆に鈴仙は笑みを浮かべている。

「それにしてもあんたも性質が悪いわね。『フィールドウルトラ(紫フィールド)バイオレット』に『フィールドウルトラ(赤フィールド)レッド』両方重ねて使ってくるなんて、あんたの身体も相当負荷が掛かってんじゃないの?」

「当然掛かっていますよ。でも、霊夢さんの体調に比べれば大した事ありません」

「……言ってくれんじゃないの」

 霊夢と鈴仙、御互いに息を切らせ睨み合っているが、霊夢の弾幕札(スペルカード)は残りあと一枚。対する鈴仙の残り弾幕札(スペルカード)はあと二枚。弾幕札(スペルカード)には一枚一枚に制限時間が存在する。その時間を過ぎれば弾幕札(スペルカード)は攻略したと見做され効力を消失する。よって霊夢は残り最後一枚の時間内に鈴仙の弾幕札(スペルカード)を二枚使わせた上で攻略しなければならない。

 最初の鈴仙がして見せたように弾幕札(スペルカード)を使わずに守りとして使う手もある。が、鈴仙の使う二枚の内どちらか一つは弾幕札(スペルカード)を使わず避け切らなければならない。それに鈴仙が最後の一つを守りに使われたら長期戦による体力勝負も有り得ない話では無い。そうなった場合、今の霊夢の体力では疲れ切っている鈴仙にすら持久戦で勝ち残れる可能性は極めて低い。

「はぁはぁはぁはぁ、使うしか……無いようね」

 最初に使った弾幕札(スペルカード)の使用時間が尽きてしまい飛び交う陰陽玉が一遍に消える中、覚悟を決めた霊夢は懐から一枚の弾幕札(スペルカード)を取り出した。

「はぁはぁはぁ……そ、それは!」

「そう、私が最も使い慣れた弾幕札(スペルカード)よ」

 霊夢が最も使い慣れた弾幕札(スペルカード)――それは今までありとあらゆる数々の『異変』を解決へと導いてきた相棒とも呼ぶべき弾幕札スペルカード

「本当は今の体調で制御し切れるか不安なんだけど、もう後が無いもの。これで一気に決めさせて貰うわよ」

 嘗て鈴仙は『異変』時に挑んだ事はあるのだが、その恐ろしい程の美しさと強さに敗北を許している。疲れ切っている今では弾幕札(スペルカード)が二枚あっても鈴仙には心許無い。

 それでも鈴仙は攻略しなければならない。霊夢の為に、そして自身の為に。

「ばっち来いです」

「良い気合いだわ……行くわよ!」

「はい!」

 鈴仙が両頬を叩き気合いを入れ直すと、向かい側の霊夢は弾幕札を高く上へと投げる。更に霊夢はそれを追い掛けるように浮き始め、追い付くと静止し目を瞑って両手を大きく広げる。

「神霊『夢想封――」

 正にその時だった。

「……!!」

 瞳を開く霊夢の頭に凄まじい激痛が走り出した。霊夢は頭を押さえるが、痛みは全く治まらず段々と強さが増していくばかり。弾幕札(スペルカード)の輝きが霊夢を覆い、覚えの無い記憶が一気に雪崩れ込んでくる。

 空中で繰り広げられる『夢想封印』から始まる死闘、霊夢の巨大陰陽玉を受け離れていく鬼、暗い場所で霊夢を見てニヤける周囲の妖怪達、手首から流れる電流、雷の槍を笑いながら構える悪魔、

 最後に霊夢自身が口遊んだ言葉が脳裏を過ぎる。


 ――ごめん、ゆかり――


「うぁぁぁああああああああああああ!!」

「……!? 霊夢さん!」

 苦しむ霊夢の叫び声に漸く霊夢の異常に鈴仙は気付いた。鈴仙は飛翔し駆け付けるが、弾幕札(スペルカード)の輝きが強過ぎて霊夢に近寄れない。

 間も無く光が病室を呑み込み終え、目を瞑っていた鈴仙が見た光景は驚くものだった。

「こ、これは一体……」

 何も無い白い空間。明りも窓もベッドも水色のタイル床も何もかもが、無い。

 恐らく此処は病室とは違う別の空間なのだろう。遥か上空に見える霊夢を見付けると鈴仙は思い出したように声を掛ける。

「霊夢さん、大丈夫ですか?」

「…………」

 霊夢からの返事は無い。鈴仙は死んでいるのではないかと慌てて駆け寄る。

 スゥ ハァ スゥ ハァ

 段々霊夢に近付くに連れ、静かな呼吸音が鈴仙の耳に入ってくる。どうやら霊夢は力を使い果たし、疲れて寝てしまったようだ。

「ふぅ、よかったぁ」

 鈴仙は安堵の息を零すが、問題はまだ残っている。とは言え、それを解決する前に霊夢の容体が安定しているかどうかの確認が先だろう。鈴仙は霊夢の所まで辿り着き、脈を測る。

「七二……大丈夫、安定している」

 命に別状が無い事に鈴仙はほっと一息入れると、霊夢の腕を肩に回して担ぎ問題の出口を探し始める。

「う~ん、なかなか見つかりませんね」

 隅々まで調べてみたが、綻びの一つも見当たらない。こうなれば他の誰かがこの空間に気付き、救援が来るのを待つ他以外に手は無い。

 そんな諦め掛けた時、鈴仙はある物を見付けた。

「ん? これってもしかして……」

 霊夢の弾幕札(スペルカード)――神霊『夢想封印』。

 霊夢が持っているそれは小さく光り続けている。

 そもそもこの空間はそれが輝き出してから生まれた空間。だとすれば、その輝きが消え効力を失えばこの空間も消滅し病室に戻れるかもしれない。

 ……ゴクリッ

 唾を呑み込む鈴仙は慎重に霊夢の手元で光る弾幕札(スペルカード)を取る。

 ところが霊夢の手元から離れた途端、弾幕札(スペルカード)は鈴仙を弾き飛ばす。

「……!?」

 両足で踏ん張り壁への激突を避けた鈴仙だが、周囲からは騒々しいアラーム音が鳴り響いている。鈴仙が正面を見ると弾幕札(スペルカード)は輝きを取り戻し始めている。

「これは、やっちゃったかも……」

 輝く弾幕札(スペルカード)と共に霊夢も浮き始め、辺りは白から黒へと変貌を遂げ四方八方には大きな魔法陣が浮かび上がる。そして、十字架に張り付けられたような姿で霊夢の瞼が開く。

「緊急事態発生、緊急事態発生。コレヨリ仮博麗結界ヲ発動。敵ヲ殲滅、敵ヲ殲滅」

「やっぱり~!!」

 鈴仙にもよく解らないが、自身の身に嘗て無い危機が迫ってきているのだけは何と無く伝わってくる。不甲斐無く滝のような涙を流す鈴仙だが、泣いていたって始まらない。鈴仙は直ぐに戦闘態勢を取り、脳内で打開策を探る。

「何か、何か良い手は……」

「神霊『夢想封印』、起動」

「……!!」

 鈴仙が考える暇も無く、輝く白い瞳の霊夢は弾幕札(スペルカード)を唱えた。様々な色の光弾が姿を現し、霊夢の周囲を高速で回り出す。

 その数は何と、一〇個。

「……来る!」

 鈴仙の予想通り、全ての光弾が凄い速さで真正面から向かってきた。鈴仙は跳んで躱すが、自動追尾の光弾はCのアルファベットを描いて戻ってくる。戻ってくる光弾を鈴仙はグレイズ|(迫ってくる弾幕を掠りはするが、最低限のダメージに抑え躱す事)し、次に散開し迫る光弾の一つを『マインドエクスプロージョン』をぶつけて防御。軌道を変え背後から迫る光弾に鈴仙は上へ逃げて避ける。しかし、残り九つの光弾が上に集まっていた。

「……!!」

 下からは先程避けた光弾が迫ってきている。上下から光弾に挟まれてしまった鈴仙は空中で急ブレーキ。直角に右へ曲がり、光弾との衝突を回避。

「ひぃぃぃぃ~!!」

 悲鳴を上げる鈴仙は数字の八の字を繰り返し描くように逃げ続ける。光弾達はその後方を何処までも、何処までも鈴仙が通った経路で追い掛け続ける。

「ひぃぃぃぃ~! 何時になったら終わるか誰でもいいから教えてぇ~」

「う~ん、そうねぇ。貴方が死ぬまでずっとかしら」

「へっ?」

 突然、鈴仙の耳に妙な声が入ってきた。声の主は紛れも無くあの人だった。

「そ、その声は……もしかしなくても紫さん!」

「はぁい、御名答♪」

 やはり声の正体は妖怪最古参の一人、大妖怪の八雲紫だった。如何にも気の抜けた紫の返事に鈴仙は青筋を立て怒り出す。

「『はぁい』……じゃないですよ! 今何処に居るんですか!?」

「此処よ此処、此・処♪」

 声が聞こえてきた方角を目で追うと、その先には霊夢の姿があった。鈴仙が理解出来ずに首を傾げていると、霊夢が顔を上げ急に手を振り喋り出した。

「はぁい、元気そうで何よりだわ」

「紫さん! 何なんですかこれは。それよりそんな所から声だけ掛けていないで助けて下さいよ」

「あぁ、此れね。此れは話すと長くなるから省略するけれど、解り易く言うなら一種の防犯装置よ。其れと助けに行くのは無理だから、自力で乗り切りなさい」

「はぁ?」

「もぅ。だから私は動けないから無・理・な・の。御免遊ばせ♪」

「ちょっ、ちょっと! どういう意味ですか紫さん」

「…………」

「紫さん!」

「……てへっ♡」

 霊夢の身体で紫は可愛く御茶目なポーズを取る。

 光弾から逃げている鈴仙は霊夢をジーっと白目で見る。

「……ゴホンッ。さて、冗談はさて置き今の貴方の状況ははっきり言って非常に危険、と言うより寧ろ死と隣り合わせと言うべきね」

「死と隣り合わせ!?」

「そうよ。あの光弾は貴方を殺すまで追い掛け続け、必ず仕留める……そういう風に私がプログラムしたもの、もしもの敵襲撃に備えてだけれど」

「敵!? 私は味方ですよ」

「そう、私もそれが不思議なのよね。起動条件が殺気を当てられるか本人が『夢想封印』を使わない限り発動しない筈なんだけれど……何か心当たりある?」

「…………」

 鈴仙は顔を逸らし沈黙を続ける。その態度に理解した紫は溜め息を吐く。

「はぁ、やれやれ。使わせたのね、弾幕札(スペルカード)を」

「……はい」

「よし、素直で宜しい。それなら手は一つしか無いわ。いいこと、一度しか言えないから逃げながらちゃんと聞いていなさいよ。いい?」

「はい」

 頷く鈴仙を確認し、紫はもう一度「ゴホンッ」と咳払いし真剣な表情で言った。

弾幕破壊(スペルブレイク)を狙いなさい」

「……へっ? それってつまり、逃げ続けろと言う意味ですか」

「そうじゃないわ。先に言っておくけれど攻略するのは先ず無理よ。だから霊夢の胸元にある弾幕札(スペルカード)弾幕札(スペルカード)でもぶつけて無理矢理壊しちゃいなさい。そうすればこの空間も消滅して元の空間に帰って来られるから。でも気を付けなさい。弾幕札(スペルカード)の強度を上げているから加減して撃ったら壊せないかもしれないわ」

「解りました。教えて下さってありがとう御座います、紫さん。今から試してみます」

「ちょ、ちょっと待ちな――」

「幻惑『花冠視線(クラウンヴィジョン)』!」

 鈴仙は紫の話を最後まで聞かずに弾幕札(スペルカード)を取り出してから唱え、赤い瞳から大きなリング状の弾幕を次々と高速で撃ち出した。赤いリング状の弾幕は正確に霊夢の胸元を捉えている。鈴仙が使った弾幕札(スペルカード)は攻撃用だから威力も十分ある。

「これで……!?」

 しかし、一〇個の光弾が光速で先回り。鈴仙の弾幕札(スペルカード)を真っ向から受け止める。

「う、嘘ぉ!?」

 鈴仙の攻撃が敢え無く防がれ、光弾達は向きを変え迫ってくる。鈴仙は横へ回避し、追ってくる光弾達に対し霊夢を中心に反時計回りで円を描き続ける。

「だから待ちなさいって言ったのに。人の話は最後まで聞くものよ」

「……はい。済みませんでした」

「いい事? あの弾幕札(スペルカード)には大きく分けて二つの機能が備わっているわ。一つは自動追尾システム、そしてもう一つは身体防御システムよ」

「身体防御システム、ですか?」

「そうよ。身体防御システムはあらゆる霊夢への攻撃をどんな状況下に於いても光弾が先回りし防ぐシステムの事。たとえ霊夢を狙っていなくても威力の規模が大き過ぎるとこのシステムが作動するようにしてあるわ。つまり……」

「つまり、弾幕札(スペルカード)は霊夢さんの胸元にあるから攻撃系統の弾幕札(スペルカード)は使っても無駄って事!?」

「そういう事。分かった?」

「『分かった?』じゃありません! 何でそんな厄介なシステム付け加えたんですか。自動追尾だけでも恐ろしいと言うのに」

「念の為よ、念の為。敵に霊夢を取られたら元もこうも無いでしょう。其れに貴方になら簡単じゃない。貴方には取って置きの弾幕札(スペルカード)があるのだから」

「えっ、それって何ですか?」

 全く心当たりが無い鈴仙の表情に紫は霊夢の身体でクスクスと笑い出す。

「あら、分からない? なら教えて上げ……たいのは山々なのだけれど、どうやらこの辺が限界みたいね」

「えっ? それってどういう――」

「此れ以上は貴方と話していられないって事。最後に言い忘れていた事が三つ程あるから言っておくけれど、私が霊夢から離れたら攻略するのが極めて難しくなると思うから注意しなさい。其れと此れから先、光弾には絶対に掠らせる所か触れてはいけない事と救援を呼んであるから後はその二人に聞いて頂戴。其れでは、生きていたらまた会いましょう。バイバ~イ♪」

「ちょっ、ちょっと!! 紫さん、紫さーん!?」

「…………ビー。所定時間内マデ敵ノ存在ヲ捕捉。コレヨリ弾幕レベルMAXニテ早急ニ敵ヲ殲滅、敵ヲ殲滅」

「……!!」

 霊夢の身体で笑顔を向け、手を振っていた紫と打って変わり機械染みた音声で喋り出す霊夢に鈴仙が危機感を抱いた直後、光弾達は一瞬にして鈴仙の周囲へと移動。鈴仙が上へ逃げると四方に静止する光弾達が突如光速で動き出し、球を描くように上下左右を塞ぐ。

「は、速い!」

 目で追えない光弾の壁に鈴仙が抜け出せずに立ち止まっていると逸れたその一つが急接近。幸いな事に視界内だった為か素早く反応し回避に成功。しかし、先読みしていた光弾の一つが真上から鈴仙を捉えていた。

「しまった!」

 回避は間に合わない。鈴仙に出来る事はもうグレイズしか無い。

「一か八か……」

 紫の忠告を無視し、鈴仙はグレイズを強行。左腕を掠らせ光弾を避ける。更に次の光弾を予測し、鈴仙は正面を見る。

 ペキッ

 妙な音が聞こえ、鈴仙はふとその音の先を見る。

 鈴仙の左腕はグニャグニャに曲がっていた。

「ぁぁぁぁああああ!?」

 遅れて走る左腕の激痛に鈴仙は耐えられない。余りの痛みに身体を丸める中、予測していた光弾が鈴仙の真正面に……

「……!!」

 光弾は鈴仙の右足に直撃。直撃した衝撃と光弾の風圧で吹き飛ばされ、運良く光弾の檻からの脱出には成功したものの、両手両足広げて壁に激突した先で右足の悲鳴を叫び続ける鈴仙に三つ目の光弾が鳩尾に入る。

「ぶはっ!!」

 魔法陣に減り込む鈴仙は血を吐き落下。黒い地面で俯せて倒れる鈴仙が顔を上げると、一〇個の光弾は上空で円を作るように回り静止。今にも襲い掛かる状況下だが、折れた肋骨の一部が肺に突き刺さった鈴仙には意識を保ったまま胸の痛みと呼吸困難が入り混じった苦痛に耐えるので精一杯。もう鈴仙に動く力は残されていない。

「師……匠…………」

 全ての光弾が一斉に降下を始め、意識を失い掛けた鈴仙は無意味にも手を伸ばす。まるで誰かに助けを求めるように上へと高く、高く手を伸ばす。

 その時だった。

 ピキッ

 鈴仙から見て前方の魔法陣に大きな亀裂が入った。直後、凄まじい熱と共に光の火柱が立ち上る。光弾達はその火柱に勢い良く吹き飛ばされ、一緒に上の魔法陣へ激突。鈴仙はその光景を火柱が消えるまでずっと見ていると、隣から突然懐かしい声が聞こえてきた。

「うどんげ、うどんげ! 確りなさい!!」

 感情溢れるその声は間違い無く鈴仙の師匠、八意永琳の声だった。鈴仙は近付く永琳の顔を見て幻覚でも見ているのではないかと自身の目を疑った。が、

「ほら、何時まで寝ているの、早く起きなさい!」

 永琳の強烈な連続ビンタで鈴仙は永琳が目の前に座っているのを自覚した。

「え、ええっ!? 師匠! どうして此処にげほっ、げほっ」

「もう喋らなくていいわ。事態は大体彼女から聞いたから」

「えっ? 彼女って一体……」

「私の事だぜ」

 永琳の後ろを見ると、黒い先の尖った帽子を深々と被った少女が浮いた箒の上に乗ったまま笑みを浮かべている。鈴仙が口を開け驚いていると腕を組み仁王立ちしていた少女は右手の親指で帽子のつばを上げ、顔を見せる。

 その正体は自称『普通の魔法使い』の名で通っている霧雨魔理沙だった。

「よっ、生きてたか?」

「ま、魔理沙さん!? げほっ、げほっ。どうして魔理沙さんまで」

「どうしてって、助けに来たに決まってんだろ! ほら、とっとと兎を箒に乗せろ永琳。急がねぇとこの空間から出られなくなるぜ」

「……どうやら手遅れのようね」

「何っ!」

 驚いた顔で魔理沙が振り返ると、大きく開けた筈の風穴は指一本通れるかまで修復されていた。その速さに魔理沙は舌打ちする。

「チッ、あんのスキマ野郎……話と全然違うじゃねぇか!」

「恐らく抑制に限界が来たのでしょうね。こうなった以上、うどんげには悪いけれどもう一働きしてもらうしか無いわね」

「えっ、私? ですか」

「そうよ。痛み止めは打っておいたから動けると思うけど、起き上がれる?」

 永琳が手を差し延べると同時、天井にぶつかった光弾達が霊夢の周りに戻ってきた。集まった光弾達は直ぐに魔理沙と永琳を敵と認識したのか、それぞれ五つずつに分かれ二人に襲い掛かる。それに対し魔理沙は箒から降り、透かさず魔法壁を展開。永琳を狙っていた五つ諸共受け止める。

「魔理沙!」「魔理沙さん!」

「……くっ! こいつはきついぜ」

 光弾側が押しているのか魔理沙の足はズルズル後ろへと下がってきている。先程まで腕を組んでいて見えなかったが、魔理沙の左腕は包帯グルグル巻きの状態。片腕の魔力だけでは光弾達との力比べに押し負けてしまう。

「魔理沙、あとどれ位耐えられる?」

「んなもん持つか! こちとら病み上がりなんだぜ、無茶言うなよな」

「そう、分かったわ。なら私が光弾を半分引き付けるからその隙に二手に散開。それ以降は予定通り鈴仙が狙いを定めるまで光弾を出来る限り引き付けて頂戴」

「お、おぅ。了承したぜ」

 魔理沙が頷くのを確認すると、立ち上がった永琳は背中から五本の矢を取り出した。それらの尾を全て弓の弦に当て、力の限り引っ張り霊夢に狙いを定めてから五本の矢を同時に放つ。光弾は霊夢が狙われた事により半分が即時後退。霊夢へ迫る五本の矢を光弾が一つずつ受け止める。

「今よ!」

「分かってる……いくぜ、『ナロースパーク』!」

 魔理沙は使い慣れたミニ八卦炉を口に銜え星の形をした魔力源を片手で詰め込み、右手に持ち直したそれから人間一人分収まる太いレーザーを放ち残り五つの光弾を圧倒。その隙に魔理沙は箒へ跨り、永琳は鈴仙の手を握り左右に別れる。

「やーいやーい、こっちだぜ。ベロベロバー」

 上空で間抜けな顔を見せ挑発する魔理沙にまるで怒ったかのように全ての光弾が一斉に動き出す。魔理沙は小型戦闘機にも負けない速度で光弾を次々と躱していく。

「流石ね。打倒霊夢を目指しているだけあってあれだけ速い『夢想封印』を完全に見切っているわ。これなら相当の時間が稼げるかもしれないわね」

「師匠~、自分は何をすればいいんですか?」

「うどんげ、貴方は霊夢の弾幕札(スペルカード)に狙いを定めて撃てばいいだけよ。アレを使ってね」

「でも弾幕札(スペルカード)じゃ威力が有り過ぎて防がれるんじゃ……」

「いいえ、貴方には威力は小さくても破壊効果のある弾幕札(スペルカード)があるじゃない」

「あっ、そうか!」

 永琳の言葉を理解した鈴仙は一枚の弾幕札を懐から取り出した。

 喪心『喪心創痍(ディスカーダー)』。

 たった一発の銃弾で相手の弾幕札(スペルカード)を破壊する弾幕札(スペルカード)

「確かにこれなら威力が低く、光弾の身体防御システムに引っ掛かりません。でも……」

「言いたい事は解るわ。けれど、今はそれしか手が無いわ。貴方が狙いを定めるまでの間、近付く光弾は全て私が引き受けるから安心しなさい」

「師匠……解りました。鈴仙・優曇華院・イナバ、絶対にやってみせます」

「そう、その意気よ」

 永琳が鈴仙の肩を優しく叩き励ますと、魔理沙を狙っていた光弾の三つ程が方向転換。近付く光弾に永琳は鈴仙を後ろへ隠し、霊夢に向け連続で矢を放ち時間を稼ぐ。魔理沙もミニ八卦炉から放つ細いレーザーと星の弾幕で光弾の注意を自身に向けさせる。

「さっ、今の内に」

「はい!」

 永琳と魔理沙が注意を集めている内に鈴仙は右手を前へ突き出し、人差し指と中指で弾幕札を挟んだ変則的な指鉄砲を構える。左目を瞑り右目だけで焦点を合わせ、震えてブレる角度を右腕に力を籠め頑張って補正する。

「うどんげ」

「あともう少し……」

「兎、さっさとしろ!」

「もうちょっと……」

「うどんげ!」「兎!」

「……今だ! 喪心『喪心創痍(ディスカーダー)』!!」

 鈴仙から放たれた鉄色の銃弾は霊夢の胸元にある弾幕札(スペルカード)へ向け一直線。銃弾は赤い周波数を撒き散らしながら霊夢との距離を詰めていく。

「やった、これで……!?」

 成功すると思ったのも束の間、運が悪い事に一つの光弾が魔理沙の弾幕を受け止めに動いた位置と銃弾の進むコースが被ってしまった。これでは霊夢の弾幕札(スペルカード)へ直撃する前に光弾と衝突してしまう。

「そ、そんな!」

 鈴仙の声に気付いた永琳は急いで弓矢を構える。

「……!!」

 更なる不運にも背後まで接近している一つの光弾を永琳は見逃していた。振り向き様に左手で無理矢理払う永琳だが、光弾の威力に左腕が折れる。

「……くっ!」

「師匠!」

 左腕から矢を落とす永琳にもう止める術は無い。鈴仙も永琳も諦めるそんな中、魔理沙だけは違った。

「させるかぁー!!」

 八つの動き回る光弾の網を潜り抜けながら魔理沙は口に銜えたミニ八卦炉に弾幕札(スペルカード)を装填。それを霊夢に向けて構え、吠えるように叫ぶ。

「恋符『マスタースパーク』!!」

 ミニ八卦炉から熱と共に放出されたのは巨大な虹色の光線。霊夢に直撃コースのその光線を八つの光弾達は受け止めるが、火力が強過ぎて押されている。直ぐに二つの光弾も防御に加わり計一〇個の光弾全てで魔理沙の渾身の一撃を受け止める。

「……ふっ」

 だがそれも魔理沙の計算の内。御蔭で鈴仙の放った銃弾は光弾にぶつかる事無く胸元にある弾幕札(スペルカード)へヒット。銃弾の先から亀裂が走り出し、とうとう霊夢の弾幕札(スペルカード)は砕け散った。

「やった…………」

 霊夢の真上に『SPELL BREAK』の文字が表示され、全ての光弾は消滅。四方八方の魔法陣も消え元の病室へと戻り、遂に戦場から解放された鈴仙は喜びの余り雄叫びを上げる。

「……ぃ、やっっっったぁ~!!」

 右手を思いっきり上へ掲げ大喜びする鈴仙に永琳は右腕で引き寄せ抱き締める。

「よくやったわ、うどんげ。本当に、よくやったわ」

「いやいや、今のはどう見ても私の御蔭だぜ」

 永琳が見上げると、箒に乗った魔理沙は眠っている霊夢を乗せ真上まで来ていた。降下する魔理沙に永琳は笑顔を向け肯定する。

「えぇ、そうね。魔理沙も御苦労様」

「へへっ、感謝なら今日の昼飯メニューは筍御飯をお勧めするぜ」

「ふふっ、少しだけ考えておくわ。それよりも霊夢の体調は?」

「どうもこうも夢で魘されてるだけだ。全く問題無い。そっちはどうだ?」

「片腕と片足、それから肋骨が数本折れ肺に刺さっているけれど何とか生きている所。意識もちゃんとあるみたいだし何の問題も無いわ。ねっ、うどんげ」

「…………」

「うどんげ?」

 永琳が呼び掛けても鈴仙からの返事は来ない。可笑しく思った永琳は試しに手を離してみる。鈴仙は右手を上げたまま後ろに倒れ掛けていく。

「うどんげ!!」「兎!!」

 永琳は慌てて鈴仙の背中に手を回し引き寄せ、心臓の鼓動を確認。魔理沙も霊夢をほったらかしに急いで箒から降り、駆け寄る。

「永琳、どうなんだ? なっ、なっ」

「ちょっと、急かさないで! 今確認してるから」

 スゥ ハァ スゥ ハァ

「……寝てるわ」

「ありゃりゃ」

 魔理沙は拍子抜けし尻餅を着く。その姿に永琳はクスクスと笑う。

「痛てて。な、何だそりゃ。はぁ~、心配した私が馬鹿みたいだぜ、全く」

「でも予断が許せない状態なのも確かよ。私は急いでこの子と一緒に集中治療室へ向かうけれど、霊夢の事は任せてもいいかしら?」

「おぅ。折れた腕に負担が掛からない程度なら面倒見てやるぜ」

「えぇ、宜しく頼むわ」

 仰向けで大の字になった魔理沙が手を振ると永琳はちょうど通り掛かった下っ端の妖怪兎達に担架を持ってきて貰い、急いで鈴仙を集中治療室へと連れていく。

「……はっ、御賽銭!!」

 霊夢が目を覚ましたのはそれから直ぐの事だった。勢い良く起き上がった霊夢はバランスを崩し、箒の上から転倒。霊夢が頭にたんこぶが出来ていないか確認していると、魔理沙が野次を飛ばしてくる。

「よっ、問題児。今頃になって起床か? 全く良いゴミ分だ。私なんかたった今まで人助けなんかしてたんだぜ」

「あ痛たた、何言ってんの問題児はそっちでしょ。人様の家の中には無断で入るし、他人の物はかっぱらっていくし……」

「誰も取ったりなんかしてないぜ。死ぬまで借りてるだけだ」

 自慢気に言う魔理沙に霊夢は「はぁ……」と溜め息を吐く。

「その台詞は聞き飽きたわ。そんな事より紫は?」

「な、何だよ急に。居るぞー、別の部屋に」

「じゃぁ、呼んできて」

 真剣な眼差しの霊夢に魔理沙は起き上がる。

「……!! まさかお前……」

「えぇ、全て思い出したわ。この事を早く紫に伝えないと」

「なら先に教えてくれ。私を襲ったのは誰なのかを」

「教えて上げるわ。でも先に紫に話すのが先決よ。だから急いで呼んできて、御願い」

「ちゃんと呼びには行く。だが先に教えてくれ。頼む!」

 帽子を取った魔理沙は頭を下げ御願いするが、霊夢は首を横に振る。

「事は刻一刻を争う状況なの。だから紫が先よ」

「一人の名前を教える位いいじゃねぇか。なぁ、霊夢頼む!」

「……どうしてそこまでして敵の名前を知りたがるの? あんただって襲われたなら解るでしょ、今までに無い幻想郷の危機だって事は」

「…………」

 魔理沙は俯き黙ってしまった。魔理沙にも何か事情があるのは霊夢も察している。しかし霊夢は幻想郷を守護する『博麗の巫女』なのだ。仕事は全うしなければならない。

「もういいわ。自分で呼びに行く」

 嫌気が差してきた霊夢は立ち上がり、覚束無い足取りで歩き出す。魔理沙は沈黙を続けたまま霊夢の歩く姿を見ていたが、気に障ったのか歯を噛み締め口を開く。

「……ア、ア」

「ん、何? 聞こえないわよ」


「……アリスが、やられた」


「……えっ?」

 振り返る霊夢の手から巫女棒が落ち、その空しい音だけが病室内に響いた。



 その頃、左腕が元通りになった永琳は鈴仙を担架に乗せた妖怪兎達と共に急いで集中治療室へと向かっていた。鈴仙の容体に変化は無く、スヤスヤと寝息を立てている。

「八意様、どうかなさいましたか?」

 渡り廊下で突如立ち止まった永琳に妖怪兎達は心配そうに声を掛けてくる。

 壁を見詰める永琳は直ぐに振り返り笑顔で答える。

「え、えぇ。薬品を貯蔵庫で調達してくるから先に行っていて頂戴」

「畏まりました」

 妖怪兎達は頷くと、鈴仙を起こさないように静かに且つ迅速に集中治療室へ急ぐ。

「……そろそろ出てきたらどう?」

「あら、気付いていたの」

 壁から声が聞こえると急に黒い裂け目が入り、開いたその中から紫が姿を現した。

「私に何の用? 長い話なら後にして頂戴」

「そうね。鈴仙の体調でも聞こうと思って……」

 ヒュン

 直後、紫の隣に矢が突き刺さる。向かい側の永琳は殺気満々で弓を構えている。

「何故黙っていたの?」

「全ては幻想郷の為。霊夢……いいえ、『博麗の巫女』は決して失くしてはならない存在。管理者として守るのは当然の義務。たとえ此れから先……どれだけの犠牲を払ってでも」

「『博麗の巫女』本人が涙を流そうとも?」

「……えぇ。全ては幻想郷を守る為よ」

「…………」

「…………」

「……そう」

 真剣に答える紫に永琳は漸く弓を収め、前を向く。そして歩き出し、直ぐに立ち止まった。

「なら、私から言い切れる事は唯一つ。次に姫様や私の可愛い兎達に手を出したら貴方を……殺す」

 永琳は文脈の最後に振り返りつつ先程とは比べ物にならない程の殺気を籠めて言うと、速足で渡り廊下から去っていく。一方、殺気にも何一つ動じず真剣な表情のまま遠のく永琳の後ろ姿を暗闇に紛れるまでずっと見ていた紫は扇子で口を覆ってから笑みを浮かべ始め、

「……あー怖い怖い。さぁて、霊夢の寝顔でも拝みに行きましょうかね♪」

 永琳とは反対方向へ歩き出し、上機嫌の紫もまた渡り廊下からゆっくりと消えていった。

 皆さん、初めまして。初投稿の「無価値の弱者」です。

 下手糞だとは思いますが、如何でしたか? 自分は単にオリキャラを登場させたい一心で作った話です……と言っても一話にはまだ誰も登場しませんが(笑)

 それでも二話目以降はオリキャラが出ます。どんな個性的なキャラが出るかは次のお楽しみです。これからゆっくり一話ずつ作っていく予定ですが、もし宜しければ感想を頂けると嬉しいです。

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