【エピローグ:そして終わらない】
『なろうコン応募作品』です! 最終話、宜しくお願いいたします!
◆加藤陽海、自首から数日後
グノーシス本社ビル最上階。社長室はちょっとした展望台のようになっている。都心の風景を一望できるここは、ある意味、天下を治める者の天守閣のような場所に近い。そこへ、コンコンとドアを叩く音がした。グノーシス社長、与那覇修三は待ち侘びたと言わんばかりに、椅子に座ったまま扉の前の人物に声を掛けた。
「入りなさい」
「失礼します」
姿を見せたのは、白のブラウスに紺色のネクタイ、黒のパンツに黒パンプスの少女だった。左右非対称の髪は今は後ろでひとつにまとめられ、まるで魔女の箒のような髪の束になっていた。赤いセルフレームの眼鏡を掛け、普段の緩んだ表情を微塵も感じさせていない。
少女は、社長の机まで近付くと手に持っていたA4サイズの茶封筒の中からクリップで止められた資料を取り出した。
「今回の異能者の後処理の報告です。ご確認くださいませ」
「うむ、ご苦労」
修三は少女から資料を受け取ると、ほう、と感嘆の声を漏らす。
「向田貴博君、COAではユーリという名前だったか。彼の異能力は非常に面白いな」
「はい、ボク、いや、『私』もこの異能力の特異性は驚いてます」
緊張した面持ちで少女は修三と相対した。相変わらず、修三は貴博の能力の詳細に興味があるようで、娘の顔など一瞥もくれようとしない。
「強欲の異能力、『コレクター』。相手の能力をコピーする能力か。相手の能力を目視して、その能力の仕組みを理解しないと習得できないというのがまた面白い。しかも、たとえ前述の条件を満たしても、異能者の身体に触れない限り、能力を行使が出来ないという制限まであるのか。だが、うまく使えれば、全ての異能力を同時に使いこなすことが出来る。これは、ある意味、最強クラスの異能者ではないかね?」
「社長、残念ながら『コレクター』は、翌朝を迎えると習得した異能力を全て忘れてしまうのです。原因は不明。永続して他人の能力を行使が出来ないのが、この異能の弱点かと思われます」
「ふむ。しかしよく出来ているな」
「と、申しますと?」
感心している修三は、資料を手の甲で数回叩きながら上機嫌で言った。
「失われることによって、また欲しくなるのが人の性だ。彼の能力は、強欲の名に恥じない力だと思わないか? なぁ、アンジェラ?」
修三の顔が少女、アンジェラを見上げた。その目付きは、蛇かトカゲのような、どこか冷たさを感じる何かがあった。その何かがアンジェラの背筋にぞくっと悪寒を走らせる。
「……その通りだと思います、社長」
心臓に氷柱を差し込まれたかのような寒さを感じながら、アンジェラは精一杯の笑顔を修三に見せた。
「……それと、加藤陽海は、やはり自我が崩壊したか」
次のページの資料の内容を見て、修三は表情を曇らせる。
「はい、やはり、COAアップデート当日、加藤陽海は取り調べ日の最中に突然前触れもなく発狂したそうです。壁に頭を打ち付けるなどして怪我を負い、今は警察病院に収容されているとの事です」
「何故だろうな? 神は我々に進化を許して下さった。しかし、一方で重い鎖で我々を縛り上げた。ままならないものだな……」
「現在、アップデートと発狂の因果関係を調査しております。もうしばらくお時間を頂けないでしょうか?」
「……構わん。最重要課題だ。すぐに取り掛かれ」
渋い顔のまま資料を最後まで目を通すと、修三は資料を机に投げ出し腕を組んだ。これは、「話は終わりだ」というサインである。アンジェラは何か物足りなさを感じながらも、黙って一礼をした後、ドアを開けた。
「……父さんは、いつになったらボクを褒めてくれるのかな?」
修三に振り向かず、扉を開けて背を向けたままアンジェラはそう尋ねた。
「ボクね、リアルで友達が出来たんだよ。見返りとかそういうのを求めない、普通の友達が出来たんだ。外にも少しずつ出られるようになったし、自分で食べていける分には働いて稼げるようになった――」
「いつまで無駄話をしているつもりだ?」
重苦しい、そして威厳のある声がアンジェラの小さな背中に圧し掛かる。
「アンジェラ、この際だ。はっきり言っておく。お前が母さんを殺してから、親子の絆はなくなっている。今は、社長と秘書の関係、ただそれだけだ。あのマンションだって、お前を閉じ込める牢獄だってことを忘れるな。必要な時以外、お前はあのコンクリの建物の中で閉じ籠っていればいい」
背中を剥いていても感じる、憎悪と怨恨の念。アンジェラはその澱んだ感情の波に、今にも押し潰されそうになっていた。
「分かりました……。申し訳ございません、社長」
脂汗を流し、呼吸が乱れながらも、アンジェラは平静を装って社長室を後にした。
「ふんっ、つけあがるな。この人殺しの引き籠りが」
扉を閉める瞬間、耳に入った言葉によって、アンジェラは溢れる涙を抑えることが出来ずに、真っ直ぐ伸びる廊下をとぼとぼ歩いて行った。
◆鮫島直人の場合
平和になった私立聖モイライ学園、昼休みのとある屋上にて。
「……そんなことがあったのか。ご苦労さん」
ふぁあ……と、大欠伸で返す直人。話していた貴博は肩透かしを食らった気分だった。
「いや、聞いてました? 俺の大活躍ですよ? 連日マスコミの取材が凄いんですよ。もう手のひらを返したかのように賛辞の嵐! これに乗じて、俺の総理大臣への野望の足掛かりを進めることが出来ます、見ててくださいね? くははははは!」
屋上で高笑いをしだす貴博を横目に、
「……マジだりぃ。別に俺様は気にしないけどな、これ」
直人は自分の右手の痣を空に掲げて眺めていた。
「そう言えば、鮫島さんも痣があるんですね。もしかして、怠惰ですか?」
貴博の言葉に少し驚いたようで、直人は身体を起こしてみせた。
「よく分かったな……。俺様はどうやら怠惰らしい」
「やっぱり! 俺が『強欲』、柴山さんが『嫉妬』、小鳥遊姉が『暴食』、妹が『色欲』、あとは陽菜ちゃんが『傲慢』で、ミッシェルが『憤怒』。ということは、残る鮫島さんは……」
「なんだよ、消去法か。マジだりぃ」
「あと、その口癖も判断材料ですけどね」
「ぐっ! ……少しはタカも考えてるじゃねぇか」
再びごろんと直人は横になる。今度こそ本気で寝入るつもりらしい。
「鮫島さんらしいや。そういう何事にも動じない姿、本当かっこいいぜ」
「いいから一人にさせてくれ。俺様は眠いんだ」
「はいはい、んじゃ、また顔出しますね」
意気揚々と貴博は屋上を後にする。
……誰もいなくなったところを確認すると、直人は再び右手の痣を見詰める。痣は脈打つかのように蠢き、赤く輝いていた。
「俺様がこうして寝てるのも、既に能力の影響だって……、言えねぇよなぁ」
直人は静かに空を見上げる。秋晴れの青空は雲一つなくて、どこまでも突き抜けていけそうな気がした。
「まっ、面倒臭ぇし、マジだりぃ。俺様の異能力で、みんなが平和に暮らせるなら……、そいつはなかなか良いもんだよな」
そして静かに目を閉じる。直人は秋空へ吸い込まれるような錯覚に見舞われていた。
◆フラグメント
陽海の発狂の事件は、一時COA内を騒がせた。
一時は「グノーシス自体が怪しくね?」という憶測がまことしやかにささやかれ、巨大掲示板には『グノーシス社員だけど、何か質問ある?』という釣りスレッドが頻繁に多発した。
が、しかし、やはり人の噂というものはそう長くは続かない。まして、ネトゲは現実と比べて話題の変遷がやたら早かったりする。半月もする頃には、陽海の件は誰一人と口にしなくなっていた。
「よっしゃ! 今日のギルド対抗戦、気合入れるぞ!」
ユーリがギルドメンバーに喝を入れる。
「「おおーっ!」」
呼応するようにチャット欄にはそれぞれの掛け声が並んでいった。ジャバウォックは珍しく盾以外の装備、槍を装備していた。
「ようやく、俺様たちの風評被害も収まったし。鬱憤溜まってる分、完封してやるからな」
「おや? ジャバ様がいつものセリフを言わない……だと……?」
物々しいジャバウォックのオーラに、ミッシェルは思わず慄いた。
「今日のために、わざわざポイントアイテム使って、攻撃スキルにスキルポイントを振ったんだ。そっちの方がマジだるかったぜ」
「ジャ、ジャバ様が本気だ! いつもは攻撃スキルにすら振るのがだるいと言っていた御仁が、遂に攻撃スキルを取得するだなんて。今日のジャバ様の意気込みが違うのは、誰が見ても確定的に明らか!」
天楽も新生ジャバウォックに打ち震えていた。
「陽菜も今日は頑張るよー! 前みたいなドジはしないもんっ!」
陽菜もジャバウォックの影響を受けたのか、腕まくりをして意気込むのだった。ここ数日、陽菜は(以前から比べてみれば)自ら率先して動くようになり、天楽やユーリたちに教えを乞うようになったのだった。
「今日はみんな士気が高いわね。あたしも後列から氷漬けにしちゃおうかしら? 無防備な相手を痛めつけるのって、楽しいわよねぇ」
アゲハも相変わらずサディスティックな笑顔で会話の輪に混ざってきた。
「はぁはぁはぁはぁ。氷漬けにするなら、まずはウチで試し撃ちするといいよ! ウチにとってはご褒美だから!」
うぅたんも相変わらず愚民根性丸出しでアゲハにせがんできたのだった。
「さすが姉妹はブレないなぁ……」
もちろん変態的な意味で、と付け加えるユーリ。
「ユー君? 手が滑ったらごめんなさいね♪」
「あー、ずるい! ウチも的になりたいぃー!」
「……アゲハさん、うぅたん。なんかすいませんでした」
ユーリ、久々の土下座である。その洗練されたフォルムに、一同は拍手で迎えた。
「はいはい、ここまでがテンプレですよっと」
ミッシェルが苦笑しながら割って入る。
「さて、そろそろアレやろうよ、ユーリちん!」
ミッシェルの言葉に、ユーリをはじめとするギルドメンバー全員が頷いた。七人全員が右手を前に出して、輪のようになった。
「よし! 全力出すぞ!」
「「おう!」」
「何度でも立ち向かえ!」
「「おう!」」
「目指すは勝利ーッ!」
「「イエェェェェェェス!」」
フラグメント恒例の円陣が決まった。周囲のギルドも、この光景を拍手で歓迎した。
何が起ころうと、何が立ちはだかろうと、彼らはまだまだ終わらないのだ。このCOAという各々が描いた理想の生活の中で、確かに七人は生き続けている。
仲間の絆は何物にも代え難い宝物です。
ELYSIONでも、そういった絆がとても重要だと思います。
滑り込みで応募した『なろうコン応募作品』ですが、最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!