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【第二章 苦痛を伴う現実と享楽を有する理想郷】

『なろうコン応募作品』です! 第二話目、お楽しみください!

◆1


 向田むこうだ 貴博たかひろはPCの電源を落とすと、先程から何度も呼ばれている夕食へ参加するべく、自分の部屋を出て一階のリビングへ向かうことにした。彼は『フラグメント』のリーダー、ユーリの『中の人』である。先程のギルド対抗戦で肩肘張っていたためか、やけに背中から肩に掛けての倦怠感が重く圧し掛かってくる。貴博は階段を下りながら、腕を天井へ高く掲げて背伸びをした。

「遅いじゃない。もう母さんたち、先に食べているわよ」

「ああ、すまないね」

 すっかり体形が崩れて中年太りの母親に小言を口にされると、貴博は表情一つ変えずにいつもの定位置へ腰掛ける。母親と父親をテーブル挟んで真向かいの席が、物心付いてからの貴博の定位置であった。一人っ子の貴博の隣には、もちろん誰もいなかった。

 母親の言う通り、並べられた食器の上は既に手が付けられている状態であった。

「貴博、食事は出来るだけ一同に食べるべきだ」

 母親同様に恰幅が良く、メタルフレームの眼鏡を掛けた七三分けの父親が、重く威厳のある声を投げ掛ける。

「お前は既に、大学受験という大きな試練を推薦入学という形で済ませている。しかも、かなりランクの高い大学だ」

「それがどうかしたのか?」

 つっけんどんに受け答えする貴博。そのまま茶碗に盛られた白米を一心不乱に掻き込む。そうすることで、父親の話を頭の中に入れないように足掻いているかのように。父親はこの受け答えに、思わず顔をしかめる

「だからと言って毎日ゲームにうつつを抜かしていいとは言っていない。ここ最近、帰ってきたらすぐに部屋に籠って、PCでゲームしているじゃないか。でもゲームに熱くなりすぎて、現実のことを疎かにしたらいけない。私が言いたいのはそういう事だ」

 この言葉に、貴博もむっとむくれて反論した。

「俺は別に学校もサボっていないし、妙な犯罪も起こしたりしていない。昨日返ってきた中間試験の結果だって、全科目九十点前後だった。ちゃんと見せただろう? 俺は生徒会に会計で在籍してる上に、友達からの人望も厚いと自負してる。全く現実を疎かになんかしていない。むしろ充実している」

 父親は嘆息混じりに貴博をたしなめる。

「たった今、疎かにしただろう? お前は夕食の時間になって、母さんがいくら呼んでもゲームをし続けていたじゃないか。いいか? 家族の習慣を破るってことは、それだけで貴博の社会性のズレが生まれているってことになる。それに、最近はゲーム脳とかなんとか、ニュースで騒がれている。偉い教育関係の先生も悪影響があるってコメントしてた。ゲームやり過ぎて、お前の人生がおかしくなるのを私たちは心配してだな……」

 唐揚げを咀嚼し終えた貴博は、一旦軽い深呼吸をした。

「まさか、父さんはその話を真に受けているのか?」

 そして貴博は、目の前の両親へ憐憫の眼差し、いやむしろ白痴を蔑む目付きを向けた。

「未だにゲーム脳とかいう都市伝説に振り回されているのか。今時そんなことを言ってる人間がいたなんて、俺は可哀想でならないな」

「貴博! お父さんに向かって、その口の利き方はなんなのっ?」

 目を見開き、表情に憤りと驚きの色を露わにする母親。父親の顔も曇り、動揺を隠せない。しかし、貴博は尚も両親たちへ辛辣な言葉を並べる。

「悪いけど、恥ずかしいからこれを機会に考えを改めてほしいんだ。ゲーム脳はただの迷信。根拠のなさくらい、ちょっと調べれば分かるだろうに。自分たちのメディアリテラシー(情報評価識別能力)の低さを露呈しないでくれないか? 父さんのような人を、世間ではゲーム脳脳と言って嘲笑の的になるんだ。いい加減に気を付けたほうがいい。科学的根拠なんて何一つないエセ科学如きに、自分の両親が振り回されていただなんてな。俺は情けなくて仕方がない」

 ずずずっ、と味噌汁をすすると、「おお、味噌変えたのか?」と母親に尋ねる貴博であった。

「貴博! そういうことを私は言いたいんじゃなくてだな……!」

「論旨をずらそうとしないでくれないか? 俺がネトゲしすぎでゲーム脳になるから家庭の習慣を守らなくなったのが問題だ、と言ってたのに、都合が悪くなった途端、早速その論旨を自分から否定するなんてな。これじゃまるで、自分の論拠があやふやだってことを白状しているようなものだ。白痴の極みとしか例えようがないな」

「……そうやって上げ足ばかりを! 私はお前の将来を思っていっているんだ!」

 目を血走らせながら父親が声を荒げても、貴博は涼しい顔で食事を摂り続けていた。

「自分の矛盾を指摘されたからって、またそうやって横道に逸れようとする。父さんの話はただの詭弁じゃないか。悪いけど、俺は父さんたちより弁が立つし、コミュニケーション能力あるよ。今のやり取りで明らかだ。俺は実力で六大学の一角に合格できたくらいだからな。優秀だというのは事実だろう? 地元の商業高校卒が最終学歴の親に、とやかく言われる筋合いはないな」

「いい加減にするんだ、貴博――ッ!」

 貴博の顔面に、父親の箸がぶつかる。ぶつかった衝撃から目を守るために、貴博は目蓋を慌てて下した。すると、突然左側頭部に痛烈な衝撃が走る。殴られた、と貴博自身が椅子から転がり落ちているのを自覚するまで出来なかった。初めて父親に殴られた。今までヘタレた父親だと思っていた。自分たちより出来の良い子供にビビって手なんか出せないと、ずっと貴博は思っていた。しかし、今夜、生まれて初めて父親に殴られた。貴博が見上げると、鼻息を荒くして怒り心頭の父親が、眉間にしわを寄せ目を吊り上げながら怒鳴り散らした。

「お前は何様のつもりだ!? 大学に入ったから偉い? ああ、偉いだろうな! 学歴だけは何処に自慢しても恥ずかしくない一人息子だ。でもなっ!」

 だんっ、と父親はテーブルを力強く掌で叩き付けた。衝撃で一瞬、テーブルの上の食器類が躍った。

「今のお前はクズだ! 寝る、食う、クソする、風呂入る以外はゲームばかりで引き籠っているクズだ! ヲタクだ! 社会不適合者だ!」

 これには貴博も立ち上がり、父親の胸倉を掴み突っ掛る。

「もう一度言ってみろ!? 俺はちゃんと学業もやってるし、日常生活に支障のない程度に収めてプレイしてるんだ! そんな俺のどこが社会不適合者なんだ? 第一、ネトゲが趣味で何が悪い? 別に今のご時世、芸能人だってヲタク趣味をカミングアウトしてるじゃないか。その芸能人がゲームのし過ぎで病院へ搬送されたとか、頭がおかしくなったなどとニュースで聞かないだろう? 当然だ、リアルとネットの分別くらい、誰だって付いてる! これだから本っ当に情報弱者っていうのは気持ち悪いぜ!」

 貴博は全力で父親を両手で突き飛ばす。父親は勢い余って床に尻餅を付いてしまった。貴博にとって親に初めて手を上げた瞬間だった。

「お、お父さん! 大丈夫!?」

 よろめく父親をすかさず母親が駆け寄り受け止めた。

「お父さんになんてことするの、貴博!」

「父さんだって俺を殴っただろ。それに、拳で返さなかったくらいの温情は掛けた」

「まぁ、母さんはそんな粗暴に育てた覚えはないわよ!」

 父親を椅子に腰かけさせながら、涙目でそう訴える母親。貴博は心底面倒臭くなってしまった。それこそ、「マジだりぃ」という言葉が出そうなくらいに。父親は痛みの残る額を擦りながら、何かを確信したと言わんばかりに力強く言い放つ。

「私は諦めないぞ、貴博。必ず、お前を真人間にしてみせる!」

「まだ言うのか? 無駄な事を……。今日はもう会話が平行線になるから止めよう。父さんたちの大脳新皮質の劣等ぶりに、俺はただ閉口するしかない。俺が最後に言えることは……」

 父親の使っているノートパソコンを指差して、貴博ははっきりこう言った。

「一回ググれ、この情弱が」

 ごちそうさま、小さく呟いて手早く食器を片付けると、自分の部屋へ戻っていく貴博。背中からキチ●イやら精神異常者など、自分の息子に掛けるとは到底思えないような罵声を父親が浴びせてきたが、貴博はこれらを全て意識から遮断した。

「ふん、喚きたければ喚けばいいさ。高校じゃまだ禁止されてるが、大学進学したらバイトをして、この家を早く出ていくんだ。そして、四年間ストレートで大学卒業、公務員資格を取得後、官僚になって日本を動かす力を手に入れるんだ。ゆくゆくは総理大臣となって、この国を俺の手中に収めるためにも、あの低スペックなクソ親どもとの関係を一刻も早くしなければならないな……。大丈夫、俺はアイツらとは出来が違う。俺ならやれる、やれるんだ……」

 部屋の扉の鍵を掛けると、再び貴博はユーリとしてCOAへ潜る。現実との区別は付いている。しかし、貴博にとって現実はままならないことばかり起きる辛い世界で、ユーリにとってCOAは思ったことを形に出来る理想の世界であった。

(その時が来るまでは、今だけは、理想の世界にどっぷりと甘えよう。俺は充分に後戻りが出来るのだから)

 そう言い聞かせ、再びログインを済ませるとは素早くチャットを打ち込んだ。

「ただいま」


 ◆2


 山口やまぐち 陽菜ひな、十四歳。中学二年生。『フラグメント』の新人の一人、陽菜の『中の人』。キャラ名が一緒なのは、彼女がネットど素人の証である。ゲーム内のアバターも本人に似せて作成されており、如何にネット内で個人情報を晒すことが危険なのかを理解していないことがお分かりだろう。ようやく同じ新人の天楽にその事を指摘されたが、やはりあまり気にしていない節がある。

 彼女の通う中学校では、山口陽菜はちょっとした有名人である。去年、学祭で行われた校内ミスコンにおいて、中学一年生で唯一のノミネート。あろうことか先代ミスの三年を抑え、圧倒的大差でグランプリを受賞。校内にはファンクラブが教師公認で部活動として存在し、読者モデルも度々こなし、学区内外の男子生徒からもしょっちゅう告白される(しかし、それらを全て断っているので難攻不落)、超が付くほどの美少女中学生なのだ。

「みんな、陽菜に優しくしてくれるから……、嬉しい……」

 人前で話すのがあまり得意ではない陽菜の喋り方は、か細い声で途切れ途切れになりがちだ。そんな儚げな声質で微笑みながら、先のセリフを言われた場面を想像していただきたい。並の女子生徒が発言すれば罵声しか飛んでこないが、陽菜の場合はその罵声よりも同意の声がゆうに上回ってしまうのだ。このことは、陽菜自身自覚しており、「だって……、陽菜は、その、可愛いから……」と言い切ってしまう。そんな発言と、男が勝手に陽菜の周りに群がることから、いつからか彼女は『嬢王蜂クイーン』と呼ばれるようになっていた。

「ひなこー。アンタまた告られたんだって?」

「え、マジ? 今週で五人目じゃん、自己新更新?」

「流石、嬢王蜂! そのフェロモンこっちにも付けたいわー」

「陽菜は……、ちょっと迷惑、かな……」

 友人たちが困り顔の陽菜の周りを取り囲み、昨日の放課後の経緯を聞きたくて陽菜にせがんだ。

「昨日一緒にいたユキから聞いたんだけど、相手、高校生だったらしいよ? しかも超イケメンだったって!」

「きゃー! マジ? マジ?」

「年上キターッ! で、どうしたの? キープ? こっちにも紹介してよ!」

「……断った。連絡先も、交換しなかった……」

「「ええええええ」」

 陽菜の言葉に、取り巻きは落胆と憤りの声を上げた。

「ひなこ! あんた凄い勿体無いことしてるよ? 昨日告白してきた高校生、サッカー部の副キャプテンらしいよ? あ、これ、ユキ情報ね」

「なんでユキがそんなことを知ってんだよ?」

「陽菜がフッた後、半ば強引にユキがその高校生の連絡先ゲットしたらしいよ?」

「アイツのハイエナっぷり、マジパネェー!」

「てかさ、なんで陽菜は良い男が勝手に言い寄ってるのに、その中から選ぼうとしないの?」

「そうだよ! あたしたちなんて、自分から特攻しても撃沈するんだから!」

「前から思ってたけど、陽菜ってもしかして……」

「え、まさかの、百合……?」

「やだっ、アタシ、陽菜だったら全然イケるわ」

「お前、そういう嗜好だったのかよ。ひなこ逃げて! 野獣が傍にいるよ!」

「ちっげーし! 陽菜限定だって!」

「それがやべーって!」

「あの……、みんな……、えっと……」

 好き勝手一致る取り巻き連中に、陽菜がしかめっ面で一言、

「うるさい」

 と、ぴしゃりと言ってのけた。

「「……サーセーン」」

 儚げなイメージの陽菜から、一瞬だけ羅刹のごとき威圧感が発せられた。それを取り巻き連中はつぶさに受け取ったのだった。

「陽菜……、あの、お付き合いする、理想の男性像……、あるから……」

「な、何?」

「どういうの、どういうタイプが好きなの?」

 じりじりと詰め寄り、興味津々な取り巻きたち。すると陽菜は、たどたどしくも、にやけながら話し始めた。

「あのね……、社会人……、アラサー……、ちゃんと安定した収入がある……、優しい人」

「陽菜は婚活でもする気なのか?」

 呆然とする取り巻きたち。しかし、陽菜は全く彼女らを気にも留めずに喋り続ける。

「陽菜……、貧乏は嫌。……無収入の学生は、興味ない」

「ひなこの恋愛観マジビッチ!」

 取り巻きの一人の顔色は既に蒼白である。これに陽菜はむっとして反論する。

「でも、デート代、お小遣いじゃ難しいから……。母子家庭だし……。お小遣い、アゲてなんて言えない」

「あ、陽菜の家、離婚してお母さんが働いてるんだっけ?」

 陽菜は黙ってうなずいた。それに取り巻きは神妙そうな顔つきをする。

「……それキツイな」

「うわぁ……。陽菜、なんて可哀想な子!」

「でも、陽菜って、この学校の理事長の孫娘だったような……」

「馬鹿! 人の家庭の事情に首突っ込むな! ごめん、陽菜!」

 陽菜は軽く微笑んで、首を横に振って見せた。それに安堵する取り巻きたちだった。

「……でもね、最近、いい人見つけた」

 顔を赤らめる陽菜。対して取り巻きたちの顔色は蒼白に染まっていく。

「うを、マジか! 誰だ、そいつ? あたしたちに教えなさい! いいわ、そいつがそんなに好きだっていうなら、まずはあたしたち親衛隊がそのふざけたロリコンをぶっ潰す!」

 バババッと取り巻きたちは戦隊ヒーローのようなポージングを取り始め、『親衛隊』と書かれた腕章を誇らしげに陽菜へ見せつけていた。しかし、陽菜の表情は突然曇ってしまう。

「……駄目。あの人に何かしたら、……絶対に許さない」

 上目遣いで、うーと唸って怒る陽菜の姿に、取り巻きは「怒った陽菜も可愛い」とメロメロになっていた。

「あらあら、すっかりご執心のようだね」

「……秘密」

 先程よりも顔を赤らめ、陽菜は机に突っ伏してしまった。中学二年生の美少女の初恋は、エグくも淡いものであった。


 ◆3


  柴山しばやま たくみは急な悪寒に襲われた。

「ブルルッ……。うう、何か嫌な感覚だ。誰か俺のことを噂してるのか?」

 巧は何気なく周囲を見渡した。生鮮食品の棚から、絶え間なく送られてくる冷風。その棚が四方でこの店内を囲っているのだ。ここはスーパーマーケット。巧の勤務先である。

「まぁ、こんな冷蔵庫のような店内じゃ、悪寒もするのも無理ないか。風邪引いちまう」

「柴山さーん、陳列終ったらレジお願いしまーす」

「あ、はい、わかりました!」

 巧は素早く飲料を陳列し終えると、小走りで混雑するレジの一台を立ち上げて、接客を始めた。時刻は夕方の五時、夕食の準備をするために来店する主婦たちのラッシュアワーである。

「お会計、三二七八円です。一万円お預かりします――」

 巧は黙々とレジ業務をこなしていく。無論、お客には笑顔で応対、明るく大きな受け答えで、不快な思いを決してさせないように心掛けている。仕事をそつなくこなす。これが巧の処世術であった。

「柴山、ちょっと事務所に来い」

 顔色の悪い痩せこけた眼鏡の中年男性が、巧に精一杯の凄味を効かせて指示を出してきた。彼はこの店の店長である。その愛想の悪さから、お客と従業員に嫌われている。無論、巧とも折り合いが悪かった。巧はレジがひと段落すると、嫌々だが指示通り事務所へ足を運んだ。

 事務所には渋い顔した店長が、店内の防犯カメラとにらめっこしていた。

「ああ、来たか。ちょっとこれ見ろ」

 不機嫌そうに巧に言う店長。巧はその言い方にカチンと来たが、変に反論してクビにされては困るので大人しく防犯カメラを覗いた。どうやら、数分前の録画映像のようだ。

「そこのお菓子売り場のカメラ見てみろ。万引きしてるだろ?」

「あ……、本当ですね。うわ、結構がっつりやられちゃいましたね」

 確かに、パーカーのフードを頭にかぶった若い男性が、周囲を見渡しながらチョコレートを無造作に鞄へ押し込んでいう光景がはっきり映っていた。

「んで、これがさっき、お前のレジで並んでいた犯人だ」

「え、えぇっ?」

 巧は目を疑った。犯人は確かに巧のレジに並び、チョコレートとは別の商品を買って会計を済ませていた。たが、巧はその人物の特徴を思い出す限り、怪しい素振りを見てとれなかったと気付く。

「……すいません。私が見た限り、それらしい態度が見えなかったので」

 そもそも、現場を目撃しない限り、万引きは現行犯で逮捕できないのである。レジで気付いたところで声を掛けても、シラを切られた上に逆にこっちが訴えられてしまう事が、この業界では多々あるのだ。しかし、店長は理不尽にもこの事例を無視した内容で巧を怒鳴り付けてきた。

「言い訳はいいんだよ。お前、社会人にもなって何ガキみたいな言い訳してるんだよ? レジはさ、最後の砦なんだよ。少しの違和感でも気付かないと。商品通して計算するだけなら、人間要らないんだよ! 給料の無駄だ!」

 店長は椅子の背もたれに体を預けながら、完全に巧を見下していた。

「大体、あんなチャラけた客がまともな客だと思うか?」

「そんな、見た目で判断するのはよくありません!」

 店長の勝手な言い分に、巧は思わず反論した。反論してしまった。しまった、と思った時には既に遅かった。店長の機嫌は見る見るうちに悪くなり、顔色の悪い店長の顔はすぐに怒気に染まる。

「お前、俺に意見するのか? そうか、俺より偉いのか?」

「い、いえ。そんなことは……」

 すぐに気持ちを引っ込めたが、怒り狂った店長が管を巻いてくる。

「ふーん、お前、それじゃ万引き犯捕まえてくれ」

「へ?」

「へ? じゃないだろ。俺に意見するくらいなんだから、それくらいの実力があるんだよな? だったら犯人捕まえてみろよ。お前が取り逃がしたんだからな」

「そ、そんな! いくらなんでもそれは無茶苦茶です!」

 あまりの無茶振りに、巧は声を上げて拒否する。だが、店長はふんっ、と鼻で笑うと、急にニヤニヤしだす。

「じゃあ、ここを辞めてもらっていいんだぞ? 現状レジは足りてるし、搬入だって他の奴がカバーできる。学園での仕出し配達だって、お前じゃなくても出来るんだ。いくら社員だからって、店長の命令が聞けないんなら、この店には置いておけないな」

「なんですか、それは! 横暴だ、横暴すぎる! パワハラだ!」

「そう思うんだったら今すぐ辞めてくれ。明日から来なくていい。本気だぞ?」

「ちょ、ええ?」

 巧は頭のてっぺんから血の気が引いていくのがよく分かった。再就職の難易度は三十代に近くなるとぐんと跳ね上がるのだ。今辞めてしまうと、再就職の条件が以前より狭まることは分かっていた。もう巧はハローワーク通いの生活に戻りたくなかった。

「すいませんでした。……私が間違ってました。犯人、捕まえてみせます」

「おお、その意気だ、その意気!」

 店長はいやらしい笑顔を巧に見せながら拍手をする。完全に巧を追い出そうとする店長の嫌がらせである。

「そうそう、一カ月以内に捕まらずに被害がまた出たら、その時は責任とってもらうよ、ひっひっひ!」

 巧は黙って一礼すると、唇を噛み締めたまま持ち場に戻った。腐った上司に対して、正しい意見をぶつけても無意味な現状が悔しくて仕方がなかった。

「畜生……! あの店長、今に見ていろ! 絶対に犯人捕まえてやる! 今クビになるわけにはいかないんだ。姫ちゃんのためにも!」

 巧は懐にしまい込んでいたCOAの同じギルドメンバーの美少女、陽菜の写真(学園地下流通品)を眺めながら、犯人確保へ意欲を燃やした。

 柴山巧、二十七歳。独身。COAでは天楽と名乗り、同じネトゲ初心者である陽菜に献身的な思いを抱く、崖っぷちのサラリーマンである。巧は平日の昼に、私立聖モイライ学園の要請で、ここのスーパーの総菜部からの仕出し弁当を購買部へ宅配・販売している。その折に、フラグメントにいた陽菜が現実の世界にいるのを目撃、すっかり心を奪われてしまったのだ。

「COAではいつも一緒とはいえ、リアルではこの写真だけかぁ。あー、一度でいいから会ってみたいなぁ……」

 しょぼくれたまま、巧は再び仕事へ戻っていった。


 ◆4


 翌日。今日は週に一回のCOA定例アップデートの日である。

 学校から帰りアップデートを行おうとすると、母親に呼び止められた。貴博のもとに一枚のメール便が届いていたからだ。差出人は、㈱グノーシス。COAの制作運営を行っている管理会社である。

「ねぇ、これ怪しいものじゃないわよね? 捨てたほうが良いかと思ったんだけど、勝手に捨てると、また貴博……、ねぇ?」

 昨日の貴博の暴れっぷりが効いたのか、おどおどとメール便を手渡してくる母親。一応、怪しいと感じて処分するところまで考えたようであるが、自分も殴られるのではないかと危惧した母親は結局捨てられずじまいであった。昔からこの母親は気が弱いことで親戚一同有名らしい。結婚したきっかけも、父親が母親を拝み倒してその場のノリだけで何も考えずに避妊を怠った結果、貴博を妊娠したからである。貴博は自分の母親を『先天性の弱者』と心の中で卑下していた。

「別に怪しいものじゃないから安心していい。早くそれを寄越せ」

 貴博は母親の手にあるメール便を奪い去ると、陽気に自室へ歩を進めた。

「ええい、まだ起動しないのか?」

 興奮した様子でPCの再起動を待ちながら、貴博は部屋着に着替えてメール便を丁寧に開封した。中には、黒地に赤い刺青のようなエンブレムが描かれた一枚のCD―ROMが封入されていた。

「う、ううおおぉぉぉぉぉっ! マジで俺、当選したんだ! 運営一周年記念の応募イベントで貰えるスペシャルディスク! 抽選で百名限定の関門を突破したんだ! ふっ、やはり俺は選ばれた人間だという事が、また一つ証明できたわけだ。スペシャルアイテム&アバターセットの特典を、早速ギルドのみんなに自慢してやる! これで俺のアイテムコレクションにまた一つ加わった! はっはっはっはっは!」

 起動し終わったPCに、スペシャルディスクを読み込ませる貴博。すぐにアップデート用のウィザードが立ち上がった。ポップアップで出てきた説明文を、貴博は何の疑問もなく音読し始めた。

「えっと、『この度はCOA一周年祭、特典ディスクプレゼント応募企画にご応募いただきまして、誠にありがとうございます。厳選なる抽選と適性を鑑み、見事、貴方様は選ばれた百人の一人として認められました。その証として、この特典ディスクを送付させていただきます』か……。適性、っていうのはよく分からないけど、プレイ中のネチケットとかそういうのを運営は見ているのか? まぁ、俺はその辺は突っつかれても痛くも痒くもないがな。なにせ、いずれ世界を手中に収める器の俺だからな……」

 人間、モニターと向かい合っていると自然と独り言が増えるらしい。続けて説明文を下にスクロールさせてみた。

「ん? まだ説明文があるな? どれどれ、『これは極秘なのですが、このディスクの使用者の方々にイベントのご協力を仰ぐことになると先に申しておきます。くれぐれもこの事はご内密にお願いいたします』だと? なに? 運営イベント手伝えるのか!? おいおい……!」

 この文言に貴博は目を疑った。

「凄いぞ! これを機に、俺の活躍が全世界に配信されたりするのか? 総理大臣になる夢も一層近付くわけだ……!」

 顔は自然と綻び、胸の奥底から喜びが込み上げてくる。声を出してはしゃがずにはいられなかった。

「えっと、あとは規約なんてものもあるな? どれどれ?」

 しかし、この規約文は何やら胡散臭い雰囲気が漂ってきているのであった。

「ん? 『このディスクのインストール、ゲームプレイ中における諸事の不具合において、弊社は一切の責任を負いかねます』? これって何が起きても自己責任ですよってことだよな? ふつう、ゲーム内やインストールに関するトラブルってさ、管理会社がサポートしてくれるんじゃないのか? よく分からないけど、どこの管理会社もこんな感じなのか?」

 貴博はCOA以外のネトゲを経験したことはなかったため、他の管理会社の対応がどういうものなのかを知る由もなかった。

「ま、こんなの『日本語でOK』だな。大した事書いてなさそうだし、YESに決まってるだろうな」

 マウスポインタがウィザードの承諾ボタンであるYESをクリックした。

 その時だった。

 突如、PCから今まで聞いたことのないような高音を発し始めたのだ。

「うあああっ? なんだこれっ?」

 思わず椅子から立ち上がり、ベットに身体を投げ出す貴博。モニターには、インストールの進捗状況が表示されている。どうやら正常にインストールはされているようだ。しかし、相変わらずPCから発せられる謎の高音が、部屋の中で所狭しと反響しまくるのだった。この高音はまるで、貴博の脳髄へ耳の穴から電極プラグを差し込んで充電しているようなイメージを貴博は何故か捉えていた。そんなあり得ない光景の描写が、この音が鳴り始めてからはハッキリと脳裏に浮かぶのである。

「だああああああっ! うるせえええええっ!」

 思わず耳を塞ぐが、それでも頭骨が共鳴しているような錯覚に襲われてしまう。次第に、自分自身はPCのパーツの一部と思い違えるくらいに、頭の中に何かが蓄積されている実感が湧いた。

「まさか俺の頭の中に、何かがダウンロードされてる……? 何かが入ってくる感触が気持ち悪い! やめてくれぇ!」

 その瞬間に、洗脳、という言葉が真っ先に思い浮かぶ。次第に目の前の視界が霞み、自分を中心に部屋がぐるぐると回転しだす。

「アップデートを、止めないと――!」

 ふらふらの足取りでPCある机まで辿り付くと、力を振り絞ってマウスを握る。ウィザードのキャンセルボタンを押そうとした貴博は、モニターを見てはっとした。

「アップデート、完了……」

 そのポップアップを目視した瞬間、貴博はその場に崩れるようにして意識を失ってしまった。


 ◆5


 体が宙に浮いている。見たこともない世界。

「……ここは何処だ?」

 貴博はあたりを見回そうとするが、身体の輪郭や意識が非常にあやふやなことに気が付いた。自分自身を意識し続けないと、世界に溶け込んでしまいそうな不安定さ。どこが足元で、どこが頭上かさえもはっきりしない場所。貴博はこれを、夢と認識した。夢ならば目を瞑っていればいいだけであると。目を閉じて眠りに付こうとした、その時。

「なんだよ、寝ちまうのか」

 自分の声が目の前から聞こえてきた。貴博は目を開けると、顔の前に自分の顔がこちらを覗いているではないか。

「おっと、お前は誰だって言いたげだから、先に名乗らせてもらう。俺はお前の潜在意識だ。例のCDで顕在意識の狭間まで引き上げられてきた。よろしくな、相棒。これで相棒も『七罪の異能』を得たぞ。相棒はどうやら強欲のようだな」

 貴博はぽかーんとして、目の前の人物の言っていることを全く理解できずにいた。

「何の事だか分からないって顔してるな。まぁ、実際分からないだろうな。現実世界で俺に気付かない限り、力を発揮することが出来ない。しかも、面倒臭いことに相棒が目を覚ますと、ここでの記憶がきれいさっぱりなくなってしまう。つまり、俺が相棒と一緒になるためには、俺の存在を気付いてもらわなくてはならない」

 ますます言っている意味が分からない、と貴博は思わず首を傾げてしまう。その様子に、アナザー貴博は深いため息が出てしまう。

「参ったな。とにかく、相棒は選ばれた。ヒトとは違う力が使えるんだ。ここはその準備室。相棒の心を俺が居座れるように環境を再整備しているんだ。力が欲しかったら、俺に声を掛けろ。俺の名前は――、だ」

 肝心な部分が、砂嵐のようなノイズが混じって聞こえない。貴博はもう一度聞き直そうと試みるが、急に体が重くなる。目蓋も自然と落ちてくる。数秒もするうちに貴博は睡魔の手に落ち、呑気に惰眠を貪っていた。


 ◆6


「ただいまー、お姉ちゃん。今日は部活なかったのです?」

 ランドセルを背負った黒髪ポニーテール童女が玄関で靴を乱暴に脱ぎ捨てると、どたどたと忙しない足音を立てながら、エプロン姿の少女のもとへ駆け寄った。

「こら、うぅ? 靴、ちゃんと揃えた?」

「そ、揃えたですよ?」

「嘘。うぅ、嘘吐くとき、決まってあたしの顔を見ないんだもん」

「……うぅ」

 ボーイッシュな茶髪ショートカットの姉に叱られ、童女の目尻に涙の珠が浮かぶ。

「もう、叱られるのが嫌だったら、ちゃんと靴くらい揃えなさい」

「うん……、ひっくっ、うぅー……」

 半泣きの状態で童女は玄関まで戻ると、散らばった自分の靴をきちんと揃えて戻ってきた。

「揃えてきたです」

「うん、ちゃんと出来るじゃない。じゃあ、ランドセル置いてきて手を洗ってきて。今さっき、クッキー作ったから一緒に食べましょ」

「うん、手ぇ洗ってくるです!」

 童女は自分の机に向かってランドセルを放り投げると、一目散に洗面所へ走り出していった。

「もう! ランドセル投げないって何度も言ってるでしょ!」

 手の掛かる妹に対して呆れる反面、母親の苦労が共有できているようで嬉しく思う少女であった。

 彼女たちは、姉妹である。エプロンをしているのが、小鳥遊こばと。十七歳。私立聖モイライ学園に通う高等部二年生。COA内では、アゲハと名乗っている。一方、騒がしい童女は小鳥遊つばめ。十二歳、同じく聖モイライ学園小等部六年生。泣き虫で、いつもうぅーうぅーと涙を目にいっぱい溜めて泣くので、家族からはうぅちゃんと呼ばれている。無論、いわゆる家庭内での呼び方で、外でこの呼び名をされるとつばめは非常に不機嫌となるので、こばとは外では下の名前で呼んでいる。本人はあまりこの呼称を好んではいないが、COA内では、泣き虫にならないと決めているため、自戒の意味で名乗っている。

 彼女たちの両親は共働きで、帰りがいつも遅い。こばとは美術部所属だが、つばめを一人にさせたくないという理由で、いつも美術部を途中で抜け出しているのであった。そうして、両親が返ってくる間に、夕食の準備と洗濯をこなしてしまうのだった。それでも時間が余ると、決まって二人してCOAへログインするという毎日を過ごしていた。

「いただきまーす!」

「どうぞ、召し上がれ」

 つばめが姉手製のクッキーを頬張ると、途端に目を輝かせた。

「やっぱり、お姉ちゃんの焼くクッキーって美味しいです!」

「ありがとう、つばめ。でも、お母さんの前ではそれ、言っちゃ駄目よ?」

「どうして?」

 つばめはクッキーを頬張りながら首を傾げた。

「お母さん、それ聞いたらショックで拗ねちゃうもの」

「ふーん……」

 姉の言ったことの意味が理解できない様子のつばめ。その様子に苦笑するこばと。最近、家事の手腕が母親より上手になっていることに、彼女の母親がコンプレックスを抱き始めているのだ。こばとはそれを敏感に察知し、母親の前では『少し間の抜けた長女』を演じているのであった。

「そうだ、うぅ! これ見て!」

 こばとが二通の封筒をつばめに見せる。

「あ、COAのロゴが入ってるです!」

「そうよ! スペシャルディスク、あたしたち、姉妹で当選したのよ!」

「すごぉぉーい!」

 姉妹は互いに抱擁しあいながら喜びを分かち合う。

「ねね、早速インストールするです! あのヘソだしエロエロアバターがウチらのものになるだなんて、うへへへへへへ……、じゅるり」

「もう、うぅったら。よだれが出てるわよ?」

「そういうお姉ちゃんだって、目が血走ってるです?」

「気のせいよ、うぅ? お姉ちゃん、あのミニスカから覗く脚線美が自分のアバターに実装された姿を心眼で見てたりしてないもの」

「してるです、その血走った目が物語ってるです。欲望口からダダ漏れです」

「気のせいって言ってるじゃない」

 無言の威圧感がつばめを襲う。

「……ごめんなさいです。だから怒らないでほしいです、お姉ちゃん」

 姉の背後に不動明王の幻覚が見えたつばめであった。名前こそ平和の象徴象徴であるこばとであるが、怒ると手の届く範囲の食べ物を口の中へ掻き込む悪癖があるのだ。つばめはこの時の姉を、『暴食モード』と呼んでいる。このモードに移行すると、家事全般放棄する上に、食べカスで部屋が散らかり、冷蔵庫の中の備蓄が最低でも二日分消えてしまうのだ。つばめは『暴食モード』の姉の形相が鬼畜化生のものに見えてしまい、ひどく怯えているのであった。

「ごめん、うぅ。またお姉ちゃん怖がらせちゃったね」

 こばと自身、『暴食モード』時のリスク(おもに体重の急激な増加)や周囲の反応を理解しているつもりである。モード移行しそうなときは大抵つばめが怯えているので、そこでいつも思い止まっているのであった。

 こばとはつばめを正面から抱き寄せると、自分の豊満なバストにつばめの顔を押しやった。

「お姉ちゃんのふかふかおっぱい、うぇひひひひひひ」

 つばめが役得とばかりに胸の谷間に顔を挟み、両掌で乳房の先端を優しく揉みしだく。すると、こばとはいつもよりワンオクターブ高い嬌声を上げてしまう。

「ゃんっ……、あっ……! もう、あんまり敏感なところは触っちゃ駄目……」

「ごめーん、お姉ちゃん。うぇひひひひひひ」

「もう、本当にうぅはおっぱい好きねぇ……」

 胸の谷間にあるつばめの頭を優しく撫でるこばと。

 無理もない、と思っていた。

 つばめは無意識に、こばとへ母親を重ねているのだから。

 つばめは安心したのか、自身の全体重を姉の胸に預けた。こばとの胸中には、母性にも似た感情が芽生えつつあるのを実感していた。

 こうして、姉妹は抱き合ったままスペシャルディスク読み込み始めたが、結果そのまま昏睡してしまうのであった。


 ◆7


 結局、ユーリは夕飯の時間まで爆睡してしまい、慌てて夕食を済ませた後にCOAへログインした。既に週一の定例アップデートも完了しており、スムーズにログインすることが出来た。

 早速特典ディスクの特殊アバターを着用して、ギルドメンバーのもとへ駆けつけた。この特殊アバターは、ゲーム内の人気ゲームマスター(GM)のマリアという女性キャラと、セシルという男性キャラのアバターを模しているのだった。女性はミニスカにヘソ出し、チューブトップにジャケットというレースクイーン顔負けの露出度高めの格好で、男性は赤と黒を基調とした鎧騎士のコスチュームである。

「みんな! 聞いてくれ! 俺、スペシャルディスクが当たったぜ! 見てくれよ、このアバターのクオリティ! どうよ、どうよ?」

 ユーリは自慢げにギルドチャットで発言をしてみた。だが、返ってきた反応は、ユーリの想像を軽く斜め上を行くものだった。

「あ、ボクも当たったよ! 確かにこのアバターは際どいね。そしてあざといね。リアルで腹回りがスースーする錯覚に襲われるよwww」

 と、ミッシェルが。

「ウチもウチもぉぉぉっ! 他の女性キャラのヘソ出し見放題で、ウチ、ヘブン状態! ヘァ!」

「姉妹そろって当選しちゃったの。凄いと思わない? あたし的には脚線美が素晴らしいわ」

 うぅたんとアゲハも。

「俺も当たりました。びっくりですよ!」

「なんか陽菜も当たったみたいー。似合うかなー?」

 天楽も陽菜も当選したようだ。

「ヤッベ、この鎧テンション上げるんですけど! 超パネェっす!」

「インスコはマジだるかったけど、この鎧、一度付けてみたかったんだよな」

 どうやら、雷斗とジャバウォックまでも当選しているらしい。

「ちょ、え、ええええ? 『フラグメント』全員当選……だと……?」

 ユーリの脳裏にざわざわとした擬音がこだまする。

「ボクも驚いてるよ。こんなご都合主義、本当にあるんだねぇ。ラノベでもここまでのお膳立てはなかなかないよ」

「ミッシェル、なんで素直に喜ばないんだよ……?」

 ユーリの言葉が気に食わないのか、妙に棘のある言葉をミッシェルは投げつけてきた。

「いやさ、作者が何か意図があってトンデモ展開にすることは、ラノベ作品にはよくあることだけどさ、ここまで何か作為的な意思を感じる結果ってさ、却ってショーケースに入ってるケーキみたいでリアリティがないんだよね。少なくても、ボクはそういう手法は受け付けない」

 これに対し、ギルド内で作家志望を公言している天楽と、趣味の一環で執筆をしているユーリが反論する。

「副マス、ラノベは非日常的なことを取り扱っている時点で、リアリティの欠片もないわけですが。そこにどれだけ本物らしさを演出するかが、作家の力量なんだと思います」

 と、天楽。

「別に細かいことを気にしなくていいんじゃないか? ご都合主義だろうがなんだろうが、面白い作品っていうのは、そういうのに囚われていないと思うぜ?」

 とユーリ。

 だが、ミッシェルは分かっていないと言わんばかりに首を横に振る。

「だから、演出の方法の一環として、今回ボクたちに起こったようなことを扱う手法は、ボクは好まないって言ってるんだ。あとユーリちんは論外。北頭政府きたがしらせいふっていうラノベ作家の作品を初刊から読破してから文句言ってね」

「だれだよ、そのナントカ政府って?」

「なっ? ご存知、ないのですか?」

 目を丸くするミッシェルにに対して、目を点にして首を傾げるユーリ。

「ああ、全然知らない」

「そんなぁ! これでもシリーズ物二本抱えてて、コミカライズもしている売れっ子作家の自負があったのに!」

 ショックでへたり込むミッシェル。だが、ギルドの面々は、顔を合わせて首を傾げる。

「何でミーちゃんがショック受けてるのか、あたしたちには分からないけれど……。北頭政府って、結構有名なラノベ作家よね?」

 アゲハの言葉で、急に顔色が変わるミッシェル。

(しまった! 仕事サボってネトゲに入り浸っているボクが北頭政府本人だってばれたら、ブログやつぶやきで炎上必至じゃないか!)

 モニタ前のミッシェルこと、与那覇アンジェラはぼさぼさに伸び切った長髪を掻き毟っていた。彼女は現在、作家業に専念している、というと聞こえがいいが、その実態は中学三年の中頃から不登校で、エスカレーター式で入学した高校は、学校側の最大限の配慮で卒業。その後でも全く家から出ようとしない、真正の引き籠り作家である。高校三年在学中に新人賞を受賞後、アンジェラ本人の希望により、性別を偽って男性という事で仕事とネット上で活躍している。ちなみに、デビュー作は一万部超えのヒット作になり、これが学校側の配慮を促す要因となった。だが、そんな少し胸を張れる功績は、ユーリには全く通じなかったのだ。しかも、ミッシェルは悔しさのあまりに本性をほのめかしてしまった。まさに自縄自縛である。

 アゲハは何かを思案した後、笑顔でミッシェルに話し掛けた。

「ねぇ、もしかして、ミーちゃんって」

「ち、違うよ? 違うったら違うよ?」

 発言するするタイミングを間違え、ミッシェルは恥ずかしさで居た堪れなくなってその場に蹲ってしまう。

「副マス、まだ何もアゲハさん言ってないですよ?」

 すかさず天楽がつっこむ。

「お姐様、なんでそんなにおろおろしてるのぉー?」

 うぅたんもミッシェルの狼狽ぶりに疑問視しだす。そこへユーリの頭上に「閃いた!」というサインの電球マークが現れる。

「あ、分かったぜ! ミッシェル、お前!」

「ちょ、やめろ。本当にやめろ」

 ミッシェルがユーリの発言を食い止めようとするが、そこはチャット、物理干渉されない限りタイピングは止められない。

「もしかして、そのナントカ幕府って作家と友達なのか?」

「……へ?」

 ユーリの発言で呆気に取られるミッシェル。

「ユー君、ナントカ幕府じゃなくて、北頭政府よ。もう、ミーちゃんの優しさを察してあげたら?」

「優しさ、ってアゲハさん、どういうことですか?」

「北頭政府って、今結構売れてる新進気鋭のラノベ作家さんなのよ。わたし、実はあの先生の大ファンなの! 三ヶ月に一刊のペースで出版しているんだから、きっと毎日忙しいんでしょうね。ミーちゃんは先生の忙しさを考慮して、知り合いってことをわざと伏せていたのよ。そうよね、ミーちゃん?」

(よっしゃー! なんか都合よく勘違いしてくれたヒャッハー!)

 アゲハの優しい笑顔に罪悪感を覚えながらも、救われた気分になるミッシェル。いつか機会があったら、アゲハにサイン色紙を送ってあげたいくらいであった。

「そうなんですよ! 今頃締切間近だから、そろそろ他人に構ってられない時期かもね?」

(うん、実際ボクも早く清書を書き上げないと編集者に叱られる……)

「ほら! ミーちゃんもこう言ってるじゃない! ユー君、ミーちゃんに謝ったほうが良いわよ?」

「はぁ、有名人を友達に持つと大変だな。悪かったよ」

「ま、まぁね。気を遣うことは多いかもね」

(バレ気遣いながらっていう意味で……)

 ミッシェルは苦笑いし続けるしかなかった。

「あ、そういえばなんですけど~」

 と、ここで唐突に雷斗が発言しだす。

「スペシャルディスクをインストールする時~、なんかピーピー高い音がした後に変な夢見たんですけど?」

「「えっ?」」

「えっ?」

 ギルドチャットが同じ発言で埋め尽くされる。この反応に雷斗は固まってしまった。

「ヤッベェ、なんかオレ以外知らないって奴ですかぁ? それヤバくないっすか? 勇者がどうのこうのとか言われてマジ意味不明ていうかー。」

 必死に説明する雷斗であったが、ギルドメンバーの頭上に『?』マークが浮かんでいるではないか。

「マジっすか? みんなマジで覚えてない? ディスクをみんなも受け取ったべ?」

「ライ、中二病なら他でやってくれ。マジだりぃから」

 ジャバウォックがウンザリした様子で嘆息する。ユーリも続けて発言する。

「俺、インストールしている間に眠くなって寝ちまったんだよな。音とか夢とか、全然記憶にないな」

「ボクもないなぁ。ユーリちんと同じでボクも途中で飽きて寝ちゃったよ」

 ミッシェルもこれに続く。

「そんなだりぃこと覚えてねぇよ、俺様は」

 相変わらずのジャバウォック。

「ウチとお姉ちゃんは一緒にインストールしたけど、特に何も起きなかったよ?」

「ただ、やけに長かったわね。あたしたちも途中で寝ちゃったの」

「起きたら、ウチがお姉ちゃんのふかふかおっぱいを枕にしてたんだよぉ!」

 男性陣(ネカマ自称のミッシェル含む)、ギルドチャット欄が全て『ガタッ!』の文字で埋め尽くされた。

「やめなさい、うぅ! もう、みんなおっぱいに執着しすぎ! 大きくったって良い事なんかないんだから!」

「お姉ちゃんだって、ウチを抱き枕にしてたじゃないかぁぁぁー!」

「ごめんなさい、ちょっと離席します」

「うわなにするやm」

 

 システム:変態姉妹がログアウトしました。


「ち、俺様としたことが、姉妹百合展開に胸が熱くなるだなんてな……」

「ジャバ様、そういう趣味だったんですか……?」

 緩み切った表情のジャバウォックに、天楽が意外そうに目を丸く見開いた。

「ジャバ様は案外むっつりなんだよ(ニヤニヤ)」

「ミー、あとで闘技場へ来い。タイマン張るぞ」

「いや、冗談ですよー、あははは」

 だがミッシェルの言葉とは裏腹に、彼女の表情は凍り付いていた。

「天楽と陽菜ちゃんは、どうだ?」

 ユーリの質問に、まず天楽が答えた。

「いえ、俺も覚えてないです。インストール中にビールあおったら眠気が……」

「あ、酒飲める歳だったんだねw どうりで時折チャットからオッサン臭するわけだ」

「副マス、相変わらず容赦ないですね……」

 ミッシェルの指摘に、本気でヘコむ天楽だった。一方、ぼーっとしたまま陽菜は雷斗に向かって発言した。

「あ、陽菜は見たよー。でんとさんと同じような夢ー」

 この発言に、ぱぁっと表情が明るくなる雷斗。

「マジで? ほら! オレだけじゃないっしょっ? あとひなっち、俺の名前、らいと、って読むんですけどー?」

「えー、でんとさんのほうが可愛いよー?」

「いや、らいと、だし……。まぁいいや」

 最近は陽菜のことは天楽以外諦めているのであった。

「ヤバいでしょ? オレ以外にも変な夢みた人いるって超ヤバくね?」

「いや、陽菜ちゃんだし」

「陽菜ちゃんだもんね」

「陽菜ちゃんだしなぁ……」

「狗の飼い主のいう事なんてアテに出来るかよ、マジだりぃ」

「狗って、ジャバ様……(絶望)」

 天楽が深刻な精神的ダメージを負う傍ら、陽菜の信用度がギルド内にこれっぽっちもないことが判明した瞬間である。雷斗の期待の籠った問い掛けは、メンバーの発言で無残に砕け散った。

「てことは、ヤバくね? マジでオレだけが……、嘘だろ?」

 全否定され、雷斗は困惑した様子で複雑な表情を浮かべる。

「あれー? 陽菜もだよー?」

「ああ、雷斗が中二病に……」

 ミッシェルが雷斗を痛い子認定したのだった。

「ねー、陽菜もだよー?」

「そういえば、みんな、右掌に変な痣出来てないか?」

 ユーリの問い掛けに、その場にいた全員の顔が強張る。

「もしかして、あの事件のことですか? 確か某掲示板に……」

「天楽はアレを知っているようだな」

「はい。もしかして、ギルマスも……?」

 天楽がユーリに尋ねると、ユーリは静かに頷いた。

「速報でまだちょっとしか報道されていないけど、関西の女子高生が今日の朝、起きてすぐに自分の顔面をフライパンで何度も殴打した事件があったんだ」

「ああ、知ってるよ! すぐに搬送されたけど、意識戻ってないんだったよね」

「ミッシェルの言う通り。で、この話について某掲示板のリークによると、その女子高生、COAのランカーだったらしい」

「え、本当?」

 ユーリの言うことは、確かにまだ報道されていない内容であった。ミッシェルは感心したように首を縦に振った。

「しかもだ、そのランカーがこの前戦った肉球決死隊にいた赤いローブの猫の人らしいんだ」

「なに? アイツだったのかよ? こっちにはやられた借りがあるっていうのによ……」

 悔しそうにジャバウォックは俯いた。

「更に、その女子高生の右掌には、刺青のような痣があったらしい」

「え……?」

 ミッシェルをはじめとする、その場にいるギルドメンバー全員が凍り付く。

「その痣、ボクにもあるよ?」

「オレもあるんですけど……、ヤバくね?」

「俺様にもあるぞ」

「俺もです、ギルマス」

「陽菜もだよー」

「実は、俺にもあるんだ……」

 変態姉妹は離席しているので確認は出来なかったが、フラグメントの大多数に該当しているという事実に戦慄する。

「女子高生の動機もなんかおかしいんだ。『パソコンの調子が悪くてCOAのアップデートが出来なかった。だから自分を罰するためにやった』だって」

「それwwwwww ただのネトゲ廃人だからwwwwww」

 ユーリの話に、ミッシェルの腹筋が崩壊してしまった。しかし、ユーリは不安そうな表情を浮かべたままである。

「よく分からないけど、俺たちは大丈夫だよな? この女子高生みたいに発狂しないよな?」

「ユーリちん、ビビり過ぎwww」

 ミッシェルが馬鹿にするが、天楽もユーリと同様慎重な態度を示した。

「でも、あまりにも符号が合いすぎるんです。COAユーザー、右掌の痣とか。あと、アップデートのローディングバーって、なんとなく俺たち見ちゃってますよね?」

「ああ、俺様もアレ見てると妙に落ち着くんだよな」

「ボクもだな。落ち着くと同時にwktkしてくるね」

 ジャバウォックとミッシェルも賛同した。

 COA七不思議その一。週一のアップデート画面を眺めていると、何故か心がほっこりする不思議!

「あれ、もしかしたら俺たちがCOA止めさせないために、運営が裏で何か仕掛けてるんじゃないでしょうか?」

「天ちゃん、止めてほしいんですけど~。そう思うとなんか超ヤバいし?」

「でも雷斗、このゲーム止めたいと思う?」

 ユーリの問いに大きく首を振って否定する雷斗。

「いや! あり得ないっしょ! COA止めるとかマジねーわ!」

「だろ? あながち天楽のいう事、筋が通らないわけじゃないんだよな」

「まぁ、杞憂だよ。ボクたちは別に電波じゃないしさ」

 ミッシェルの一言に、その場にいるメンバーが一同に納得した。

「そうだな! 悪かった、変な話しちゃって」

「もう、ユーリちんは相変わらずヘタレだなぁ」

「ミッシェル、闘技場来い。教育的指導だ」

「いいよー、ボクがユーリちんを指導するんだね?(調教的な意味で)」

「くそっ、ジャバさんのときはあんなに怖気付いていたのに! 今日こそ俺の圧勝だ!」

「へへーん、大口叩いてられるのも今のうちだよ? 二度とボクに逆らえない豚野郎にしてあげよう」

 そう言って二人は闘技場へ消えていった。二人を見送った天楽も陽菜と何やら話し合っていた。

「俺たちも狩り行ってきます」

「いってきまーす」

「天ちゃん、ひなっち、いってらー!」

「飼い主の世話は大変だなぁ、狗」

「ジャバ様、勘弁して下さいよ……」

 目尻に涙を溜めた天楽は、陽菜の戦艦に乗り込んで狩場へ向かっていった。

「マジだりぃ。露店出して放置してくるわ」

「放置おつー」

 こうして雷斗だけが残った。雷斗も面倒臭くなり、この日はそのままログアウトした。

次回、【第三章 力に気付く男と虐げられた人々】!

お楽しみに!

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